オーバーロード 降臨、調停の翼HL(風味)   作:葛城

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ちょいと臭わせる程度の下品な描写あり


(裏話)黄金の企み

 

 

 

 ──『リ・エスティーゼ王国』の第三王女である『ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ』は、売国奴である。

 

 

 少なくとも、ラナー自身はそのように自覚していた。

 

 

 何故かといえば、ラナーは王国を襲った『ゲヘナ』に、少なからず関わっていたし、犠牲者の幾らかはラナーの情報の結果でもある。

 

 誰にも露見していないし、一部未遂に終わった。しかし、物資の不足により飢える者が、この冬では出て来る……それは、確かな事実だ。

 

 

 けれども、間違った事はしていないとラナーは思っている。

 

 

 犠牲者は出たものの、王国を蝕んでいた病巣の半分以上が切り取られたので、王族として見れば間違った事はしていない。

 

 今もそう思っているし、王国全体の未来を考えれば間違いなくプラスに働いたと、心から考えていた。

 

 

 だが……それでも、ラナーは己が売国奴であると思っている。

 

 

 如何な理由であろうと、ラナーは罪を犯していない国民を生贄に捧げた。しかも、最初は国の為ではなく、己の為に捧げたのだ。

 

 国を生かすためであれば、まだ分かる。しかし、そうではない。

 

 己の生活を、怪我や死や不潔からは無縁の、煌びやかな日常を支えてくれていた国民を、己の為だけに捧げた。

 

 

 ……その事に、以前のラナーは罪悪感など何一つ覚えてはいなかった。

 

 

 金を捧げたのだから、それに見合う対価を示した。奴隷制度を廃止した、それだけで一定の義務を果たしたと思っていた。

 

 どのように国民がくたばろうが、自分の生活が維持できるだけの国力を維持出来れば、それで良いと本気で思っていた。

 

 ラナーにとって、大事なのは己と、忠犬のように盲信する騎士のクライムだけであり、父や兄弟たちすらも、どうでもよかった。

 

 己とクライムだけ有れば良い……そう、思っていた。

 

 

 ……あの日、あの時、あの瞬間。

 

 

 全てを見下し、己は他者とは違うのだと驕り高ぶっていた、ラナーの元に。

 

 

 ……調停者と名乗る、1人の少女が姿を見せた、その時までは。

 

 

 己もまた、他者と同じく『死』を恐れる、生きる事の辛さを体感したことのない……今まで見下してきた者たちと、変わらないのだということを。

 

 あの日、あの時、あの瞬間……ラナーは、思い知ったのであった。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………良くも悪くも、『死』というものを擬似的に体感した時、人は変わる。

 

 

 中には懲りない者もいるが、おおよそ人は変わる。

 

 『死』というものは、それほどの影響力を持ち、如何な強靭な心とて形を変えてしまうだけの力を持っているからだ。

 

 そして、それは『リ・エスティーゼ王国』の第三王女であり、『黄金』と称される美貌を持ち、とある悪魔からは『精神の異形種』とまで揶揄されたラナーも、例外ではなかった。

 

 

 ラナーは、純粋に頭が良かった。

 

 

 1を聞いて10を知るどころか、1を聞いて100を知り、限りなく正解に近い答えを容易く導き出せる、人外の頭脳を有していた。

 

 

 それゆえに、ラナーは理解していた。

 

 

 とある悪魔より『精神の異形種』と揶揄されるだけの、常人とは隔絶した頭脳を持つラナーだからこそ、己の変化を冷静に受け止めていた。

 

 

 『ナザリック地下大墳墓』

 

 

 とある悪魔より持ちかけられた際に知った、その場所。

 

 異なる世界より来訪した者たちが集う、偉大なる御方が住まう場所。

 

 そこの、『ロイヤルスイート』と呼ばれている、墳墓の主たちを除けば、許可なしでは立ち入る事すら許されていない場所。

 

 そこを、パンドラズ・アクター……そして、ナザリックの主である、『アインズ・ウール・ゴウン』と名乗ったアンデッドの後に続きながら、ラナーは通路を見回す。

 

 以前に話を聞いた時には、『ナザリック』とはそれほどなのかと小首を傾げただけだが……なるほどなと、ラナーは内心にて頷いた。

 

 

(本当に、この世のモノとは思えないほどに豪華絢爛……なるほど、生まれた時よりこんな場所で過ごせば、他種族など見下すのは当然……か)

 

 

 確かに、これは驕り高ぶるのも仕方がないとラナーは思った。

 

 道中ですら、王国全土の美術品を掻き集めても、その足元にも届かない、多種多様な美術品をちらほらと見掛けた。

 

 金銀の糸で編み込まれた『ナザリックの旗』もそうだが、設置されている物の一つ一つが、この世界では金貨をどれほど重ねても購入出来ない物ばかり。

 

 

 特に、ここ……『ロイヤルスイート』など、もはや別世界。

 

 

 設置されている家具や調度品、美術品などは、下手すると一貴族の金庫の中を空にしてようやく一つ用意出来るかどうか。

 

 それが、あくまでも日常を送る際の道具の一つとして使用され、消費されているのだ。

 

 これが王国に有ったなら、金庫や宝物庫に安置して、然るべき時に閲覧の許可を出す……それほどの逸品が、ここにはゴロゴロ転がっている。

 

 ナザリックが保有している通貨がこちらでは使えないにしても、その財力の規模からして、王国など足元にも及ばないことが透けて見え……っと。

 

 

「……クライム、どうしたの?」

 

 

 己の傍に居つつも、呆然としている様子なので、声を掛ける。

 

 

「──あ、い、いえ、すみません。あまりに豪華というか……その、綺麗過ぎて、呆気に取られていました」

「そう、でも、気を付けてね。転ぶと大変よ」

「いえ、申し訳ありません。これではいざという時に貴女を護れない、兵士失格です」

「ふふふ、期待しておりますわね」

「……はい」

 

 

 恥じ入るように深々と頭を下げるクライムからは見えないようにしながら……ラナーは、にんまりと笑った。

 

 

(そうそう、クライムは私以外に見惚れては駄目。ちゃんと、私を見ていないと……ね)

 

 

 めらり、と。

 

 反射的にこみ上げてきた嫉妬の炎を抑え込みながら……改めて、眼前を行く、2人の異形種を見て……ふむ、と首を傾げた。

 

 

 ……どうにも、一致しない。

 

 

 以前、様々な計画を持って来た悪魔が話していた、『偉大なる至高の御方』とやらから想像していたのと、どうにも一致しない。

 

 むしろ、馬車の中に居る己に向かって手を振ってくる庶民たちと……似たような気配というか、そんな気配しか感じない。

 

 アンデッド特有の、恐怖は感じる。しかし、それは見た目が屈強な者と対面した時と、ほとんど変わらない。

 

 加えて、あの時感じた、自分たち以外を下等種族だと本気で考えている者特有の……冷酷な気配も感じない。

 

 

(パンドラ殿は、見下す以前に私たちに興味がない。あくまでも、主であるアインズ殿の為にだけ動いている。おそらく、私と同程度に思考を巡らせる事が可能)

 

 

 ──なので、私がここに来た理由……来るに至る決断すらも、おそらく推測したうえで……と、ラナーは考えていた。

 

 

 実際、とある悪魔が姿を見せなくなったと思った辺りで姿を見せたパンドラ(その時、そう呼べと言われた)との対話は、悪魔とは違った意味で楽だった。

 

 打てば響くとは、あの事を言うのだろう。

 

 いちいち説明しなくても、言いたい事を理解してくれる。逆に、向こうはこちらが理解しているのを前提に対話をしてくれる。

 

 本当に、他者との会話が楽に思えたのは久しぶりだった。

 

 だからこそ、ラナーは自分なりに計画を煮詰めたうえで来訪したわけだが……そこまで考えて……ラナーは、まさかと内心にて目を見開いた。

 

 

(もしや、アインズ殿は……)

 

 ──いや、まだ確定する段階ではない。

 

 

 そう、己に言い聞かせながら、ラナーは……「ここだ、入ってくれ」と、ここの主なのに、自室の扉を開けて入室を促すアインズ殿を見上げると。

 

 

「──失礼致します」

 

 

 笑みを浮かべて、その指示に従った。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………そうして、小一時間ほどの時が流れた頃。

 

 

 持って来た話の内容が内容なので、いきなり本題から入ると警戒されるかもと思って、雑談を混ぜながら少しずつ心を開かせた……わけなのだが。

 

 

(……やはり、間違いない。この御方、内面は普通の人……精神は完全に庶民……人間なのね)

 

 

 ラナーは、澄ました微笑みの下で、結論を出していた。

 

 用意された豪奢で座り心地の良い椅子、甘露とも思えるぐらいに澄んだ紅茶、そして、目の前のテーブルに置かれた細微な装飾が施された皿に乗せられた、小さなクッキー。

 

 

 毒見の必要など、全く無い。

 

 

 そんな事をしなくとも、相手は自分たちを片手間以下の労力で殺せる。というか、こんな無駄な手順を踏んで殺す理由が全く思いつかない。

 

 クライムから非常に心配そうな視線を向けられて、堪らず股が痺れたが、それを全く表面に出さないまま……一つ、パクリ。

 

 ……その味自体は、非常に美味である。傍のクライムに食べさせたら、思わず頬を綻ばせたぐらいに。

 

 

(……アンデッドですものね。人間の精神であるならば、空腹を感じていなくとも、甘い物をもう一度食べてみたいと思うのは当然のこと)

 

 

 クライムの笑みにキュンキュンと胸を高鳴らせつつも、横目で……顔には出ていないが、『とても羨ましそうに見ているアインズ殿』を見やったラナーは、改めて判断する。

 

 

(分岐点は……おそらく、ゾーイ殿との戦いでしょう。それが原因で、アインズ殿は人間性を取り戻した……といった流れでしょうか?)

 

 

 それならば、とある悪魔が語っていた『至高の御方』と。

 

 今の、『至高の御方』との間に生じている違和感の説明が付く。

 

 

 というより、そうでなければ王国で行われた『ゲヘナ』の説明が付かない。

 

 

 アレは、とてもではないが相当な残虐性を持っているか、この世界の人間を虫けら程度にしか考えていないと思いつかない。

 

 あるいは、何も考えずに許可を出したか、虫けらが死ぬ程度と捉えていたからそうなったか……とにかく、眼前の彼と、『ゲヘナ』とが一致しない。

 

 

(理由は分からないけれども、たぶん、他の者たちには隠し、露見しないように気を配っている。例外はパンドラ殿だけで、アインズ殿が頼れるのも、このパンドラ殿だけ……と)

 

 

 ゆえに、ラナーは……眼前のアインズと、以前のアインズとでは、決定的なナニカが違うのだろう……と、判断した。

 

 おそらく、以前がアンデッドのアインズで、今は心だけは人間のアインズ……といった感じだろうか。

 

 全ては推測の域を出ないが、おそらくは……今のアインズ殿が、本来の彼ではないだろうか……そうも、ラナーは思った。

 

 

「……ところで、ラナー王女。貴女との雑談は楽しい限りなのだが、そろそろ本題に移ってほしいのだが?」

 

 

 そうして、ふと。

 

 談笑を止めたアインズより、そう言われたラナーは……微笑みをあえて引っ込めると、表情を引き締めてから……ポツリと、呟いた。

 

 

「『ゲヘナ』」

 

 

 ──ビクリ、と。

 

 

 目に見えて、アインズの肩が震えた。

 

 そのまま、まるで時が止まったかのように動きを止めたのを見て……ラナーは、確信した。

 

 

(ふむ、やはり心は人ですか。つまり、アインズ殿は……王国で仕出かした行為を酷く後悔している。私との会談を拒絶しなかったのも、心の何処かで償う機会を探し続けている……といったところでしょうか?)

 

 

 ──見た目や力はアンデッドでも、心が人であるならば……御し易い。

 

 

 と、思うと同時に……澄ました顔の下で、ラナーは彼の心が人に戻っていてくれて良かったと思った。

 

 

 ──仮に、彼が今の彼ではなく、以前の彼だとしたら。

 

 

 そう、パンドラではなく、『アインズ様』とやらを熱く語る、とある悪魔が今もなお己の元に来ていたならば。

 

 中途半端に人の心が……人のように臆病かつ慎重に、それでいて、不相応の矜持と執着心を残していたならば。

 

 そして、調停者がこの世界に降臨していなければ。

 

 

(遅かれ早かれ、私は王国を見限り……王国の歴史が、来年か再来年ぐらいに、終わっていたでしょうね……)

 

 

 そう考えれば、正しく調停者との出会いは己にとっては分岐点だったのかも……っと、そこまで考えた辺りで、ラナーは思考を前に戻した。

 

 

(……さて、どうしましょうか)

 

 

 チラリと、未だ硬直しているアインズへと視線を向ける。

 

 

(単純に利用するとなれば、この御方は黙っていないでしょうね)

 

 

 チラリとパンドラへと視線を向ける。

 

 ●が三つのその顔からは、あまり情報は得られず……まあ、得るまでもなく、分かる。

 

 パンドラが求めているのは、アインズが抱えている罪の意識の軽減……すなわち、何らかの形で罪を償わせてやりたい、といったところだろう。

 

 

(王国の法に照らし合わせる事を、求めているわけじゃない。アインズ殿にとっての、償い……なるほど、それを見越して私に続けてコンタクトを取って来た……と)

 

 

 ──と、なれば、だ。

 

 

「アインズ様、実は貴方様に一つ相談がございまして」

「……ほ、ほう、なんだ、言ってみろ。せっかくの機会なのだ、力に成れることであれば、手を貸そう」

 

 

 声が、震えている。けれども、後半へ進むに……いや、途中からいきなり声の質が滑らかになった。

 

 

(ふむ、ある一定まで高ぶると、精神的に何かの抑制が掛かるのでしょうか? と、なれば、あまり圧を掛けて精神の揺れを繰り返すのは悪手ですね)  

 

 

 ──下手に爆発させてしまうと、後々取り返しのつかない事態になりそうですし。

 

 

 そう、判断したラナーは……にっこりと、笑みを浮かべて答えた。

 

 

「実はですね、以前王国で行われた『ゲヘナ』……あの発想から流用して、貴族たちの処分に改めて御協力頂きたいのです」

「──え?」

 

 

 ぽかん、と。いや、ぱっかーん、と。

 

 大きく開かれたアインズの口。再び、石のように動かなくなった。

 

 

 ──あら、顎が外れないのですね。繋がっているようには見えませんけど、不思議ですね。

 

 

 そんな感じで、興味深そうに視線を向けていたラナーは……ふと、己の後ろで黙ったままのクライムへと振り返った。

 

 

「軽蔑、致しましたか?」

「関係ございません」

 

 

 そこに、怖れも怒りも無い。

 

 

「俺は、ラナー様を御守りします。あの日からそう決めて、その為に俺はここに居ます。ラナー様がお暇を俺に与えない限り、俺は何処までも貴女様のお傍に」

 

 

 只々、まっすぐな眼差しを向けられたラナーは……じゅわっとナニカが濡れる感覚を覚えながらも、蕩けるような笑みを浮かべた。

 

 

「……あ、あの、すまない、ちょっといいか?」

 

 

 そんな中、声を掛けられた。

 

 痺れが走る背筋を意思の力一つで抑えながら、「はい、なんでございましょうか?」ラナーはアインズへと向き直った。

 

 

「その、ラナー王女……私の聞き間違いでなければ、貴族を……その、殺す手伝いをしろと言われたような気がしたのだが?」

「気のせいではございません、そうしてほしいと、私はアインズ様にお願い致しました」

 

 

 にっこり、と。

 

 再び満面の笑みを浮かべたラナーに対して、ぱかんと口を開けたまま絶句するアンデッド。

 

 

 果たして、化け物はどちらなのだろうか。

 

 

 あえて呑み込む時間を与える為に、ラナーはゆっくりと紅茶を一口、二口……そうして、ゆっくりとカップを置いた。

 

 

「王国の現状について、アインズ様は如何ほどまでご存じでございますか?」

「え、それは……貴族の腐敗とか、そういう話ぐらいなら……」

「その通り、王国は腐敗しきっております。もはや、八本指が壊滅した程度で再生出来るような状態ではございません」

「……そんなに、なのか?」

「正直、アインズ様が王都で『ゲヘナ』とやらを起こさなくても、数年後には国が無くなっていたぐらいには、酷い有様です」

「えぇ……」

 

 

 アインズ、三度目の絶句。そして、三度目の満面の笑みを、ラナーは見せた。

 

 

「既に、王国は死にかける寸前なのです。帝国からの脅威も考慮するならば、もはや正攻法で回復を待つ猶予がないのです」

「で、でも、殺したところで、後継者とかそういうのが後を継ぐだけでは……」

「はい、なので、当主と後継者を合法的に殺します。どんな理由であろうと、表に引きずり出します。まだ染まっていない御子息が居れば、私が教育致します」

「…………」

「後は、簡単ですわ。相続出来る者がいなくなる事態になりますので、責任を持って王族が接収──もとい、保護という形で領地その他諸々を管理致します」

「で、でも、俺はもう……」

「アインズ様、どうか王国をお救いください」

 

 

 俯き掛けたアインズに待ったを掛けるかのように、ラナーは……深々と頭を下げた。

 

 

「もはや、これしか手立てがないのです。このまま帝国に……いえ、帝国だけではありません。この国の貴族たちの大半は、他所から恨みを買い過ぎました」

「……で、でも」

「アインズ様は、何も考える必要はございません。王女である私が、そうしろとお願いしただけなのです。貴方様は、そんな私を憐れんで手を貸してくれた……ただ、それだけの話なのです」

「…………」

 

 

 アインズは、返事をしなかった。けれども、ラナーは……沈黙するアインズを見やりながら、その内面では葛藤していることを察していた。

 

 

 ──アインズは、罰を求めている。ならば、それを与えてやるだけだ。

 

 

 アインズの良心がそれを許さなくとも、その国の王女が自ら出向き、全ての罪は私にあるのだと訴えれば、罰を求める彼の無意識が……遅かれ早かれ、首を縦に振るだろう。

 

 

(後は、どのようにして……候補は幾つかあるのですが、取りこぼしがどうしても出てしまうのが……ん?)

 

 

 今後の事について思考を巡らせていると、それまで静観していたパンドラが、何時の間にかこめかみの辺りを指で押さえていた。

 

 

 ……どうしたのかしら? 

 

 

 気になってそちらに目を向けていると、パンドラはまるで誰かに対して返事をするかのように、一つ二つと頷いた後……考え込んでいるアインズへと声を掛けた。

 

 

「アインズ様、緊急事態でございます」

「……ん、んん? どうした、パンドラ?」

 

 

 さすがに呼ばれたら、アインズとて顔を上げる。そうして、アインズが聞く体勢になったのを見やったパンドラは、何てことない様子で告げた。

 

 

「先ほどアルベド殿より『伝言』を受けたのですが」

「何かあったのか?」

「帝国へと攻め入り、現地に居たゾーイ殿と交戦。マーレ殿は殺され、アウラ殿が逃げ帰って来たとのことです」

「──は?」

 

 

 ぽかん、と。

 

 いったい何度目かとなる茫然自失(ぼうぜんじしつ)

 

 そして、ラナー(クライムも)にとっても非常に聞き捨てならない言葉が出た事に、当のラナーが。

 

 

 

「……なんで?」

 

 

 

 反応するよりも前に、アインズがポツリと零した。その声は、あまりに冷え切っていた。

 

 あまりの冷たさと色の無さに、パンドラの肩がビクッと跳ねた。

 

 それは、ラナーも例外ではなく、傍のクライムが反射的にラナーを庇ったぐらいに……冷え冷えとしていた。

 

 

「え? なんで? なんでそんな事したの?」

「さ、さあ、私にはさっぱり……」

「だよね? 分からないよね? 俺も分からない。分からないから聞きたいの、なんでそんなことしたんだろう……」

 

 

 その声は、けして大きくはない。それどころか、口調そのものは穏やかだ。

 

 しかし、誰もがビクビクっと背筋を震わせるほどに冷たく、今にも爆発しそうなナニカを感じさせた。

 

 

「……で、肝心のゾーイさんは、どうなったの? もしかして、ナザリックまで追いかけて来た?」

 

 

 とはいえ、感情抑制が働いたおかげか、その怒りを無差別に吐き出すようなことはせず、声色からも、怒りが治まっているのが察せられた。

 

 

「それが、分からないとの事で……あと、ナザリック周辺にゾーイ殿の接近は感知しておりません、とのことです」

「……と、なると」

 

 

 それを聞いて、アインズは部屋の隅に置いてある鏡を持ち出す。それは、例の遠く離れた地点を見られる鏡であった。

 

 手慣れた様子で起動させ、映し出された景色を操作していたアインズは……墓の前で膝を抱えるようにして蹲っているゾーイを見付けた。

 

 

 その墓は、カルネ村にある……クレマンティーヌの墓であった。

 

 

 ひとまず、戦闘態勢を取っているわけではない事に、アインズはため息を吐く。次いで、謝罪を行う為に現地へ向かおうと腰を──。

 

 

「お待ちになってください。今は、下手に近付かない方が良いかと」

 

 

 ──上げようとして、待ったが掛かった。

 

 

「同じ女なので、分かります。あの状態に成ってしまったら、下手に声を掛けるのは逆効果です」

 

 

 アインズが視線を下げれば、何時の間にか席を立ち、隣で鏡を見ていたラナーが……「とにかく、1人にさせておくべきでしょう」静かに、首を横に振った。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………そう言われてしまえば、精神的には男であるアインズは、それ以上何も言えず。

 

 

「……そうか、そうだな」

 

 

 せいぜい、それだけをどうにか零すと……ドサリと椅子に腰を落とし、頭を抱えるようにして……俯いてしまった。

 

 

(……不自然だわ、あまりにもタイミングが……あっ!?)

 

 

 その、背中を見やりながら……ふと、ある可能性に思い至ったラナーが、反射的にパンドラへと振り返れば。

 

 

(……なるほど、お仲間たちが暴走するように誘導したのね。たぶん、けっこう前からひっそりとやっていたのかしら?)

 

 

 ──意味深に、口と思われる●に指を立てているパンドラを見て。

 

 

(これは、アインズ殿と話を詰めるよりも、パンドラ殿……うん、パンドラ殿と話を詰めた方が良いかもしれないわね)

 

 

 ラナーも、了解の意味を示す為に唇の前で指を立てて……クライムに見えない角度で、歪な笑みを浮かべたのであった。

 

 

 

 

 

 




ラナー「帝国も、巻き込んで……(ニチャア」

皇帝「ヤ メ テ !!!!」


悟くん、静かにブチギレルの巻

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