オリ設定(?)も入れるよ
次から次へと深奥より昇ってくる、総身を焼き尽くさんばかりの憎悪。
大きく息を吸って吐けば、そこには胸焼けするほどの怒りがこもっている。
……分かっている──分かっているのだ。
アレは、生まれたての赤ん坊も同然なのだと。
善悪など存在しない。ただ、そのように設定を与えられ、そのように形作られ、そのように意思を持った人形に過ぎない。
だから、仕方がないのだ。
赤子が親からの愛情を求めるように、アレらは親の関心を引きたくて堪らない。いつも、親を喜ばせたいと思っている、力を持った赤子なのだ。
──憎い
でも、それでも……彼女は、ふぅ~……と、蹲る自分の膝に、焼け付くような息を吐いた。
──殺せ
──憎い
──殺せ
──憎い
──殺せ
必死に抑えようと思っても、次から次へと昇ってくる憎悪を抑えきれない。
……調停者としての己が、それはならないのだと押し留めようとしている。
心の中に、今の己と同じ姿をした──『調停者ゾーイ』が腕を広げて、暴走しようとする己の前に立ち塞がっている。
その腕は、けして太くはない。けれども、ビクともしない。
だが、それ以上に……ゾーイと全く同じ姿をした、己が──その腕を跳ね除けようともがいていた。
……。
…………。
──殺す
──滅びろ
──断罪せよ
──殺す
──滅せよ
…………。
……。
本来であれば、『調停者ゾーイ』の前に、彼は……いや、『彼女』は、成す術も無く抑えられていただろう。
しかし、そうはならない。何故なら、あの時と状況が違うからだと……『己』と同じ姿をした彼女を抑え付けながら、冷静に思う。
あの時……『ゲヘナ』とやらが行われ、己の一部になるのを引きとめていた楔が失われた、あの時。
──彼女の心は、完全に『己』の一部になったはずだった。
本来は、もっと早くそうなるはずだった。
アバターとして形作られた依り代の影響もあって、彼女は己と同化し、新たな自我を得て活動していただろう。
だが、そうはならなかった。そうなるよりも前に、楔が彼女の心を繋ぎとめていたからだ。
けれども、あの時……彼女は、選んだのだ。
星晶獣『ジ・オーダー・グランデ』
怒りに完全に呑まれてしまった彼女は、報復の為に……己の一部に成る事を選んだ。
それ故に、あの時の己は己の役目を果たす為に十全に動けた。
たとえ、相手が人の心を取り戻したところで、可能性がある以上は殲滅するのが己の役目であるからだ。
しかし……それもまた、そうはならなかった。
直後に投げ込まれた、冒涜的な姿にされた楔を目の当たりにした、その衝撃で彼女は己から半端に分離してしまったのだ。
『──、──』
己の視線が、なおも前に進もうとする彼女の……腰の辺りに抱き着く、淡い人影……いや、『魂』を捉える。
その魂は、あの時からずっと己から遠ざけ、彼女の心を引き戻そうとしている。
輪廻に向かうこともせず、ずっと……ただ一人、誰にも気付かれなくとも、ずっと、そうしている。
……辛いはずだ。己は、憐れむ。
本来であれば死の安寧の中で、次の転生を待つだけの存在。非常にデリケートであり、一刻も早く輪廻の中へ行かねばならない。
それが、未だ現世に留まり続けている。
一度は、そこへ向かったはずなのだ。けれども、すぐに戻ってしまい、今もそこから動かないまま……よほど、彼女の事が心配なのだろう。
しかし、そう長く続けられる事ではない。
ただ、そこにいるだけで、相当な苦痛を覚えているはずなのにとてもではないが、言葉では言い表せられないほどの苦しみを感じているはずなのに。
それなのに、その魂は、けして彼女を放さない。
所詮は人の力だとしても、それでも、その魂はあの時から一時も緩めることなく、彼女の為に足掻いている。
──クレマンティーヌ、もう止せ。
ゆえに、己は幾度目かになる問い掛けを、その魂へと告げる。
しかし、クレマンティーヌと呼んだ、その魂は……何時もと同じく、腰に回した腕を緩める気配はなかった
……落ち着けと、己もまた、彼女へと声を掛ける。
けれども、今の彼女には通じない。彼女自身、膨れ上がる憎悪を抑え付けるために、余裕がないのだ。
……コスモスによって生み出された己は、かつての彼が作り出した『ゾーイ』と同化し、三つを一つとした。
一つは、不可思議な力を持つ、人間としての彼。
一つは、『ゾーイ』という設定を与えられた依り代。
一つは、コスモスの尖兵、調停者としての己だ。
アバターに魂を移したことで、彼は彼女となった。そして、彼女の中には己が有って、その均衡はある意味保たれていた。
この三つが正しく揃って、初めて我らは『調停者ゾーイ』になるのだ。
しかし、その均衡は、楔の喪失によって傾き崩れてしまった。
そして、問題はそこだけではない。本当の問題は、その後に起こっていた。
それは、均衡を崩すはずだった者がそうではなくなり、今度は逆に……彼女自身が、均衡を崩すかもしれない存在になろうとしていることだ。
調停者としての己であるならば、そうはならない。己がそうなるのであれば、コスモスの下へと還るだけで終わる。
だが、彼女の場合は……あの時とは違い、その矛先がアイツら以外にも向けられる可能性を、己は感知していた。
──憎悪というのは、時を重ねる程に歪に変質し、増幅してゆくものだ。
最初は個人を恨んでいたのが、グループに変わり、それがグループ全体に変わり、最終的にはそれに関与していなくとも、何もしなかった者たちにまで広がってしまう。
それは、均衡を守るうえでも非常に危険であった。
あの時は、アイツらを殲滅すれば、そこで立ち止まれた。少なくとも、今みたいに危うい状態にはならなかっただろう。
しかし、幾度となく人間へと引き戻し……それによって、胸の奥に溜め込み、抱え続けていた憎悪が……徐々に凝り固まり、膨れ始めている。
……なんという、皮肉な話だろうか。
仮に、彼女の抱えているソレが爆発し、このまま怒りに呑み込まれ、思うがままに刃を振るうようになれば──己では止められないだろう。
何故なら、己はあくまでも補助的な存在であり、人の魂では感知も探知も出来ない、『調停者』としての機能を司る……そういう存在でしかない。
こうして冷静に思考が出来ているのも、彼女がまだ己と同化せず、『ジ・オーダー・グランデ』へと成っていないからだ。
あの時、今の状態にまで戻れたのは、ある意味奇跡的な事である。だが、奇跡は二度起きない。
次に『ジ・オーダー・グランデ』へと成ってしまえば、今度こそ彼女の意識は己の一部となってしまい、己もまた自我が消失する。
調停者に、心はいらない。
心を持てば、調停者として居られなくなってしまう。
その役割を果たす為の存在に、心は不要なのだ。
……そう、星晶獣『コスモス』が、かつて自らの心の変化を恐れたように。
既に、我らの均衡は崩れ、元には戻せない。それを無意識に彼女も察しているからこそ、堪えようと必死なのだ。
……そう、彼女と成ったかつての彼が、己と同化してしまえば最後、『ゾーイ』までもが自我を失う。
あくまでも、『ゾーイ』は依り代である。なので、中身が失われてしまえば、その時点で活動を止める……はず。
そうだ、あくまでも、はず、でしかない。それで済むならば、問題は全て解決する。しかし、そうならなかった場合だ。
最悪、彼女が抱いていた憎悪だけが残された『ゾーイ』が、そのまま世界の均衡を崩す存在に成り果てる事だ。
言うなれば、世界の全てを滅ぼし、全ての可能性を断つ事で均衡を保つ歪な調停者に成ってしまう可能性がある。
そうなれば……口惜しい、そう、己は思った。
残念ながら今の己に、『ゾーイ』を止められるだけの依り代を新たに用意は出来ない。だから、外部より『ゾーイ』を止める手立てが無い。
なので、己もまた、彼女がこれ以上、己と同化しないように抑えなければならない。それは、誰にとっても不幸を招いてしまうから。
──コスモスは、その為に『力』を授けたわけではない。
方法は何であれ、様々なモノを護ろうとした彼の心に同調し、必要になるからだと判断して残っていた『力』を授けたのだ。
……だからこそ、そう、だからこそ。
(どうにか、彼女の心が落ち着くまで……何もしてくれるな、古の魔樹よ……!)
コスモスより与えられた、調停者としての感覚が……ソイツの存在を捕らえていた。
このカルネ村より離れた、大森林の奥。
そこで、長きに渡る休眠から目覚めようとしている……この世界の均衡を崩す存在。
そして、その存在を予見し、自らのモノにしようと動き出している者たちを。
クレマンティーヌの墓の前にて、膝を抱えて蹲る彼女の中で……己は徐々に近づく混沌へと、思いを馳せるしかなかった。
やべー状態なのは、悟だけじゃないよねって話
そして、ラナーもパンドラも、誰一人彼女の危険な状態に気づいていないという、見えない地雷ががががが