オーバーロード 降臨、調停の翼HL(風味)   作:葛城

25 / 57
ほのぼのタイムは終わった、いいね?


あるまげどん・その4

 

 

 

 転移罠を踏んだ時、彼女の脳裏を過ったのは、『フォーサイト』の安全であった。

 

 

 けれども、その不安はすぐに解消された。

 

 どうやら、本当にただ転移させるだけだったらしく、転移中にダメージを与える類のモノでなかったことに、彼女は安堵した。

 

 その手の罠は基本的に大したダメージにはならないが、それはあくまでもプレイヤーを基準にしたものだ。

 

 即死ダメージこそないが、割合ダメージだった場合はシャレにならない。HPの半分も削る罠なんて、この世界ではほとんど致命傷になりかねない怪我だからだ。

 

 

「……む?」

 

 

 そんな不安を振り払うように、全員の無事を確認し終えて、すぐ。

 

 通路の向こう、数十メートル四方の空間が広がっているそこに、見慣れぬ男が1人、見慣れぬ女が3人、そして、何処かで見た覚えのある……なんだろう、ハムスターみたいなやつがいた。

 

 

(ハムスター……はて、何処かで見た覚えがあるような……)

 

 

 いや、覚えはあるのだ。

 

 巨大であることに加え、何やらサソリを思わせる大きな尻尾まで付いている。とても、特徴的だ

 

 だが、どの場面で見掛けたのか……あ、思い出した。たしか、『冒険者モモン』がテイムしたとか話していたモンスターだ。

 

 

(……あ、なるほど。居て、当たり前か)

 

 

 どうしてここに……そんな疑問が脳裏を過ったが、すぐにその疑問は消えた。

 

 何故なら、『冒険者モモン』の正体はアインズ……つまり、鈴木悟だ。そして、この墳墓は鈴木悟が主を務める、『ナザリック地下大墳墓』。

 

 野に解き放ったのであればともかく、そのままテイムしたままならば、ここの何処かに居ても不思議ではない。

 

 下手に外へ放置してしまえば、場合によってはハムスター(?)から情報漏えい。情報を集めてから慎重に動く以前のアインズであれば、むしろ当然の判断と言えるだろう。

 

 

 ……で、だ。

 

 

 その、巨大ハムスターを中心にして……どう判断すれば良いのか分からないが、不思議な空間がそこには広がっている。

 

 

 まず、どデカい身体に見合うハムスター体型で、ドドンと座り込むハムスター。なるほど、体当たり一つで人間などミンチにしそうだ。

 

 それの前に立つ、剣を構えた男。装備は軽装で、パワーやタフネスよりも、スピードで相手を翻弄する……といった感じだろうか。

 

 

 その証拠に、持っている武器は細身の剣だ。

 

 

 戦闘中に破損すれば、基本的に死が確定するこの世界。一般的に、使用される武器は頑強で分厚い物が主流であり、細身の武器を使う時点で、相応の自信と実力を有している証でもある。

 

 事実、男にはその剣以外に武器を所持していない。そして、見える背中に怯えも感じ取れない。

 

 つまり、夢見がちな素人が不運にもやって来てしまった……というわけではないのだ。

 

 そして……チラリと、その男の背後……というより、後方にて固まっている3人の女を見て、彼女は。

 

 

「──アルシェ、アレは、許されている事なのか?」

 

 

 率直に、最年少ではあるが、この場で一番の知恵者であるアルシェに問うた。

 

 

 どうして問うたのかと言えば、女たちの恰好……感じ取れる雰囲気から、明らかに仲間(一時的な関係だとしても)ではないと思ったからだ。

 

 

 有り体に言えば、怯えている。そして、男に対して憎悪を抱いている。

 

 だって、男に向かって女たちは一切フォローに回ろうとしていない。それは信頼から来る油断ではなく、命令されない限りは手助けしたくないという仄暗い意思。

 

 こちらに背を向けている形なので表情は分からなかったが……一か所に固まっている女たちからは、そんな気配を彼女は感じ取った。

 

 

「アルシェ、アレは悪い事なのか? ここでは、問題ないのか?」

 

 

 だからこそ、問う。アレが、この地では許される行為なのかどうかを。

 

 

「……い、いちおう、合法です。個人的には、物凄く不快な話ですけど」

 

 

 対して、問われたアルシェは……目を逸らし、非常に言い難そうにしながらも、誤魔化したりはせずに答えた。

 

 何故なら、ここで誤魔化してはならないと本能的に思ったからだ。

 

 これが潔癖な一般人相手であれば、しらばっくれて誤魔化していただろうが、相手は調停の神。人の基準で測れる相手ではない。

 

 下手に嘘を付いて心象を悪くするぐらいなら、素直に答えた方が良いと……反射的に判断したからこその、返答であった。

 

 

「アルシェの言葉を付け足すけど、帝国ではエルフの奴隷はいちおう合法なの。胸糞悪い話ではあるけどね」

 

 

 知恵者とはいえ、年齢的に経験が足りていないアルシェの反応を見て、サッと口を挟んできたのはイミーナであった。

 

 

「エルフ?」

「こんな場所に連れて来られる奴隷なんて、エルフ以外いないから」

 

 

 首を傾げた彼女に、イミーナは吐き捨てるように答えた。

 

 

「帝国で奴隷といえば、一般的には森妖精(エルフ)。説明すると長くなるけど、帝国ではエルフの奴隷を持つこと自体は違法じゃないの。まあ、抜け道みたいなものよ」

「抜け道?」

「エルフを捕らえて奴隷にするのは、違法。でも、他所の国で奴隷にされたエルフを購入して、所持するのは合法。だから、抜け道」

「なるほど」

「人間を奴隷にすると手続きとか色々と大変だけど、エルフならそこらへんを全部無視出来る。人間じゃなくて、商品だから……ね、胸糞悪いでしょ」

「そうか、分かった。なるほど、胸糞悪い話というやつなのだな」

 

 

 頷く彼女に、黙っていたヘッケランたちも一言加える。

 

 

「勘違いしないで欲しいけど、あれは本当に酷いから。剣の腕だけは確かだけど、人間性がねえ……正直、俺はあんなのは嫌いだから」

「ええ、ヘッケランの言う通り。噂には聞いていましたが、アレはかなり下劣な男のようです」

「うん、それも分かった。大丈夫、君たちは違う。心配しなくていい」

 

 

 納得した彼女は、スタスタと広間へ入る。

 

 

「……あっ、君たちでは危ないから、そこに居てくれ」

 

 

 と、『フォーサイト』たちに指示を出した彼女は、気付いた奴隷エルフたち3人がビクッと総身を震わせているのを尻目に……男の横を通る。

 

 

「おい、待て。お前、俺の前に──」

「死にたくなければ、下がれ。私自身、君を護りたいという意識は薄いから」

「は? お前は何を──」

 

 

 聞く必要はないと判断した彼女は、そのままハムスターの眼前に立った。

 

 

「私の事を覚えているか?」

『おや……もしや、カルネ村の時に一緒だった娘でござるか? 久しぶりでござるな』

 

 ──喋った!? 

 

 

 この場に居る誰もが、ギョッと目を見開いた。予想外だったのか、彼女に文句を言おうとしていた男も、思わず動きを止めた。

 

 けれども、彼女はその事に気付かず、軽く頷いた。

 

 

「覚えていてくれて嬉しい。君がここに居るということは、アイツから私の相手をしろと命令されたのか?」

『アイツ……あ、いや、違うでござるよ。某、ここで蜥蜴人(リザードマン)の者たちより、訓練を受けているでござる』

 

 

 言われて、彼女の視線が……気付かなかったが、部屋の隅にひっそりと隠れるようにして集まっている蜥蜴人を捉えた。

 

 蜥蜴人というだけあって、彼らの外見は二足歩行の蜥蜴(あるいは、ワニ)で……どうしてか、目線を向けた瞬間、彼らは一様に震えてさらに身を引いてしまった。

 

 

 …………? 

 

 

 何故、怖がるのか……分からず、彼女は首を傾げる。

 

 そんな動作ですら、ビクッと総身を震わせて尻尾を抱え込むように丸めてしまっている彼らを見て、彼女は再び首を傾げ……まあいいかと、ハムスターへと視線を戻した。

 

 

「では、侵入者に対して、君はどのような行動を取るように指示を受けているのだ?」

『軽く脅して警告した後に、帰らせろと。それでも更に向かって来るなら、状況に応じて殺すのも致し方ないという話でござる』

「そうか、分かった」

 

 

 聞きたい事を聞き終えた彼女は、軽く笑みを浮かべながら。

 

 

「では──」

 

 

 音も無く、蒼天のように輝く剣と盾を出現させ、刃をきらめかせると。

 

 

「──私が、相手になろう」

 

 

 その切っ先を、ハムスターへと向けた。

 

 

 『いや、止めてくだされ。某、(つがい)(つがい)も見つけてもらっていないのに、まだ死にたくないでござる』

 

 

 直後、ハムスターは白旗を上げた。

 

 態度こそ蜥蜴人ほどの反応ではないが、よくよく見れば腰が引けているのが丸分かりであった。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………??? 

 

 

 少しばかりの間を置いて、彼女は困惑したかのように目を瞬かせた後……おもむろに、剣を下ろした。

 

 

「戦うのでは、ないのか?」

『正直、戦いたくないでござる。以前の時ならともかく、今のお前は別物でござる。ビリビリと、全身が痺れるような怖さを感じるでござるよ』

 

 

 ほら──そう言って差し出された手(というより、前足?)を見て見れば、なるほど、毛が逆立っているのが見えた。

 

 

『確実に勝てない相手が出たら逃げていいと指示を貰っているでござる。だから、ここは見逃してほしいでござる』

 

 

 そう、言われた彼女は……無言のままに、『フォーサイト』へと振り返る。

 

 どうしてかと言えば、判断を仰いだわけだ。彼女としては、眼前のハムスターを倒さないのであれば、それでも良かった。

 

 

 とはいえ、それは『フォーサイト』とて同じこと。

 

 

 戦う必要でないのならば、それが一番だ。

 

 『フォーサイト』からすれば、全員で挑んでも返り討ち確実な相手だ。まともに戦えば、30分と持たずに全滅は必至だろう。

 

 なので、仮に奇襲を狙っているのだとすれば、ここで彼女(ゾーイ)に倒してもらった方が後々は安全である。

 

 

 けれども……『フォーサイト』の面々は、互いに顔を見合わせた。

 

 

 何故なら、『フォーサイト』の目的は、この墳墓の調査だ。間違っても、墳墓の中を掃除しろという内容ではない。

 

 そりゃあ、墳墓だからアンデッドが登場することぐらいは予想していたし、それも仕事の内だとは思うが……さすがに、これは契約外であった。

 

 

「……殺し合う理由なんてないし、向こうもその気がないなら、それでいいんじゃないかな」

 

 

 と、いうわけで、ヘッケランが出した結論は、特に不思議な点もない常識的なモノであった。他の面々からも、特に反対意見は上がらなかった。

 

 

 ……まあ、リーダーであるヘッケランがそう言うのであれば。

 

 

 そう、判断した彼女は、剣と盾を消す。

 

 途端、ハムスターのみならず、部屋の隅で固まっている蜥蜴人たちからも、ホッと気が緩む。ふわりと、張り詰めていた緊張が緩んだ。

 

 

「『能力向上』──『能力超向上』──!」

 

 

 その、瞬間であった。

 

 

「『縮地改』っ!!」

 

 

 おそらく、好機とでも判断したのだろう。

 

 誰もが注意を逸らした、その時──何時の間にかハムスターの間合いに飛び込んだ男は、常人では認識することすら不可能な速度で斬撃を──。

 

 

「あっ」

「えっ?」

 

 

 ──放った瞬間、それはハムスターの尻尾に止められ、返された前足の爪が、あっさり男の右腕を切り落としたのであった。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………誰もが呆気に取られた、直後。

 

 

「──ぎぃやああああぁぁああぁぁぁあああ!!?!?!??」

 

 

 ようやく、状況を理解した男は……痛みを覚えてしまうほどの、野太い絶叫を上げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………一方、その頃(パート4)

 

 非常に素行に問題があるらしい男……名を、エルヤー。

 

 それが、『調停者ゾーイ』と接触する事を知った、『アインズ・ウール・ゴウン』の最奥の玉座に腰を下ろしている悟は。

 

 

(──ちがう、戻ったわけじゃない!)

 

 

 思わず、胸中にて叫んでいた。

 

 

(これは、駄目だ。俺が最初にこの世界に来た時と同じ状態だ)

 

 

 モニター越しにだが、状況を見ていた悟は……内心にて深く苦悩していた。

 

 

 理由は、只一つ。

 

 

 ゾーイの状態が……人間性を取り戻してはいるが、依然変わらないままに不安定である……それに気付いたからだ。

 

 というのも、これはおそらく悟だけが気付いている事なのだが……モニター越しに見るゾーイの状態に、非常に共感するものがあった。

 

 

 それは、人間だった時の感覚、人間としての精神の欠如だ。

 

 

 悟も、『モモンガ』としてこの世界に来た時、最初の頃は残りカス程度とはいえ『鈴木悟』としての己を少しは思い出せていた。

 

 だが、それも僅かな間だけだ。

 

 NPCたちに裏切られて(失望される事を恐れ)しまう可能性を考え、『オーバーロードのモモンガ』として、『ナザリックの王』としてそれらしく振る舞う日々を送っていた

 

 

 時間にして、3ヵ月にも満たない時間だ。

 

 

 だが、そんな短い時間を過ごしただけで、悟は……『鈴木悟』が培った人としての感性の大部分を失ってしまっていた。

 

 人を殺すことに、命を奪うことに、そこに必要性が全く無くても、欠片の罪悪感も抱かない。

 

 それが男であれ女であれ、子供であれ何であれ、羽虫を踏み潰す程度の感覚。たった今気紛れに助けた者ですら、次の瞬間には殺しても、全く心に響かない。

 

 どれだけ拷問に掛けても、どれだけ惨い苦痛を与えても、はるか彼方で誰かが呟いているかのような、全くの無関心。『鈴木悟』の感性では、あり得ない状態。

 

 

 それからスタートして、3ヵ月。

 

 

 気付けば、何千人、何万人と数が増えても、それでナザリックに利益が出るなら、むしろ積極的にやるべきだ……そんな考えが当たり前のようになっていた。

 

 事実、『ゲヘナ』を行う際に、悟は……いや、アインズは、それで生じる犠牲者よりも、それで得られる物資や金銭、今後の行動方針しか頭になかった。

 

 

 ──おそらく、周りに流され続けたせいで、それが心に影響を与えたのだろう……と、悟は思う。

 

 

 そう、気付かぬ内に、NPCたちの残虐性に馴染んでしまっていた。せめて、『鈴木悟』としての心が残っていたならば、話は違っただろうが……っと、話を戻そう。

 

 

(今のゾーイさんの心は、天秤だ。それも、右に左に容易く傾いてしまう、ガラスの天秤)

 

 

 率直に、悟は……現在のゾーイを見て、そう思った。

 

 

(人だけを護り続ける聖人にも)

 

(調停を保つ為の無慈悲な神にも)

 

(悪と定めた者を殲滅する断罪者にも)

 

 

 あるいは……そう、あるいは。

 

 悟の視線が、モニターの端……『フォーサイト』の内の、アルシェへと向けられる。

 

 

(心を許した者の願いを叶え続ける、意思無き天使……そんな存在になってしまう)

 

 

 思い返せば、以前よりソレは現われていた。

 

 

 かつて、クレマンティーヌは彼女を『神』として仕えるのではなく、人として、友人として、傍に居ようと接した。

 

 ゆえに、彼女の心は人へと近付いた。

 

 人のように笑い、人のように楽しみ、人のように悲しみ、人のように怒り……人のように、後悔した。

 

 

 だが、アルシェは違う。

 

 

 アルシェは、クレマンティーヌの時とは違い、彼女を『神』としてでしか捉えていない。

 

 だから、人への愛によって彼女の心は人へと近付いているが、同時に、神としても近付いている。

 

 

 ゆえに、今の彼女の心は不安定に容易く揺らいでしまう。どちらにも成れるように、彼女は天秤の中心に立っているのだ。

 

 

 『天武』を見れば、それがすぐに分かる。

 

 実力こそあるが、素行の悪さで有名なエルヤー。そのエルヤーの所有物である、妙齢の女エルフ3名。

 

 モニター越しとはいえ、エルフたちが非常に辛い状況に居るのが見て取れる。来ている服も粗末だし、おそらくは……性的にも辱められている可能性が高い。

 

 それを、ゾーイは……いや、彼女が、分からないはずがないのだ。なのに、彼女は何一つ反応を示していない。

 

 

(たぶん、最初の頃の俺と似たような状態だ。本の中の人達が喧嘩し合っているような、そんな感覚……同族意識をほとんど感じていないんだ)

 

 

 でも、アルシェが居る。辛うじて、人としての基準に出来る、仮初の楔によって辛うじて人の側へと立てている。

 

 

 でも、それだけなのだ。

 

 

 アルシェもそうだが、『フォーサイト』が、良くない事ではあるけど合法であると判断した。

 

 だから、今の彼女も、エルヤーを断罪すべき相手ではないと判断し、放置した。

 

 怯え震えて絶望している女エルフ3名が視界に入っても、問題ないのだと判断した。

 

 何故なら、アルシェたちが、『アレは間違いで、正す必要がある』と断言していなかったから。

 

 心情的には悪だとしても罰せられないと暗に答えたから、今の彼女にとってエルヤーは罪人ではないが、助けるべき相手でもないと判断されたのだ。

 

 

(……違う。それは間違っているんだ、ゾーイさん! 俺のように、成ってはいけないんだ!)

 

 

 そう思った瞬間──悟は、玉座を蹴るようにして立ち上がった。

 

 周りのNPCより、何が起こったのかと声を掛けられる。けれども、かまわず大きく深呼吸をした悟は……ついで、パンドラを見やった。

 

 

「──正直に申し上げるならば、私は反対です」

 

 

 すると、パンドラはそんな事を言ってきた。「反対、とは?」首を傾げた悟に、パンドラは仰々しく頷いた。

 

 

「今ここでアインズ様が出向く事は、『ナザリック』にとって不利益こそあっても利益は無いに等しい。最悪、ゾーイにそのまま命を狙われる危険性がございます」

「……だから、反対か?」

「はい、私にとって、アインズ様が大事ですから。率直に言わせてもらえるならば、見捨ててしまえばよろしい……とも、考えております」

 

 

 二つの黒い●が、悟を見つめた。

 

 

「所詮、同じ人間からも唾棄された男。欲深いあまり命を落としても、笑いこそすれ同情する者はおりません。奴隷の女エルフたちからすれば、腹の底から笑い転げるぐらいに嬉しく思うでしょう」

 

 

 ハッキリと断言された悟は、その事に反論が出来なかった。

 

 確かに、悟自身の気持ちを考えれば、こんな男が死んだところで、何かを思うようなことはない。

 

 

 ──『死』。

 

 

 その事実に対して、思う事はあるだろう。

 

 だが、エルヤーに対して同情する事も、憐れむ事も、おそらく無いだろう……そう、悟は思った。

 

 

「……ですが、それでは納得出来ないのでしょう」

「え?」

「良いではありませんか。今までずっと、ナザリックの主として振る舞ってきたのです。たまには、私たち僕を使い潰す賭けに出てみるのも良いと思います」

 

 

 その言葉と共に、パンドラは──姿を消した。

 

 

 何処かへ転移したのだと、誰もが同時に思った直後、再び姿を現したパンドラは……先ほどまで所持していなかったソレを、恭しく悟へと差し出した。

 

 

「こ、これは!」

 

 

 それは、七匹の蛇が絡み合う黄金のスタッフ。

 

 名を、『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン(略して、SoAOG)』。

 

 ワールドアイテムにも匹敵する、アインズ専用の神器級の武器であり……ギルドの心臓でもある、ギルド武器である。

 

 

「どうして、これが……確かこれは、お前ではなく別の……」

 

 

 そう、記憶が確かであれば、このギルド武器はとあるNPCが管理していたはずだ。

 

 それを問い質してみるも、「さあ、アインズ様!」パンドラは答えずに、ズイッとソレをアインズに差し出した。

 

 

「これを持たねば、箔が付かぬというものです」

「いや、しかし……」

「良いのです。アインズ様でもなく、モモンガ様でもない。ありのままの貴方様で、良いのです」

「──っ!」

 

 

 さあ……その言葉と共に、悟は受け取る。それは、今はもう過去になってしまった、かつての仲間たちと必死になって作り上げた……ギルドの結晶。

 

 

「…………」

 

 

 しばし、悟は言葉が出なかった。

 

 

(みんな……今更言えた義理じゃないし、俺の事なんて忘れていると思うけど……今だけでいい、俺に勇気を貸してくれ)

 

 

 けれども、迷いはしなかった。

 

 

「パンドラ……付いて来て、くれるな?」

「どこまでも、貴方様の傍に」

 

 

 再び、大げさなぐらいに仰々しく頭を下げるパンドラ。その後ろで、なにやら喚いているNPCたちの姿が有ったが。

 

 

「──では、行くとしよう」

 

 

 今の悟の目には、全く映っていなかった。

 

 

 

 




まだ終わらんよ、もうすぐ終わるけど、ここで終わらないからね

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。