「──皆の者、事前連絡もなく急に呼び出してすまない」
ナザリック地下大墳墓の最下層、玉座の間。ナザリックの王だけが座る事を許された玉座に、悟は腰を下ろしていた。
荘厳なる景観は、見る物を圧倒させる。
王国と帝国、双方の財力を全て結集させたとしても作れない、その場所には……残存する守護者たちが集まり、膝をついて忠誠心を示していた。
だが、しかし……そんな守護者たちの顔色は、悪い。
何時もならば、守護者統括のアルベドが代表する形でアインズの謝罪に返答をしていたが、今回に限っては、そうではない。
膝をついたアルベドの肩が、目に見えて震えている。顔は強張り、目尻に涙が浮かんでいる。返事をする気力すら、無いのだ。
これから、己が何を言われるのか……そんな想像が次々に脳裏に浮かぶばかりで、返答をするということすら頭から飛んでいるのだ。
それは、他の守護者たちとて例外ではない。
誰も彼もが、全身を岩のように固くしてしまっている。あまりにも張り詰めた心が、全員をそうさせてしまっているのだ。
その中でも、例外が1人。
悟の隣にて控えるように立っている、パンドラズ・アクターだけで……何を考えているのか、三つの●が、膝をついた守護者たちを見つめていた。
……今に至る理由を、わざわざ語るまでもないだろう。
「さて、本題に入る前に……アウラ、事実を再確認する」
名を呼べば、アウラの肩がビクッと跳ねた。「は、はい!」顔は上げなかったが、返事はしたのでそのまま尋ねた。
「マーレの魔法により、兵士を数十名ほど地の底へ落としたと聞いたが……それは事実だな?」
「は、はい……」
「落とした穴の深さは分かるか? 正確でなくてもよい、おおよそでいい」
「えっと……その、底が見えないぐらいに深かったと思います。申し訳ありません、はっきりとは……」
暗に、マーレを蘇生させれば分かる……そのように聞き取れた悟は、あえてそれを無視した。
「謝らなくてもよい……アルベド」
「はっ!」
声は大きい。でも、少し裏声になっていた事には、触れない。
「僕たちの中に、地面をこじ開けて兵士たちの遺体を引っ張り出せる者はいるか?」
「……申し訳ありません。マーレを除けば、他には……」
「いや、よいのだ、分かっていたことなのだから。とはいえ、やはり蘇生は不可能か……」
アルベドの返答に、改めて現実を理解した悟は……ふと、傍のパンドラへと振り返る。
「残念ですが、宝物庫のアイテムを使用したとしても、遺体無しでの蘇生は出来ません。それに、仮に地上から蘇生出来たとしても、地中に埋もれたままなのは変わらず……」
僅かに期待はしていたが、現実は無情であった。
「蘇生した直後に圧死する、と?」
「非常に高い確率で、そうなるかと。そもそも、遺体はおそらくミンチ状……貴重な蘇生アイテムを使用したとしても、おそらく蘇生成功率は1割を切るかと思われます」
「……そうか、分かった。お前がそう言うのであれば、そうなのだろう」
深々と……それはもう、傍目にも分かるぐらいに不機嫌になっているのが分かる様子で、溜め息を零した悟は。
「……結論から言おう。私は、かつてない程に……お前たちに、失望している」
ポツリと、そう告げた。
その声は、けして大きくはない。
しかし、小さくもないその声は、思いのほか玉座の間に広がり……守護者たち(1人例外)の肩を、ビクッと震わせた。
「お前たちが、私を想って動いてくれた……それは、理解している。だが、それでもなお……私は、お前たちに失望している」
──それは、悟にとっては間違いなく……本心であった。
昔の……アインズだった時ならともかく、今の悟にとって、ナザリックのNPCは化け物にしか映っていない。
けれども、それでも……心の何処かで、かつての仲間たちとの思い出を感じ取り、懐かしむ事はあった。
今でこそ少なくなったが、そのように設定されたわけでもないのに、製作者の面影を感じさせる事は、以前は何度か感じていた。
それ故に、アインズだった時は仲間たちが残した子供のように思えていたし、今もなお、心の何処かで迷いを覚え、最後の決断を先延ばししていた。
だが……もはや、そんな生易しい事を言っている場合ではないことを、悟はようやく理解し、身を以って体感していた。
(独断に動く、それはいい。嫌だけど、意志を持っているなら仕方がない……が、その過程で帝国の人達を殺した、だと?)
その話を思い返すたびに、沸々と湧き起こる怒り……けれども、合わせて思い浮かぶラナー王女の姿が、その怒りを静めてくれた。
……それは、少し前のこと。
緊急を要する案件の為に、ラナー王女との会談を切り上げ(幸いにも、ラナー王女は笑って許してくれたけど)、高ぶる頭をどうにか冷ました後。
──お忙しいようですので、また日を改めましょう。
そう言ってくれたラナー王女は、最後まで丁寧な対応と感謝の言葉を述べて、ナザリックを後にした。
その時の悟は、王族の気品ある対応に心が洗われる気持ちであり、荒んでいた心がすっきりしたような気さえした。
……率直に、凄いなあ憧れちゃうなあ……というのが、悟の感想であった。
知らぬ間に決まった、王女との会談。
王族……すなわち、この国の最高位に近しい立場の人であり、リアルで言うなら大企業の社長、あるいは総理大臣みたいなものだろう。
正直、会談が始まる前は、見下されるかも……と、思っていた。
リアルでのサブカルチャーなどで見聞きしていた『王族』の印象から、上から目線で語られるかも……とすら、思っていた。
しかし、蓋を開けば……全くの逆だ。
ラナー王女は、アンデッドの己を、何処までも丁重に扱ってくれた。
へりくだるわけでもなく、馬鹿みたいに丁寧でもなく、怖れるあまり褒め言葉を並べたわけでもない。
優しく、穏やかに、それでいて、真正面から。
ナザリックの王として応対するのではなく、アンデッドではあるけれども、『アインズ』という1人の意志ある存在として、真摯に向き合い、微笑んでくれた。
……これが、王族なのか!
その時の感動は、とてもではないが悟の語彙では言い表せられなかった。
ハリボテの己とは違う、生まれながらの王族というものを目にした悟は、心からラナー王女を尊敬していた。
(今だからこそ分かるなあ……あの、クライムさんか? あの人、ずーっとラナー王女の邪魔をしないように真剣だったし……俺も彼の立場だったら、たぶん同じようにしていたかも……)
それに比べて……チラリ、と。
俯いている守護者たちを見下ろした悟は、今日だけでも何度目かとなるため息を、深々と吐いた。
独断専行、それはいい。
それを許してしまっている、己の管理能力の不足が原因であり、責任は守護者たちを放置し続けた己にも回帰するから、そこはいい。
許せないのは……必要性などまったく無いのに、帝国の人達を何十人も殺した事だ。
相手が人間だとか、そこが問題なのではない。いや、悟にとっては滅茶苦茶重要ではあるけれども、そこではない。
──問題なのは、ナザリックのNPCが自分たち以外を格下だと思っている事だ。
前々から察していた事が、改めて露見した。
こいつらは人間を嫌悪している。相手がどんな人物であろうが、関係ない。『人間である』、それだけで十分なのだ。
それならば……説明が付く。
こいつらからすれば、人間など鬱陶しい羽虫以下の価値しかない。
そんな羽虫以下の存在が、生意気にも反論してきた。あまつさえ、反抗しようとすらした。
もう、その時点で、こいつらからすれば『あっさり殺されるだけありがたく思え』という感覚なのだろう。
……仮に、そう、仮に、だ。
今後は人間を軽視せず、対等な存在として扱い、むやみに傷付けることをせずに生きろと命令すれば……眼前のNPCたちは、どうするだろうか?
(……無理だな。そのうち我慢出来ずに殺して、俺にバレないように隠ぺいして、無かった事にするだろうな)
──脳裏を過るのは、『冒険者モモン』として活動していた時にお伴として同伴させた、『ナーベラル・ガンマ』の姿だ。
今にして……改めて思う。
よく考えず(設定を忘れていた)に安易に選んだ己の人選ミスだが、それを差し引いても、アレは酷すぎた。
呼び捨てにしろと何度注意しても『さ──ん』といった感じで治る気配が無くて途中で諦めたし、ただの気さくな挨拶ですら『不敬なやつだ』と怒りを露わにした。
そのうえ、公衆の場だというのに、相手を虫呼ばわりする始末。
『ガガンボ』という、この世界の馴染みにない言葉だからこそ、理解出来なかった相手は笑って受け流してくれていたが……常識的に考えて、悪いのはナーベラル一択だ。
だが、ナーベラル自身はそれを悪い事だと思っていなかった。
注意しても、アインズの機嫌を損ねた事に罪悪感を覚えて謝罪しただけで、一度として相手に謝罪の意を示した事はなかった。
……そして、それは他のNPCたちも似たり寄ったりだ。
一連の話を耳にしているはずのナーベラルの姉妹たちが、本気になって叱りつけたという話は未だに聞いていない。
それがどれだけ失礼であり、相手を侮辱しているのか……知識として理解出来ているはずなのに。
(そもそもこいつら、仮に俺が誰かから酷く馬鹿にされた時、黙って我慢して……いや、それも無理だな)
少しばかり想像を巡らせた悟は、集まっている面々の様子を改めて見やりながら……内心にて深々とため息を零した。
今ですら、己に対して黙って動き、大勢の人間を殺したというのに、彼ら彼女らの頭の中にあるのは、アインズからの失望への怖れだけ。
そう、それだけなのだ。
人を殺した事に、欠片の罪悪感も抱いていない。いや、マーレを殺された事に怒りを覚えているのだろうが、それよりも恐れの方が強いのだろう。
だから、姉であるアウラも弟の蘇生を口にしない。口にすれば、更にアインズの不興を買ってしまう事を恐れているからだ。
(……弟よりも、アインズ様を、か)
だが、アウラは気付いていなかった。そんな考え方が出来る時点で、なおさら悟の心が離れて行くのが。
そう、悟の知る姉弟は、そんな関係ではなかった。
喧嘩はしつつも、互いを大事に想っているのは感じていたし、なにより……姉の為に、弟は自らユグドラシルを引退したのだ。
(ペロロンチーノさんなら……あの2人なら、絶対にそんな事を言わず、土下座でも何でもしてお互いの蘇生を願い出るだろうなあ……)
チラリと、一番端に居る……シャルティアを見やる。他の守護者たち同様に、俯いたまま動く気配はない。
……NPCゆえに、仕方ないのかもしれない
そう思いながらも、心の何処かで、あの2人を穢されたような気がして、悟は少しばかり不快感を覚えていた。
(……ていうか、さあ)
そうして、ふと……悟は、思った。
──これから先、おそらくずっとこうなのだろうか……と。
なにかしらの失敗、なにかしらの琴線に触れて誰彼を害したとしても、思い浮かべるのは『アインズ様からの失望』を恐れる気持ちだけ。
その度に、こうして叱りつけなければならないのだろうか。
何時まで経っても反省せず、ナザリック第一、アインズ様第一、至高の御方たち第一から変わらない、このNPCたちを。
……正直、勘弁してくれよ……と、悟は思った。
けれども、ナザリックの主という立場に居る以上は、このままナアナアで終わらせるわけにはいかないし、終わらせて良いのかという考えが浮かぶ。
その場で責任を取って自害せよというのは簡単だが、これまで下した処分で一番重いのは、謹慎処分だ。
確かに、失敗の規模こそこれまでとは段違いだが……かといって……しかし……と、そこまで考えた辺りで、ふと、悟の脳裏に妙案が過った。
(いや、待てよ……アルベドたちの処分は別にしても、これは……気になっていたNPCたちを個別に呼び出せるチャンスじゃないか?)
それは、かねてより気になっていた……ツアレや王国の人達の今後をどうするか、それについての相談である。
具体的には、ツアレより親密な目線を向けられている『セバス・チャン』と、攫ってきた王国民たちの面倒を見ている『ペストーニャ・S・ワンコ』の2名である。
……まあ、単純に呼び出せば良いだけの話だが、警戒するのも致し方ない。
なにせ、守護者たちは、これまで幾度となく自分の知らないうちに行動していた前科があるし、言わなくともアインズ様は理解していると思い込んでいる場合が非常に多い。
……下手に二人を呼び出そうものなら、根掘り葉掘り聞き出そうと動く者の心当たりがある以上、これまで放置しっぱなしであったが……いい機会だ。
「……ふむ、そうだな。少し、気になる事が出来た」
ぎしり、と。
玉座より立ち上がった悟は、視線一つ上げずに俯いている守護者たちを1人1人見やりながら。
「罰を与える前に、全ての僕たちに幾つか聞きたい事がある。場所は……そうだな、Barにしよう。アルベド、全ての僕に通達せよ」
おそらくは、最初で最後になるかもしれない。
「そこで、1人ずつ私と話そう。お前たちは、一切の偽り無く本音を話せ。開始は、現時刻より5時間後とする」
情報収集を兼ねた面接のようなことを行うことに、悟は決めたのであった。
この時点で、完全に悟はNPCたちを見限りました
鈴木悟の感覚としては、↓
生きてようが死んでようがどうでもいい、ただ、最後までおとなしくしておいたら、それでいい
どうせお前ら動くなって言っても動くでしょ? だったらせめて、誰にも迷惑かけないようにひっそり動いてね
正直、お前らの顔は見たくないけど、放っておいたらそれはそれで暴走するんでしょ? 分かっているよ、顔ぐらい見せるから(糞でか溜息)
そんなことより、ナザリック内の人間をどうにかしないと……あっ、責任者の二人だけ呼び出すとお前らまたこそこそ動き回るでしょ?
だから全員やるから。ほら、それで納得しろよ、なあ、分かったか?
という感じ
ちなみに、守護者たちは心酔するアインズ様が、自分たちを見るたびにくっそデカい溜息バンバン吐かれるから、もうまともに動けなくなるぐらいのショックを受け続けています