オーバーロード 降臨、調停の翼HL(風味)   作:葛城

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台風ちょうこわいっす


あるまげどん・ふぁいなる

 

 

 

『いや、その、すまんでござる。いきなり攻撃されてしまったから、思わず反撃してしまったでござる』

「ぐぅぅ、あああ……」

『困ったでござる。某、回復魔法の類は使えないでござるよ……誰か、回復魔法を習得しているやつはいないでござるか?』

 

 

 その言葉に、蹲った男……エルヤーは、何も言えないでいる。

 

 まあ、当たり前だ。腕を切り落とされて平気な者はいないし、なにより、切り落とされたのは利き腕だ。

 

 

 利き腕を失った剣士の動揺……想像するまでもないだろう。

 

 

 かといって、エルヤーが連れてきた女エルフたちに、そのフォローに回れというのも酷な話だ。

 

 彼女たちがベテランか、あるいは付き合いが深く、信頼関係を築けていたならともかく、あくまでも主人と奴隷の関係だ。

 

 

 しかも、女エルフたちの扱いは傍目にも良いとは言い難い。

 

 

 その証拠に、腕から多量の出血を垂れ流している主人の姿を見て……彼女たちは、一様に歪んだ笑みを浮かべていた。

 

 詳しく、理由を説明するまでもない。

 

 そして、その理由を薄らと察していた『フォーサイト』たちは……どうしたものかと顔を見合わせた。

 

 

「……治療、出来るか?」

「難しいと思います。軽い切り傷ぐらいならともかく、腕が落とされたとなれば……相当な消耗は覚悟しなければなりません。それに、ここが何処かも分からない以上、下手に治療しても苦しみを長引かせるだけになるかも……」

「私は反対。自分の実力を過信して一方的に突撃し、返り討ちにあった馬鹿の治療に貴重な体力魔力を使ってほしくない」

「イミーナと同意見。後味は悪いけど、こんな怪物がいる場所で下手に消耗してしまうと、共倒れになる可能性が出て来る」

「……だよなあ」

 

 

 仲間たちからの意見をまとめた、リーダーのヘッケランの判断は……静観。すなわち、『見捨てる』、であった。

 

 非情ではあるが、仕方がない事である。感情論ではなく、合理的に、見捨てるのがこの場における最良の判断であった。

 

 

 アルシェの言う通り、現在地が分からなくなった今、消耗はそのまま死へ直結しかねない。

 

 

 せめて、信頼関係さえあれば『フォーサイト』も治療だけはしたかもしれない。しかし、エルヤーとの間に信頼関係はなく、それでいて、印象も悪かった。

 

 脱出経路を見付けた後ならともかく、今はタイミングが悪過ぎた。よって、間もなく訪れるエルヤーの死は……現状、確定してしまった。

 

 

 ……で、だ。

 

 

 その光景は……経緯を知らない者からすれば、いったい何事かと混乱しただろう。

 

 なにせ、彼女の目には巨大ハムスターにしか見えなくとも、この世界の者たちにはそう見えてはいない。

 

 英知ある瞳に、強大な力。もふもふっとした見た目も、他の者たちからすれば、年月を経て積み重なった存在感そのものにしか見えない。

 

 そんなハムスターの前にて、失った腕を押さえて血だらけになっている男。おそらくはそれをやったと思われるハムスターは、只々申し訳なさそうにしている。

 

 それで、諸々を察しろというのが無理な話だ。しかし、誤解してしまいそうではあるが、ハムスターの言い分が全てを表していた。

 

 

 ──有り体に言えば、ハムスター……名を、『ハムスケ』と言うのだが、ハムスケは、そもそも交戦するつもりなど無かった。

 

 

 彼女(ゾーイ)との戦いを避けたいという理由はあるが、それと同時に、こんな弱弱しい人間たちを相手に本気を出すのは些か弱い者苛めではないか……そんな考えがあったからだ。

 

 それは傲慢な上から目線ではあるものの、事実としてそれぐらいの力の差があるからこその、優しさでもあった。

 

 幸いにも、主から状況に応じて逃げても良いと指示を貰っている。離れたところにいる蜥蜴人たちも、その事に異論を唱えていない。

 

 

 お互いに怪我をしないままに終わらせられるなら、それが一番なのでは? 

 

 

 そう思ったからこそ、ハムスケは彼女たちに道を譲ろうとした。

 

 何処へ向かうつもりかは知らないが、それは己が考える事ではない……そう、思いながら。

 

 

 ──そこへ、まさかの攻撃である。

 

 

 しかも、半端に強い相手からの攻撃だ。100回やれば100回勝てるが、そのうちの2回ぐらいは無傷では終わらない程度に強い相手。

 

 繰り出された攻撃も、半端に速かった。

 

 まともに受けたら傷を負うが、油断していても防御が間に合う速度。しかし、油断していたからこそ、無意識のうちの反撃を行ってしまい。

 

 

 結果、男の……エルヤーの腕を切り落としてしまった。これにはハムスケ、申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 

 

 襲ってきた相手を返り討ちにした。状況は、それしかない。

 

 けれども、ここまでやるつもりはなかった。まさか、ここまで脆いとはハムスケも思っていなかった。

 

 反射的にとはいえ、ハムスケの感覚からしたら、軽く尻尾で殴った程度の感覚でしかなかった。

 

 

『……えっ、と』

 

 

 と、同時に、ちょっと焦る。いや、滅茶苦茶焦る。

 

 なにせ、たった今、交戦しないようにと言葉を交わしたばかりだ。向こうからやって来たとはいえ、判断するのは彼女だ。

 

 

 ちらり、と。

 

 

 ハムスケの視線が、彼女へと向けられる。無表情のままに、腕を失って蹲っている男を見つめている、その視線に……怒りは見えない。

 

 それを、確認したハムスケは……ほう、と我知らず安堵の溜息を零した。

 

 仮に、彼女が怒りを露わにして戦闘が始まれば……敗北は必至。成す術もなく、己は瞬時に首を落とされるだろう。

 

 

 いや、己だけではない。

 

 

 部屋の隅にて控えている蜥蜴人たちも、同じ道を辿るだろう。それほどの力の差があるゆえに、逃げられるともハムスケは考えて──ん? 

 

 

『──おや、殿ではござらんか』

 

 

 己が主と定めている者の気配……アインズの気配を察知したハムスケは、転移門(ゲート)を通ってやってきたアインズを見て、挨拶し。

 

 

(……はて?)

 

 

 直後、首を傾げた。

 

 それは、アインズの姿が何時もと違っていたからでなければ、おかしかったからでもない。

 

 ましてや、己の失態を叱りに来た様子でもなければ、傍には見慣れぬお伴を連れて来ているから……でもない。

 

 

(なんでござろうか? 某の勘違いでなければ、今の殿は)

 

 

 どうして、そう思ったのか……それは、ハムスケにも分からなかったが。

 

 

(どうにも、雰囲気が前に会った時よりも柔らかくなっているような気がするでござるよ)

 

 

 ──まるで、以前の娘と、中身が入れ替わったかのようだ。

 

 

 ふと、近づいて来る主の姿を見て……ハムスケは、そんな事を思った。

 

 

 

 

 

 

 

 ──姿を見せた、新たな存在。

 

 

 そいつらの出現に気付いたのは、イミーナが最初だ。そして、近づいて来るそいつらを前に、『フォーサイト』たちが最初に取った行動は……警戒、であった。

 

 まあ、それも当然である。

 

 何故なら近づいて来るそいつらは……アンデッドと異形種であったからだ。

 

 しかも、異形種はここらでは見掛けた事のない姿形をしているだけでなく、その異形種の前を行くアンデッドもまた、普通のアンデッドではなかった。

 

 一般的に知性や理性を失ったアンデッドとは違い、そのアンデッドの動きには……明らかに、理性を感じ取れた。

 

 見に纏っているローブこそ地味なものだが、その手が掴んでいる杖が、違う。

 

 魔法詠唱者ではないヘッケランやイミーナですら、一目で国宝級……いや、御伽噺に出て来るような、凄まじい力を有しているのが分かるぐらいだ。

 

 

「リーダー、アレはやばい」

 

 

 それ故に、相手の魔力を探知出来るアルシェは……地頭の良さも相まって、その杖を見た瞬間に、自分たちが陥っている状況の絶望さを理解する事となった。

 

 

 はっきり言おう、『底が全く見えない』……それが、アルシェの抱いた初見の感想だった。

 

 

 特に、恐怖を覚えたのはアンデッドの方だ。

 

 異形種の方は、純粋に自分たちよりもはるかに強いという多大な絶望感を覚える内容ではあるが、己が理解出来る範囲に留まっていた。

 

 

 だが、アンデッドの方は……アルシェの理解を大きく超えていた。

 

 

 まず、何故かは分からないが、アンデッドからは一切の魔力を感じない。どんな生き物であれ、全く無い存在など居ないという常識の外に居る。

 

 それでいて、持っている武器は御伽噺に出て来るような、とてつもない圧を感じる。また、そんなアンデッドに付き従うかのように、一歩後ろを歩く異形種。

 

 

 ……何もかもが、理解出来ない。何もかもが異質過ぎて、それが恐怖になる。

 

 

 この場に『フォーサイト』の面々が居なかったら、すぐにでも背を向けて逃げ出してしまうほどの恐怖……無意識に、アルシェは傍に居たロバーデイクの裾を掴んでいた。

 

 

「分かっているさ、それぐらい」

 

 

 そして、ヘッケランもまた、顔を真っ青にしたアルシェの忠告が無くとも、今が如何にマズイ状況なのかを、嫌でも理解せざるを得なかった。

 

 

「ロバーデイク、アルシェを頼む」

「はい──『獅子のごとき心(ライオンズ・ハート)!』」

 

 

 精神を落ち着かせ、恐怖を癒し、耐性を与える魔法。

 

 傍目にも冷静さを失っているアルシェの治療を行うロバーデイクを尻目に、ヘッケランは……そっと、彼女に問い掛けた。

 

 

「ゾーイさん、アレには勝てそう?」

「勝つのは可能だ。しかし、余波で貴方達を死なせてしまう」

 

 

 余波で……その言葉に、ヘッケランは思わず苦笑を零した。

 

 

「……俺たちとしても、戦闘は出来る限り避けたい。なんとか、その方向で話を持っていてくれないか?」

「分かった、そのように話してみよう」

 

 

 ヘッケランの指示に頷いた彼女は、近づいて来るアンデッド……アインズへと歩み寄り……お互いが、同時に足を止めた。

 

 

「久しぶりだな、ゾーイ」

「久しぶりなのか、アインズ」

「俺の感覚としては、久しぶりだよ」

「そうか、ならば、久しぶりなんだろう」

 

 

 そして、お互いが同時に、お互いの名を呼んだ。

 

 彼女の後方にて、「え、知り合い!?」と驚く『フォーサイト』の面々の姿があったが……それを気にする者はこの場にはいなかった。

 

 

「……そこの男」

 

 

 それよりも……そんな感じで、アインズの視線が、蹲ったままのエルヤーへと向けられた。

 

 

「良いのか? このままでは死ぬぞ」

「仕方がない。よく分からないが、そういう話だ」

「……なるほど、では、こうしよう」

 

 

 そう、ポツリと呟くと……アインズは空間にずぶりと腕を突き刺す(傍からは、異様な光景だ)と、その奥より……赤い液体が収まった小瓶を取り出した。

 

 

「言っておくが、止めを差すわけではないぞ」

 

 

 ついで、『フォーサイト』に先に忠告した後で、エルヤーの下へと近付くと……その場に膝を突き、エルヤーへと話しかけた。

 

 

「男よ、死にたくないか?」

「ぐぅ、あぁ、ああ……じ、じにだぐない……!」

 

 

 顔を上げたエルヤーの顔は、酷い有様であった。まあ、それも致し方ない。

 

 急性的な多量出血によって、顔色は青白い。脂汗が滲んだ顔には砂と血と涎がこびり付いており、お世辞にも……と、話を戻そう。

 

 

「では、契約しよう。お前の命を助ける代わりに、そこの奴隷たちを開放しろ」

「ひっ、ひっ……ど、奴隷を?」

「如何な理由であろうと、契約は反故にはさせない。反故にすれば、どんな手段を用いてもお前だけは必ず殺しに行く……で、どうする?」

「──わ、分かった、開放する! 開放するから、早く助けて……!」

「よろしい。いいか、契約を忘れるなよ」

 

 

 一つ、頷いたアインズは……小瓶の蓋を垂らし、中身をエルヤーの腕の断面へと垂らした。

 

 

 ──瞬間、変化はすぐに現れた。

 

 

 肉が盛り上がり、血液が噴き出したかと思えば……淡い光が断面図を覆い隠し、それは手の形に変わり……光が収まれば、そこには傷一つない元の腕があった。

 

 これには、呆然としている『フォーサイト』やエルフたちだけでなく、つい今しがた死にかけていたエルヤーも、面食らった。

 

 

「……契約は成された。では……来い、ユリ・アルファ!」

 

 

 説明する暇も、必要もない。

 

 そう判断したアインズは、お伴のメイドを呼ぶ。

 

 すると、少しの間を置いて……転移門より姿を見せたのは、メイドのユリ・アルファ。

 

 

「この者を、墳墓の外へ。万が一、お前に狼藉を働こうとしたならば、手足を折ってしまってかまわない」

「はい、アインズ様……では、こちらへ」

 

 

 ユリは深々と礼をすると、エルヤーを手招きした。

 

 人間性が最悪と称されることもあるエルヤーとて、さすがに死の境から呼び戻してくれた相手の仲間を襲うほどに、クズではなかったようで。

 

 

「あ、ああ……分かった」

 

 

 失った血が多過ぎたこともあって、上手く頭が動いていないのか……言葉少なく了解の返事をしたエルヤーは、ふらつきながらも……ユリの後へと続いて、広間から出て行ってしまった。

 

 そうなると……困るのは、残された元奴隷たちだろう。

 

 なにせ、まともな装備はおろか、まともな生活すら送らせてもらっていない女3人。お金なんて持っていないだろうから、ここで放り出されてしまえば野垂れ死には確定である。

 

 

「さて、お前たちの処遇は後で話す」

「え、あ、あの……」

「その恰好を見る限り、金も何も持っていないのだろう? 安心しろとは言わん。だが、そのまま放り出すような事はしない。それだけは、信じてほしい」

「……は、はい」

 

 

 だから、アインズは……そんなエルフたちに、そう言って壁際まで下がらせると……改めて、彼女へと向き直った。

 

 

「ゾーイ……お前は、どうしてここへ来た?」

「それは、世界の均衡を崩す可能性が生まれる可能性を、この地より感じ取ったからだ」

「では、今もそれを感じているのか?」

「弱弱しいが、感じ取っている」

「狙いは、私か?」

「お前も、その一つだ。だが、今ではない」

 

 

 ハッキリと、そう告げた彼女に……アインズは頷いた。

 

 

「では、ゾーイ……今のお前は、どちら側なのだ?」

「……? 質問の意図が分からない」

 

 

 首を傾げる彼女に、アインズは……しばし沈黙を続けた後。

 

 

「……クレマンティーヌのことは、忘れてしまったのか?」

 

 

 その言葉を……己だけは絶対に口にしてはならない言葉を、彼女へと言い放った。

 

 

「──っ!!!」

 

 

 瞬間──その動きを見切れる者は、この場にはいなかった。アインズすらも、例外ではない。

 

 ただし、反応出来る者はいた。

 

 それは、アインズの切り札である、SoAOG。

 

 正確には、SoAOGに搭載された自動迎撃システム……召喚された精霊だけが、彼女の動きに反応出来た。

 

 

「ぐっぉう!?」

 

 

 とはいえ、それを持ってしても……彼女の攻撃の軌道を逸らすのが精いっぱいであり。

 

 

「──アインズ様!」

 

 

 悲鳴を上げる、お伴の異形種──パンドラズ・アクター。

 

 

「来るなパンドラ! これを見ている守護者たちも、絶対に来るな! これは、私がやらねばならない事なのだ!」

 

 

 召喚された全ての精霊が一刀にて切り殺され、放たれた魔法によって逸らされながらも、その蒼天の剣は──根元までアインズへと突き刺さり、脇腹より背中へと突き出ていた。

 

 

(ぎっ、がぁ……!!)

 

 

 スルリと、掌から滑り落ちたSoAOGが、カランと音を立てた。

 

 それは……言葉には出来ない、正真正銘初めての、気絶してしまうような激痛であった。

 

 骨の身体なのに神経が通っている。血の一滴も出ないというのに、痛みを感じている。

 

 なんとも、滑稽な身体だ。

 

 どこか冷静な部分が片隅に残っているのか、ふと、アインズは……こんな状況なのに、笑みを零した。

 

 

(……なるほど、これは殺されても仕方がない)

 

 

 まあ、これは覚悟していた痛みだ。そして、この痛みは、己がこれまで他者に与えて来た痛みでもある。

 

 

 そして、改めて理解する。やはり、彼女は……己に対して、強い憎しみを抱いていたことに。

 

 そして、改めて理解する。そんな憎しみの最中でも、彼女は……己を想って、手を貸そうとしていた事に。

 

 

 だから、アインズは……いや、鈴木悟は、痛みを堪えて、殺されるのを覚悟してここへ来た。

 

 誰が何と言おうが、己だけが弱音を吐いてはならない。

 

 そう、己を戒める。少なくとも、彼女の前でだけは、絶対に言ってはならぬことだから。

 

 しかし、痛いものは痛い。

 

 あまりの痛みに、噛み締めた歯がギリギリと軋む。上にあがらないように彼女の手ごと、渾身の力を込めて押さえ込む。

 

 

「……ゾーイさん。貴女は、本当にこれで良いんですか?」

 

 

 その中で悟は……彼女に、いや、ゾーイにだけ聞こえるように囁いた。

 

 

「俺を助けることで、より多くの人々が後々に助かるのでしょう? その為に、本当は俺を殺したいぐらいに憎くても我慢したのでしょう?」

 

「…………」

 

 

「ここで俺を殺して気を晴らしたいのならば、そうしてください。でも、本当にそれで良いんですか? それが、貴女の願いなんですか?」

 

「…………」

 

 

「俺は、貴女が本当は何をやろうとしているのか……それは知りません。ですが、並々ならぬ覚悟と決意でいるのは分かっています」

 

「…………」

 

 

「だからこそ、尋ねます。本当に、これで良いんですね? それで、貴女の心は本当に救われるのですね?」

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………彼女からの返答は、すぐには成されなかった。

 

 だが……悟の言葉は、確かに彼女へと届いた。

 

 

「……悟、剣を抜くぞ」

 

 

 耳に届いた、その声色に……悟は、肩の力を抜いた。一拍置いた後、スルリと……音も無く剣は抜かれた。

 

 途端──悟は、その場にて膝を突いた。

 

 かはぁ、と大きく息を吐くのと、彼女が剣を消すのとは、ほぼ同時であった。

 

 

「アインズ様!!」

 

 

 そして、直後に……駆け寄ってきたパンドラが、倒れようとするアインズを抱き留める。

 

 その顔の二つの●より流れる、涙。全てを耐えきった証、その手には血が滲んでおり、悟の身体を少しばかり湿らせた。

 

 

 ──その、時であった。

 

 

 突如、広場に出現する転移門。ハッと、誰もがそれに気付くのと、その転移門より守護者たちが一斉に飛び出してくるのもまた、ほぼ同時であった。

 

 

 ──このっ! 痴れ者がぁぁああああ!!!!! 

 

 

 そう、叫んだのは誰だったか。

 

 けれども、誰でも良かったのだろう。

 

 振り上げた斧が、構えたランスが、抜かれた刀が、召喚された獣が、膨大な魔力を秘めた杖が、一斉に彼女へと。

 

 

「──騒々しい、静かにせよ」

 

 

 向かうよりも前に、当人が……ナザリックの主が、それらを止めた。

 

 

「──しかし、アインズ様!」

「止めよと、命じた。わざわざ言葉にせねば、お前たちには伝わらないのか?」

 

 

 今にも憤怒に我を忘れようとしていた守護者たちだが、その言葉と共に睨まれてしまえばもう、何も出来ない。

 

 1人、また1人……武器を下ろした守護者たちを確認した悟は、パンドラに抱き留められたままの姿勢で、大きく息を吐くと。

 

 

「……よく、耐えたな、パンドラ」

 

 

 今もなお、耐えてくれているパンドラを、褒めてやった。

 

 

「いえ、いえ、いえ……とんでも、ございません……!」

 

 

 その手が、砕かれて穴の開いた脇に触れようとして、ビクッと跳ねる。それを見て、思わず悟は笑った。

 

 

「……起こしてくれ」

 

 

 ついで、悟の指示を受けたパンドラは、悟に負担を掛けないようにゆっくりと立ち上がり……そうして、悟は……彼女を見下ろした。

 

 

「……お帰りなさい」

 

 

 その言葉に、彼女は虚を突かれたかのように目を瞬かせた。それから、緩やかに理解が深まり……そして。

 

 

「ただいま、鈴木悟。そして、ありがとう」

 

 

 己を人へと戻してくれた彼に、彼女は……満面の笑みを向けたのであった。

 

 

 




人の心を持った調停者が、異形の怪物に成ろうとしていた魔王を人へと戻し

人へと戻った魔王が、異質なる者へと成ろうとした調停者を人へと戻す


こういう対比、好きっす!


誰か続き書いてください、もうすぐ終わる予定なんで!

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