オーバーロード 降臨、調停の翼HL(風味)   作:葛城

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オリ設定増し増しやで


(裏話)骸骨の迷い

 

 

 

 それから、しばらく……感情抑制によって、ようやく冷静さを取り戻した悟は、その足で……他のメンバーたちの私室を巡って行った。

 

 

 そこで、分かったのは……ユグドラシルに飽きて離れてしまった者でも、それ以外のキッカケで離れた者でも、大なり小なりナザリックを楽しんでいたこと。

 

 ペロロンチーノの残した日記の通り、文字通り不本意な形で引退せざるを得なかった者が他にもいたこと。

 

 ギルド長である悟に言えないまま、徐々にログイン回数を減らし、そのまま……という流れで引退する手段を取っていたこと。

 

 

 それらは、少なからず悟の心に重く圧し掛かった。

 

 だが、なによりも悟の心に暗い影を落としたのは……他でもない。

 

 

(たっち・みーさん、ウルベルトさん……俺は、何も知らないまま、暢気に……)

 

 

 それは、悟にとって非常に衝撃的な話であった。

 

 

 ──詳細を語る必要は無いだろう。

 

 

 だが、強いて語るとするなら……この二人の関係性は、社会常識的な目で見れば、『正義』と『悪』の対立だ。

 

 けれども、それは一昔前のハリウッドムービーに出て来る、分かり易く、誰が見ても頷く『正義』と『悪』の対立ではない。

 

 仕方がない事であった。望む望まないに関係なく、世界がそのように二人の立場を生み出してしまった。

 

 

 そして、2人は互いに相手のソレを知ってしまった。

 

 

 知ってしまった以上は、以前のようにはいられない。いられたとしても、いずれ、それは出来なくなる。

 

 

 だから、2人は離れた。

 

 

 このまま同じ場所に留まれば、リアルにおいても互いが互いの立場を悪くする。

 

 下手すれば、『アインズ・ウール・ゴウン』そのものが運営より抹消される可能性があった。

 

 だから、そうなる前に2人はユグドラシルを離れた。表向きは、互いの悪感情がエスカレートした結果……という形にして。

 

 

(……俺は、今まで何も知らなかったんだな。いや、知ろうとしなかったんだ)

 

 

 ギルドメンバー全員の私室を巡り終えた悟は、自室のベッドに腰を下ろし……静まり返った中で、俯いていた。

 

 

(俺が愛するナザリックが変わって欲しくないばかりに、目を逸らし続けていた。誰よりも自分勝手に振る舞っていたのは、俺の方だった)

 

 

 隠されていた事情を知った今、悟は……後悔し続けていた。

 

 思い返せば、予兆というか、変化は見られていたのだ。

 

 急に余所余所しくなったり、ログイン回数が減り始めたり、色々と始まりは見えていた。

 

 

 でも、己はそれから目を逸らしていた。

 

 

 今日会えなくても、明日、いや、明後日には……そんな暢気な気持ちで毎日を過ごしていた。

 

 

 ……分かっていた、はずなのだ。己が生まれ育ったあの世界は、人の命など軽いということが。

 

 

 富裕層あるいは中間層に生まれた者ならまだしも、己のように下層(それでも、小学校に通えていただけマシ)生まれの命なんて、本当に軽い。

 

 どんなに重い病を患っても、市販の風邪薬や解熱剤などで回復させるのが当たり前。診察料金を工面出来ず、初期に治療すれば完治出来た病気を悪化させ、死亡したなんて話も珍しくはない。

 

 実際、悟の母親も過労からくる衰弱によって死亡した。

 

 栄養と休息を与えれば回復出来たのに、それが出来るだけの余裕がなかったから、死んでしまった。己のために、母親は死んでしまったのだ。

 

 

 その己は……今まで、何をしていた? 

 

 

 大切に想っていた仲間たちの事情にも気付かず、偽りの箱庭の中で悦に浸り、ユグドラシルやナザリックが衰退してゆく様を自分勝手に悲しんでいた。

 

 ユグドラシルを離れる理由なんて、それこそ飽きた以外に、いくらでも理由があるし、思いつくというのに。

 

 

 ……なんという、阿呆な男だろうか。

 

 

 悟は、己を深く深く罵倒する。空っぽの頭蓋骨の中を過るのは、サービス最終日の……ヘロヘロさんが、ログアウトした後。

 

 

 ──あの時だって、たった一言で良かったのだ。

 

 

 たった一言、『最後ですし、サービス終了をここで迎えませんか?』とさえ告げれば、ヘロヘロは付き合ってくれただろう。

 

 本当にどうでもよくなっていたら、わざわざユグドラシルにログインなどしない。過去の思い出だとしても、大事に想っていたからこそ、わざわざログインしてくれたのだ。

 

 

 でも、その時の悟は何も言わなかった。

 

 

 大人のフリをしていただけで、ただ、ヘロヘロの機嫌を損ねないようにと、何も声を掛けず……ログアウトした後で、一方的に怒りをぶつけただけであった。

 

 

 ……なんという、恥知らずな男だろうか。

 

 

 みんなから向けられる想いに気付かないばかりか、自分勝手に去っていた仲間たちを……そう思い込んで、薄情者だと一方的に罵倒した。

 

 

(情けない……穴が有ったら入りたいとは、正しくこういう時の言葉なんだな)

 

 

 その事実に、悟は心から……これ以上ないぐらいに、心から己を蔑んだ悟は……少しの間を置いて、静かに立ち上がった。

 

 

「……何時までも、ウジウジと泣くわけにもいかないな」

 

 

 アンデッドの感情抑制の効果が、良い方向に働いたのだろう。

 

 今にも死んでしまいたい、裂けてしまいそうな心痛も、感情がフラットに戻されることで立ち直る事が出来る。

 

 

「ここは、俺たちが作り上げた大事なナザリックだ。だが、誰かを傷付ける為に作った場所じゃない。人を食い殺し、悦に浸る者たちが住まう場所にしてはならない」

 

 

 悟の視線が、部屋に置かれたテーブルの上。そこに鎮座する、流れ星のマークが刻まれた指輪に向けられる。

 

 それは、『流れ星の指輪(シューティングスター)』と呼ばれる、課金アイテムの中でも、超激レアに分類されるアイテムの一つ。

 

 その効果は、超位魔法『星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)』発動時において、消費する経験値を3回分だけ0にするというものだ。

 

 

 ……超位魔法というのは、ユグドラシルに存在する魔法の中でも、究極の魔法として設定されている非常に強力な魔法である。

 

 

 発動条件は様々で、『星に願いを』のように1レベル分の経験値を使用するモノや、一日の使用回数が限られているモノも……と、話を戻そう。

 

 

 超位魔法『星に願いを』の効果は、『望んだ願いを実現する』というものだ。

 

 

 この世界に来て効果が変化した魔法の一つである。

 

 ゲームでは使用すると、発動する効果が選択肢として表示されるだけだが、この世界では、発動する効果は一つだけとなっている。

 

 ただし、最大500%分の経験値を注ぐことで、より強大な願いを叶えられるようになっているので、どちらが良いという話でもない。

 

 ちなみに、悟はこの指輪を元から一つ所持しており、既に一回分使用している。

 

 そして、今回の調査で新たにもう一つ未使用の『流れ星の指輪』が見つかったので、計5回分。

 

 つまり、500%分の願い事を一度だけ消費無しで発動できる……というわけだ。

 

 ちなみに、指輪はギルドメンバーの『やまいこ』の私室で発見したものだ。どうやら、仕舞いこんで忘れていたようだ。

 

 当時は、ボーナス注ぎ込んで一個手に入れた悟に比べて、ガチャ1回で引き当てた『やまいこ』に対して腹の底から嫉妬したものだが……今となっては、良い思い出というやつだ。

 

 

(これを使えば、可能性としては人間に戻れるかもしれない……)

 

 

 『星に願いを』は、他の超位魔法に比べても、かなり特殊な魔法であり、博打性の強い魔法である。

 

 そして、他の魔法とは違い、今日は駄目だったから明日は……なんてのが、通じない魔法でもある。

 

 

 何故ならば、だ。

 

 

 まず、『星に願いを』は、レベルが95にならなければ習得出来ない。そして、ユグドラシルでは、レベルが100に近付くに従って求められる経験値が一気に跳ね上がる仕様になっている。

 

 つまり、この世界では通常、『流れ星の指輪』が無ければ、500%分の経験値を注ぎ込むチャレンジは一度しか出来ないのだ。

 

 仮に、100%分で失敗し、次に思い切って500%分を注ぎ込んでも失敗すれば……レベルが95に上がるまでは、『星に願いを』を使用出来なくなる。

 

 『流れ星の指輪』があっても、考えなしにチャレンジ出来る余裕が出来たわけではないのだ。

 

 

 そして、ここはユグドラシルではない。

 

 

 そう、レベル上げに見合う水準のモンスターが次々湧いては消えてくれる、ゲームの世界ではないのだ。

 

 この世界にも経験値という概念があったとするならば、ここら周辺のモンスターを百万、一千万と殺したところで、必要経験値の1割にも満たないのは明白だろう。

 

 

 それに……危惧しなければならない点が、もう一つある。

 

 

(仮に『星に願いを』で人間に戻れたとして……下手すると、その場でNPCたちに殺されかねないか、俺?)

 

 

 ジッと、骨の両手を見つめた悟は……どうしたものかと頭を悩ませる。

 

 

 というのも、だ。

 

 

 悟……いや、『モモンガ』のステータスは、『種族:アンデッド』で、『オーバーロード』というクラスであるのを前提とした装備やスキルを習得している。

 

 つまり、種族が変更されて人間になった途端、それまで得ていた恩恵のほとんどが失われてしまい、相当なレベルダウンとなってしまう可能性が極めて高い。

 

 おそらく、レベル20~30……いや、アンデッド種としてのレベル全てが失われた場合、レベル60……最悪、レベル1にまで落ちる可能性がある。

 

 

 正直、それだけは絶対に避けたい。

 

 

 レベル60ですら、守護者どころかプレアデス(戦闘メイドたちのこと)にも殺される程度の力でしかないのだ。

 

 いや、種族としてのレベルを失った状態ならば、更に格下の相手からアッサリ殺される可能性もある。

 

 

 それに……可能性といえば、だ。

 

 

 人間になった途端、人間嫌いを公言しているNPCたちに殺され、そのまま『アインズ』の支配から解き放たれて……という可能性とて、0ではないのだ。

 

 

(というか、人間に種族変更した瞬間、システム的に『モモンガ』が消失して、ナザリックの全NPCが、野良NPC扱いになるとか……ないよね?)

 

 

 想像すると、物凄く怖い光景である。とはいえ、考え出すとキリが無いので、それはすぐに打ち切る。

 

 

(ゾーイさんは、俺が後々人々を助けると話していた。せめて、その願いの一端ぐらいは果たせないと、俺は死んでも死にきれない)

 

 

 しかし、そうなると……だ。

 

 

 重要なのは、使うタイミングだ。

 

 

 少なくとも、NPCたちの前では使えない。人間になった途端、至高の御方のカテゴリーから外れ、頭から食われる恐れがある。

 

 もちろん、NPCたちの前で駄目ということは、ナザリック内部では絶対に駄目だ。とてもではないが、逃げ出せる自信は欠片もなかった。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………その時、悟は思った。

 

 

 どうしてそう思ったのかは、悟自身にも分からない。

 

 それが、相手にとって非常に辛い選択を迫る事だとは、分かっていた。

 

 けれども、アイツなら……あのNPCであるならば、もしかしたら……そう思った瞬間、悟の手は動いていた。

 

 

「──パンドラ、聞こえるか?」

 

 

 気付けば、悟は己が作ったNPCの名を呼んだ。呼んだ直後、早まった行いだと思ったが。

 

 

『──どう致しましたでしょうか、アインズ様』

 

 

 その時にはもう、『伝言』が返された後であった。

 

 

「……その、こちらへ来られるか? 9階層の、私の私室へ」

『──もちろんでございます』

「では、待っている」

『──承知致しました。すぐに、向かいます』

 

 

 成るように、成るしかない。そう思いながら、悟は『伝言』を切った。

 

 

 ……遅かれ早かれ、裏切らない協力者の存在は絶対に必要だ。そして、今の自分には時間が無い。

 

 

 現状、パンドラ以外には思いつかないし……と、考えていると、自室の扉がノックされた。

 

 

「入れ」

「失礼します」

 

 

 相当に急いできたのだろう。

 

 少しばかり衣服の襟元が乱れていたが、入室すると同時にピシッと整え……バシッと、悟へ向かって派手な敬礼をしてみせた。

 

 

(……そうだったな。それも格好いいなって、あの頃は毎日一生懸命考えて設定していたんだよな)

 

 

 その姿を見て感じるのは、背筋を登ってくる羞恥心。並びに、懐かしさであった。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………っと。

 

 

「あの、アインズ様?」

「──む、ああ、済まない、少し考え事をしていた」

 

 

 呼び出されたのに何も言わず、ぼんやりと眺められたら誰だって不思議に思うだろう。

 

 落ち着けと、悟は何度も己に言い聞かせながら、3回ほど大きく深呼吸をすると……改めて、パンドラを見つめた。

 

 

「パンドラ、これからお前に幾つかの質問をする。答え難い質問であっても、必ず返答せよ」

「はい」

「偽りなく、全て本心を答えるのだ。これは厳命であり、今後のナザリックの方針にも関わる重大な事であると心せよ」

「はい、アインズ様」

 

 

 深々と一礼するパンドラを前に、悟は……もう一度、大きく深呼吸をしてから……改めて、顔を上げた。

 

 

「パンドラ……仮に、だ。仮に外敵によってナザリックが襲撃された際、私がナザリックを放棄すると決めた時、お前はどうする?」

「判断に従います」

 

 

 ──即答であった。

 

 

 あまりにアッサリ即答された事に、悟は思わず目を見開いた。

 

 

「従うのか?」

「はい、従います」

「……では、ギルド武器を破壊して、完全にナザリックを放棄する決断を下した場合は、どうする?」

「変わりません、全て従います」

 

 

 キッパリと、言い切ったパンドラに……悟は思わず立ち上がり……椅子に腰を下ろした。

 

 

「……分かっているのか? ギルド武器を破壊されるということは、このナザリックの崩壊……並びに、お前たち全員の消滅を意味する」

「全て、存じております」

「それでも、判断は変わらないのか?」

「全く、変わりません。そうする必要があるならば、そうするべきだと私は考えております」

 

 

 それに……パンドラは、言葉を続けた。

 

 

「アインズ様は、勘違いをなさっている。いえ、おそらくですが、アインズ様も薄々勘付いているかと思います」

「……と、言うと?」

「私は、アインズ様の手で生み出され、アインズ様の為に存在する唯一の僕でございます」

「それは知っている」

「しかし、他の守護者たち……いえ、ナザリックの僕たちは違います。あの方たちは、あくまでも己の創造主が第一であり、今は唯一残ってくださった『至高の御方』であるアインズ様を代わりとしております」

「──っ!」

「つまり、アインズ様とナザリックとが同格なのです。もちろん、最終的にはアインズ様を選ぶでしょうが、それまで相当な葛藤を覚えるのは想像するまでもありません」

「……そ、うか。なるほど、概ね想像していたとおりだ」

 

 

 すーっ、と。

 

 

 驚きのあまり、悟は感情抑制が働いたのを自覚した。それぐらいに、悟が感じた驚愕は大きかった。

 

 まさか……そう、まさか、己以外に、NPCであるパンドラが、ここまでナザリックを客観的に見ているとは思っていなかったからだ。

 

 

 そう、そうなのだ。

 

 

 以前から、疑念であり懸念でもあったことが一つ。

 

 それは、NPCたちは本当に己を第一に考えているかという、根本的な不安であった。

 

 現状、ナザリックに居る『至高の御方』はアインズのみ。

 

 絶対的な存在として盲信するNPCたちの忠誠心だが……仮に、そう仮に、NPCたちを創造したギルドメンバーが現れた時。

 

 

 ──彼ら彼女らは、どちらの指示に従うだろうか……そう思った事は、一度や二度ではない。

 

 

 悟もそうだったが、NPCたちがナザリックを特別視するのは、ここが創造主への唯一の繋がりが残された場所だから。

 

 言い換えれば、ここを失う事になれば、自分たちの創造主との繋がりが失われてしまうということ。

 

 なるほど……パンドラの推論を、悟はスルッと受け入れていた。

 

 

(……そういえば、以前シャルティアと戦った時も、激昂していたとはいえペロロンチーノの方が優れていると口走っていたっけ)

 

 

 この世界に来た当初、ナザリックに土を掛けるという行為だけでアルベドが機嫌を悪くしたのも、それなら説明が付く。

 

 あくまでも、NPCたちにとって己の創造主が一番。次に他の『至高の御方』であり、最後にナザリックが来る。

 

 だから、パンドラは創造主であるアインズを第一に考え、ナザリックの放棄を一切躊躇しない。

 

 対して、他のNPCたちは、自分たちの創造主との繋がりがあるナザリックとアインズを同格に近しい目で見ている。

 

 何故なら、創造主が居ないからだ。ゆえに、命令に従うかどうかは別として、だ。

 

 実際にそうなった時、相当な反対……場合によっては、命令を無視してでもナザリックを護ろうとするかもしれない……と、悟は納得した。

 

 

「──私にそのような質問をなさるということは、いずれギルド武器を破壊し、ナザリックを完全に放棄する……と、考えてよろしいのですね?」

「それは……」

「その際、アインズ様はどうなさるおつもりでしょうか? 相当な戦力ダウンは当然のこと、場合によってはそのまま敵に討ち取られる危険性がございますが……」

「…………」

 

 

 なので、パンドラより剛速球な質問を真正面から返された悟は、すぐには返事を出来なかった。

 

 それも、当然である。結論は、既に出ている。

 

 しかし、短い間とはいえ情が湧いてしまっているパンドラに、『そうだ、もうすぐお前は死ぬ』という意味の死刑宣告を言葉にすることが、悟には出来なかった。

 

 

「……なにを迷う事がありますでしょうか」

「え?」

「私たち僕は、アインズ様の為に存在しているのです。間違っても、私たちの為にアインズ様が存在するわけではありませんし、ナザリックの為に私たちが存在するわけでもありません」

 

 

 だからこそ、パンドラの口から。

 

 

「生きて良いのです。ナザリックの主ではなく、1人の人間として……生きて、新たな道を模索し、歩いて良いのです」

「パン、ドラ……お前、まさか!?」

 

 

 そんな言葉が飛び出すとは、想像の端っこにすら想定していなかった。

 

 そう、それは、悟にとっては絶対に聞き逃せない言葉であった。

 

 あまりの衝撃に抑制が追い付かず、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がる。がたん、と派手に転がった椅子の音すらも、悟の耳には届いていなかった。

 

 そんな悟に対して、パンドラは……そう、パンドラズ・アクターは、三つの●をニヤリと歪ませて笑みを形作り……そう、悟には見えた。

 

 

「お忘れですか、アインズ様。私は、『二重の影(ドッペルゲンガー)』の上位種、『上位二重の影(グレータードッペルゲンガー)』であり、貴方の唯一の僕であり、至高の御方たち全ての外装をコピーしております」

「え、あっ……!」

「記憶は読めなくとも、誰よりもあなたの心に寄り添っているという自負がございます。私にとって、貴方様がなんであろうと問題にはなりません。重要なのは、貴方様の行く末を照らし、道を作り出す事……ただ、それだけでございます」

 

 

 そう言い終えると、パンドラはまるで王を前にした臣下の如く、深々と……それはもう大げさに一礼したのであった。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………しばしの間、悟は何も言えなかった。

 

 

 蹴飛ばした椅子を戻すわけでもなく、パンドラを問い質すわけでもない。

 

 ただただ、呆然と。

 

 今しがたの現実を、確かに起こったモノなのだと理解するための沈黙。その中で、パンドラは黙したまま、主が落ち着くのを待見続けた。

 

 

 ……。

 

 

 ……

 

 

 …………時間にして、どれほどの時間が流れたのか……それは、悟には分からなかった。

 

 

「……お前は、本当にそれで良いのか?」

 

 

 辛うじて、絞り出した問い掛けに対して。

 

 

「良いのです。どうか、迷わないでください」

「しかし……」

「それに、アインズ様。これは私たちだけの問題ではありません」

「え?」

「お忘れですか? このナザリックには、王都から連れ去った人間と……ツアレや蜥蜴人たちもおります」

「あっ!」

 

 

 ──そうだった、すっかり忘れていた。

 

 

 パンドラから言われて、今更ながらにその事を思い出した悟は、恥じ入る気持ちで頭を抱えた。

 

 王国への食糧提供、ゾーイ襲来、NPCたちの異常性、請負人たち……その他思い出したくない諸々が次々に降りかかったせいで、すっかり記憶から飛んでしまっていた。

 

 そうだ、王都への食糧提供も大事だが、誘拐した生存者たちを王都に返す必要もあるし、ツアレのことも……蜥蜴人たちも、そうだ。

 

 後々ナザリックが崩壊したなら、蜥蜴人たちも巻き込まれる可能性が高い。

 

 元々、ナザリックの一方的な侵略の結果なのだ……そのまま道連れになる事態だけは避け──っと。

 

 

 

『アインズ様、緊急案件です。よろしいでしょうか?』

 

 

 

 唐突に送られてきた『伝言』に、悟はハッと顔を上げた。

 

 『伝言』を送ってきたのはアルベドであるが、いったいどうしたのだろうか? 

 

 

 

『距離にして5kmほどの地点より、一頭の馬に乗った男女が、ナザリックへと接近しつつあるのを確認致しました。その後方2kmの地点に、仲間と思わしき集団が5名、待機しております』

「ふむ、それで?」

『僕の一体を、先行する2名の下へ挨拶に向かわせた結果、パンドラズ・アクター殿とのお話の件で……と、話したらしく、現在対応を保留中です』

「なに? 少し待て、こちらでも確認する。お前たちは手を出すな」

 

 

 どうして、パンドラの名を? 

 

 首を傾げつつも、部屋の隅に安置してある『遠隔視の鏡』を引っ張り出すと、成れた手付きで操作を行う。

 

 

「……ふむ、何処かで会っただろうか?」

 

 

 そうして、鏡に映し出されたのは、鎧などを見に纏った年若い男と、遠目にもその美しさが目立つ金髪碧眼の美少女であった。

 

 

(まるで、騎士とお姫様みたいな二人組だな)

 

 

 率直に、悟が抱いた感想がそれであった。

 

 実際、男の顔は緊張で強張っているが、女の方は朗らかに笑みを浮かべているだけだ。

 

 それが2人の生まれの違いを物語っているようで、余計にそう思えた。

 

 

「パンドラ、お前はこの二人に見覚えはあるか?」

 

 

 とりあえず、傍のパンドラにも聞いてみた。だって、パンドラの名を出したから。

 

 

「男の方は平民のクライム、女の方はラナー王女でございます」

 

 

 とはいえ、思っていた以上の大物に、悟は軽くビビった。

 

 

「え、王女?」

「はい、王女です。以前、少しばかりお話した仲でございます」

「……そうなのか?」

「はい、ラナー王女は物凄く頭の良い御方ですよ。もしも、考えを改めて王国を生かす道を選ぶのでしたら、ここへ一人で来なさいと話しておきました」

「考え……? よく分からんが、来ているのは2人だぞ」

「たぶん、周りが許さなかったのでしょう。お姫様ですからね、その辺は仕方ないと思います」

「……まあ、お姫様なら、仕方がない……か?」

 

 

 王女ってことは、王様の娘。まあ、1人で外出なんて許さないだろうなあ。

 

 ……と、いった感じで、暢気に鏡越しに王女を眺めていると。

 

 

「では、アインズ様。御挨拶に伺いましょう」

「え?」

 

 

 困惑する悟を前に、パンドラは。

 

 

「貴方様の願いを叶える為にも……さあ、行きましょう」

 

 

 実に朗らかな声で、そう告げたのであった。

 

 

 




物語も終盤へと近づき、ラナー登場により、危険な領域へと突入する
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