オーバーロード 降臨、調停の翼HL(風味)   作:葛城

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ゾーイ可愛いし、クレマンティーヌも見た目は可愛いからね
そりゃあ、評判良かったら王国の貴族が放っておくわけ……ないよね?
まあ、捕まりませんけど


真・報連相

 

 

 

 ──事件は、思いの外あっさり収束した。

 

 

 

 まあ、ここらへんの詳細を詳しく語る必要はないだろう。だって、彼女はあくまでも墓地の外でアンデッドたちを倒していただけだから。

 

 それに、事件の首謀者(並びに、主犯格の関係者)は、クレマンティーヌを除いて軒並み死亡した。

 

 首謀者と分かったのは、所持していた道具が明らかに一般人が所有する者ではなく、また、死体が見つかった場所が墓地の地下だったからだ。

 

 なので、詳細はモモン達を除いて誰にも分からない。まあ、誰もそれを知りたいとは思わなかった。

 

 関係があるクレマンティーヌは彼女(ゾーイ)の一存もあって秘匿されたために、首謀者たちは全員死んだ……という事実がギルドを通じて公表された。

 

 

 ……さて、多少なり怪我人は出たが、死者までは出なかった事件の内容云々は別として、だ。

 

 

 エ・ランテルの英雄モモン(と、ナーベ)の名が広まるのに、そう長くは掛からなかった。

 

 まあ、考えなくても当たり前だろう。実際、モモンとナーベが居なかったら、エ・ランテルは酷い有様になっていた可能性は極めて高い。

 

 とはいえ、彼女(ゾーイ)が居たので最悪の事態にはならなかっただろうが……その彼女すら居なかったら、間違いなく、街がアンデッドの巣窟になっていたのは確実である。

 

 だからこそ、エ・ランテルの人達は新たな英雄の誕生に湧き立った。是が非でも、一目会いたいと人々がギルドに押し掛ける事態になった。

 

 

 けれども……それ以上の騒ぎになる事はなかった。

 

 

 何故なら、肝心のモモンとナーベが居ないからだ。ギルドの説明では、『所用で少し街を離れる』とのこと。

 

 最初はすぐに戻ってくると思ってギルドを見張っていた者たちも、一日、三日、七日、十日と時が過ぎれば……だ。

 

 ひとまず、熱狂も少しばかり冷めて……まさに、肩透かしもよいところだ。

 

 だが、ギルドに押し掛けたところで居ない者は居ないし、文句を言ったところで出て来ることもない。何処へ行ったのかすら、分からない。

 

 モモンと直前まで一緒に仕事をしていた『漆黒の剣』に聞こうにも、当人たちより『知りたいのはこっちだって同じだ』と言われてしまい。

 

 ならば、同じく英雄モモンに依頼を出していたバレアレ薬品店を尋ねてみるも、店の主人リイジーより『営業妨害だ!』と鼻息荒く叩き出されてしまった。

 

 さすがに、英雄に会いたいとはいえ無理強いを続ければ、捕まるのは追いかける側だ。

 

 というか、それよりも前にギルドに目を付けられては堪らない。

 

 なので、必然的にエ・ランテルの人々はヤキモキしながらも、いずれ戻ってくる英雄の姿を思い浮かべながら、日常を送っていた。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………で、そんな日常の中、彼女は何をしていたかというと、だ。

 

 

「──依頼の薬草10束と、ゴブリンの耳が10個だ」

「……確認致しました。それではゾーイさん、こちらが報酬です」

 

 

 ギルドにて、他の冒険者と同じく……依頼を受けて、仕事に精を出していた。

 

 階級は、アイアン。

 

 墓地のアンデッド騒動にてその実力の一端が知られていたので、近々シルバーに上がるのは確実だろうと噂されている、非常に美しい女剣士(あるいは、女騎士?)。

 

 

 しかし、実力が知られているのにどうしてアイアンなのか? 

 

 それは、事件の後に彼女が受けている任務が主に……割に合わないモノばかりだからだ。

 

 

 仕事自体は簡単だが単価が安く、長時間拘束され、けれども、生活において欠かせないような……そんな、埃が張り付いて放置されがちなモノばかりだからだ。

 

 ギルドとしてもランクを上げたいが、達成する仕事がそればかりなので記録上の実績(つまり、言い訳)がそこまで用意出来ない。

 

 しかし、塩付けされている仕事を優先してくれるおかげで、ギルドの評判は良くなる。

 

 というか、実際に喜びの声が届いているので、ギルドから声を掛ける事が出来ない……おかげで、色々な人たちから歯痒い視線を向けられている。

 

 

 ……それが、今の彼女の、ゾーイの……周囲より向けられる評価であった。ちなみに、お供のクレマンティーヌも同様である。

 

 

 そう、クレマンティーヌもまた、主よりは劣るものの、格好をドレスに変えれば男たちが放ってはおかないと男たちの話題に上がるぐらいには、評判が良かった。

 

 おまけに、強い。並の冒険者では動きを止めることも出来ないぐらいに強い。実際、何人かぶっ飛ばされた。

 

 ズーラーノーンが起こした事件の時も、疾風が如き俊足でアンデッドの合間を駆け抜け、次々に仕留めたかと思えば、冒険者たちの援護に回ったのは記憶に新しい。

 

 そのうえ、優しい。実力を鼻に掛けず、相手が何であれ丁重に対応してくれる。

 

 仕事の報酬も全て主に渡し(直後、突き返されるが)たかと思えば、その日生きるだけの糧以外は全て、恵まれぬ貧しき者たちにパンを……という形で回される。

 

 そこに、売名の気配は感じない。笑みを浮かべながらも、何処となく苦しそうな顔でパンを配るその姿は、まるで現状を憂いているかのようで。

 

 冒険者に成って日が浅いというのに、何時の間にかほとんどの人達(一部からは、複雑な目で見られている)から一目置かれる存在になっていた。

 

 おかげで、よほどの馬鹿ではない限り、彼女たちに邪な声を掛ける者はいなかった。

 

 

 ……で、そんなクレマンティーヌもまた、階級はアイアンである。

 

 

 ただ、クレマンティーヌはあくまでも彼女の従者的な行動を取っているので、こちらは主が上がるまでは絶対に階級を上げないだろう……と、言われていた。

 

 だから、彼女がランクを上げるに合わせて、クレマンティーヌもランクを上げて……英雄モモンに次ぐ冒険者が生まれるのでは……という期待が、人々の間に生まれていた。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………だが、一つだけ。

 

 

 彼女たちには、人々の間で不思議に思われていることがあった。

 

 

 それは、必ず夜になる前に街の外に出て、翌朝に街へとやってくるということだ。

 

 

 状況だけを考えれば、街の外に家を構えていると思われる。

 

 しかし・エ・ランテルの傍とはいえ、街を囲う外壁の外だ。

 

 モンスターは出るし、野盗だって出る。女二人だけで寝泊まり出来る宿泊施設や家屋など、あるにはあるが……正直、非効率極まりない。

 

 この世界の常識では夕方に街の外に出て翌朝戻ってくるような生活を送るのは、懐を探られると困る犯罪者ぐらい……ということになっている。

 

 あるいは、騎士団や冒険者を始めとして夜間任務に出る者たちだろう。

 

 

 しかし、彼女たちは2人だ。それも、妙齢なうえに美しいときた。

 

 

 よほど腕に自信があるにしても、2人で毎日交代して見張りを立てながら就寝ともなれば、いずれ……と、周りが心配するのも当然の帰結であった。

 

 けれども、彼女たちは一度として怪我等を負うことなく街へと戻ってくる。

 

 まるで、それが当たり前であるかのように、その顔には疲労の色が一つもない。

 

 

 ……おそらく、特殊な魔法の道具を使っているのだろう。

 

 

 結局、ギルドはありきたりな結論に終始して……迷惑を被らなければ口出し無用の原則に縛られているので何も言えず……その日も、夕方頃に街を出て行く二人を見送るしかなかった。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………まあ、実際の所は、だ。

 

 

 ギルドたちの心配(街の人達もそうだが)は、お節介以外の何者でもなく。

 

 まさか……街では最高級の宿よりも快適な場所で日中の疲れを癒し、快適な睡眠を貪っているとは。

 

 この世界の常識にも縛られている人たちには、そんなありきたりな結論が大正解だとは……夢にも思わないのも、仕方がない話であった。

 

 

 

 

 

 

 ……ところ変わって、エ・ランテルより少しばかり離れた場所、空から見れば、森の中。

 

 そこの、開けた場所に。

 

 森の巨大ハムスターが突撃すれば一発で倒壊してしまいそうな、それほど大きくはないコテージが……ポツン、と一つ立っていた。

 

 

 ──『グリーンシークレットハウス』

 

 

 それは、『ユグドラシル』のゲーム内ではありふれていた、設置型の拠点系アイテムであり、彼女のアイテムボックスに収まっている道具の一つである。

 

 

 見た目は簡易なコテージだが、ただのコテージではない。

 

 

 魔法で作られているので入口は入る者の大きさに合わせて広がり、中も外からは想像が付かないぐらいに広い。

 

 しかも……彼女が持っている『グリーンシークレットハウス』は、他のプレイヤーが持ち合わせているアイテムとは、少し違う。

 

 通常、部屋はどれも同じに設定されているのだが、彼女のソレだけは……彼女だけが記憶している、『前世』の情報をタップリ注ぎ込んだオリジナルハウスとなっている。

 

 具体的には、あの世界において一部の上流階級ぐらいしか使用出来ない最新設備に加えて、映像や書物でしか知られていない過去の品々が山のように詰め込まれている。

 

 寝泊まり出来る(つまり、寝具などが設置されている)部屋を始めとして、入浴設備やトイレ、キッチンや家電など、他のハウスには組み込まれていない快適な空間が広がっている……が。

 

 

 このハウスの真骨頂は、そんなモノではない。

 

 

 たとえば、部屋の奥に設置された倉庫(物置扱いなのだが、広すぎて倉庫同然)には、様々な娯楽品を始めとして、失われた芸術品が飾られている。

 

 パッと見た限りでは、宝物庫にしか見えないだろう。だが、これは彼女の自己満足の結果だ。

 

 前世を記憶しているとはいえ、何時それが失われるかは分からない。だから、覚えている内に全てデータとして残しておこう……その結果が、コレである。

 

 他にも、冷蔵庫(巨大すぎて)には、あの世界では失われた、過去の食材(食品も)がビッシリ詰め込まれている。それは、各種調味料も例外ではない。

 

 他のプレイヤーが使うハウスでは基本的に空っぽ(初期設定)だが、このハウスの冷蔵庫は、彼女の自己満足によって満杯になっている。

 

 しかも、この冷蔵庫に詰め込まれた食材は、無くならない。どれだけ使用したとしても、冷蔵庫の扉を一度閉めて開ければ、元通り補充されている。

 

 

 ──そのように、ユグドラシル時代において彼女がプログラミングしていたからだ。

 

 

 まあ、ゲーム中では食品系の回復アイテムが無限に手に入る(ただし、ポーションに劣る)というだけで、それ以外の効果はないので、完全に趣味の範疇だったけれども。

 

 結果的には、もろ手を上げて万歳してしまうぐらいに有用なアイテムとなったのは、まさしく不幸中の幸いというやつだろう。

 

 他にも、他にも、他にも……一つ一つ数えだすとキリがないので、詳細は省く。

 

 とにかく、彼女の使用する『シークレットグリーンハウス』は、この世界では万枚の金貨を出しても用意出来ない程に快適な……秘密基地も同然なのであった。

 

 ……ちなみに、このハウスを破壊するのは不可能という設定なので、おそらく相当に頑丈だろう……というのが、彼女の評価である。

 

 

「クレマンティーヌが作るパイは美味しい、な」

「恐縮です」

「謙遜する必要はない。私にとって、これ以上に美味しいパイを知らない。他の者たちにもいっぱい食べてほしいくらいだ」

「お戯れを……」

 

 

 ……で、そんな快適なハウスにて、彼女は……クレマンティーヌが作ってくれたパイに舌鼓を打っていた。

 

 

 実際、クレマンティーヌは料理が上手い。

 

 

 出会い方が出会い方だったので、料理は2人で作ろうという話になっていたが、それも今は昔のこと。

 

 最初の頃はハウスの設備に慣れず首を傾げるばかりであったが、素早い身のこなしからして、元々器用な方なのだろう。

 

 

 今では、クレマンティーヌの方が設備に限らず、ハウスの扱い方が上手い。

 

 

 特に料理に関しては絶品であり、中でも『パイ』は前世の記憶を持つ彼女にとっても『一番美味いパイだ』と絶賛するぐらいであった。

 

 クレマンティーヌ曰く、『調理器具(?)が便利で使いやすいおかげで、手間暇を省略できるから』、らしい。

 

 また、用意するとなれば金貨が必要になる調味料(しかも、ハウスの方が高品質)をふんだんに使えるから……とのことだ。

 

 

「どうでしょうか、痒いところはありますか?」

「ん~……気持ちいいよ、クレマンティーヌ」

「良かったです。では、このまま続けさせて頂きます」

 

 

 そうして、食事が終わってしばらく(くつろ)いだ後で、入浴。あの世界では特権階級しか許されない、広々とした湯船にじっくり浸かる。

 

 その状態で、タラリと身体を専用スペースに預ければ、ゾーイの長い髪をクレマンティーヌが洗ってくれるのだが……これがまた、気持ちが良い。

 

 彼女としては、シャワーでササッと洗い流せば良いだろうという考えではあったが、クレマンティーヌよりそれだけは止めてくれと懇願されてしまったので、今の形になった。

 

 

 曰く、『それだけ綺麗な髪を蔑ろにするのは……』とのことだ。

 

 

 そう言われてしまえば、彼女も強く言えない。

 

 だって、本音では髪もサッパリ洗い流したいが、長すぎてちゃんと洗うのが面倒臭いという理由からシャワーにしようとしていた物臭だから。

 

 

 幸いにも……という言い方も何だが、今は女体だ。

 

 

 ゾーイとしての感覚のおかげか、クレマンティーヌの裸体を見ても何も感じ……いや、視線を向けてはしまうが、それはあくまで、綺麗だなという程度の感覚でしかない。

 

 言うなれば、盛り上がった筋肉や、膨れて柔らかそうな巨乳に、無意識に視線を注いでしまうようなもの。

 

 そこに、欲情的な感覚はない。同様に、肌を触られても、同性に肩を叩かれた程度の認識しかない。

 

 なので、クレマンティーヌの厚意に甘える形で、彼女は毎日頭を洗ってもらっている……というわけだ。

 

 

 ……この世界でも、水(お湯ならもっと)はやっぱり貴重だ。

 

 

 前世のようにジャバジャバ使えるのは貴族や大商人ぐらいで、大半の一般人は桶にお湯を溜めて身体を清める。

 

 そうでなくても、井戸や川の水を頭から被ってゴシゴシ身体を擦るのが一般的であり、だからこそ、彼女がこの世界の宿を利用しない理由の一つでもあった。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………そうして、諸々の日課を済ませた後。眠気が来るまで何をしようかな……と、彼女が考えた……その時であった。

 

 

 

「──他所へ移る?」

「はい、その方がよろしいかと……」

 

 

 

 寝室にやってきたクレマンティーヌ(恰好は、パジャマ)より、他所の街へ移動した方が良いと提案されたのは。

 

 

 詳しく話を聞いてみれば……だ。

 

 

 どうやら、彼女が気付いていない間に、この国の貴族よりちょっかいを掛けられるようになったから……らしい。

 

 クレマンティーヌ曰く『この国の貴族は、私が言うのもなんだがゴミ屑のようなやつばかり、死んだ方が世の為人の為』らしい。

 

 なんでも、自分たち貴族以外の人々を『放って置けば生えてくる資源』程度の感覚で捉えているらしい。如何様に扱おうが自分たちの権利だと、本気で思っているのが大半なのだとか。

 

 そして、皮肉にも彼女……ゾーイは美しい。周囲より従者と思われているクレマンティーヌも、評判が良い。

 

 ギルドや人々から一目置かれている、そんな女2人……なるほど、貴族たちの歪んだ自尊心を満たす玩具にはピッタリな逸材である。

 

 なので、これまでは、そんな貴族たちの横やりをギルドが手練手管を用いて誤魔化していた。

 

 

 しかし、つい先日。

 

 

 明らかに貴族に雇われた(あるいは、関係者)と思われる者たちが、ジロジロとこちらを監視していることにクレマンティーヌは気付いた。

 

 

「あそこまで露骨になったということは、既に貴族の方々は貴女様を自分の手元に置く前提で動いていると思われます」

「……ギルドは?」

「他の国では別ですが、この国では圧倒的に貴族の方が立場も権力も上なのです。いざとなれば、いくらでも罪状をでっち上げて、合法的にこちらを奴隷身分に落とすこともやるでしょう」

「なるほど……うん、分かった。では、明日にでもギルドへ報告してから他所へ移ろう」

「いえ、その必要はありません。既に、私からギルドには話を通しております」

「え?」

 

 

 驚いて目を瞬かせれば、どうやら日中、依頼を受ける際にササッと話を通しておいたと、クレマンティーヌは告げた。

 

 下手にギルドへ行くと、待ち伏せされている可能性がある。

 

 そうなれば、ギルドも表立っては協力出来ず、逆に動くしかなくなるので……とのことで、既に手続きは済ませているのだとか。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………それを聞いた彼女は……一つ息を吐くと、クレマンティーヌを傍に寄らせ……いや、己の隣に座らせると。

 

 

「──修正、反省しなさい」

「いたっ!?」

 

 

 ぽかり、と。金色ボブカットの頭を、叩いて叱った。

 

 これには、クレマンティーヌも涙目になる。まあ、良かれと思ってやったことなのに、いきなり頭を叩かれたら誰だってショックだろう。

 

 それも、相手は……クレマンティーヌにとって、己が信仰する神にも匹敵する存在だ。受けた衝撃は、彼女には想像も付かないぐらいに大きいだろう。

 

 

「クレマンティーヌ、どうして私が君を叱ったか……理由が、分かるか?」

 

 

 尋ねれば、涙目のまま頭を摩っているクレマンティーヌの視線が……キョロキョロと左右を向いた。

 

 

「あ、あの……もしかして、勝手に動いたからですか?」

「そうだ、大正解だ。私の為に動いてくれたのは嬉しい……だが、どうして私に一言でも相談してくれなかったのだ?」

「そ、それは、貴女様の手を煩わせるわけにはいかないと……貴女様が動く前に、話を通しておいた方が良いと思って……」

「違う、それは違うぞ、クレマンティーヌ」

 

 

 率先して動き、今後を見据えて準備を済ませておくクレマンティーヌの仕事ぶりに、ありがとうとお礼を述べながらも……彼女は、それは間違っていると言葉を続けた。

 

 

「君は、勘違いしている。私は、君が思う程に全能でもないし、優れているわけでもない。実際、私は何も気付いていなかった」

「そ、それは……」

「前から言おうと思っていたが、それを今言おう。クレマンティーヌ、君がどう思っているかは知らないが、私はただの……そう、プレイヤーというだけの話なんだ」

「そんなこと──っ!」

「そんなこと、なんだ」

 

 

 ポンポン、と。子供にやるように、叩いたところを摩りながら……彼女は、クレマンティーヌへと言い聞かせた。

 

 

「考えてもみてほしい。私は、君よりも料理が下手だ。ギルドとの交渉だって、君の方が上手だ。周りに話を合わせ、情報を集めてくるのだって、君の方が上手だ」

「それは……」

「私を慕ってくれるのは嬉しい。しかし、私は君の思い描く神様ではない。貴方達が望む神様ではないんだ。私は、君が思う程に賢くはないし、君が驚くような愚かな選択をしてしまうだろう」

「…………」

「だから、クレマンティーヌ……これからは、必ず私にも相談してほしい」

「……ゾーイ様に、ですか?」

「そうだ、クレマンティーヌ。私と君は、同じなんだ。思いを言葉にして、声に出して、私に届けてくれないと、私は理解する事が出来ない」

「ゾーイ様と……同じ?」

「そうだ。私だって、間違える。私だって、知らない事は多い。君が知らない事を私が知っているように、君が知っている事を私は知らない。ただ、それだけのことなんだ」

「…………」

「君が作るパイが、私は好きだ。君が髪を洗ってくれるのは、気持ち良くて嬉しい。ただそれだけの事でも、言葉にしないと伝わらない……そうだろう?」

「……はい」

「だから、勝手に『私ならこれぐらい考えているだろう』とは思わないでくれ。正直、君から話があるまで、明日のご飯はどうしようかと考えていたぐらいだ……」

「……、分かりました。次からは、必ず言葉にします」

「うん、そうしてくれ」

 

 

 そう答えれば、クレマンティーヌは……何だろうか。

 

 

(……少し、気を許してくれたのなら、嬉しいが)

 

 

 これまでとは異なるように見える、その視線を感じながら……とりあえず、詳しい話は明日にして、その日はこのまま就寝となった。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………でもまあ、その前に。

 

 

「ところで、寝る前に聞いておきたい。クレマンティーヌは、とりあえずは何処へ行こうと考えているんだ?」

「……そうですね、『バハルス帝国』がよろしいかと思います」

「バハルス帝国?」

「ジルクニフ皇帝が統治している国です。この国と敵対しておりますが、互いに鎖国しているわけではないので出入りは可能ですし、商人の行き交いも行われています」

「なるほど……」

「距離はありますが、あの国は実力さえあれば平穏を勝ち取れますし、この国の貴族とて手は出せません。永住するかどうかは別としても、選択肢としては妥当かと」

「ふむ……」

 

 

 クレマンティーヌの提案に、しばし思考を巡らせた彼女は……不意に顔をあげると、ベッドより降りて……アイテムボックスより、鏡を取り出した。

 

 

 

 ──それは、ユグドラシルにおいて『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)』と呼ばれているアイテムである。

 

 

 

 その効果は、指定したポイントを映し出すというものだ。

 

 だが、低位の情報系魔法による隠ぺいが可能であり、また、覗き見の際に反撃を受けやすいということもあって、使い所があまりない微妙系と呼ばれていたアイテムである。

 

 それを、クレマンティーヌに見えるように、傍のサイドテーブルに置くと……ふわりと、ディスプレイに光が灯るかの如く、鏡面が輝き……外の景色が映し出された。

 

 

「それは……」

「遠くを映し出す鏡だ。実は、こっそり使い方を練習していた……っと、ここだ」

 

 

 彼女の指先が、鏡面を摩るように動く。

 

 それに合わせて、鏡面に映し出された景色も動き……グルグルと動き続けていた景色が止まれば、街の近くでは見掛けない丘陵が映し出された。

 

 

「帝国へ行く前に、此処へ行きたい。場所は、分かるか?」

「ここですか? 少し、景色を動かすことは出来ますか?」

「出来る。しばらく動かすから、分かったら教えてくれ」

「分かりました」

 

 

 目を凝らしたクレマンティーヌは、しばしの間、鏡面に映し出された景色を眺め……そして、「あ、ここか……」唐突に彼女の手を止めた。

 

 

「分かりました。ここはおそらく、『アベリオン丘陵(きゅうりょう)』だと思います。人種、亜人、問わず様々な部族が日夜勢力争いをしている危険な場所です」

「そうか……ここへは、遠いのか?」

「方角だけを見れば、帝国とは正反対の位置になります。あとは……その……」

 

 

 そこで、クレマンティーヌは言い辛そうに視線をさ迷わせた。すぐには分からなかったが、ピンと来た彼女は軽く頷いた。

 

 

「もしかして、近くに君の……?」

「……はい。あの、無理にとは言いません。ですが、出来ることなら、街道を避けて通る事は……」

 

 

 申し訳なさそうに頭を下げるクレマンティーヌを前に、彼女はしばし考え込み……一つ、頷いた。

 

 

「別に、急ぎの用事ではないんだ。迂回しても『アベリオン丘陵』とやらに行けるのであれば、私は構わない」

「──っ! ありがとうございます!」

「気にしなくていい。私としては、ちゃんと意見を出してくれた方が嬉しいから」

 

 

 そう告げれば、クレマンティーヌは何とも複雑な顔でもう一度頭を下げ……ふと、「ところで、何用であそこへ?」理由を尋ねてきた。

 

 

 曰く、その隣の『ローブル聖王国』ならばともかく、『アベリオン丘陵』には国家というものがない。

 

 

 多少の規模の違いこそあるが、基本的には様々な少数民族や少数部族が群れや村を形成して暮らしており、間違っても観光などで向かうような場所ではない。

 

 いちおう、人間種も暮らしているらしいが、詳細は不明。基本的には人間とは相容れぬ者たちの土地なので、どうしてそこへ向かうのかが、クレマンティーヌには分からなかった。

 

 

「……特に、用があるわけではないんだ。ただ、胸騒ぎというか……あそこへ向かわなければ……という思いが私の中にある」

「それは、いったい……」

「正直、分からない。ただ、一つだけ、現時点で私が言えるのは──」

 

 

 その言葉と共に、彼女は……赤い瞳を僅かばかり揺らしながら。

 

 

「──いずれ、この場所は世界の均衡を崩す……その土台の一つになるような……そんな気がするんだ」

 

 

 何故かは分からないけれども、胸中より湧き起こるざわめきと共に……彼女は、その言葉をポツリと呟いていた。

 

 

 

 




近道通ろうとすると、法国側を回ることになるからね。
貴族の目に留まりやすいけど、優しい彼女はグルリと迂回する道へ行くよ


……一か月、二か月あれば……牧場の一つや二つ、誰かさんなら作れちゃうよね?

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