話が進んでいないって?
ゾーイの可愛さに免じて許して
今更語るのも……な、話なので詳細は省くが、『漆黒の剣』より凄腕の剣士として評価されているモモンは……人間ではない。
その正体は、アンデッド。
それも、オーバーロードと呼ばれる、アンデッドの中でも最高位に位置する強力なアンデッドで……そして、以前はユグドラシルというDMMO-RPGを遊んでいたプレイヤーの1人である。
その時のプレイヤー名は、モモンガ。本名、鈴木悟(すずき・さとる)。
彼が所属していた社会人ギルド(いわゆる、ゲーム内の所属団体みたいなもの)の影響から色々と有名ではあるが、彼自身は犯罪歴があるわけでもない、善良な一般市民の1人だった。
そう、一般市民……つまりは人間……だったのだ。
過去形なのは、今がそうではないから。
気付けば、彼は異なる世界……現実世界とは違うし、己が知るユグドラシルとも違う、見知らぬ場所に居た。
しかも……問題はそこだけではない。
何が原因で、どうしてそうなったのかすら不明だが……本名『鈴木悟』、プレイヤー名『モモンガ』は、臓腑はおろか血液すら一滴も流れていない、骸骨の怪物に成っていて。
そのうえ、見た目だけではない。
これまた原理は不明だが、ゲーム内でプレイしていた『モモンガ』が所持していた様々なスキルを始めとして、アンデッドの特性が色々と表に現れているのだ。
その中でも、問題があると心の何処かで他人事に思っていると同時に、気にする必要はないと思ってしまう問題が一つある。
──有り体にいえば、感情の揺れ幅が人間だった時に比べて、明らかに小さくなったのだ。
喜怒哀楽、そのどれかがある一定のラインを超えると、まるで栓を抜かれてしまったかのように感情が抑制され、フラットに戻されてしまうのだ。
そのうえ、アンデッド化の影響により、人間だった時には有った三大欲求も失われた。
つまり、日常的に自分が人間ではなくなったのだということを自覚させられ続けるのだ。
そして、それらの影響が最も強く出ているのは……生き物の生死に対して心が動かなくなった、その点だ。
目の前で人間が惨たらしく苦しめられ、流血して倒れていても……まるで、蚊が蟻に食われている……その程度の感覚でしか見られなくなってしまったのだ。
もちろん、例外はある。
だが、その例外は己が所属していたギルドに関する事柄ぐらいで……言い換えれば、それ以外の生き物に対しては、等しく利用価値が有るか否か、それが全てであった。
必要だと思ったならば、鼻歌を歌いながら赤子の頭を切り開いて、中身を薬草と擦り混ぜた後で、残った亡骸を虫に食わせても欠片も何も感じない。
それこそ、昨日まで談笑していた相手であっても、必要ならばその身体を解体し、アンデッドに作り替えることだって、今の彼にとっては取るに足らない事でしかなくて。
……そう、今のモモンガに、もはや人間に対する同族意識は欠片もない。
モモンガという名のオーバーロードに、辛うじてへばり付いている、鈴木悟という薄皮。それが、今の……アンデッドと成ってしまった、プレイヤーの1人であった。
……で、そんな彼がどうして剣士の……全身を鎧で覆い隠し、剣士の真似事をして冒険者に扮しているか……そこにも、理由がある。
それは、見知らぬ世界に来たのが、彼だけではないということ。
現在では彼がリーダーを務めているギルド、『アインズ・ウール、ゴウン』が作り上げた『ナザリック地下大墳墓』。
そして、そのギルドにて作られていたNPCも、彼と同じく同じときに、この世界に来たのだ。
しかも、このNPCたちは何故か自律的に行動する。
本来ならば、定められた動きしかしないはずのNPCが、まるで自我を持ったかのように動き回るのである。
しかも、しかも、だ。
彼にとって非常に由々しき話なのだが……このNPCたち、揃いも揃ってモモンガに対して、狂信的なまでに慕っているのだ。
もはや、信仰の領域。彼が死ねと言えば、誰もが涙を流して歓喜の中で自ら首を落とすほどの……はっきり言おう。
──ぶっちゃけ、ドン引きした。
と、同時に、彼は……アンデッドとなった彼は、思った。
──これだけ慕ってくれている相手が、ただの小心者だと知られてしまえば……幻滅されてしまう……その、可能性を。
前述した通り、いくらアンデッドの化け物になったとはいえ、鈴木悟の残りカスみたいなモノがへばり付いている影響から……彼は、NPCたちを只のNPCとは思えなかった。
……NPCたちの忠誠は半端ではない。アンデッド特有の抑制がなかったら、今頃彼は部屋に引きこもって怯え続けているぐらいに。
けれども、それでも、だ。
彼にとって、NPCたちは、かつて一緒に遊んでいた仲間たちの思い出だ。今でも、本当に楽しい日々だったと何度でも言えるぐらいに、彼の心に強く残っている。
だからこそ、そんな思い出の日々にて作られたNPCたちの期待を裏切ってしまうことが、とにかく怖かった。
故に、彼は足りない(と、当人は思っている)頭を何とか動かして、支配者然とした態度と仕草でNPCたちが望む、『至高の御方』として振る舞う事を選んだ。
それから……大して月日が経ったわけではないが、彼は……モモンガは、情報を集め、戦力を整えるために、人の暮らしの中に紛れる事にした。
それには、ストレス解消の側面もあった。だって、支配者ロールというのは、兎にも角にもストレスが溜まるからだ。
人間に対する同族意識はないが、鈴木悟だった頃の感情……憧れみたいなモノが残っていたから、それをやってみたいという思いからの行動でもあった。
それに……モモンガは、警戒していた。
ユグドラシルからこの世界に自分が来たように、『他のプレイヤー』もこの地へ来ている可能性……そして、その危険性を。
──詳細は省くが、モモンガが所属していたギルドは、ユグドラシルにおいて悪名がこれでもかと広まっていた極悪ギルドだ。
もちろん、極悪なのはあくまでも、そういうロールプレイをしていただけ。実情は気の良い人たちばかりで、極悪とは名ばかりの者たちばかりだ。
けれども、それは仲間内に対する話であって、やはり、外側から見れば極悪に見えたことだろう。
なので、ユグドラシルにおいて、モモンガたちのアンチはそれなりにいる。モモンガが警戒しているのは、こういうアンチたちがこの世界に来ていないか……という点だ。
……NPCたちは、他のプレイヤーの事をほとんど知らない。
NPCたちを信頼していないわけではないが、ユグドラシルというゲームに一番精通しているのはモモンガであり、その有利性は単純なレベルでは測れない。
万が一、NPCたちが気付かぬ内にプレイヤーたちと戦い、この地にやって来ていたプレイヤーたちが一致団結してしまうならば……それを、モモンガは一番恐れていた。
故に、モモンガはアンデッドの身体を鎧で覆い隠し、人間のフリをして、お供(ナーベ)を付けて(望んで付けたわけではない)、冒険者に扮して、情報収集などを行っていた次第である。
……。
……。
…………そうして、モモンガ改め『モモン』として一時的に名を改めた彼は、冒険者となり……護衛任務に就いた。
この世界のモンスター(この世界では、亜人とか異形種とか言われている)と戦い、そのあまりの弱さに呆れながらも、まあまあ順調だな……と、暢気に考えていた。
──はっきり言おう。そんな甘い考えは、一瞬で吹き飛んだ。
ゾーイと名乗ったその女を目にした時、モモンは……いや、モモンガは、己の心臓が止まったと錯覚するほどの衝撃を受けた。
(ちょ、調停者ゾーイ!? 非公式チートだと!? まさか、こいつもこの世界へ!?)
アンデッド化による抑制が無ければ、驚愕のあまり声すら上げていただろう。この時ほど、モモンガはこの抑制が働いた事を嬉しく思った事はなかった。
何故ならば、だ。
この女に関しては、モモンガだけでなく……ユグドラシルをプレイしていた者なら、初心者でも知っているぐらいに有名な存在であったからだ。
──調停者ゾーイ。またの名を、星晶獣『ジ・オーダー・グランデ』
公式アナウンスにも記載されていない、謎のプレイヤー。当時は運営が用意したNPCという噂があったぐらいに、全てが謎に包まれた存在だ。
まず、滅多に見付けられない。発見出来る場所も町中ではなく、フィールドのどこかでポツンと立っている事が多い。
話しかけてもお決まりの台詞を幾つか返すだけで、一切イベントが発生しない。
攻撃しても対象をすり抜けるということもあって、当初は町人などの野良NPCの一種だと思われていた。
だが……そうではなかった。
調停者ゾーイがその真価を始めて発揮したのは、ユグドラシルにおける均衡が崩れた時。
具体的には、ユグドラシルが始まって、日に日に人気が膨れ上がり、毎日新規プレイヤーが増えていた頃……当時、ユグドラシルでは由々しき問題が発生していた。
通称、異形種狩り。いわゆる、プレイヤーキラーだ。色々な理由があって、それを行うプレイヤーが後を絶たなかった。
その流れは運営がアナウンスしても止まらず、プレイヤーによるPK(プレイヤー・キル)が横行し過ぎてPK専門ギルドが発足し、その規模がデカすぎたせいもあって運営が本腰を入れて対処しないとプレイヤー離れが起きかねない……そんな状況になりかけた時であった。
──世界の均衡が崩れる可能性が生まれた時、私は顕現する!
その言葉と共に、それまで野良NPCだと思われていたゾーイが剣を抜いた……その後の事を、簡潔に述べると、だ。
PKギルドは、軒並みゾーイに破壊された。
最高位の装備で身を固めたプレイヤーすらもまるで歯が立たず、小一時間ほどでギルドが一つ破壊されていったのだ。
おかげで、調停者ゾーイの名は瞬く間に広まった。
だが、ゾーイの名を絶対のモノにした理由はそこではなく、ユグドラシル全盛期に至った時……運営より、とあるイベントが打ち出された事がキッカケであった。
──『特異点を、調停者ゾーイより守り通せ!』
それが、イベント名であった。そして、その内容は、そう複雑ではない。
簡単にまとめると、『特異点』という名のストーン(という名の、大きな石碑)を、ゾーイに壊されないように護るだけのイベントだ。
イベント参加者に制限は無く、ギルドの垣根無く参加が許され、功績に合わせて運営よりレアアイテムがプレゼントされるというモノだった。
もちろん、腕に覚えのある人は皆参加した。
モモンガだって参加したし、モモンガが所属しているギルドの人達全員(予定が合わなかった者は除く)が参加して、いざ尋常に……と、誰もがイベント開始に合わせて身構えた。
『──世界の均衡が崩れる可能性が生まれた時、私は顕現する!』
そうして、そこから先には……地獄が広がった。
…………。
……。
……。
……。
……。
…………ふっ、と。
「……モモン様、どうなされましたか?」
しばらく、放心していたのだろう。
ハッと我に返ったモモンガ……否、モモンは、周囲に聞かれないよう潜ませた、ナーベの淡い問い掛けに……考え事をしていただけだと答えた。
そう、昔の事を思い出していた。
今はもう居ない、仲間たちの事を。ユグドラシルの野良ラスボス、歩いてくるラスボスとも揶揄された、調停者ゾーイとの戦いを。
「そうでしたか、邪魔をして申し訳──っ、まさか、あの女の事で気に障ることが?」
「え、いや、別にそんなことは……」
「あのガガンボ……! 少々お待ちを、私が掃除致しますので」
「待て、いや本当に待て、頼むから待て、これは命令だ!」
ほとんど反射的に、モモンはナーベの頭を叩いていた。
途端、涙目になって「も、申し訳ございません」頭を下げるナーベに、とりあえず彼女に手を出すなと厳命しておいて……チラリ、と先頭を歩くゾーイを見やる。
(よ、良かった、聞こえていなかったみたいだ……ほ、本当に良かった……!)
幸いにも、モモンたちは背後を警戒する為に最後方に居たし、声を潜めていたので誰も気付かなかったが。
それでもなお、モモンは鎧の下で冷や汗を流していた。
まあ、アンデッドだから汗は出ないけど。
(それにしても、ナーベめ……お、恐ろしいことをするやつだ! 何の準備もせずに調停者ゾーイに戦いを挑むとか、手の込んだ自殺も同然だぞ!)
そう内心にて吐き捨てながら、モモンは……あの日、初めてゾーイと戦った日の事を、改めて思い出した。
(調停者ゾーイ……仮に、俺の知るゾーイであるならば……俺一人で挑むのはあまりに無謀。現存するワールドアイテム全部使っても勝ち目がない……)
あの日、あの時……結果だけを言えばボロ負けしたモモンだが、そのおかげで分かった事が幾つかある。
まず、ゾーイと戦うには、事前に相応の準備がいる。
具体的には、戦闘に参加するプレイヤーは、レベル100が絶対条件。
基礎ステータスの影響か、プログラム上そうなっているかは不明だが、レベル99以下では如何にバフを掛けてもほとんどダメージが通らない。
並びに、神器級(ゴッズ)と呼ばれる、入手に至るまで超高難度の装備を、最低二つは装備しておく必要がある。特に、アタッカーは神器級の武器が必須である。
他にも、HP回復アイテムを始めとして、各種状態異常を回復するアイテムも必要。対ゾーイ戦に合わせて、アイテムボックスの中身を整理する必要がある。
そして、戦う人数だ。
対ゾーイ戦は、兎にも角にも人数が居る。ギルド単位で協力して挑まなければ、そのまま力技で押し込まれてしまう。
おそらく、始めから協力して倒すのが前提になっているのだろう。
というのも、ゾーイは……ある一定ラインよりHPが減少すると、通称『調停モード』に移行するのだが……これがまた、凶悪なのだ。
耐性をぶち抜く確定即死攻撃を始めとして、プレイヤーに掛けられたバフを全消去。そこから更に、対象キャラのHPをグループ単位で1にするという技まで放ってくる。
これの何が恐ろしいって、召喚モンスターを使った、ユグドラシルでは御馴染みの戦法の効果が半減してしまうのだ。
なにせ、直後に通常攻撃(広範囲3連攻撃)を放ってくるので、シャレにならないというか……正気か運営はと、どれ程のプレイヤーが怒り狂っただろうか。
そのうえ、ゾーイには……敵対した相手のHPが25%を下回った状態で放置すると、『調停』と呼ばれる特殊なバフが自身へ自動的に掛かる仕様となっている。
これは、ゾーイの放つ一部の攻撃(割合ダメージ)ダメージ量が上がるというもので……まあ、想像するまでもなく、お察しな通りの凶悪さである。
そして、何よりも……人数を揃える最大の理由は、ゾーイのHPが非常に……いや、異常に高すぎるのが原因だ。
おかげで、事前準備無しで挑むと、HPを削る途中で回復アイテムが底を突くという事態になってしまう。
そして、そのままHPが25%以下のプレイヤーが続々出て来るに合わせて、『調停』のバフが掛かったゾーイの猛攻が更に激しさを増して行くという悪循環。
人数が足りていないと、ゾーイの猛攻を受けて攻撃に回れる人数が減ってしまい、そのまま押し切られてしまう危険性が一気に跳ね上がってしまうのだ。
……いちおう、初心者救済処置として、戦いに挑むプレイヤーが全員レベル99以下の場合に限り、通称『手加減ゾーイ』状態で戦闘が始まる……が、しかし。
(アイテムでレベルを誤魔化すと、通称『ブチ切れゾーイ』になってレベル250とかいう意味不明な状態になるんだよなあ……)
──やはり、ゾーイと争うのは絶対に避けるべきだろう。改めて、モモンはそう思った。
ギルドメンバーが全員揃っていた時ならともかく、現在のナザリック大墳墓の戦力では、逆立ちしたって太刀打ちできないのは明白だから。
(とりあえず、ゾーイに関しては細心の注意を払って監視を続けるしかあるまい。敵対された場合……ふう、考えるだけ嫌になるな……)
──ふわり、と。
高ぶりかけた気持ちが、落ち着くのをモモンは自覚する。
ゾーイと一緒に歩いているだけで平常心を失い、その度に抑制が掛かってしまう。
正直、これだけでも相当に苛立ってしまう状況で、その苛立ちすら抑制されてしまうから、何とも表現し難い気持ち悪さを覚える。
だが……下手にボロを出すわけにはいかない。
(先ほどの台詞……はっきりと気付いてはいないようだが、俺がアインズ・ウール・ゴウンのモモンガだという事に勘付いたか?)
(ゾーイは善悪で敵対するわけじゃない……だが、ナザリックの今後の行動次第では、均衡を崩す存在と思われる可能性は、0ではない)
(調べる必要はあるが……駄目だ、焦って動くな。敵対すれば、ナザリックの敗北は必至。とにかく、ゾーイとの敵対だけは絶対に避けなくては……!)
何故なら、モモンの正体は極悪ギルドのモモンガだ。
この世界に来る前ならともかく、今のモモンは……紛れも無く、化け物である。
そして、NPCたちも同様だ。モモンにとっては友人たちの子供のように思えても、ゾーイにとっては均衡を崩す存在としか思われない可能性が極めて高い。
──今後は、もっと慎重に戦力を補強していく必要があるようだ。
最終的に、そう結論を下したモモンは……ひとまず、ヘルムの下で静かにゾーイの行動を監視することにした。
ちなみに、ドジっ子発動してナーベが攻撃していたら、ゾーイの反撃でナーベは即死です
『手加減ゾーイ』ならともかく、レベル100のモモンガが居るので手加減されませんし、ナーベ自身は本来前衛ではありませんから……