オーバーロード 降臨、調停の翼HL(風味)   作:葛城

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(裏話)気付く者、気付かされない者

 

 

 久しぶりに入ったBar。

 

 そこのカウンターに腰を下ろしている、アルベドにとっては愛しくも至高の存在であるアインズ様。

 

 

「──次はアルベドか」

「は、はい!」

「礼はよい。さあ、座りなさい」

 

 

 一礼をする前に、椅子に座るよう促された。

 

 以前のアルベドであるならば、一も二も無く喜び、飛ぶようにしてその椅子に腰を下ろし、その分厚く偉大な白い身体に身を寄せるところだが……今のアルベドに、それは無理であった。

 

 

(……っ)

 

 

 震えそうになる足を必死に堪えながら、指示に従いその席へ腰を下ろす。「なにか、頼みなさい」と促されたアルベドは、カラカラに乾いた喉を潤す為にジュースを注文した。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………無言の間が、身を切るよりも辛い。そう、アルベドは心から思った。

 

 

 いっそのこと、罵倒された方がマシだと思った。だって、苛立ちを向けてくれている間は、己を必要としてくれているからだ。

 

 

 そう、アルベドは恐れていた。愛しき御方より、『お前など必要ではない』と捨て置かれてしまう可能性を。

 

 

 以前のアルベドならば、そんな事は微塵も考えなかった。ナザリックにとって、己という存在の代わりに成る者は数少ない。

 

 というのも、基本的にナザリックの者たちは頭を働かせる事よりも、身体を動かして物事を解決しようとする者たちが多いからだ。

 

 

 つまり、自分で判断するよりも、誰かに指示を受けて動く方が性に合っている。

 

 

 中にはリーダーとして指示を出す者もいるが、それでも、対象となるのは数名。あるいは、一時的に面倒を見ている家畜兼資材への命令を対象としている。

 

 何故そうなっているのかと言えば、それはアルベドを含め、ナザリックの全ての僕は、至高の御方より生み出されたからだ。

 

 至高の御方の為に動く、あるいは生存の為ならばともかく、それ以外の事で僕たちが自発的に行動をしてはならない。

 

 何故なら、至高の御方より、そのようにしろと命令を受けていないからだ。

 

 虫けら共とは比べ物にならない知能を与えられたアルベドを含めた、一部の者たち(代表的なのが、デミウルゴスだろう)を除き、何がダメで何が良いのか、その区別を付けられないのだ。

 

 

 言ってしまえば、ナザリックと、それ以外。

 

 自分たちか、有象無象の虫けらか。

 

 

 大多数の者たちにとっての判断基準がソレであり、大なり小なりの違いはあるが、アルベドも似たような感覚であった。

 

 

 だからこそ……アルベドは過信……そう、過信していた。

 

 

 他に代わりをやれそうだったデミウルゴスが蘇生されない以上は、己の立場は盤石だと思っていた。

 

 パンドラズ・アクターという御しきれない知恵者の存在は目に余るが、彼の役目は本来、宝物殿を守る金庫番。つまり、基本的に顔を合わせる事はほとんど無い。

 

 

 だからこそ、アルベドは確信を得ていた。

 

 

 好き嫌いは別としても、損得勘定で考えれば己は絶対にナザリックから外されない。外されない以上は、いくらでも関係を向上させる機会が巡ると……そう、アルベドは考えていた。

 

 

 

 ──だが、ある時より、そうではない事にアルベドは気付いた。

 

 

 

 おそらく、最初のキッカケ。

 

 その時は気付いていなかったが、あの日……ゾーイの刃がアインズへと届き掛けた、あの夜より少し後。

 

 それまで、何だかんだ言いつつも傍へ控える事を許してくれていた愛しき御方が、その時を境に一度として傍に置いてくれなくなった。

 

 

 最初は、何かしらの智略から、そうしているのだと思っていた……だが、違った。そう、違っていたのだ。

 

 

 僅かばかりとはいえ月日が経ち、愛しき御方が、どうしてか戦闘面では二つも三つも格落ちの戦闘メイドたちを連れて行く事に、最初は嫉妬していた。

 

 あの女よりも、自分の方が良い女だと。全身全霊を込めて喜ばせられる自信も技術もあると……確かに、役割としては納得出来た。

 

 主を除き、全ての僕たちを統括する役目を与えられたアルベドを、特別な理由もなくナザリックから移動させる理由はない。

 

 完成した拠点の中であるならばともかく、現状はナザリック以外に拠点として使える場所が無い。

 

 

 だから、愛しき御方がアルベドを外に出さない、その考えは理解出来た。

 

 

 実際、ナザリック全体を考えた時、替えが利かないのはアルベドだ。

 

 そもそもの実力の差は別として、言ってしまえば、万が一盾となって命を落としたとしても、損害が少ないのは戦闘メイドである。

 

 だから、感情面では納得出来なくとも、損得の面では仕方がないと納得し、諦めていた。

 

 

 ……だが、愛しき御方がカルネ村にてゾーイと接触し、その後、ナザリックを強襲した時……初めて、アルベドは危機感を覚えた。

 

 

 ナザリックが失われる事と、替えの利かぬその御命を天秤に掛けて、確実に勝てる方を選んだ……納得出来ないが、理解する事は出来る。

 

 しかし、そんな時ですら、己ではなく……いや、己だけではなく、他の守護者たちすらも傍に置くどころか、近づく事すらさせない事に……アルベドは、強烈な違和感も覚えた。

 

 

 ……思い返せば、最後にまともに愛しき御方と会話をしたのは何時以来だろうかと、アルベドは思った。

 

 

 事務的な話であれば、『伝言』を使って何度か行った。

 

 けれども、以前のように顔を合わせて……特に、面と向かっての雑談などは、ぼんやりとしか思い出せない。

 

 

(パンドラズ・アクター……!)

 

 

 目の前に置かれたジュースを「……失礼致します」一口……その最中、自然とアルベドの視線は愛しき御方……と、その奥に居るパンドラへと向けられた。

 

 

 ──そう、そうだ。気付けば、以前は定位置だったその場所が、己のモノではなくなっていた。

 

 

 ゾーイの刃を受けて倒れた時も、その後も、そして今も……いつの間にかそこにはパンドラズ・アクターが居座っていて、己はその他大勢の僕たちの一体に成り下がっていた。

 

 

 ──それを理解した瞬間の、臓腑が弾け飛びそうな恐怖を……おそらく、アルベド以外には理解出来なかっただろう。

 

 

 特別ではなかった。

 

 統括する立場である己ですら、愛しき御方の特別ではなかった。

 

 代わりは利かないが、唯一無二ではなかった。

 

 それを受け入れられるだけの余裕はもう、アルベドには無かった。

 

 

(無様だわ……)

 

 

 そうして、気付けば……己は幾つもの失敗を重ねた。取り返しのつかない失敗だと、アルベドは思っている。

 

 

 そう、取り返しなど不可能だ。

 

 

 なにせ、焦った己の短慮な行いによって、仲間を、マーレを失った。焦るあまり、挽回しようと暴走した結果だ。

 

 しかも、マーレは愛しき御方の計画の要……報告されるカルネ村の状況から見て、現時点でのマーレの重要性は思案するまでもなかった。

 

 そう、考えるまでもなかった事なのに……成果を求めるあまり、失った。愛しき御方の足を引っ張ってしまった。

 

 それどころか、愛しき御方が命がけで逸らしたゾーイからのヘイトを、再びナザリックへと向ける形になってしまった。

 

 

 ……失望しているのだろう。いや、失望で収まっているのであれば、まだ希望が残る。

 

 

 おそらく、疑っているのだ。

 

 あまりに不甲斐なさ過ぎる己の立ち振る舞いに嫌気が差して、実は謀反を企み、ナザリックを弱体化させているのでは……そう、思われているのだろうとアルベドは思った。

 

 

(今では、パンドラズ・アクターが傍に居ないかぎり、絶対に他の守護者を近寄らせないほど……)

 

 

 当たっているか、的外れか、それとも掠めているのか。

 

 実際のところを知る術など、今のアルベドには無いが……少なくとも、完全に避けられてしまっている……という事だけは、ジクジクとした痛みと共に理解していた。

 

 

「──では、始めるが……よいか?」

「は、はい」

 

 

 だからこそ、アルベドは……これから、どのような叱責、あるいは、どのような罰を下されるのか……その事に頭がいっぱいであった。

 

 愛しき御方からの質問は全て、想定の範囲内。

 

 本当に、他愛もない事だ。これも、考えるまでもない。だって、愛しき御方が本当に聞きたいのはそこではないから。

 

 本命に至るまでのそれは、ただの確認作業。今回のコレが、僕たちに不必要に動揺を与えない処置であることなど、アルベドは分かっていた。

 

 

「……ところで、アルベド」

「はい、なんでございましょう?」

「以前より気になっていた事があるのだが、この際だ……尋ねてもよいかな?」

「はい、なんなりと」

 

 

 ──来た。

 

 

 反射的に、アルベドは己の心臓がひときわ高く鳴ったのを感じ取った。

 

 分かっていた、覚悟していた。

 

 失望され、謝罪として己の臓腑が抉り取られる事になろうとも、それで少しでも気が晴れてくれるのであれば……そう、思っていた。

 

 

「──アルベド、もしかしてお前は……至高の御方と呼ぶ私たちの事を嫌っていたりするか?」

 

 

 だが……その質問は、アルベドの予想の範疇を大きく逸脱していた。

 

 いや、アルベドだけではない。愛しき御方の隣にて黙って耳を澄ませていたパンドラズ・アクターも、ギョッと勢いよく振り返ったのが視界の端に映った。

 

 片手で、愛しき御方がその動きを止める。まさに、渋々といった様子で席に腰を下ろしたパンドラズ・アクター……彼にとっても想定外なのは、想像するまでもなかった。

 

 

「 」

 

 

 室内に流れる沈黙。その中で、アルベドは文字通り、何一つ返事が出来なかった。

 

 あまりにも予想外の出来事に見舞われると思考が停止するらしいが、どうやらそれは聡明な頭脳を持つアルベドとて例外ではなかったようだ。

 

 呆然と……そう、只々呆然とするしかなかいアルベドではあったが……なんとか、ギリギリのところで踏み止まると、「──誰が、そんな事を仰ったのですか!?」顔を赤らめて立ち上がった。

 

 

「私が……このワタクシが、アインズ様を嫌う!? そんな、そんな事を仰らないでください!」

「違うのか?」

「違います! 私の愛を、貴方様を慕う想いは、言葉では説明出来ないぐらいなのです!」

 

 

 首を傾げる愛しき御方……普段なら可愛らしくて身悶えしてしまうところだが、今だけは可愛さ余って憎たらしさすら覚えるぐらいであった。

 

 

「──では、嫌っているのは私以外の仲間たちか。なるほど、今ので良く分かったよ」

 

 

 けれども、そんな憤りすらも……直後に飛び出したその言葉によって、ヒュッと胸の奥底へと引っ込んだのをアルベドは自覚した。

 

 

 ……バレている。

 

 

 直感的に、アルベドは察した。

 

 それはもう、理屈ではない。直感的に、アルベドは理解した。

 

 己が今まで隠し通して来たはずの、奥底より滲み出ている嫌悪感が見破られているということを。

 

 

「……前から、何処かで違和感を覚えていたのかもしれない。とはいえ、確信に変わったのはこの質疑応答を始めてからだ」

 

 

 顔面蒼白……そうとしか表現のしようがない顔色のアルベドを他所に、愛しき御方は、ウイスキーの香りを楽しみながら……ポツリポツリと話し始めた。

 

 

「アルベド……おそらく、お前は無意識なのだと思う」

「……なにが、でしょうか?」

 

「毎回ではないが、守護者に限らず僕たちはみな、己の創造主……ひいては、我らの事については機会さえあれば何でも知りたいといった様子を隠さない」

「……そ、それが、いったい?」

 

「分からないか? 以前、あのデミウルゴスですら、ウルベルトさんの事になると目を輝かせて笑顔を見せていた。公私を分けるセバスも、『たっち・みー』さんの話題を出すと朗らかに笑った」

「…………」

 

「それは、他の守護者たちも変わらない。コキュートスは不器用ながらも嬉しそうに頷き、シャルティアは頬を染めて子供のように続きを強請り、アウラも、死んだマーレも、一言一句聞き逃さないと真剣に耳を傾けた」

「…………」

 

「そう、たとえ己の創造主でなくとも、誰も彼もが我々の事については目を輝かせた。それほどに、誰も彼もが私たちを敬愛してくれていた」

 

 

 そこまで言い終えると……不意に、愛しき御方の眼孔がアルベドへと向いた。

 

 

「だが、お前は違うのだ、アルベド」

「──っ!」

 

「お前だけは、これまで一度として創造主である『タブラ・スマラグディナ』さんの事について尋ねては来なかった。いや、それどころか、我々の……いや、仲間たちの事には全く触れようとすらしなかった」

「そ、それは……」

 

「……今回、こうしてお前たちと腰を据えて話せて良かった。今まで見えてこなかったモノが見えて、今まで見えていたモノが私の思い込みである事にも気付けた」

「…………」

 

「ゆえに、私はお前に尋ねたい。偽り無く、正直に全てを話すのだ。お前は……至高の御方である、私の仲間たちをどう思っているのかを」

「そ、そのような……」

 

「先に言っておく。この件で、私はお前を嫌いになどなりはしない。ただ、知りたいのだ。お前の本心を」

「……っ」

 

 

 ──もう、駄目だ。

 

 

 そう、アルベドは諦めた。

 

 この状況で、もはや誤魔化しは悪手。失望を通り越して、潜在する外敵として処分される可能性が極めて高い。

 

 仮に奇跡的な言い回しと上手い言葉で誤魔化せたとしても、不信感までは消せない。むしろ、そこまでして誤魔化そうとしたという印象が根強く残ってしまう。

 

 

 もはや、己に出来ることなどない……そう、アルベドは覚悟した。

 

 

 愛しき御方に殺される、それ自体は良い。だが、失望され外敵と思われたまま殺されるのだけは、耐えられない。

 

 殺されなくとも、捨て置かれるのは嫌だ。嫌われる、それだけは本当に嫌なのだ。

 

 それならいっその事……そんな考えが次から次へと湧いてくるのを覚えながらも、アルベドは。

 

 

「私は──」

 

 

 与えられた聡明な頭脳を活用し、愛しき御方の命令に従うのであった。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………意気消沈。あるいは、絶望か。

 

 

 言葉にすれば、アルベドの後ろ姿は正しくそんな感じであった。

 

 その外見は、ひとまず美女。それも、誰しもが思わず振り返ってしまうほどの美貌。

 

 そんな美女が肩を落とし、ふらつきながらBarを出て行く。

 

 なんとも同情を誘う姿であり、町中でそんな姿を見られたら、さぞ人が集まってくると思われる雰囲気を醸し出していた。

 

 

「……アインズ様は、何時からアルベド殿の謀反にお気付きになられていたのですか?」

 

 

 その言葉に、完全に空気に徹していたマスターの視線までもが悟へと向けられる。

 

 その目には、『どのような処分を下すのか』という疑問が込められていた。

 

 それは、ナザリックの僕たちからすれば当然の事である。

 

 何故なら、アルベドはナザリックにおいて……至高の御方たちを蔑視するという大罪を犯したのだから。

 

 守護者が知れば、間違いなくアルベドは僕たちより命を狙われるだろう。守護者統括の立場など、何の意味もない。

 

 それほどの大罪であり、生かしておく事すら許されないし、許そうとも思わない……あくまでも空気に徹していたマスターですら、傍目にも分かるくらいに怒りを露わにしていた。

 

 

「なんだ、パンドラ。おまえまで怒っているのか?」

 

 

 対して、気にした様子もなくグラスに反射するウイスキーの色合いを眺めていた悟の言葉に、パンドラは……緩やかに肩を落とした。

 

 

「お戯れを、アインズ様。私とてナザリックの僕。偉大なる至高の御方たちを侮蔑されて怒りを覚えぬ恥知らずではございません」

「はは、そうカリカリするな、たかが言葉だ。あんなのは謀反でもなんでもない……だから二人とも、他言無用で頼むぞ」

「貴方様がそう望まれるのであれば……」

 

 

 不満タラタラな様子でマスターとパンドラは頷いた……そう、それは、パンドラとて例外ではなかった。

 

 一番は己の主である『アインズ』ではあるが、だからといって、他の至高の御方たちを蔑ろにしているかといえば、そんなわけもないのである。

 

 

「……あまり、アルベドを責めてやるな。アレがそうなったのは、おそらく私が原因なのだ」

「え、そうなのですか?」

 

 

 しかし、そのアインズ……悟より、そう言われてしまえば、怒りよりも疑問に目を向けるのもまた、当然であった。

 

 

「そう、だな……どのように説明すれば良いのか……ナザリックがこの世界に転移する直前、実は……アルベドの根幹的な部分に少し、手を加えてしまったのだ」

「それは……しかし、それでも、許される事ではありません」

「いや、許される。少なくとも、私は許す。私があの時、余計なことさえしなければ、おそらくアルベドはあのようには成っていなかったと……私は思うのだ」

 

 

 スーッ、と……香りを嗅いだ悟は、遠くを見つめるかのように視線を天井へと向けた。

 

 

「アルベドを作ったタブラさんは、所謂凝り性な性格だった。このナザリックの様々なギミックのおおよそ2割近くをタブラさんが作成したぐらいだからな」

「な、なんと……!」

「ちなみに、宝物殿の扉を作成したのもタブラさんだ」

「そ、そうだったのですか!?」

 

 

 驚きの事実──そう言わんばかりに顔の●を大きくさせているパンドラを他所に、悟は……淡々と言葉を続けた。

 

 

「そんなタブラさんは、当然ながら自らの僕……アルベドの根幹的な部分にも相当に手を加えていた。それこそ、隙間無くキッチリと、な」

「……つまり、アインズ様は」

「そう、私が不用意に手を出してしまった事で、バランスが崩れた。アルベド自身が自覚出来ないままに異常が起きてしまったと……私は思っている」

「アインズ様は、どうするおつもりなのですか?」

 

 

 パンドラの質問に、悟は……静かに、首を横に振った。

 

 

「たしかに、アルベドは取り返しのつかない失敗を幾つも犯した。しかし、元を正せば……それは私の犯した罪だ」

「……では、あのまま?」

 

 

 その質問に対して悟が返事をするまで……少しばかりの間が空いた。

 

 

「……なあ、パンドラ」

 

 

 くるり、と。振り向いた骸骨の眼孔が、パンドラを見つめた。

 

 

「仮に、そう、仮に、だ」

 

「とある理由から、僕たちはナザリック時代の記憶の一部が思い出せない状態になっている。思い出せる者は細かく思い出せるが、思い出せない者は断片的かつ恣意的な部分しか思い出せない状態だ」

 

「それが良いか悪いかは別として、だ」

 

「その記憶は、ある者にとっては喜ばしく思えるモノで、ある者にとっては思い出さない方が良かったと思えるモノで……思い出せば最後、とても、とてもとても心を傷付ける結果になるかもしれない」

 

「そんな……そんな記憶を思い出させる行為、それは、僕たちにとって……良い事だと思うか?」

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………くてん、と。パンドラは小首を傾げた。

 

 

「仰っている意味が分かりません。どうして、それが悪い事だと思うのですか?」

「どうしてって、それは……」

「私からすれば、知らないままな方がずっと嫌です。たとえそれが如何に心苦しい事だとしても、知らないまま終わるのだけは嫌です」

「…………」

「アインズ様は、誤解なされています」

「誤解、と?」

 

 

 訝しむ悟に、「はい、特大の勘違いでございます」パンドラはキッパリと告げた。

 

 

「どんな些細な事であろうとも、私たち僕にとって……創造主様との、至高の御方たちとの思い出は、山のような金塊にも変えられないほどに素晴らしく、誇らしい思い出なのでございます」

「──っ!」

「ですから、心苦しくなることはあっても、後悔などは致しません。それだけは、私でも断言出来ることでございます」

「…………」

 

 

 しばしの間、悟は……何も言葉を発しなかった。

 

 ただ、呆然とした様子で、手元のウイスキーへと視線を向けた後。

 

 

「……パンドラ。おそらく、アルベドのあの様子だと次の者を呼べてはいないだろう。代わりに、呼んで来てくれ」

 

 

 辛うじて、それを告げた後も……悟は、ウイスキーから視線を外すことなく。

 

 

「……私は少々疲れた。守護者たちやプレアデスたちとの面談も終わったし、後の者には悪いが、少しばかり手短に済ませると伝えてくれ」

 

 

 静かに……それだけを告げると。

 

 

「──畏まりました」

 

 

 パンドラは、恭しく礼をした後で……何時もの、妙に大げさな動きでクルリと反転すると、タッカタッカと足音を立ててBarを後にした。

 

 

 

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