そこには、様々な造形の墓や棺が等間隔に設置されている。なるほど、大墳墓というだけあって、広大な面積全てが死を連想させるモノが安置されていた。
で、かたかた、かたかた、と。
地下通路を進み、地下2階(と、思われる)へと降り立った『フォーサイト』一向の前に出現したのは……大量のスケルトンであった。
スケルトンは、この世界においても弱いアンデッドとされている。もちろん、一般人が相手をするなら危険なアンデッドではあるが、まあ、その程度の強さである。
とはいえ、それが約200体。数の力を、甘く見てはならない。
1体が弱くとも、一度に200体も押し掛ければ、手慣れた冒険者とて押し負けてしまう。そして、アンデッドには……絶対に軽視してはならない特徴がある。
それは、アンデッドが同じ場所に留まり続けると、より高位のアンデッドを生み出し、あるいは、呼び寄せてしまうという特徴だ。
故に、対アンデッドの鉄則は、とにかくアンデッドを集結させないこと。そして、倒す場合は確実に倒しきったのを確認すること。
なにせ、アンデッドは知性を失い、疲労を感じない。痛みにも強いらしく、乱戦になれば、傍のアンデッドごと襲い掛かることに、何一つ躊躇しない。
つまり、対生物における、痛みによる足止めが一切通用しないのだ。
1体なら軽く跳ね除けられても、それが10体で押し込まれてしまえば負ける。ただ襲い掛かるだけの存在だからこそ、アンデッドは命ある者に怖れられているのである。
ゆえに、だ。
まるで、申し合わせたかのように出現したそれらを前に、『フォーサイト』は……これが、ただ単にアンデッドと遭遇したわけではない事に、気付いていた。
「──奥にまだ居る! 凄くヤバい気配!」
レンジャーであるイミーナが、素早く敵勢力を把握する。
約200体のスケルトン……それ自体、対処は簡単だ。
時間は相応に掛かるが、たかがスケルトンに遅れを取る『フォーサイト』ではない。いくらでも戦い様があるし、対応出来る自信はあった。
「あれは──嘘っ、『
だが……それにも、限度というものがある。その正体に気付いたアルシェは、堪らず悲鳴を上げた。
暗がりの奥より姿を見せたのは、体長2メートル強のアンデッド。角が付いた兜と、ボロボロのマントを見に纏い、おぞましき形相をしている。
右手には人間など真っ二つに出来そうな巨大な刃を。
左手には、身体の大部分を隠せる巨大な盾を構えて。
雄叫びをあげながら、『フォーサイト』へと迫ってくる。その迫力は100メートル以上離れていても伝わるほどで、他の面々も思わず一歩退くぐらいであった。
「アルシェ、『
眼前まで迫って来ていたスケルトンの相手をしつつ、ヘッケランが叫んだ。
「ほ、本でしか見た事がない──昔、お師匠様が名のある高官たちを引き連れて命がけて討伐した、伝説のアンデッド!」
「はあああ!!?? なんでそんなやつがこんな場所にいるんだよ!?」
「知らない、そんなの分からない──逃げてリーダー、絶対に敵わない!!」
「──っ! 全員撤退! 急いで外へ逃げるぞ!」
完全に戦意を喪失したアルシェの言葉に、ヘッケランは──即座に撤退の指示を下す。
アルシェ以外知らなかったが、その判断は間違っていなかった。
何故なら、アルシェの言う通り、『
単純に、強いだけではない。強さだけでも驚異的だが、そこではない。
この『死の騎士』の恐るべき点は、『
つまり、ここで『死の騎士』に殺されてしまえば最後、『フォーサイト』たちはアンデッドの仲間入りを果たしてしまう。
その後は討伐されるその時まで、未来永劫さ迷い続ける──そんなのは嫌に決まっているからこそ、『フォーサイト』は一斉に踵をひるがえして全力逃走──
「滅する!」
──しようとしたが、そうはならなかった。
何故かといえば、ただ一人だけ……『調停者ゾーイ』が、反撃したからだ。
普通に考えたら、1人が反撃に出たところで返り討ちに遭うだけだ。少しばかり時間稼ぎにはなるだろうが、結果的には敵が1人増えるだけなのだから、大して意味はない。
だが……反撃に出たのが彼女であることが、その普通を覆した。
蒼天の銃より放たれた光弾が、スケルトンの群れに大穴を開け、そのまま『死の騎士』の頭部に直撃する。勢いを殺しきれず、どでんと仰向けになった
スケルトンの半分を呑み込んだ、一発の光線。
以前、王都を襲った悪魔の身体に穴を開けた一撃だ。
しかし、体勢こそ崩したものの、『死の騎士』は何事も無かったかのように身体を起こし──直後、撃たれた。
すると、今度は立ち上がらなかった。
砕けた顔が再生することもなく、サラサラと空気に溶け込むようにその身は崩れ……あっという間に、跡形も無くなってしまった。
「……なるほど、ユグドラシルと同じ。どんな攻撃であれ、HP1で一度は耐えるのか」
ポツリと零れた彼女の呟きに、答える者は1人もいない。
無造作に放たれた二発目、三発目の光線。それらは勢いを失ったスケルトンたちを呑み込み、軽い爆発と共に……完全に、アンデッド達は塵と化した。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
その、あまりに一方的な決着を前に、逃げる体勢のまま呆気に取られている『フォーサイト』。誰もが、言葉を失くしていた。
──微力ながら、力を貸す。
そう言ったのは彼女だが、『フォーサイト』は勘違いしていた。
彼女にとって微力というのは、あくまでも彼女の基準。そう、人間たちにとって伝説的なアンデッドであっても、所詮は人の基準。
レベル200の彼女にとって、『死の騎士』など、たかが『死の騎士』。せいぜい、1ターンの時間を稼ぐ程度の相手に過ぎないのだ。
……。
……。
…………で、だ。
「ヘッケラン」
「……え、あ、はい」
呼ばれて、我に返ったヘッケランは。
「今しがた倒した『死の騎士』だが、アレは弱い。少なくとも、この墳墓の中では戦力として数えられてはいない」
「え?」
「この墳墓に潜む相手は、それ以上だ。だからこそ、尋ねたい。ヘッケラン、それでもこの奥へと進むつもりか?」
「…………」
そんな、彼女の実力の一端を垣間見て……しばし視線をさ迷わせた後……おもむろに、顔を上げた。
「正直、帰りたい。撤退すべきだって、心の底から思っている」
「うん、そうか」
「でも、さすがにこのまま帰ったら何だかんだ言い訳されて、前金のみで踏み倒される可能性が高い」
「うん、なるほど」
「だから……非常に心苦しいのだけれども、せめてここがどういう場所なのか……それが一目で分かる証拠でもあれば……いいかな?」
「うん、わかった。では、向かうとしよう」
微笑みと共に頷いた彼女は、蒼天の銃を剣に変えて……ひゅん、と空気を切り裂いて、蒼き輝きを僅かに立ち昇らせた。
……その、何とも頼りになる姿を見た『フォーサイト』……というより、アルシェとロバーデイクは。
「……ロバーデイク、私、この仕事が終わったら毎日の日課にお祈りを追加するね」
「それは、喜ばしいことです。無垢な祈りは、神の御許に届きますから」
「……私も、いいかな?」
「もちろん、構いませんよ。祈る想いが重要なのですから」
ふんす、と気合十分のゾーイの後ろ姿を見やりながら、静かに手を合わせる(イミーナも追加された)のであった。
……。
……。
…………一方、その頃(パート3)
再びギルドアタックを仕掛けられつつも『調停者ゾーイ』の正気度を確認していた、『アインズ・ウール・ゴウン』の最奥の玉座に腰を下ろしている悟は。
「……落としどころ、でございますか?」
「うむ。おそらく、ゾーイもそれを探っているところだろう。私としても、事をこれ以上荒立てたくないと考えている」
「しかし、それを探るという事は、向こうもこちらの戦力を把握しきれていない可能性が……このままですと、こちらの懐を探られたまま終わってしまいます」
「それで構わない。どうせ、ゾーイの動きを止められるだけの防衛システムを起動させた時点で、ナザリックの資金の半分以上を失うわけだからな」
「しかし、栄誉ある我がナザリックへ土足で踏み込んだ愚か者を、このまま放置するのは……それに、地の利はこちらにあります。今こそが、好機かと進言致します」
「確かに、思うところはあるだろう。だが、栄誉に固執するあまり、負けを拾うのは愚か者のすることだ」
油断している今がチャンスだと、攻勢に打って出ようとする守護者たちの進言を拒否し、あの手この手で落ち着かせていた。
いや、落ち着かせるというよりは、なだめて留めようとしている……といった感じだろうか。
NPCに定めた設定がそうさせるのか。
あるいは、自我を持ったことで発芽した性質なのか。
それとも、ユグドラシル時代から隠し要素として有ったのか。
それは、今となってはおそらくゾーイ自身にも分からないことではあったが、ひとまず、悟がこの時、NPCたちに抱いた……率直な感想は。
(冷や水を掛けられるって、こういう……あ~、これはアレだ……空気読めってやつだな)
ユグドラシルで、至高の御方たちを見て、お前らはいったい何を学んで来たのかという、軽い失望であった。
何故なら、これは……状況こそ特殊ではあるが、互いに縛りを付けた、ギルド攻防戦みたいなものだ。
ゲームではないこの世界で言うのもなんだし、先ほどまでは本当に危なくて違っていたけれども、今は違う。
そう、今は、見方を変えればお遊びなのだ。互いに勝利条件を設けた、変則的なプレイヤー同士の戦いみたいものなのだ。
その証拠に、彼女は……ゾーイは、請負人たちを気遣いながら、こちらに対して加減して戦っている。
つまり、本気で戦うつもりなど、ないのだ。
本気で戦うつもりなら、足手まといにしかならない彼らをまず、墳墓の外へ連れて行くだろう。少なくとも、今の彼女ならば、そのように行動するはずだ。
それをしないということは、そういう事なのだ。
だから、互いに言われずとも察して認識しているからこそ、このお遊びは今も続いているのだ。
それを、NPC……アルベドたちは、台無しにしようとしている。信じられないことに、NPCたちは理解出来ていないのだ。
どのような決着に至る事になろうとも、お互いが決めたルールを破ってはならない。
ねちっこく、ギリギリグレーを狙えと言っていた仲間の1人も、ルールを反故にするような事まではしなかったのに……いったい、誰の影響だとでもいうのか。
(……そうだよな、思い返せば、どうしてNPCたちはここまで人間に対して好戦的なんだ?)
異常としか思えないぐらいに人間を害そうとする眼前のNPCたちを前に、悟は……内心、首を傾げていた。
もちろん、全てのNPCが人間に対して敵意を抱いているかといえば、そんなこともない。
けれども、そんなNPCですら、ナザリックというモノを特別視している。それは、たしか全NPCの中でカルマ値が一番高いセバスも例外ではない。
(セバスですら、ナザリック……俺の不利益になると言われたら、ツアレを本気で殺そうとしたらしいから……やっぱり、特別なんだな)
……ゾーイに対して敵意を抱くのは、まだ分かる。
仲間であるデミウルゴスを殺された恨みから、とにかく仇を取ってやろうという、その気持ちは理解出来る。
しかし、それとは別に、今も見せつけられている……『ナザリック』に対して、ひいては、
いや、『ナザリック』が大事という、その気持ち自体は、痛い程に分かるのだ。
悟にとって、『ナザリック』は大切な思い出の場所であり、皆で作り上げた場所だ。言うなれば、悟にとっては青春そのものと言っても過言ではない。
しかし、それはあくまでもゲームなのだ。
悟とて、今みたいな事態に陥らなければ、寂しさを抱えたままに何時もと同じ朝を迎え、もしかしたら、新たなゲームの世界に身を投じていたかもしれない。
──そう、そうなのだ。
心の何処かで寂しさを覚えつつも思い出が終わることには納得していたし、仕方がないと悟だって考えていた。
実際、オーバーロードとしてこの世界に現れた時、悟が最初に思ったのは、このままユグドラシルが続く事よりも……明日の仕事のことであった。
あの瞬間、あの時点で、鈴木悟は、『ユグドラシル』が終わるのを受け入れていた。ナザリックとの別れも、そのままに受け入れていた。
──そう、そうなのだ。
あの時、悟は……喜ぶよりも前に、明日の仕事に差し支えることを考え、運営の不手際に対して苛立ってすらいたのだ。
だって、ゲームだから。
10年以上も続けてきたゲームではあるけれども、それでも、これはゲームであり、己もまた現実(リアル)に戻らなければならないことを受け入れていた。
その証拠に……ああ、そうだ。
その証拠に……NPCたちの顔を順々に見やりながら、悟は思う。
(俺にとっても、ユグドラシルは大切だ。でも、誰かを殺してまで守りたいとは思わないし、そんな事をしても、皆は絶対に喜ばないことぐらい分かっている)
だが、NPCたちは違う。
どのNPCたちも、本気だ。心から本気で、己のやる事成す事全てが至高の御方に通じ、そのように作られたと本気で考えている。
──そんなわけがないのに。
少なくとも、仲間たちは誰一人として、そのようには作っていない。あくまでも、各々の思い描くお遊びに過ぎない。
ある意味、己よりもよほど『ナザリック』を、今は居ない仲間たちを特別視しているのでは……あ、いや、待てよ。
(……ああ、そうか、そうだったのか)
この時、この瞬間……悟は、鈴木悟は、以前より幾度となく感じていた、NPCたちから覚える違和感の正体に気付いた。
(こいつらは、俺たちを見ているんじゃない。俺たちが演じていた、アバターを見ているんだ。『鈴木悟』じゃなくて、『モモンガ』……それが絶対であり、けして変わらない事実なんだ)
そうして、その瞬間……不思議と、悟は受け入れていた。
今まで似たような事を思う時はあったし、分かっていた事だけれども。
(俺たちが作ったNPCたちは、サービス終了のあの時に消えたんだ。ここに居るのは、NPCたちの皮を借りた、全く別の存在なんだな)
この時、悟は……初めて、いや、改めて。
(俺たちの……いや、俺のユグドラシルは、あの時に終わった……終わってしまったんだな)
その事実をハッキリと受け入れたことを、深く自覚した。ふう、と息を吐いた悟は、目を瞑って……NPCたちの戯言を無視しながら、過去の思い出に浸るのであった。
……。
……。
…………だが、その時であった。
「アインズ様、ゾーイ一行が転移罠を踏みました。それに伴い、問題が一つ発生致しました」
パンドラの呟きが、悟の頭に響いた。
他のNPCだったら無視していただろうが、相手がパンドラであれば無視するわけにはいかない。
「……ほう、何処へ飛んだ? それに、問題とは?」
モニターを見ていなかったので、率直にパンドラへ尋ねれば、素直に答えてくれた。
「リザードマン……いえ、『森の賢王』が管理する区画へと飛びました。転移の事故は起こらず、全員無事です」
「それは良かった。で、問題とは?」
「どうやら、転移先には先客が居たようでして……」
「最初に入った男たちか?」
「いえ、どうやら、私がうっかり道端に落としてしまっていた転移罠によって移動した、新たな請負人でして」
「え?」
訝しむ悟を他所に、パンドラは表示されているモニターの一つを指差す。そこには、確かに見慣れぬ4人組の請負人が映っていた。
構成人数4人。人間の男が1人に、みすぼらしい恰好の女が3人。なんとも、不思議なメンバーであった。
「『
「え?」
「ちなみに、女3人は奴隷のエルフです。全員耳を切り落とされており、日常的に暴力を振るわれているとのことでした」
「……え?」
言っている意味が分からずに首を傾げる悟に対して、パンドラも首を傾げる。
骸骨とハニワ顔が互いに顔を見合わせながら、互いに首を傾げるという……コントのような状況が、しばらく続いた。
冷静になってから、改めて自覚しちゃう話
悟の心が完全にナザリック(NPC)から離れ、全ては過去の思い出であり未練なのだと改めてわかっちゃう話