オーバーロード 降臨、調停の翼HL(風味)   作:葛城

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もう少し続くけど、終わりは決めておりますのでダラダラ番外編とか続ける予定はありません
ドラゴンボールで言う、もうちびっとだけ続くんじゃよ、ていうアレ


何時だって、子が親を愛するのだ

 

 

 夜が、明ける。

 

 

 空高く昇った太陽より降り注ぐ光が、墳墓を、平野を、明るく照らしていた。

 

 そして、墳墓の出入り口の前には、墳墓の主であるアインズ……いや、鈴木悟と、彼女と、『フォーサイト』の面々が居た。

 

 どうしてそんな場所に居るのかと言えば、単純な話で……ただの、送り出しである。

 

 アインズの他に、ナザリックの者たちはいない。いや、いないというより、パンドラに命令して来させないようにしているのだ。

 

 

 理由は、これまた単純に彼女の為である。

 

 

 人としての心を完全に取り戻したとはいえ、わざわざ精神的な負荷を掛けて不安定にする必要はない。

 

 今でこそ彼女はNPCの面々(特に、シャルティア)と顔を合わせた程度では揺らがなくなってはいるが、それでも絶対ではない。

 

 

 それに、ナザリックの面々は彼女を嫌っている。

 

 

 これまでは(おそらくは)カルマ値プラスのNPCからは冷たい眼差しを向けられるだけで済んでいたが、今は違う。

 

 前回はデバフを与える程度だったが、今回は直接的な怪我を負わせた。

 

 その事実を前に、カルマ値など無意味であった。

 

 それは、『セバスチャン』、『ユリ・アルファ』、『シズ・デルタ』ですらも例外ではなく、明らかに。

 

 

 ──刺し違えてでも、殺してやりたい。

 

 

 そんな殺意を、もはや誰も隠さなくなっていた。

 

 あまりの実力差ゆえに誰も手を出しては来ないが、少しでも可能性が生まれたら、一切の躊躇なく刃を向けてくる……それほどの殺意であった。

 

 おかげで、直接殺意を向けられたわけでもないのに、『フォーサイト』の面々は傍目にもはっきり分かるぐらいに消耗しきっていた。

 

 誰も彼もが、疲労で目の下に隈を作っている。まあ、夜が明けるまでナザリックの中に居れば、そうなって当たり前である。

 

 

 ……で、だ。

 

 

 どうして夜が明けるまで居たかといえば、それは手頃な証拠に何を渡すか……それを探していたら、夜が明けてしまった……という感じである。

 

 なんでそんな物が必要って、それは依頼主への言い訳の為である。手ぶらで帰れば成功報酬を踏み倒される可能性があるから、らしい。

 

 まあ、悟がそれに協力する義理はない。しかし、彼女の心の変動を食い止めたのもまた、事実。それに関しては、深く感謝していた。

 

 なので、仲間たちが残した物ではない&ナザリックの物&貴重品過ぎないという、三つの条件に当てはまる物を、あーでもないこーでもないと話し合い。

 

 最終的には、ナザリックの食堂で出される『ワイン』を一瓶譲ってもらうことで、貸し借り無しということで決着が付いた。

 

 

 そんなもので良いのかと悟は思ったが、これでも十分過ぎるらしい。

 

 

 というのも、どうやらナザリックの『ワイン』。

 

 瓶の形状からして一級品であるのもそうだが、銘柄含めて誰も聞いた事が無いモノらしい。

 

 証拠の品として出すにしても、手が込み過ぎている。ガラス瓶を作るだけでも相当に値が張るからだ。

 

 なにより、ここまで精巧な偽物を作る伝手が請負人にあるわけがない……と、思われるから、ということであった。

 

 そうして、先に集合場所(離れた場所に、帰りの馬車が待機しているらしい)へと戻って行った『フォーサイト』に、少しばかり遅れて、彼女も出発となった。

 

 ……ちなみに、悟から『フォーサイト』を含めて、外に出た請負人たちに一切手出し無用の指示を出されているが、それを知る者はナザリック以外にはいない。

 

 

「では、また。次に会う時にも、今みたいに会えたらいいな」

「ああ、また。私としても、次も話せたらと思っているよ」

 

 

 お互いに、そうやって別れの挨拶をするが……可能性は、それほど高くないだろうなとお互いに思っていた。

 

 

 オーバーロードである悟もそうだが、調停者である彼女もまた、精神の変容からは逃れられない。

 

 今は、お互いに人の心を取り戻している。しかし、それが何時まで続くのか、それは誰にも分からない。

 

 

 次に会う時、鈴木悟は『アインズ』へと戻り、ナザリック以外を等しく自分たちの利益になるかどうかで世界を見る様になっているかもしれない。

 

 次に会う時、彼女は『調停者ゾーイ』へと成り果て、世界の均衡を保つ為に、ありとあらゆるモノを無慈悲に滅し、世界を見守る神になっているかもしれない。

 

 

 だからこそ、お互いに深くは聞かなかった。そうなってほしいという希望だけを伝える程度に留めた。

 

 

 そうして、地下深くより向けられる強烈な殺意を感じながら、彼女は……『フォーサイト』と一緒に、『ナザリック地下大墳墓』を後にした。 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………で、これは余談というわけではないのだが。

 

 

 帰りの馬車へと到着した彼女は、思わず首を傾げた。

 

 

 それは、文字通り精根尽き果てたと言わんばかりな様子の4人の男。そして、あまりに異様な雰囲気の彼らを遠巻きにする、請負人たちの姿。

 

 4人の男たちは、特に怪我らしい怪我を負ってはいない。また、何か騒動が起こった様子も見られない。

 

 いったい何があったのだろうか……気になった彼女が、先に戻っていた『フォーサイト』に事情を聞いてみれば、だ。

 

 

 ……分かったのは、4人の男たち……『ヘビーマッシャー』という名のチームらしいが、彼らは地下墳墓の中で、呪いを受けてしまったらしい。

 

 

 ただ、なんの呪いなのかは不明。そして、どんな状況で呪われたのかも不明。

 

 とにかく、虚ろな表情でブツブツと何事かを呟いているが、その発言内容は解読できない。辛うじて聞こえてくるのは、『解呪、解呪、解呪……』といった感じで、お手上げであった

 

 

(……見たところ、怪我らしい怪我は見られないが、どうなんだ?)

 

 

 以前の彼ならともかく、今の彼であれば、そこまで酷い目には合わせないと思うが……まあ、『ナザリック地下大墳墓』は、彼にとって思い出の場所だ。

 

 請負人たちにも生活があるのだろうが、そんな勝手な理屈で思い出に土足で踏み込まれたならば、仕返しの一つや二つはされても仕方がないだろう。

 

 むしろ、この世界の常識で考えれば、殺されても文句は言えないかも……ん? 

 

 

(……日常的に入浴等をしていないのか? まあ、毎日風呂に入れるってのはそれだけでも裕福な証だし……とはいえ、鎧の隙間からゴキブリが見え隠れしているのは凄いな)

 

 

 ゴキブリ……この世界にも居るのか。

 

 男たちの衣服……そこに張り付く、久しぶりに目撃した、前世からの共通する存在に彼女は軽く目を瞬かせた。

 

 人類絶滅待った無しなあの世界では、様々な生き物が汚染された世界に適応できないまま、種が途絶えていった。

 

 けれども、全ての生き物がそうかといえば、違う。完成された生物という異名があるのは伊達ではなく、あんな世界でも、ゴキブリたちはまだ見かけることが時々あった。

 

 それに比べたら、この世界は天国みたいな……いや、逆に多種多様な生き物が居るから、もしかしたら逆にゴキブリたちにとっては厳しい環境なのかもしれない。

 

 

(なんにせよ、ゴキブリは病原菌の温床みたいな生き物だ。必要でない限り、接触は避けた方が無難だろう)

 

 

 とりあえず……彼女は『フォーサイト』に対して、「あの人たちと同じ馬車に乗るのは止めとけ」とだけ、伝えておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 ……で、だ。

 

 

 とりあえず、帝国に伝手も何も無い彼女は、『フォーサイト』と一緒に帝国へとやってきた。

 

 彼女としてはあの場所でそのまま別れても良かったのだが、助けて貰ったお礼をしたいということで、お言葉に甘えることにした。

 

 

「では、明後日ぐらいに食事の席でも設けてほしい。それで、十分だ」

「明後日? 今日じゃなくて?」

「そんな疲れ切った顔でお礼をされても、私が気を使ってしまう。たっぷり寝て身体を休めてからでなければ、美味しい料理も楽しめない」

 

 

 彼女の提案に、『フォーサイト』の面々は互いに顔を見合わせ……苦笑した。言われてみれば、そうだ。

 

 

 生きて戻って来られたことに、おそらくは無意識に高揚しているのだろう。そのおかげで疲労感を覚えてはいないが、そんなのは何時までも続かない。

 

 その証拠に、彼女より指摘された途端、強張っていた四肢から力が抜け、気も抜けてしまったのだろう。

 

 誰も彼もが心底疲れきった様子で溜息を零し、アルシェに至っては軽くふらついて、傍のイミーナが居なければ道中にて倒れているところだった。

 

 一番体力に自信のあるロバーデイクすらも、否定しないのだ。一番年若いとはいえ、線が細く身体も小さいアルシェは既に限界に達していたようだ。

 

 

「仕方がない、アルシェは私が背負って送ろう。この様子だと、帰る途中で気絶するかもしれない」

「え、いや、でも……」

「みんな、足元がフラフラだ。彼らに送らせるつもりか? 誰かが付いていなければ、君の仲間は心配で休めなくなってしまうが、それでも意地を張るつもりか?」

 

 

 さすがに、見ていられなくなった彼女は、アルシェを自宅に送る事にした。

 

 これには当のアルシェが嫌がったけれども、そのように言われてしまえば何も言えなくなる。実際、仲間たちにも余裕がなかった。

 

 アルシェとしても、『フォーサイト』の仲間たちがお人好しであり、自分の為にも(それだけではなくとも)危険な橋を渡ってくれたのは身に染みて理解していた。

 

 

「じゃあ、お願いします」

「それじゃあ、杖は邪魔だから……預かってもらえるか?」

「あいよ、それぐらいはするよ」

「ありがとう、リーダー……ゾーイさんも、ありがとう」

 

 

 なので、諦めたアルシェはふらつきながらも全員に頭を下げると、促されるがまま彼女の背におぶさり……帰路に着く事となった。

 

 

 ……で、道中。

 

 

 そうなるだろうなあと察してはいたが、アルシェはそのまま寝落ちしてしまった。

 

 やはり、相当に疲れ切っていたのだろう。

 

 軽く揺さぶってみるも起きる気配はなく、ぐったりと彼女の背中にもたれ掛っている。寝息にも、ほとんど変化がない。

 

 

 ……帝国に帰還し、日常の空気の中に戻った事で、気が抜けたのだろう。

 

 

 幸いにも、家の特徴は教えられていて、後はまっすぐ行けば右手側に見えてくるらしい。だから、寝ていても、とりあえずの問題はない。

 

 

 ……起こすのは可哀想だ。

 

 

 そう思った彼女は、そのままアルシェの自宅へと向かう。

 

 

(それにしても、帝国の方は王国に比べて活気がある。何と言えば良いのか、パワーみたいなものを感じる)

 

 

 国が違えば、歴史も違う。辿って来た道が違うとなれば、生活様式も違い……そして、行き交う人々の表情にも、違いが現れる。

 

 ──ここは、良い国なのだろう。

 

 少なくとも、王国よりも、帝国の方が自国を良くしようという意思は感じ取れる。まあ、どちらにも事情が異なるので、一概に判断する事は出来ないが。

 

 

(……痩せているな)

 

 

 そうして、歩きながら……背負ったアルシェの軽さに何とも言い難い苛立ちを覚えながら、アルシェの事について考える。

 

 

 ……まず、よく耐えたな……そう、彼女は思った。

 

 

 己など一瞬でミンチに出来るような怪物たち(ちなみに、アルシェは恐怖のあまり吐いた)から一晩中睨まれて、平然としていられる人間などほとんどいない。

 

 仲間たちが居たからこそ表面上は平静を保てていたが、敏感な年頃の10代に耐えられるわけがない。

 

 それを、動けなくなるほどに疲労はしたが、廃人に成らずに耐えきったアルシェは凄い。この子は強いと、褒め称えたい気持ちすらあった。

 

 

(こんなに痩せて、でも、命がけで頑張って……)

 

 

 次に思ったのは、アルシェの境遇である。

 

 あまり人に言えることではないが、彼女は前世(この身体になる前の、男だった時)において、虐待された児童を何度か目にした事がある。

 

 

 そういった子たちと、アルシェは、怖気が走るぐらいに境遇が似ていた。

 

 

 明らかに、同年代より痩せている。子供に与える事よりも、自分の都合を優先するから、そのしわ寄せが子供へ行く。

 

 子供である事を許されないから、大人びている。そうしなければ生きていけないから、大人にならざるを得ないから。

 

 優秀な場合でも、親が子供の為に身を犠牲にするという考えが無いから、総じて夢を断念する。

 

 

(親が貧乏なら、どうしようもない。しかし、だいたいの場合は……)

 

 

 ──必要だと感じたら、首を突っ込むしかないか。

 

 

 そう、結論を出した彼女は、もうすぐ着くであろうアルシェの自宅を思い浮かべながら、ゆっくりと進むのであった。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………そうして、だ。

 

 

 事前に聞いていた指示の通りに進んで、『ああ、ここか』と見付けたのは……言うのはなんだが、立ち並ぶ他の家々に比べて、ちょいとばかし貧相に見えた。

 

 

 いや、まあ、正直に言わせてもらえば、五十歩百歩というやつだ。

 

 

 どれもこれも一般市民が暮らすには広く豪華ではあるが、どれもこれも人が住んでいるようには見えない。

 

 閉じっぱなしと思われる正門の鉄格子には錆が入っており、砂埃がこびり付いているのが見える。その中には、鉄格子が片方外されている家もある。

 

 そこから見える庭先は、どの家も雑草がぼうぼうに伸びっぱなし。庭がそうなら、その奥の……屋敷にも人の気配はなく、全体的に薄汚れている。

 

 当然ながら、そんな場所ゆえに人通りもほとんど無い。

 

 まあ、立ち並ぶ一つ一つの家が大きいので、元々人通り自体少ないのだろうけれども……それを抜きにしても、この辺りはずいぶんと静かであった。

 

 

(……一斉に夜逃げでもしたのか?)

 

 

 そんな事を考えつつ、さすがにアルシェを起こさなければと思いながら、ヒョイッと正門の鉄格子越しに中を見やれば。

 

 

 ──同じく、正門の影からヒョイッと顔を覗かせた、可愛らしくも小さな女の子と目が合った。

 

 

 しかも、2人。というか、双子だ。年頃は……前世で言えば、小学校に上がるかどうかといった感じだろうか。

 

 

「……こんにちは」

「こんにちは!」

 

 

 双子特有なのか、左右から同時に返事をされた彼女は……一つ笑みを浮かべると、背負っているアルシェの顔を見えるようにしてやる。

 

 

「お姉さま!」

「寝ているの?」

 

 

 喜びに頬を緩める方と、不思議そうに首を傾げる方。

 

 なんとなく、性格の違いが見て取れる。

 

 

「君たちは、アルシェの妹かな? お名前を教えてもらっていいかな?」

「私は、クーデリカ」

「私は、ウレイリカ」

「ありがとう、私はゾーイだ。アルシェとは、仕事仲間みたいなものでな……疲れて眠ってしまったから、私が連れて来たのだ」

 

 

 そう話せば、2人は納得したのか笑みを浮かべてお礼を言われた。幼いながらも、賢い子のようだ。

 

 

 ……それにしても、だ。

 

 

 彼女の視線が、いっこうに開かれようとしない屋敷の扉(つまり、玄関)へと向けられる。

 

 正確な時刻は不明だが、子供が起き出して来るには些か早い時間帯だ。実際、ここに到着するまでの間、外に出ている子供をほとんど見かけていない。

 

 それでも、わざわざ起きているということは、おそらくは姉の……アルシェの帰りを早朝(あるいは、夜中から)から待っていたのだろう。

 

 

(両親ではなく、子供の方が正門前で帰りを待つ……か)

 

 

 事前に事情を話されていたので関係性を察してはいたが、改めて見せ付けられる形になると、色々と思うところが……っと。

 

 

「──御嬢様!」

 

 

 考え事をしていると、屋敷より1人の男が飛び出して来た。

 

 燕尾服の、一目で執事だと分かる風貌の、おおよそ50代と思われるその男は、息を切らせながらゾーイの下へ来ると……ぜえぜえと息を整えながら、「あ、貴女は?」尋ねてきた。

 

 

「ジャイムス、この人はお姉さまを連れて来てくれた人よ」

 

「ジャイムス、この人はお姉さまを助けてくれた良い人よ」

 

 

 すると、彼女が返事をする前に、双子の姉妹が説明してくれた。

 

 変に付け足すと双子の機嫌を損ねてしまいそうなので、彼女は軽く屈むと、背負っているアルシェの顔を見せてやった。

 

 

「おお……ありがとうございます」

 

 

 それで、ようやく安心したようで……改めて自己紹介をした彼女は、寝ているアルシェを渡そうと──したのだが。

 

 

「……申し訳ありません。ご迷惑かとは存じますが、しばらく貴女様のところに置いてもらえないでしょうか?」

 

 

 何故か、拒否された。

 

 

「出来うるならば、クーデリカ御嬢様と、ウレイリカ御嬢様も……」

 

 

 しかも、双子の姉妹まで追加された。

 

 まるで意味が分からなかったので、どうしてなのかと率直に理由を尋ねれば。

 

 

「……御嬢様の……フルト家の事情は、御存じですか?」

 

 

 ちらり、と。

 

 

 執事の視線が一瞬だけ双子へと向けられたのを見て、察した彼女は、アルシェを背負ったまま、ジャイムスを伴って外へと向かう。

 

 双子の姉妹は察しが良いのか、それとも気を使っているのかは定かではないが、大人しくジャイムスの言う事を聞いて、付いて来ようとはしなかった。

 

 

 ……で、だ。

 

 

「全体をサラッと教えてもらったが、借金があるとか」

 

 

 双子の……加えて、周囲に人影が居ない事を確認した彼女が続きを切り出せば、ジャイムスは悲痛な面持ちで頷くと……ポツポツと語り出した。

 

 

「……その、アルシェ御嬢様が不在の間に、旦那様が新たに借金を重ねました。私共一同、これ以上借金を重ねるのであれば、全員辞めると直談判致しましたが……」

「借金した、と?」

「おそらく、アルシェ御嬢様が多額の報酬を得られる仕事を見つけた事が耳に入ったのでしょう。既に、報酬を自分たちが使う前提だと思われます」

「……馬鹿なのか? いったい何に使っているんだ?」

「簡潔に述べるならば、貴族としての力を誇示する為だとか」

「……? 子供のポケットに手を突っ込んで掠め取った金で散財を繰り返す事が、か?」

 

 

 率直に思った事を告げれば、「旦那様は、新しい時代を受け入れられないだけなのです」ジャイムスは何かを吹っ切るかのように、軽く首を横に振ると……改めて、彼女へと頭を下げた。

 

 

「ですので、どうか御嬢様をお連れしてください。このまま家に戻せば、御嬢様に借金が擦り付けられてしまいます」

「それは、逃亡した所で同じでは?」

「貴族ならまだしも、平民は違います。少なくとも、帝国の法では親の借金は親の、子の借金は子のモノとなっております」

「……なるほど。とりあえず、親元を離れていれば、いくらでも逃れられるというわけか」

 

 

 とりあえずは納得した彼女は、それなら貴方が連れて行けば……と言い掛けて、唇を閉じた。

 

 何故なら、ジャイムスも痩せているからだ。

 

 身なりこそ品良くしているが、まともな食生活を送っていないのがバレバレで、顔色が悪かった。

 

 

 ……これ、アレだ。

 

 

 主が、まともに使用人たちに給料を払っていないパターンで、長年仕えていたからと使用人たちが我慢している、最悪な状況の、アレだ。

 

 そうなると、連れて逃げようにも逃げられないアレだ。自分たちとて食えない状況で、5,6歳の子供を連れて逃げられる自信が無い……アレだ。

 

 

(つまり、ここで知らぬ存ぜぬを通せば、今回の報酬でも借金が返せない場合が起こるわけか)

 

 

 ちらり、と。

 

 

 振り返って見やれば、鉄格子越しにこちらを見ている双子の姉妹と目が合った。

 

 子供だからと思って先ほどは気付かなかったが、なるほど、姉妹も痩せている。

 

 最初は子供特有のアレかと思ったが、単純に、普段から量を食べれていないという理由からくる、アレだった。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………えぇ、と。

 

 

(……ま、まあ、『グリーンシークレットハウス』があるし……短期間なら、良いかな)

 

 

 とりあえず、見捨てる選択肢などなかった彼女は、しかたなく双子の姉妹を連れて……人の目の薄い、帝国の外へと向かうのであった。

 

 

 


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