オーバーロード 降臨、調停の翼HL(風味)   作:葛城

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彼女の、願い

 

 

 

 バハルス帝国の皇帝『ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス』は、己を優秀な存在だと自負していた。

 

 

 

 それは、言葉では説明出来るものではない。

 

 ただ、己が己として物心が付いた時には薄らと自覚していたが、時を経て、様々な経験(正直、良い事ばかりではない)を重ねたことで、より強固になった。

 

 

 実際、客観的に見ても、ジルクニフは優秀な男であった。

 

 

 10代半ばにて前皇帝である父の後を継いで即位した後、悪事に手を染めていた皇后(こうごう)を事故死させ、そのまま母方の貴族家を皇帝暗殺の容疑で断絶。

 

 兄妹たちを次々に処刑に追いやり、反対勢力だった有力貴族たちを、皇太子の頃に掌握した騎士団の武力を背景に掃討する。

 

 自らに忠誠を尽くす者だけを残して中央政権を確立した後、更には無能であると判断した貴族たちの位を次々に剥奪。

 

 優秀であれば平民であろうと取り立てる政策を立てたことで、民からの人気を集め、その権力を盤石なものにしていった。

 

 

 そうして、付いた呼び名は『鮮血帝(せんけつてい)

 

 

 自国はもちろんのこと、近隣諸国にもその名が知れ渡り、怖れられる存在。

 

 それが、今代のバハルス帝国の皇帝、ジルクニフであった。

 

 

 ……で、だ。

 

 

 そんなジルクニフだが……今日、この時、この瞬間……その身を襲った初めての事態を前にして、正直……どうしたら良いのか分からなくなっていた。

 

 

 ──部屋に入って来た賊を前に、恐怖や不安よりも前に困惑したのは……これが、初めてではないだろうか? 

 

 

 おそらく生涯初となる、言葉では感情を上手く説明出来ない状況に陥る理由は、他でもない。

 

 

「──な、なにも──ぶへっ」

「悪いやつだ」

 

「な、何を──おぶっ」

「悪いやつだ」

 

「や、やめ──へぶっ」

「悪いやつだ」

 

 

 我が愛するバハルス帝国において、個々としては最大戦力でもある『フールーダ・パラダイン』に瞬時に迫ったかと思えば、その胸倉を掴んで平手打ちを繰り返している、謎の女の存在であった。

 

 

 謎の女には、見覚えがなかった。

 

 

 だが、諜報部隊より上がっていた情報に、該当するかもしれない存在が居たことを、思い出していた。

 

 それは、王都を襲った悪魔を退けた、白髪の女戦士。

 

 南方の生まれと思われる褐色の肌に、赤い瞳を持ち、王国が誇るアダマンタイト級(冒険者として最高位)の『蒼の薔薇』すらも一目置いている存在。

 

 

 名は……たしか、『ゾーイ』、だったか? 

 

 

 そんな女が、何故か帝国にやってきたかと思えば、白昼堂々と城へと乗り込み、己の前に姿を見せた。

 

 そして、己の命を……狙うわけでもなく、たまたま室内に居たフールーダへと迫ったかと思えば、抵抗する間もなく胸倉を掴み……平手打ち、平手打ち、平手打ち、である。

 

 

 これで、相手の目的を想像しろというのは無理な話だろう。

 

 

(……目的は、なんだ? 悪いやつ? フールーダが、何かをしたのか?)

 

 

 困惑しつつも、ジルクニフは確かに優秀である。

 

 多少なり我に返ったジルクニフは、ひたすら平手打ちを食らい続けているフールーダから……『悪いやつ』と呟きながら頬を叩き続ける、謎の女を見やった。

 

 

(……わからん、フールーダは何をしたのだ? 魔法詠唱者であるならば、まだ分かる。だが、女の見た目からして、戦士なはずだが……)

 

 

 稀代の才覚を開花させている、優秀なジルクニフでも分からない。それは、ぶっちゃけ当たり前であった。

 

 なにせ、フールーダは実力こそ確かだが、200歳以上の爺だ。いまさら女で失敗するような馬鹿ではないし、なにより、そんな事をする暇があるなら魔法の研究を進める魔法馬鹿だ。

 

 

 つまり、女の線ではない。

 

 

 ならば、まだ若かりし頃の火遊びの成れ果てが押し掛けて来た……いや、いやいや、歳の計算が合わないし、それはそれで異常過ぎる。

 

 仮にそうだとしたら、ひ孫のひ孫のひ孫ぐらいが、先祖の恨みを晴らしに来たようなモノだ。仮にそうだとしても、フールーダはそんな初歩的な過ちを放置するような男ではない。

 

 いくらなんでも、それはあり得ないとジルクニフは内心にて首を横に振った。

 

 

(しかし……目的は不明だが、実力者であるのは確かだな)

 

 

 とはいえ、分かる事が一つあった。

 

 それは、謎の女……おそらくはゾーイという名の戦士は、フールーダすらも圧倒する実力を持っているということだ。

 

 

 ──欲しい。

 

 

 ほとんど衝動的に、ジルクニフは思った。

 

 不敬な態度だとか、犯罪だとか、どうでもいい。それほどの戦士を帝国に引き込めば……そう、思わずにはいられなかった。

 

 だって、この場に居るということは、すなわち、警備に当たっているはずの、帝国最強騎士の『帝国四騎士』をも打ち破って……ん? 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 ジルクニフの視線が、隣の……静観したままのレイナースを捉えた。

 

 

「…………おい、レイナース」

「はい、陛下、何用でしょうか?」

 

 

 しれっとした顔で返事をしたレイナース……帝国が誇る四騎士の1人、『重爆』の姿に、思わず頬を引き吊らせた。

 

 

「何をそこで突っ立っているんだ? 賊がそこにいるわけだが?」

「賊ですか?」

 

 

 ぐるり、と。

 

 室内を見回したレイナースは……軽く頷くと、ジルクニフへと振り返った。

 

 

「そんな者は、おりませんよ」

「おい」

「呪いを解いてくれるかもしれない者が現れたので、仕える相手が変わっただけでございます」

「──っ!? そ、そうか……ならば、仕方がないな」

 

 

 レイナースの返答に、思わず背筋を伸ばしたジルクニフは……溜め息と共に、外で起こった経緯の一端を察した。

 

 

 ……帝国四騎士の1人であり紅一点、『重爆』のレイナース。

 

 

 彼女は、とある事情から呪いをその身に受けてしまっている。

 

 その呪いは、フールーダですらどうにもできないほどの、強い呪い。

 

 その呪いによって、レイナースは……己が誇りにしていた、美しい容姿が半分ほど、おぞましい状態になってしまっている。

 

 それ故に、レイナースは呪いを解く方法を探し回っている。

 

 その為ならば、自ら股を開くことすら厭わないほどに……つまり、来るかもしれない時が来ただけのことだ。

 

 

「……そこの娘」

「へ、あ、はい!」

「名は、何と言うのだ?」

「へ? あ、は、はい、アルシェです」

「そうか、アルシェか、私はジルクニフだ」

 

 

 レイナースに問うたところで、おそらく答えない。何故なら、今の彼女の頭の中は、呪いを解くことでいっぱいだからだ。

 

 ならば、彼女ではなく……部屋の出入り口傍にて、身を隠すように縮こまっている、見知らぬ少女に尋ねるほかあるまい。

 

 そう判断したジルクニフは、率直に金髪の少女……アルシェへと尋ねた。

 

 

「そこの、フールーダを張り倒している女はお前の知り合いか? 知り合いなら、その女が何者なのかを教えてほしいのだが?」

「知り合い……というより、恩人です」

「恩人?」

「はい、あの方は、ゾーイ様。『調停者ゾーイ』様でございます。様呼びは嫌がられるので、ゾーイさんで良いそうです」

「いや、聞きたいのはそこでは……ん、ちょうていしゃ? ちょうていしゃ……いや、待て、調停者だと?」

 

 

 アルシェの口より飛び出したその単語に……ジルクニフの目が開かれた。

 

 

 

 ──調停者ゾーイ。

 

 

 

 記憶を探り、思い出す。その名は、魔法詠唱者ではないジルクニフにも覚えがあった。

 

 帝国史ではなく、この世界の人の歴史。

 

 はるか昔、この世界に降り立った神々たちを司る存在にして、世界の均衡が乱れた時に降臨し、正してゆく絶対的な調停の神。

 

 たしか、子供の頃に呼んだ歴史書に、そのように記載されていたような……なるほど、と。

 

 ジルクニフは、ようやく、おおまかに事態を呑み込んだ。

 

 

(調停者……普段であれば笑い飛ばすところだが、爺を容易く圧倒しているあたり、本物と見て間違いないな)

 

 

 無知や未知は、眼前にナイフを突きつけられる時よりも、恐怖を相手に、あるいは自身に与える事がある。

 

 ゆえに、情報は時に金貨1000枚以上の価値があり、一国を動かすことさえある。

 

 それを、これまでの日々で、皇帝の立場を得て、幾度となく身に染みて体感してきたジルクニフは……瞬間、アルシェへと振り返った。

 

 

(アルシェ……そうだ、『フォーサイト』のメンバーに、その名が有った! しまった、ゾーイは『フォーサイト』と交友関係があるのか!?)

 

 

 反射的に飛び出そうとした舌打ちを口内に留めたジルクニフは、背筋に冷気が走ったかのような感覚を覚えた。

 

 そう、この時、直感に過ぎないが、半ば確信にも似た感覚をジルクニフは覚えた。

 

 

(突如現れた謎の遺跡、そこに居るとされる正体不明の戦力……どうやら、神々の領域に私は土足で踏み込んでしまったようだな)

 

 

 そう、それならば、フールーダが何度も平手打ちされる理由に説明が付く。

 

 何故なら、その遺跡の情報を調べ上げ、ジルクニフへともたらしたのはフールーダ。

 

 そして、調査を行う為に貴族(要は、捨て駒)を誘導して請負人たちを送り込ませるよう指示を出したのは、ジルクニフだ。

 

 

 つまり、請負人たちはある種の被害者だ。

 

 

 もちろん、契約に基づいた行為であるので、請負人たちの自業自得でもある。

 

 だが、危険性を意図的に隠していたのは事実だ。

 

 というか、むしろゾーイは、その行為にこそ怒りを覚えてここへ──い、いかん、それはマズイ! 

 

 

「そ、その、ゾーイ様……いや、ゾーイ殿と、呼んでよろしいか?」

 

 

 ──神罰が己にだけ下るならば、まだ良い。

 

 

 最悪、己の命を差し出して許してもらおう……その一心でジルクニフは覚悟を固め、話しかけた。

 

 

 ──瞬間、振り上げたゾーイの手が、降ろされる。

 

 

 最後に、ひと際強い平手打ち。思わず、アルシェの肩がビクッと跳ねるぐらいに、大きな音が鳴った。

 

 加減してはいるのだろうが、二回り近く赤く腫れた顔で気絶したフールーダが、ばたりとその場に崩れ落ちた。

 

 

 ……なんとも表現し難い、沈黙。

 

 

 その中で、振り返ったゾーイは、無言のままにジルクニフを見つめた後……スルリと音も無く眼前へと近寄ると、スーッと片手を振り上げ。

 

 

 ──ばしん、と。

 

 

 皇帝の頬を、平手打ちした。

 

 それは、数歩ほどたたらを踏ませる威力。歯が欠けることこそなかったが、ぐらんと視界が揺れ動くぐらいの痛みを与えた。

 

 

「アルシェたちを危険な場所へ向かわせた、私の怒りだ。これで、チャラにしよう」

「……寛大な心に、感謝する」

 

 

 油断すれば尻餅をついてしまいそうな感覚の中で、ジルクニフは必死に耐えながら、それだけを答える。

 

 

「感謝する必要はない。貴方に対しては、一方的で身勝手なやつ当たりだ。あの爺は当然だが、貴方に対しては我慢しようと思っていたが、顔を見た瞬間、我慢出来ずに手を出してしまった」

「……それだけの事をしたと、貴女は思ったのだろう? ならば、仕方がない」

「仕方がないことなんて、ない」

「……では、お互いにこれで水に流す。それで、良いかな?」

「構わない……が、私の頬を叩かなくていいのか?」

「相手が調停者であろうと、女性の頬を叩くのは矜持に反する」

 

 

 ──とりあえず、神罰を下される線は途絶えた。

 

 

 その事に、ジルクニフは深く安堵のため息を零した。

 

 そうして、ふと……気絶したままのフールーダへと視線を向ける。

 

 

 ……そういえば、だ。

 

 

 どうして自分へはやつ当たりで、フールーダにはそうじゃないのか……気になって、尋ねてみれば。

 

 

「それは、彼が貴方を裏切っているからだ」

「……なに?」

 

 ──何を言われたのか、理解出来ない。

 

 

 ぽかん、と呆けた顔で目を瞬かせるジルクニフ。静観していたレイナースも、頭を抱えていたアルシェも、驚きに目を見開いて。

 

 

「彼は、全てを承知のうえで貴方を裏切った。あの地にどんな存在が居て、その結果、この国がどのような事になるかを理解したうえで、自らの夢を果たす為に全てを売り飛ばした」

 

「何もしなければ、近い将来、この世界の均衡を崩すヒビの一つへと繋がっていただろう」

 

「しかし、それは未然に防がれ、未来は逸れた。けれども、彼は反省していない。だから、軽くお仕置き。他の者たちでは出来ないから、私がやった」

 

 

 そんな中で、ゾーイは……いや、彼女は、はっきりと告げた。

 

 

「ジルクニフ皇帝、覚悟を固めるしかない」

「……どのような?」

「王国と手を結び、邪悪へと立ち向かう……それが、人類が未来へ続く為の唯一の道」

「──っ!? ど、どういうことなのだ?」

 

 

 辛うじて、それだけを尋ねたジルクニフに対して、ゾーイは答えようと──唇を開こうとした、瞬間。

 

 

 

 

 ──敵襲! 敵襲だ! ドラゴンが攻めて来たぞ!!! 総員、陣形を組め! 

 

 

 

 

 その声が響いたのは、城の外。

 

 

 

 

 ──敵襲! 敵襲! ドラゴンが1! エルフが2! 中庭に降りたぞ! 急げ! 

 

 

 

 

 方向的に中庭の向こうより、姿は見えずとも、怖れ切羽詰まったのが分かる、その声。

 

 室内の人々はみな、ハッと視線を声の方向へと向け──次いで、ゾーイへと振り返る。

 

 

「見に行きなさい。帝国に迫る……いや、人類に迫る、強大な危機の一端を」

 

 

 倒れているフールーダの事や、調停者ゾーイの事は気になるが……そう促された3人は、そのまま外へと出て、中庭を見下ろせる場所へと駆けて行った。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………そうして、誰も(いや、1人居るけど)居なくなった、室内にて。

 

 

「最後まで……最後の時まで、私は私の役目を果たそう」

 

「私は、世界の均衡を崩す可能性が生まれた時に顕現する存在」

 

「けれども、今の私は調停者ではない。私の心が、私を人のままにしてくれている」

 

「私は、私のワガママの為に動く。結果的に、それが人々を助ける事に繋がり……未来へと繋がる」

 

 

 ポツリと、それらの言葉を、己に言い聞かせるように呟いたゾーイ……いや、彼女は。

 

 

 

「それだけは、間違いなく……私の意思なのだから」

 

 

 

 蒼天の剣と盾を出現させると……駆けて行った3人の後を、静かに追いかけた。

 

 

 




そう、二次創作ならではの、共闘ルート


かつてのアインズ・ウール・ゴウンが望んだとおり、悪として人類に立ちはだかる
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