オーバーロード 降臨、調停の翼HL(風味)   作:葛城

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最終局面: アウラ・ベラ・フィオーラ

 

 

 

 ──アウラ・ベラ・フィオーラ。

 

 

 

 それは、悟と仲が良かったペロロンチーノの実姉であり、ギルドメンバーの1人である『ぶくぶく茶釜』が作ったNPCである。

 

 

 アウラの性格は、悟が知る限りでは温厚で社交的、である。

 

 

 もちろん、それは人間に対して友好的というわけではないし、アウラも他のNPCと同じく、人間の命など路傍の石程度にしか考えていない。

 

 ただ、他のNPCに比べて人間への敵対心が無い(要は、危害さえ加えて来なければ放置)うえに、苦しませる事に喜びを抱いたりもしない。

 

 向こうが対話から来たなら、とりあえず対話をしようという程度には理性的であり、また、セバスのように後先考えずに手を差し伸べるようなこともしない。

 

 つまりは、冷静に己の状況を顧みる事が出来るだけでなく、むやみやたらにナザリック外の存在を害そうともしない、ある種の中立的な考えを持っているわけである。

 

 

 まあ、それでも、だ。

 

 

 失敗を重ね続けて焦燥感が積もってしまった果てに、視野が狭くなって帝国に襲撃を掛けるという暴挙に打って出てしまったあたり、ナザリックのNPCであるのは変わりない……で、だ。

 

 

 

 ──そんな、アウラの住居は、第六階層『大森林』の中にある巨大樹だ。

 

 

 

 この『大森林』はナザリックにおいて最大の敷地面積を誇り、うっそうと生い茂る木々が大半を占める、樹海とも言える場所だ。

 

 地下だというのにこの空間には空が存在し、太陽が昇るし夜空も……驚異的な話だが、つまりは昼夜が存在している。

 

 なのに、温度・室温、ともに過ごし易い状態が常時保たれており、濃厚な緑の香りと、濃い空気を感じられる場所でもある。

 

 ちなみに、この階層には闘技場もあれば蠱毒(こどく)の大穴と呼ばれる領域や巨大な蜘蛛の巣が存在し、ただ自然が溢れているだけの場所ではなかったりする。

 

 

(襲われないとは分かっていても、やっぱり怖いよなあ)

 

 

 そんな場所を、悟は……護衛にパンドラを付けて巨大樹へと向かい……そうして、到着した悟が目にしたのは。

 

 

(……俺ってば、今日だけで何人の女の子を泣かせているんだろうか)

 

 

 巨大樹の中をくり抜いて作られた部屋の奥。おそらく、アウラとマーレの寝室だと思われるそこに……アウラは居た。

 

 頭から毛布を被っているので、背後からは分からない。だが、毛布越しに聞こえてくる声は、間違いなくアウラのものだった。

 

 

 まあ、仮に泣いていなくとも、悟には分かっただろう。

 

 

 なにせ、ナザリックのNPCは本来全て同格ではあるのだが、さすがに階層守護者と、配備されているモンスターとでは、格が違う。

 

 大森林の中ではチラホラ姿を見せたモンスターも、巨大樹に近付くに連れて激減し、巨大樹だけはまるで見えない壁が張られているように静かで……つまりは、だ。

 

 

「……どうして泣いているのか、教えてくれないか」

 

 

 この場において、モンスター等の邪魔が入る事などなく、廊下にてパンドラが控えてしまえばもう、室内は悟とアウラの二人きりであった。

 

 蹲って泣いている毛布の塊を見やりながら、そのすぐ後ろ……まあ、これまでと同じく座る場所がないのでベッドに腰を下ろす。

 

 

 ……お前、またベッドに座るのかよと言われそうだが、仕方がないのだ。

 

 

 なにせ、『オーバーロード』の身体は大きい。骨だけとはいえ180cm近い身長である。

 

 対して、アウラの身長は110……正確な数字は覚えていないが、悟の肋骨の辺りにすら届いていない。

 

 当然ながら、この家にはアウラや、今は居ないマーレの背丈に見合った家具しかない。

 

 必然的に、悟が座れる場所はベッドぐらい……っと。

 

 

「……守れなかったの」

 

 

 ポツリ、と。

 

 毛布の中より零れた、その呟き。耳を澄ませていなければ、悟とて聞き逃していたであろう、小さな声。

 

 

「何を、守れなかったんだ?」

 

 

 それを、聞き取っていた悟は……アウラを刺激しないよう、出来うる限り優しい声で問い掛ける。

 

 『カルマ値』の影響が消えて、おそらくは本来の性質を、シャルティア、アルベドと続けて見た悟は、その中で少なからず学んだ事がある。

 

 それは、NPC……彼女たちは、それでも『至高の御方』を敬愛し、愛されたい、認められたい、望む事を叶えてあげたいと強く願っている……という事だ。

 

 実際、シャルティアもアルベドも、個体差こそあったが、質問すればちゃんと答えてくれたし、変にはぐらかしたり無視したりするようなことをしなかった。

 

 

 なので、悟は待った。

 

 返事が無くとも、反応が無くとも、待った。

 

 

 それは、答えたくないのではなく、答えられる状態ではない……答えられるよう心を落ち着かせている最中だと分かっていたからだ。

 

 

「……約束、守れなかったの」

 

 

 そうして10分程、鼻を啜る音とヒックヒックとしゃくりあげるアウラの声を聴きながら、ゆっくり待っていれば……返事が来た。

 

 

「誰との、約束なんだ?」

 

 

 慌てず、焦らず、悟は続きを促す。

 

 

「……ぶくぶく茶釜様との、約束」

 

 

 すると、少し間を置いてから返事が来た。

 

 加えて、アウラの呟きは……そこで終わらなかった。

 

 

「アインズ様……私は、お姉ちゃんなの」

「そうだな、マーレのお姉さんだったな」

「うん、私はお姉ちゃん……だから、弟を守ってねって約束されたの」

「……弟って、マーレの事か?」

「うん、ぶくぶく茶釜様からよく言われていたの……お姉ちゃんだから、弟のマーレを大事にしてねって」

 

 

 その言葉と共に……わずかに、毛布の塊が動いた。

 

 

「ぶくぶく茶釜様から、言われていたの」

 

「私みたいになるな……って」

 

「私みたいに、自分の病気のせいで、みんなに迷惑を掛けるような姉にはなるなって」

 

「いざという時は弟を守れる、頼れるお姉ちゃんになりなさい……って」

 

 

 そう、言い終え……また、沈黙が生まれた後。

 

 

「でも、私は約束を守れなかった」

 

「ぶくぶく茶釜様が病を患って苦しんでいたのに、何も出来なかった」

 

「頼れるお姉ちゃんになるはずだったのに、弟に守られて生き残っちゃった」

 

「お姉ちゃんだから、弟を守らなきゃならなかったのに」

 

「私、怖くて……怖くて、怖くて、怖くて……何も出来なくて、マーレに庇われちゃって」

 

 

 その言葉と共に、毛布の中から……まるで、魂が吐き出されたかのような、深いため息の音がした。

 

 

「なにも……何一つ、私は約束を守れなかった」

 

 

 その言葉は、けして大きな声ではない。

 

 けれども、悟には……その声が、ズシンと骨身が軋むほどの重圧感を伴っているような気がした。

 

 

「……アインズ様、知っていますか?」

 

「詳しくは話してくださらなかったけど、ぶくぶく茶釜様には弟様が居てね」

 

「口は悪いし生意気だし言う事は聞かない愚弟だけど、大事な家族なんだって」

 

「それはもう、私に弟様の話をするときは、ちょっと楽しそうだったの」

 

「なんというか、『がーるずとーく』というやつらしくて」

 

「この話は、マーレも知らないんだ。私と、ぶくぶく茶釜様だけの、秘密だったの」

 

 

「……でね、アインズ様」

 

 

「ぶくぶく茶釜様から、教えられていたの」

 

「ぶくぶく茶釜様が、御病気だって事も」

 

「今はこうして遊びに来られるけど、今の内だけって事も」

 

 

「……話してくださったの」

 

 

「自分の病が、もう治らなくてどうにもならない事も」

 

「弟様が、看病の為にナザリックを離れる事も」

 

「……その弟様が、ぶくぶく茶釜様と同じ病を患っている事も」

 

「みんな、知っていたの」

 

「本当は、みんな知っていて……馬鹿な弟を怒鳴りつけたいって、話してくださったの」

 

 

「でも、出来なかったって」

 

 

「お姉ちゃんだから、弟の考えが分かるって」

 

「自分が逆の立場だったら、きっと同じことをするだろうって」

 

 

「……ぶくぶく茶釜様、いつも私の前でこっそり泣いていたの」

 

 

「涙は出ていなかったけど、分かるんだ……ぶくぶく茶釜様、泣いていたの」

 

「ふがいない姉で申し訳ないって」

 

「弟に迷惑を掛けて申し訳ないって」

 

「お姉ちゃんなのに、守ってやれなくて申し訳ないって」

 

「皆様方が居ない時、こっそり私にだけ話してくれたの」

 

「自分のようにはなるなって」

 

「弟を守れるお姉ちゃんになりなさいって」

 

「弟の自慢になるような、強くて優しいお姉ちゃんになりなさいって」

 

「ぶくぶく茶釜様、とっても悲しそうだった」

 

「みんなに迷惑を掛ける自分のようにはなるなって」

 

「私が出来なかった分、お姉ちゃんとして弟を守りなさいって」

 

「いつも、此処を離れる時……私にだけ、こっそりお話してくださったの」

 

 

 ……そこまで言い終えた辺りで、アウラの声が……はっきり分かるぐらいに、震えた。

 

 

「でも、守れなかった」

 

「何一つ、約束を守れなかった」

 

「頼れるお姉ちゃんに、成れなかった」

 

「弟を守れる強いお姉ちゃんにも成れなかった」

 

「みんなの助けになる、立派なお姉ちゃんにも成れなかった」

 

「優しくもなんともない、人間を傷付けるだけのお姉ちゃんにしか成れなかった」

 

「それどころか、逆に私なんかが生き残っちゃった」

 

「こんな不甲斐ない姉の替わりに、マーレが死んじゃった」

 

「私が死ねば良かったのに」

 

「私が死んで、マーレが助かれば良かったのに」

 

「自慢のお姉ちゃんにも成れず、ぶくぶく茶釜様の苦しみも替わってやれなかったのに、どうして……どうして?」

 

 

 ──するり、と。

 

 

 毛布の塊から、小さな頭が覗く。振り返ったアウラの顔を見やった悟は……絶句した。

 

 

 そこには……只々、虚無が広がっていた。

 

 

 涙は、出ている。嗚咽のあまり、鼻水も出ている。食いしばった唇からは血が出ていて、全体的に腫れぼったく……だが、それがどうしたというのか。

 

 

 これが、生きている者の顔なのだろうか。

 

 これなら、まだアンデッドの方が活き活きとしている。

 

 

 まるで、これまで培ってきた全てが砕け散り、何も残らず瓦礫へ果てた荒野のような……乾き切ったナニカが、そこにはあった。

 

 

「……殺してください、アインズ様」

 

 

 あまりの事に、言葉を失くしている悟に……そのお願いは、存在しない心臓をドキッと錯覚させてしまうほどの衝撃を与えた。

 

 

「こんな不甲斐ない私は、生きているだけで迷惑なんです」

 

「生きている事が、駄目なんです」

 

「ぶくぶく茶釜様とのお約束も守れず」

 

「優しくあれと言われたのに、自分勝手に周りを傷付けて」

 

「挙句の果てに、守るはずだったマーレが死んで」

 

「もう、駄目なんです」

 

「私のような駄目なお姉ちゃんは、生きてちゃ駄目なんです」

 

「マーレを守れなかったお姉ちゃんは、死ぬべきなんです」

 

「だから、殺してください」

 

「どうか、終わらせてください」

 

「私のようなお姉ちゃんなんて、居ない方が──」

 

 

 それ以上──悟は、言わせなかった。

 

 

 

 

「ふざけるな!!!」

 

 

 

 

 思わず、ベッドから立ち上がった悟は、気付けば……大樹を揺らさんばかりに怒鳴りつけていた。

 

 それは、おそらくはアウラが初めて目撃する、『至高の御方』が激怒した瞬間であり。

 

 己の創造主を含めて去っていった御方の中で、唯一残ってくださった慈悲深き(アインズ)からの、本気の叱責でもあった。

 

 

「……いいか、アウラ」

 

 

 アウラは知らないが、この瞬間、悟は爆発した怒りが感情抑制で抑えられていた。

 

 だから、傍から見れば、直前までブチ切れていたのに突如冷静になったという、非常に恐ろしい光景なのだが……まあ、そこはアレだ。

 

 あまりな状況に様々な事が全て頭から吹っ飛んでしまい、呆然とするしかないアウラは……幸運にも、その事に目を向ける余裕はなく、黙って悟の言葉に耳を傾けた。

 

 

「自分なんか居ない方が良かったなんて、間違っても言うな」

「で、も、アインズ様、私は……」

「ぶくぶく茶釜さんの弟……ペロロンチーノさんは、姉が居ない方が良かったなんて思っていなかった」

「えっ?」

「いいか、アウラ……勘違いしては駄目だ。姉が弟を守りたいように、弟だって姉を守りたいものなんだ」

「──っ」

 

 

 瞬間……大きく見開かれて動きを停止したアウラに、悟は……己のこれまでの人生を、思い返す。

 

 『リアル』において、悟に家族はいない。

 

 幼い頃に両親を失い、それからは天涯孤独。仲の良い異性はおらず、死ぬまで一人きりだと薄々諦めていた。

 

 

 ……けれども、それでも分かる。

 

 

 仮に、子供の時……いや、今でもいい。

 

 自分の命の替わりに両親が助かるのであれば、おそらく己は……喜んで使っただろう、と。

 

 理屈とか、損得とか、そんなのは関係ない。

 

 ただ、そうしたいから。

 

 たとえ、両親から拒否されようとも、そうしてやりたいから、そうするのだ。

 

 

「マーレも、そうなのだ。自分の事よりも、姉であるアウラが生きてほしかった。ただ、それだけなんだよ」

「で、でも……」

「もちろん、ナザリックや私に対する忠義もあっただろう。だが、それだけじゃない。それだけじゃないんだよ、アウラ」

 

 

 両手で、悟はアウラの肩に手を置く。

 

 指先より伝わる、アウラの小さい肩。

 

 その気になれば、人間の100人や200人は容易く殺せるはずの、その力。

 

 か弱いその感触に……悟は、堪らず俯いた。

 

 

 そう、悟は気付いてしまった。

 

 

 アウラは社交的でもなければ、比較的温厚というわけでもない。『カルマ値』の影響でそう見えていただけで、実際は違う。

 

 

(本来のアウラは……弟を守ろうと頑張る、真面目なお姉ちゃんでしかないんだ)

 

 

 本来のアウラは、『創造主を慕い、弟のマーレを守り、強く優しく頼られるお姉ちゃんであろうとする』、責任感が強いだけの少女。

 

 

 ──そう、人間だ。アウラはNPCだが、本質は人間なのだ。

 

 

 とある村娘が、妹を守る為に、武装した兵士の前に立ったように。

 

 とある元貴族の娘が、妹を守る為に、危険を覚悟で請負人になったように。

 

 

 敬愛する主との約束を守り、主が果たせなかった分も含めて弟を守ろうとする、何処にでもいる姉弟の片割れ。

 

 

 それこそがアウラの本質なのだ。

 

 

 それが根底にあるからこそ、人間に対して不必要に敵意を抱かず、余計な敵を作らないよう社交的で、周りを味方につけやすいよう温厚に見えていたのだ。

 

 

 ……おそらく、マーレが生きて此処にいたら、マーレは甘えん坊の弟になっていただろう。

 

 

 ただ、大好きな姉に甘え、しかし、そんな姉を支える為に頑張る……姉弟仲の良い、引っ込み思案の弟になっていたかもしれない。

 

 そう、悟は思った。

 

 

「不甲斐ないと姉が思うように、弟だって不甲斐ないと思っているんだ。姉の手助けが出来ない、その無力さにな」

「それは……」

「……思い出せ。マーレが死んだ、その時……マーレはお前に助けを求めたか?」

 

 

 言われて……悲しそうに、アウラは唇を噛み締めた。

 

 

「おそらくだが、『逃げろ』とでも言われたんじゃないか?」

「……はい」

 

 

 小さく頷いた、その頭に、軽く手を置く。

 

 

「だから、アウラ……二度と、その言葉を口にしては駄目だ」

 

 

 ──だって、そんなの。

 

 

「たとえ、己が死んでも生きてほしいとマーレが思ったのを……その姉が、アウラが、否定することが許されると思うか?」

「──っ!!」

「ずるい言い方だと思う。だが、アウラだけは……マーレの想いを否定しては駄目だ」

「アインズ、様……」

「きっと、ぶくぶく茶釜さんも、同じことを思うはずだ」

「…………」

 

 

 アウラは、何も言わなかった。膝に顔を埋めて、静かになった。

 

 ただ、涙は止まったのか、入った時にも続いていた嗚咽は零しておらず……ひとまず、悟はアウラより離れた。

 

 

 

 

「──アインズ様、ゾーイを監視中の恐怖公とニグレドより、緊急連絡が届きました」

 

 

 

 

 直後、まるでタイミングを見計らったかのように、廊下にて待機しているパンドラが顔を覗かせた。

 

 ……ニグレドとは、ナザリックNPCの中でも、情報収集などの調査系に特化した能力を持つ魔法詠唱者系のNPCである。

 

 恐怖公は眷属を使った目視による確認(つまり、ゴキブリ)で、ニグレドは魔法的な監視。

 

 これにより、ゾーイの状況を物理的、魔法的、両方からリアルタイムで観測している……わけなのだが。

 

 

「恐怖公からは、『僅かだがゾーイの身体が動いている』、ニグレドからは『ゾーイより感じ取れる力に変化が現れている』との報告です」

「──なに!? まさか、もう魔法が切れたのか!?」

 

 

 聞き捨てならない報告に、思わず悟は背筋を伸ばし、声を荒げた。

 

 悟が驚くのも、無理はない。何故なら、予測していたよりもずっと速く、ここまで時間が削られるのは完全に想定外だったからだ。

 

 それは、アウラとて例外ではなく、『ゾーイ』の単語にビクッと身体を震わせると、顔を上げ……パンドラへと視線を向けた。

 

 

「いえ、魔法が切れたわけではありません。ただ、魔法の効果が弱まっているモノと推測されます」

 

 

 対して、パンドラは冷静であった。

 

 

「薪が燃え尽きる時、徐々に火が弱まるように……おそらくは、ゾーイを止めている魔法もまた、似たような現象が起こっているのでしょう」

「……ということは、どちらにせよ完全に魔法が解けるまでのタイムリミットは予測通り、ということか?」

 

 

 パンドラは、頷いた……が、「しかし、問題はあります」そう話を続けた。

 

 

「魔法が効いているとはいえ、完全ではありません。今はまだほとんど動けないようですが、直にある程度は動けるようになるでしょう」

「……つまり?」

「ある程度とはいえ、それでも驚異的な速さなのは想像するまでもありません。そして、ゾーイは……99%以上の確率で、『ナザリック』を真っ先に狙いに来るでしょう」

「やはり、そうなるか」

 

 

 予測していた事だが、改めて言葉にされた悟は思わずため息を零した。

 

 

「なんとか、王国に誘導出来ないか? それで、ラナー王女たちが考えた当初の計画に沿って動けば……」

「難しいでしょうね。いくら今は皆様フラットに考えられるようになっていても、邪悪であれと作られた存在……その強さを考えれば、後に回す理由がありません」

「……では、私が囮になるのは?」

 

 

 その言葉に、アウラはギョッと目を見開き……パンドラは、「それだと、本末転倒になります」あくまでも冷静に悟の提案を否定した。

 

 

「元々、この計画はどこか一か所が先に動いても意味はありません」

「まあ、マッチポンプだからな」

「そうなのです。皮肉な話ですが、クーデターを起こしたあちらの足並み、協力者である帝国の足並み、そして、ラナー王女たちの足並みが揃って初めて効果を発揮するモノ」

「やはり……時間が足りないせいか」

 

 

 またコレだよ……そう言わんばかりに二度目のため息を零す悟に、パンドラも困ったように頭を掻いた。

 

 

 

 ……そう、兎にも角にも必要なのは、時間だ。

 

 

 

 事は、単純にぶつかって勝利すれば良いわけではない。

 

 それでは意味が無いからこそ入念にタイミングを見計らい、王国に巣食う寄生虫をドサクサに紛れて一気に取り除く……それこそが、この計画の目的である。

 

 言い換えれば、ソレが出来なければ実質的に敗北するのがラナー側なのだ。

 

 だからこそ、ナザリックの協力が必要不可欠であり、そのカモフラージュの意味合いでも、ある程度の戦力をラナー側が揃える必要があるわけ……と、その時であった。

 

 

 

「──ならば、私が囮になりましょう」

 

 

 

 ふらり、と。

 

 室内に飛び込んできた、女の子の声。

 

 ハッと振り返った悟たちの視線の先に居たのは……目元が赤く腫れた、シャルティアであった。

 

 

「私ならば、ただ立っているだけであの人は優先的に狙いに来る。タガが外れた今の状態なら、私が姿を見せようが隠れようが、ただ襲い掛かってくるだけでしょうから」

「──いえ、シャルティア殿。はっきり言って、貴女1人では何の足止めにもなりません。せいぜい、数十秒止められたら御の字です」

「もちろん、分かっています」

「分かっているのならば、この応答すら時間の無駄だと──」

「分かっているからこそ、アインズ様の下へ来たのです」

 

 

 被せるようにそう告げたシャルティアは、「む、むむ!」と言いよどむパンドラを他所に、悟の前に立つと……一礼した。

 

 

「アインズ様が所持している至宝の中に、そう……たとえば、一定時間の間だけ何度でも復活するといったモノはございますでしょうか?」

 

 

 その、質問に……悟は、思わず己の指にハマっている指輪へと視線を向け……頷いた。

 

 

「おそらくだが、『星に願いを』で性能を強化することで可能となるかもしれないアイテムはある。だが、それでも代償を消す事は……」

「──かまいません、アインズ様」

 

 

 みなまで言わさず、シャルティアは……深々と頭を下げた。

 

 

「どうか、私に償いを……贖罪として、私に自らの命を使い潰す許可をお与えください」

「シャルティア……」

 

 

 呻くように名を呼ぶが、シャルティアは頭を下げたまま微動すらせず……その覚悟の程を察した悟は。

 

 

「──アインズ様、私も行きます」

「アウラ?」

 

 

 涙を拭って立ち上がった、アウラの力強い眼差しも見た事も重なり。

 

 

「どのように復活するかは分かりませんけど、タイムラグとかあるんですよね? ならば、その間……シャルティアと二人掛かりで、時間を稼ぎます」

「……だが、コレは一つしか無いのだぞ」

「ならば、シャルティアが力尽きるまでしぶとく生き延びるだけです。お願いです、アインズ様……最後は、せめて、みんなの為に……マーレに、ぶくぶく茶釜様に、胸を張りたいのです」

「アウラ……」

 

 

 最後に、パンドラから無言で首を横に振られたことで……力無く、頷くしかなかった。

 

 

 




いよいよ、最後の戦いが始まります
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