オーバーロード 降臨、調停の翼HL(風味)   作:葛城

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※ タイトル詐欺、カジットは出ません


さらば、カジット また、会う日まで

 

 

 

 ──それから、小一時間ほどして。

 

 

 

 結局、所用で出ていただけのンフィーレアの婆様ことリイジー・バレアレと、たまたまこちらに向かう途中だったモモン一行が薬品店に来た時。

 

 

 それはそれは、何とも表現し難い空気が店内には流れていた。

 

 

 なにせ、薬品店には困惑した様子で成り行きを見守っている『漆黒の剣』と、ンフィーレア。

 

 そして、涙を流して土下座をしながら、ひたすら彼女(ゾーイ)に向かって懺悔を吐き続ける謎の女、という。

 

 

 ……ナニコレ? みたいな状況なのである。

 

 

 これには、最年長のリイジーも困惑する。

 

 人生経験が長いリイジーですら困惑するのだから、それより短いモモン(ナーベは端から眼中に無い)も困惑して当然であった。

 

 ちなみに、懺悔を聞かされる彼女(ゾーイ)もまた困惑していたが、あまりにクレマンティーヌの反応がマジだったので、モモンたちには経緯だけを軽く説明した。

 

 

 ……で、何とか収拾を付けようとしている彼女を他所に、この混乱に拍車を掛けるのが、クレマンティーヌの懺悔の内容だ。

 

 

 言ってしまえば、懺悔の内容が、これまた物騒かつ悲惨な事この上ない。

 

 任務の為に誰それを殺したとか、腹いせの為に誰それを殺したとか、幸せそうな顔で居るのが無性に腹立って殺したとか、お前三日に一回は誰かを殺しているのかと思う程に血に塗れている。

 

 これがただ殺しているだけならば彼女とて吐き捨てていただろうが……途中からクレマンティーヌの身の上話になると、印象が一変する。

 

 

 ──有り体に言えば、よく自殺せずにいられたな……というぐらいに酷い半生であった。

 

 

 兄妹間の扱いの露骨な差別、そこから来るネグレクト。御国の為、人類の為とかいう理由で顧みられることなく、心身を壊すほどの厳しい訓練を課したかと思えば。

 

 唯一の心の拠り所だった友人が、目の前で命を落とし。

 

 純潔まで奪われ、何度も穢され、それでもなお役立たずの出来損ないだと周りから言われ続け……そうして、何もかもがどうでもよくなって、国から逃亡したのだとか。

 

 その過程で、様々な悪事に手を染めた。『ズーラーノーン』という秘密結社にも身を寄せたし、本国の目を逸らす為に色々とやった。

 

 

 ……言い訳をするつもりもないし、断罪されても仕方がないと思っている。

 

 

 だが、無性に腹が立つのだという。

 

 幸せそうに歩いている者を見ると、その四肢を切り刻んで命乞いをさせ、持っていた希望や夢を踏み躙ってやりたくて仕方がない。

 

 平々凡々の実力と並みの努力しかしてこなかったのに、一丁前に御立派な態度で生きているのが、腸が煮えくり返るほどに苛立って仕方ないと……クレマンティーヌは自白した。

 

 

「……なんだ、そりゃあ。死にたければ勝手に死ねよ、お前のうっ憤を晴らされるために死んだやつらはどうなる?」

 

 

 それを聞いて、ぺテルは吐き捨てるように言い放った。

 

 いや、ぺテルだけではない。

 

 ルクルットもダインも、ニニャも……ンフィーレアも、心底軽蔑しきった眼差しをクレマンティーヌに向け、嫌悪感を全く隠そうとはしていなかった。

 

 

 まあ、当然だろう。

 

 ぺテルの言葉は、全くの正論だ。

 

 

 いくら過去が不憫で同情するモノだったとしても、それで害される他人にとっては何の関係もない。

 

 それこそ、モンスターや野盗に殺されるのと何ら変わりないし、過去が何であろうと、今のクレマンティーヌは野盗でありモンスターも同然。

 

 彼女……ゾーイが居たからこそ無事に済んでいる事に気付いているからこそ、『漆黒の剣』より向けられる視線は冷たかった。

 

 

「……ゾーイさん、でいいのかい?」

 

 

 だが、その中で……彼女を除いて、ただ一人だけ。

 

 負の感情を持ちながらも、同時に、とても気の毒そうに憐れみの視線を向ける者が居た。

 

 

「好きに呼んでかまわないよ、リイジーさん」

「そうかい……それじゃあ、ゾーイさん。あんたは、その子をどうするつもりだい?」

「……どうする、とは?」

「『ズーラーノーン』……ワシの言わんとする事は、分かるかい?」

「さあ、分からない。あいにく、この世界の事にはまだ疎いから」

 

 

 ……一つ、リイジーはため息を零し……改めて、彼女を見やった。

 

 

「もし、殺すのであれば……一つ、待ってやってはくれませんか?」

「……何故、そうしろと?」

 

 

 意味が分からずに尋ねてみれば、リイジーは……嫌悪感と怒りを滲ませつつも、それでも、クレマンティーヌの延命を提案した。

 

 それは、常識的に考えて、非常にあり得ない話だったのだろう。

 

 その身を狙われていたンフィーレアも、「お婆ちゃん、いったい何を!?」驚きの声をあげ、『漆黒の剣』の4人も、声こそ上げなかったが驚愕に動揺を露わにした。

 

 

「……自分でも、変な事を言っているのは分かっているよ。正直、孫をどうにかされそうだったんだ……殺すのが、一番楽だということも……だけどね」

 

 

 そんな中で、リイジーは……苦悩がそのまま顔に出たような表情のままに、首を横に振った。

 

 

「この子は、ずっと道に迷っていたのだと、思う。ワシは、10歳の頃からこの道に入った。色々あったが、同時に、その時からワシの道はコレだと思って今日まで生きてきた……じゃが、な」

 

 

 その言葉と共に、リイジーは己の手を見下ろしながら……一つ、息を吐いた。

 

 

「もし、この道を見付けられず、ただひたすらに苦悩を重ねながら道を探し続けていたら……ワシはどうなっておっただろうか……と、思うのじゃ」

「……お婆ちゃん」

「すまないね、ンフィー。ワシは、酷い話をしていると思う……いや、している。じゃが、それでも……のう」

 

 

 チラリ、と。リイジーの視線に合わせて、この場の全員の視線が……クレマンティーヌへと向けられた。

 

 

「この子は、隠さず己の罪を懺悔した。自分が人殺しであることも、法を破っていることも、偽り無く吐いた……そう、ワシには見えた」

「……そうだな、私の目にも、そのように見えた」

 

 

 リイジーの言葉に同意をすれば、「だからこそ、ただ殺しては駄目だとワシは思うのです」と言葉を返された。

 

 

「幸いにも、ワシらは犠牲になっておらぬ。ならば、今が……ゾーイさん、貴女の傍ならば、その子は初めて立ち上がって前に踏み出すことが出来ると……」

 

 

 ──その瞬間、彼女は掌を向けて、リイジーの言葉を止めた。

 

 

 

 言わんとしている事は、察した。

 

 本人も気持ちを整理しながらの言葉なので、足りない部分は多かったが……何を求めているのかは、理解出来た。

 

 だが、それは……一見するだけでは、クレマンティーヌに慈悲を与えているように見えるだろうが……その実、逆ではないかと彼女は思った。

 

 

「……リイジーさん、分かっているのか?」

「無論、承知の上。ワシも、出来る限り手伝いましょう」

 

 

 だからこそ、問うた。返された覚悟に、彼女は……一つ、息を吐いた。

 

 

「針のムシロ……茨が敷き詰められた道を歩き、刃の衣服を身に纏い、心を削り落としていくような、惨い仕打ちだ」

「分かっております。ですが、これは……」

「分かっているさ。しかし、理由は何であれ、結果は同じなのだから、それは言葉で遊んでいるに過ぎないと思う」

「…………」

「誰にも理解されず、人の心を取り戻してゆくに従って、膨れ上がる罪の痛みに耐え続ける……そういう人生を送らせるのか?」

「伊達に、年老いてはおりません。その子が本当に見下げた屑であるならば、ワシの見る目がなかっただけ」

「…………」

「辛くとも、人に生まれた以上は……人の道に戻してやりたい。辛く苦しくとも……悲しく、自ら死を望むようになっても……それが、ワシが与える罰であり許しです」

「……君は、どうしたい?」

 

 

 当事者であるンフィーレアに視線を向ければ、「……こういう時、お婆ちゃんは頑固だから」彼は困ったように笑うだけであった。

 

 

「実際、物が盗られたわけでもなく、未遂ですし……怖い思いこそしましたけど、怪我だって……ゾーイさんに投げられた時に肘を擦りむいたくらいで……」

「……そう言われてしまうと、強いて断る理由が無くなってしまうな」

 

 

 チラリ、と。

 

 

 『漆黒の剣』に視線を向ければ、『当人がそう言うのであれば口出しはしない』と返されて。

 

 同じく、空気に徹しているモモンとナーベ(ナーベは、端から興味なさそうだった)を見やれば、『彼らと同意見だ』と短く返された。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………一つ息を吐いた彼女は、呆然とした様子でこちらを見上げているクレマンティーヌを見下ろした。

 

 

 

 ──酷い顔だ。

 

 

 

 今まで溜め込んでいた全てを吐き出したその顔は、涙でぐしょぐしょに目元を濡らしている。いや、涙だけではない。

 

 噛み締めきれなかった嗚咽によって零れた涎が口元を汚し、感情のままに噴き出した鼻水がベットリと広がっている。

 

 元が美人とはいえ、100人が見れば100人が顔を背けてしまうような有様だった……が、それでも、彼女はその瞳から視線を逸らさなかった。

 

 

「クレマンティーヌ、今日より勝手に死ぬことは許さない。以後、私と一緒に行動するのだ」

「ゾーイ様……」

「私に、誰かを導く事は出来ない。私とて、常に自分勝手に振る舞って来た身だ。偉そうに上から物を言える程に偉くなったわけでもない」

「…………」

「貴女は罪人だ。だが、それは私も同じ事。だから、一緒に背負って行こう。どれだけ蔑まれても、最後の時まで……罪を償い続けなさい」

「……はい、ゾーイ様」

 

 

 それは、血を吐きながらも続けるマラソンのような道だが……それでも、クレマンティーヌは汚れた顔で、はっきりと笑い──。

 

 

「──あっ、カジっちゃんのこと、忘れてた」

「え?」

「ヤッバイ、たぶん私が失敗したと思って、『死の螺旋(らせん)』を無理やり前倒ししちゃうかも」

「……よし、クレマンティーヌ、君が知っている事を私に教えてくれ」

 

 

 ──直後、先ほどまでの悲壮な表情が嘘だったかのように、ポカンと目を瞬かせて。

 

 

 そして成人しているはずなのに、子供のような天真爛漫な反応……思わずといった様子で口走った、その姿に。

 

 

(……ネグレクトを始めとして虐待を受けて育ったから、根っこのところは子供のままなのだろうか?)

 

 

 彼女は……色々な意味で、やるせなくなった。

 

 

 

 

 

 

 ──で、そんな彼女の内心を他所に、ひとまず汚れた顔を綺麗にした後で。

 

 クレマンティーヌより、話を一通り聞き終えた彼女たちは……思っていたよりも重大な状況に、唸り声をあげた。

 

 

 と、いうのも……クレマンティーヌの話を簡潔にまとめると、だ。

 

 

 ……クレマンティーヌが先ほどまで所属していた『ズーラーノーン』という秘密結社が、エ・ランテルの墓地にて『死の螺旋』という儀式を行おうとしているらしい。

 

 

 死の螺旋とは、言うなればアンデッドを使った蠱毒(こどく)であり選別であり、都市壊滅魔法の一つである。

 

 

 アンデッドは、同じ場所に長い間留まると、互いの身体に宿った負の力が共鳴するように高まり始め、より強力なアンデッドを生み出す性質がある。

 

 つまり、死の螺旋とは、この性質を意図的に応用したアンデッドの生成魔法である。それも、時間を掛ければ掛けるほどに、強大なアンデッドが出来上がる。

 

 

 実際、町中で使えば被害は甚大。

 

 

 準備にこそ年単位の月日を要するが、一度発動させてしまえば、術の核を破壊しない限り次々にアンデッドが出現し、より強力な個体が出現する。

 

 それが続けば、都市の防衛力では手に負えないアンデッドが徐々に出現し始め……いずれは、都市を放棄するしかなくなる……というものであった。

 

 

「カジっちゃん……ええっと、首謀者はカジットという男性です。実力的には……7割ぐらいで私が勝てるぐらいの強さです」

 

 

 そして、その、カジットの目的は……死の螺旋を行う事で意図的に発生したアンデッド……それによって発生する負のエネルギーを手中に納め、自らをアンデッド化すること。

 

 どうしてアンデッドに成ろうとしているのか……そこに関しては、クレマンティーヌも詳しくは知らない。

 

 魔導を極める為には、無限の時を得られるアンデッドになるしかない……と、零していたのを盗み聞きした覚えはあるが、本心はおそらく別にあるのかも……と、クレマンティーヌは答えた。

 

 

「本心とは別……ですか?」

「たぶん……カジっちゃんにとって、アンデッド化するのは通過点なのかもしれない。というか、魔導を極めるって話も、それを達成する為の通過点じゃないのかなあ……って」

 

 

 未だ警戒心と嫌悪感を隠してもいないンフィーレアたちだが、ひとまず話を聞くつもりはあるようだ。

 

 小首を傾げながらポツリと呟いたニニャの言葉に、補足する形でクレマンティーヌは答え……っと。

 

 

「──その、ズーラーノーンというやつらの隠れ家は墓地にあるのか?」

 

 

 これまで、ずっと沈黙を保ち続けていたモモンが、初めて声をあげた。

 

 ハッと、彼女を除いて誰もが驚いて振り返れば、ヘルムの向こうより、昼間と変わらない落ち着いた声で問い掛けた。

 

 

「──ま、まさかモモンさん、襲撃を掛けるつもりなのか!? いくらあんたでも無茶だ、相手はズーラーノーンだぞ!」

 

 

 それだけで、言わんとしていることを察したルクルット(まあ、他の者たちも察したが)が、思わずといった調子でモモンの肩を叩いた。

 

 

「──このガガンボ! モモンさ──んに、気安く──」

「良いのだ、ナーベ。そして、ルクルット殿……心配ご無用。貴殿も御存じの通り、私は強い。ズーラーノーンといえど、この私の敵ではない」

 

 

 ……まるで、丸太のような腕だ。そして、その腕が見かけ倒しでないことは、止めたルクルットも良く知っている。

 

 鎧に覆われているからこそ、余計に大きく見えるその腕でナーベの前を遮ったモモンは……続けて、墓地へと向かうと宣言した。

 

 

「モモンさん、これはもう一介の冒険者が出る幕じゃない! ギルドに説明して、騎士団を動かすべきだ」

 

 

 けれども、ルクルットは止める。それは、彼だけでなく、強さを知っている『漆黒の剣』と、ンフィーレアも同様であった。

 

 確かに、モモンは強い。

 

 周辺国にまで存在が知られている森のヌシ……巨大ハムスター(と、彼女は思っている)を服従させるほどの実力を持っているのは、理解している。

 

 しかし、相手はズーラーノーン。国の騎士団とて手を焼く秘密結社であり、その全貌は未だに解明されていない……と、聞いている。

 

 いくらモモンが強くても、万が一はある。

 

 それに、何かあっても自分たちでは手助け出来ず、足手まといにしかならない……それも分かっているからこそ、ルクルットたちは止めようとした。

 

 

「──それでは手遅れになる。クレマンティーヌ殿……その、カジットとやらは早ければ今夜の内にでも儀式を始める可能性があるのだろう?」

「……可能性の段階だけど、有ると思う。多少の無理をしても、発動さえしてしまえば後は待つだけだから」

「と、なれば、連携を待っている手間が惜しい。こうしている間にも、連中は儀式を進めているだろうからな」

「だけど──」

 

 

 なおも止めようとするが……どうやら、遅かったようだ。

 

 

 

『──アンデッドだ! アンデッドの大群が墓地に出現したぞー!!!』

 

 

 

 徐々に静けさを増してゆく街を叩き起こすかのような、甲高い男の悲鳴。

 

 それはバレアレ薬品店の室内にも響く程に大きく、当然ながら、その言葉を聞き留めた者たちは大勢いた。

 

 最初のうちは、事実を受け入れられない、驚愕のざわめき。

 

 それが怯えを含むモノへと変わり、誰もがソレを事実であると認識し始めれば……怯えは瞬く間に恐怖へと膨れ上がり、悲鳴を伴って人々を動揺させ始めた。

 

 

「……残念ながら、問答している時間は無いようだ。私はナーベと共に墓地へと向かう」

 

 

 外の喧騒が、店の中にも伝わってくる。

 

 それを聞いて、モモンは決定事項だと言わんばかりに告げた。

 

 実際、この場においてこれ以上の問答は時間の無駄でしかなかった。

 

 

「──じゃ、じゃあ、俺たちも」

「それは駄目だ。厳しい事を言うが、貴方たちでは足手まといだ。それに、下手に大人数で攻め込めば動きにムラが生じる。消耗が少ないうちに、少数精鋭で攻め込むのが得策だ」

「なるほど……確かに、モモン殿の言う通りである。悔しいが、私たちではモモン殿の足枷にしかならないのである」

「その通りだ。この作戦は、兎にも角にもスピードが要だ」

 

 

 ダインの意見に、モモンはハッキリと肯定した。「それに、貴方たちにもやる事はある」だが、モモンは更に言葉を続けた。

 

 

「何も、攻めるばかりが華ではない。私たち二人が攻め込む間、貴方たちには街を護るという立派な役割がある」

「街を?」

「そうだ。先ほども言ったが、私たちはとにかく一気に攻め込むつもりだ。当然ながら、最小限の敵しか相手にしない……つまり──」

「……僕たち、冒険者が、アンデッドたちが墓地の外へ出ないように食い止めろ……というわけですね」

 

 

 ニニャがそう話を続ければ……分かっているじゃないかと言わんばかりに、モモンは頷き……バサリ、とマントをひるがえした。

 

 

 その背中は……まるで、人々の身に降りかかる災厄を打ち払う勇者のように力強かった。

 

 

 そうして、モモンとナーベは店を出ると……一度も振り返ることなく、逃げ惑う人々の流れを逆らうようにして、夜の闇の向こうへと駆けて行った。

 

 後に残されたのは、呆然と……それでいて、憧れの眼差しでもって見送る『漆黒の剣』と、バレアレ親子であった。

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………さて、だ。

 

 そんな感じで呆けていた皆様方が我に返り、ギルドに連絡だとか、他の者たちとの連携だとか、慌ただしく動き始める……そんな中。

 

 

「それじゃあ、クレマンティーヌ。私たちは彼らと一緒に、街へと出て来るアンデッドを抑えよう」

 

 

 彼女……ゾーイの身体を得ている彼女は、落ち着き払った様子でクレマンティーヌに指示を下していた。

 

 

「はっ、了解致しました」

 

 

 それに対して、クレマンティーヌは深々と頭を下げると、ぺテルの下へ剣を受け取りに行った。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………そうして、『漆黒の剣』より向けられる冷たい眼差しを受けても、黙って受け入れながら剣を受け取るその背中を見つめながら……ふと、彼女は思う。

 

 

 

 

 ──どうして、私はモモンと一緒に向かわなかったのだろうか? 

 

 

 

 

 アンデッドの大群に怯えて……いや、違う。こちらの方が生き残りやすい……いや、そんな考えでもない。

 

 先ほど、『漆黒の剣』を護ろうと思った時、彼女はクレマンティーヌを前にしても全く引かなかった。逃げようなどと、欠片も考えなかった。

 

 

 ──なのに、どうして……今回、モモンたちと一緒に行こうと思わなかったのだろうか? 

 

 

 犠牲者云々を考えるのであれば、モモンたちに同行した方が合理的だ。

 

 いや、むしろ、万が一モモンが敗北する事態を考慮するなら、彼らに付いて行くべきだ。

 

 けれども、彼女は……いや、ゾーイは、そうしなかった。

 

 それはいったい、どうして? 

 

 

(……ああ、なるほど。そうか、ゾーイは、世界を護る者たちの手に負えない事態が起こった時に……)

 

 

 その答えは……思いの外、すぐに頭の中に浮かんだ。

 

 それは、この身体……ゾーイが登場する、『グランブルーファンタジー』のゲーム内にて語られる、ゾーイのエピソードだ。

 

 その中で、ゾーイは『世界の均衡を崩す事件は、実は人知れず何度も起こっている』と語った。

 

 けれども、その度にゾーイが顕現するかといえば、そうではない。曰く、『人知れず、それらを解決している者が居る』から、らしい。

 

 そう、規模の大きさや影響は別として、だ。

 

 世界の均衡を崩すような事態が起こる前に、誰かが、色々な形でそれらを防いでいるからこそ、世界の平和は保たれているのだとゾーイは語っていた。

 

 

 つまり、ゾーイが世界に顕現するというのは、だ。

 

 

 そういった者たちの優しい想いや行動でも、どうにも出来ないような危機……それが現れた時、ゾーイは顕現し、護る為に戦うのだ。

 

 言い換えれば、たとえ均衡を崩す世界の危機が訪れようとも、その危機に立ち向かい、打ち払うことが出来る存在が居る時は……その者に任せて、ゾーイは顕現しないのだ。

 

 

(おそらく、モモンが……この事件の英雄的な存在、危機を打ち払う者なのかもしれない)

 

 

 ──己が動かないのは、それを無意識にモモンから感じ取ったのかもしれない。

 

 

 そう、ゾーイは……いや、彼女は思い、納得すると……『漆黒の剣』と一緒に、混乱が広がり続ける街へと出た。

 

 自らの役目を、墓地の外へと向かうであろうアンデッドたちを食い止めるために。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………ん? 

 

 

「あっ、蟲だ──てい」

「──どうなされましたか?」

「蟲が居た。これはマズイな、見覚えがある。たしか名前は、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)だ」

「虫……ですか? その、失礼だとは思いますが、私には何も無い地面に剣を突き差したようにしか……」

「こいつは透明になれる特殊な蟲なんだ。だから、目には見えない。金貨消費モンスターだから、死亡すると消滅して……ほら、消えた」

「……すみません、私には何が何だか」

「気にする必要はない。ただ、感じ取れる気配からして、明らかに何者かの意志を感じた……やはり、この世界には……っと、考え込んでいる暇はない、行くぞ、クレマンティーヌ」

「──はい!」

 

 

 結局、モモンがカジットとやらを仕留め、アンデッドたちがその動きを止めるまで……彼女は、『蟲』を新たに5体仕留めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 ……ちなみに、彼女には知る由もないことなのだが、どうして彼女の周囲に八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が出たのかと言うと。

 

 

 ……何が、あるいは誰が、とは言わないけれども。

 

 

(しまった! そもそも、墓地とは何処にあるのだ!? 出て来る前に聞いておけば良かった!)

 

 ──勢い良く、それでいて格好つけて飛び出したは良いものの、肝心の墓地の場所を知らないままだった事に気付いて。

 

 

(ま、まあいい。こういう時の為に便利なのが隠密系の……頼んだぞ、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)!)

 

 ──今更立ち止まってナーベや周りに尋ねるのも格好悪いから、こっそり隠密系モンスターを使い。

 

 

(よし、墓地の場所はこれで──ぬあぁ!? ゾーイのやつにいきなり仕留められた!? お前、貴重なユグドラシル金貨を……ひ、酷いィ!)

 

 ──二度目の誘拐などあって堪るかと、ンフィーレアを監視する為に忍ばせようとしたやつが次々に殺されている……最中。

 

 

「──ナーベ、敵はもうすぐだが、不用意に実力を表に出さずに殺すのだぞ」

「はっ! お任せあれ、モモンガ様!」

「頼むぞ、変に目立ち過ぎることはするなよ。程々に目立って私の知名度を上げるだけだからな! 頼むから、やり過ぎてゾーイの気を引くことだけは慎むように!」

「はっ! モモンガ様!!!」

「ほ、本当に頼むぞ……! (無いはずの胃が、とても痛い気がする……!)」

 

 

 2メートル近い巨体を鎧で覆った剣士と、通り抜けて行く度に男たちの視線を集めている美女という、何とも表現し難い凸凹コンビが……墓地へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 




墓地戦はカットです

次回、墓地戦後の話になります

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