オーバーロード 降臨、調停の翼HL(風味)   作:葛城

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いよいよ、開戦です

原作キャラ死亡注意要


最終局面: 後は転がり落ちるだけ

 

 

 

 

 蒼天のような蒼き鎧を身にまとった褐色の少女を前にしたシャルティアは……思わず、ブルリと背筋を震わせた。

 

 どうしてかって、答えは一つ。

 

 

 ……怖い。そう、怖いのだ。

 

 

 今はまだ、相手が動けないのは分かっている。魔法により、己に対してどうにも出来ない事は、シャルティア自身ちゃんと理解している。

 

 けれども、怖いのだ。

 

 

 真祖の吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)であり、鮮血の戦乙女の異名を持っているのに、怖れている。

 

 

 だが、シャルティアが恐れるのも、致し方ないことである。

 

 なにせ、相性や実力的な問題があるにせよ、己と同格の仲間が既に、二人殺されている。それも、共に一方的な形で、瞬殺された。

 

 

 ──それほどに、強いのだ。それほどに、強過ぎるのだ。

 

 

 ナザリックに残ってくださった慈悲深き御方であるアインズですら、『真正面から戦えば100%敗北する』と断言する存在だ。

 

 事実、周囲の大気を震わせるほどの『力』を、シャルティアはビシバシと肌で感じていた。

 

 もう、この時点で分かる……たとえ、己が万全の体勢を整えていたとしても、勝負にならない相手なのだということを。

 

 そんな存在を前に……シャルティアは、気付けば総身を震わせて……それを、止める事が出来なかった。

 

 

(……情けない)

 

 

 ふう、と。

 

 強張った唇が、溜め息と共に少しばかり解れる。

 

 そっと、眼前の調停者のはるか向こう……隠れて息を潜めているアウラが居る辺りを見やりながら……シャルティアは、思う。

 

 

(ふふふ……以前の私は、よくもまあこんな化け物を相手に立ち向かえたものね)

 

 

 ……シャルティアは、馬鹿ではあるが、阿呆ではない。

 

 

 頭は良くないし、機転も利かない。考えるより手が先に出てしまうし、己を過信するあまり失敗した事だってある。

 

 けれども、こと、戦闘という面において、シャルティアに追随出来る者は、至高の御方を除けばナザリックにそうはいない。

 

 なにせ、守護者間におけるシャルティアの実力は、『総合力最強』。自慢するわけではないが、ステータスという面において、頭一つ分抜きん出ている。

 

 

 己を過信するのは、それだけの実力を持っているから。

 

 

 実際、この世界では分かり難いのだが、他の守護者たちとは違い、シャルティアは純粋に『ユグドラシル基準』で考えても強いのだ。

 

 防具や武器も考えられているが、習得している信仰系魔法や技も凶悪で、魔法を宿していない飛び道具の無効化や、炎に対する完全耐性などを持っていて。

 

 

 神聖属性の魔法ダメージを与えるうえに、MP消費にて必中となる『清浄投擲槍』。

 

 己の周囲に赤黒い衝撃波を発生させ、攻撃魔法を掻き消すばかりか吹き飛ばし効果がある、攻撃と防御を兼ねる『不浄衝撃盾』。

 

 魔法や一部スキルは使えないが、己の能力値(耐性を含めて)と同じ人造物を生み出す切り札『死せる勇者の魂(エインヘリヤル)』。

 

 また、アンデッド特有の『疲労無効』により、殺されるor行動不能に陥らない限りは暴れ続ける事が可能なうえに、『生命力持続回復(リジェネート)』にて自力回復もする。

 

 

 ──プレイヤースキルを加味しないなら上の下、全身を神器級にしたら上の中。相手によって装備品を変更出来れば上の上に肉薄する。

 

 

 そう、アインズから評価を下されるほどに、シャルティアは強く……強さという面においては、ナザリックの誰もが一目置いている存在でもあった。

 

 

「       」

 

 

 だが、しかし。

 

 

 

 

 ……くれ……ティーヌ……きさま……許さぬ……!!! 

 

 

 

 

 そんなシャルティアですら……『調停者ゾーイ』の前では、時間稼ぎ出来たら御の字なのである。

 

 

「……そう焦らなくとも、私は逃げたりしませんよ。逃げも隠れもせず、貴方の……私の罪を受け入れるつもりですから」

 

 

 そして、少しずつ……少しずつではあるが、確実に動き始めているゾーイを前に……シャルティアは、改めて、その前に立ち塞がる。

 

 そんな、シャルティアの装備は……何時もの深紅色の鎧とは違い、お世辞にも、戦いに赴くソレではない。

 

 

 左手の薬指には、愛する旦那様からの指輪が……それは、今にも逃げ出したくなるシャルティアの心を奮い立たせてくれる。

 

 右手の指には、敬愛するアインズ様より頂いた指輪が……『星に願いを』によって強化されたソレは、この作戦の要。

 

 恐ろしげなデザインながらも華やかな冠に、黒を基調として細やかな刺繍が施されたドレスに、それらに見合う靴。

 

 

「……ふふ、手が震えて塗れなかったのに、この土壇場で震えが止まるなんて……さすがは私、ペロロンチーノ様のお嫁さんでありんすえ」

 

 

 そして、アンデッドの青白い肌に似合う、赤い色の口紅。パッパッ、と唇を擦り合わせれば、花開くように唇が色付いた。

 

 

(ペロロンチーノ様……どうか、私に……一抹の勇気を与えてくださいませ!)

 

 

 今は居ない、唯一無二の旦那様が残してくれたプレゼント。

 

 他の誰よりも見せたかった相手はもう居ないけど……けれども、それでも、シャルティアは……己の唇を、そっと突くと。

 

 

「──さあ、何時までチンタラしているのですか? そのまま、明日の朝まで唸っているつ」

 

 

 それ以上、シャルティアは言えなかった。

 

 

 ──無言のままに振り下ろされた蒼天の剣が、シャルティアの身体を頭から真っ二つに両断したからだ

 

 

 ……ゾーイの動きを止めている魔法の効果は、100か0かではない。

 

 薬のように徐々に効き目が弱まってくる類のモノらしく、言い換えれば、徐々に動けるようになってしまう。

 

 なので、まだ全快ではないはずだが……シャルティアは、避けられなかった。

 

 挑発こそしたが、油断はしていなかった。なのに、避けきれなかった。

 

 ぎょろり、と。

 

 自分に何が起こったのか、それをシャルティアが理解しようと左右の眼球が動いた時にはもう……べちゃ、と。

 

 二つに分かれた身体は、地面に鮮血をまき散らして倒れていた。

 

 

 

 ……っ、……っ、……っ。

 

 

 

 その気になれば、単身で王国も帝国も1人で皆殺しに出来る……そんな怪物を一刀で仕留めたというのに、ゾーイは何かを堪えるように歯を食いしばると。

 

 ゆるゆると、何処かへ歩き出そうと──した、その瞬間。

 

 

「    」

 

 

 背後からの、強烈な視線。それは、すぐ背後に立っているほどに濃厚で。

 

 それを感じ取ったゾーイは、視線の先の彼方に隠れ潜んでいる……どこかで見た覚えのある、邪悪なエルフの気配を認識──っと。

 

 

 

「──おや、ずいぶんと気の早い御方なんしえ」

 

 

 

 今にも向かおうとしていたゾーイの足が止まる。

 

 理由は、考えるまでもなく……たった今、切り捨てたはずの……が、どういうわけか生き返ったからだ。

 

 

「ふ~む……しばらく見ない内に、ずいぶんと剣がナマクラになりん」

 

 

 ならば、もう一度殺すのみ。

 

 みなまで言わせる前に、再び切り捨てる。斜めに立たれた身体が、ずるりと滑り落ち……今度は先ほどとは違う場所より気配を感じたので、そちらに向かおうと──

 

 

「まったく、せっかちな女は殿方に嫌われますえ?」

 

 

 ──したのだが、どういうわけか、眼前の……は、また生き返った。

 

 

 

「    」

 

 

 

 ならば──ゾーイは、復活出来ないようにと剣を変形させ──っと。

 

 

 どすん、と。

 

 

 何処からともなく飛んできた矢が、ゾーイの身体に当たって照準がずれて、体勢も崩れた。

 

 それを見て……この、こいつは、シャルティア、いや、この女は、笑った。

 

 

「あはははは、剣で殺せないからって、外しては」

 

 

 みなまで、言わせない。

 

 何故なら、この女は──の魂を穢したのだから。

 

 一発で終わらせては、駄目だ。

 

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も……悔い改めさせなくてはならないのだから。

 

 だから、切る。

 

 切って、切って、切って、切りまくる。

 

 時々飛んでくる矢は鬱陶しいが、それだけだ。

 

 切って、切って、切って、切り刻み、切り捨てる。

 

 復活するのであれば、復活すればいい。

 

 だったら、復活出来なくなるまで切り殺すだけだ。

 

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も……状況は圧倒的に己が有利、逆転の芽は無い。

 

 

 なのに……どうしてだろうか? 

 

 

 どうして、この女は……切り殺されるたび、うっすらと微笑んでいるのか。

 

 その理由が分からなかったし、気にはなったが。

 

 どうせ、もう長くない命……殺すたび、女から感じ取れる気配が僅かずつだが弱まって行くのをゾーイは……いや、彼女は感じていた。

 

 

 ──こいつが終われば、次はあそこにいるやつだ。

 

 

 後から後から押し寄せてくる憎悪が、思考を鈍らせていくのを……彼女は、どこか客観的に認識していた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──その日、自らの父親と王国を守り続けていた男を殺して略奪し、汚れた玉座に就いていたバルブロ王は、戦場に居た。

 

 

 場所は、王都の正門前。

 

 本来であれば、総大将とも言える存在のバルブロが戦場に出て来るのは、もはや後が無い最後の段階である。

 

 しかし、バルブロは戦場に出て来ていた。

 

 そうなるに至るまでの理由は、色々ある。

 

 

 ──一つは、国王を殺した……親殺しの愚者の首を取りに来た、相手の戦力があまりに貧弱に見えたからだ。

 

 

 単純に、数でバルブロ側が勝っているわけではない。

 

 遠目にも分かる、装備のバラけた具合。どうやって協力を取り付けたのかは不明だが、帝国軍のモノに酷似した装備を身にまとっている者もいる。

 

 それはつまり、寄せ集めて掻き集めた戦力ということの表れであり……精密な軍事作戦を行うのは難しいという事を証明している。

 

 加えて、相当に急いで掻き集めたようで、辛うじて陣形を張れてはいるようだが、目に見えて兵士たちが消耗しているのも分かる。

 

 さすがに倒れてしまっているような者はいないが、明らかに兵士たちの動きに活力が見られない。というか、座って休んでいる者すらいる。

 

 

 ──演技かと、最初はバルブロも疑った。

 

 

 しかし、兵士の数はバルブロ側が多く、真正面から堂々と小細工を仕掛けたところで、あっという間に数の暴力に押し潰されてしまうだろう

 

 加えて、地の利はバルブロ側にある。

 

 戦場が長期化すればするほど、野晒しにされる向こう側が不利に働く。

 

 ゆっくりベッドで休むならともかく、まともに飯も食えない原っぱの上での就寝なんて、休んだ内には入らない。

 

 だからこそ、兵士の体力が一番残っている内に短期決戦に持ち込み、己の首を取りに来る。

 

 ……そう、バルブロは相手の思惑を読み取っていた。

 

 その点に関してはバルブロ側たちも異論を唱える者はおらず、足並みが揃っていないうちに。

 

 ……そう、ラナー達の行動を読み取った者は多かった。

 

 

 ──次に、やはりというべきか、向こうの戦力にまとまりがなく、苦戦するような状況が想像出来なかった点だ。

 

 

 装備が異なっているのもそうだが、そもそも、戦場においてまとまりが無い(所属している国が違うといった事)というのは致命的な弱点になる。

 

 なにせ、ラナー側に属する王国民たちにとっては、自らが生まれ育った国の一大事だが、帝国側からすれば、しょせんは他国の身内争いだ。

 

 どのような取引によって帝国の協力を得たのかはバルブロたちには分からないが、どこまで協力してくれるかなんて、高が知れている。

 

 勝てる戦ならともかく、敗色が濃厚になれば、すぐに帝国軍は撤退するだろう……そう、バルブロたちは戦の結果を予想していた。

 

 そして、最後は……相手の陣地に、ザナック王子と、ラナー王女の姿があった点である。

 

 

 ザナック王子は、まだいいのだ。

 

 

 バルブロからすれば、鈍臭くて度胸も無い愚図な弟が、なけなしの勇気を振り絞って来たと……まあ、王族としての矜持を持っていたのだなと感心するだけであった。

 

 

 ──だが、ラナーは駄目だ。

 

 

 バルブロにとって、己の妹であるラナーは、少し知恵と口が回るだけの、身体が弱い小賢しい女に過ぎない。

 

 帝国にも知れ渡る『黄金の美貌』に関しては認めているが、結局はそれだけ。せいぜい、飴として貴族たちに下げ渡す程度にしか考えていなかった。

 

 

 ……そんな、己の格下と思っていた女が一丁前に戦場に出る? 

 

 

 それだけでも、バルブロにとっては噴飯物の珍事だというのに、何を勘違いしたのか、陣地の奥深くではなく、前面に出て来ている。

 

 しかも、御大層に『怖気づきましたか? お兄様は相変わらず臆病者なのですね』と、拡声魔法にて自軍に聞こえるようにして、挑発までしてきたのだ。

 

 

 ──断じて許さん。もはや、情けはいらん! 

 

 

 父親殺しすらやってのけたバルブロに、今さら、実妹だからといって躊躇する良心などありはしなかった。

 

 とはいえ、腐っても総大将であり現国王なのだ。

 

 さすがに、王が自ら前線に出るのはと周囲から反対の声が上がった。けれども、構わずバルブロは馬に乗って、前に出る。

 

 

 ──この俺の勇敢なる姿を見せしめ、王としての振る舞いを知らしめるのだ! 

 

 

 その一心で、バルブロは意気揚々と前に立ち、愚かな弟と妹に引導を渡してやろうと、部下に拡声魔法を使わせ──た、わけなのだが。

 

 

 

『──バルブロ……愚かな王、バルブロよ……!!!』

 

 

 

 まるで、タイミングを見計らっていたかのように、戦場のど真ん中……その上空に姿を現した、謎のアンデッドによって、出鼻をくじかれる事となった。

 

 

 ……いや、事は、そんな生易しい話ではなかった。

 

 

 そのアンデッドは、かなり強力な拡声魔法を使っているのだろう。距離こそ遠いが、その声は両軍の兵士全員に聞こえるほどに……いや、違う。

 

 極々一部の者たちを除き、誰も気付いていなかったが……アンデッドの声は戦場どころか、王都の中に居る者たち全員にも聞こえていた。

 

 

『バルブロよ……約束を違えたな』

「誰だ、キサマは!」

 

 

 当然、出鼻をくじかれたバルブロは怒り、アンデッドのそれより更に大きな声で威圧しようとする……が、実はここも先ほどと同じ。

 

 極々一部の者たち以外は気付いていないが、バルブロの声もまた、こっそりと王都の中に居る人たちに聞こえるようにされていた。

 

 

『知らぬ存ぜぬを通そうとしても、そうはいかん。おまえが王に就く代償として、私の助力を得るために支払うと決めた、王国民30000人分の魂はどうしたのだ?』

「さ、3万!? 何の話だ!?」

 

 

 当然、自らの会話が王都に筒抜けになっている事を含めて、何もかも知る由もないバルブロは、そう言う他無かった。

 

 

『ほう、とぼけるつもりか? お前は語っていたではないか……意気揚々と、己が王に就く為の、当然で尊い犠牲だと……むしろ、新国王の礎になることに感謝しろと……話していたではないか』

「何の事だ! キサマ、さてはザナック共の仲間か!?」

『ふはははは!! 言うに事欠いて、アイツらの仲間と来たか……ああ、忌々しい! ザナック王子とラナー王女が邪魔さえしなければ、あの程度では済まなかったものを!!』

 

 

 アンデッドが、両手を広げる。

 

 

『ああ、忌々しい……せっかく王都より攫った者たちも、何者かの手引きによって奪われてしまったというのに……ああ、忌々しい!』

 

 

 すると、バリバリと雷がアンデッドの周囲に落ちた。

 

 ざわざわと、両軍のほとんどが動揺にざわめく中……アンデッドは、吐き捨てるようにバルブロを睨みつけた。

 

 

『思い返せば、我が配下に王国民を襲わせた時もそうだった。おまえは影から我に人間を提供すると息巻いていたくせに、いざその時になれば、屋敷で震えているばかりの腰抜けだった!!』

「な、な、なんだと!!」

『凡愚ではあるが、せめて王族としての矜持ぐらいはあるだろうと思っていたが……どうやら、我は見誤ったようだな!』

 

 

 そう、吐き捨てたアンデッド……対して、バルブロは顔どころか首筋まで真っ赤にして怒鳴り返す。

 

 だが……誰も、バルブロの言葉を聞いてはいなかった。

 

 そんな事よりも、アンデッドが語った内容だ。

 

 

 誰もが……特に、あの日、悪魔たちの襲来によって家族や大切な人を失った兵士たちにとっては……絶対に聞き逃してはならない話であった。

 

 

 だって、死んだのだ。みんな、死んだのだ。

 

 生き残った者たちだって、本当の意味で無事じゃない。

 

 心に深い傷を負い、夜になると酒に逃げる者、色に逃げる者、布団の中に蹲って震える者、誰も彼もがあの夜から脱したわけではないのだ。

 

 

 ──それを……アレを起こしたのが、まさかのバルブロ王? 親を殺し、我が物顔でいる……こんな男が? 

 

 

 情報元は、アンデッドである。

 

 しかし、誰もがその事には目を向けなかったし、誰もが疑いつつも、もしかしたらと信じ掛けていた。

 

 

 だって、元々が人望など欠片もない王子だったのだ。

 

 加えて、実の親を殺し、人望が厚かったガゼフを殺した。そのうえ、今回の相手は……王国民からの人気が高かった、ラナー王女だという。

 

 

 いくら……いくらなんでも、これでバルブロを信じろというのが無茶な話である。

 

 

 1人、また1人……自然と、陣から離れようとする人が現れ始める。

 

 もちろん、気付いた各部隊の兵士長が止めようとするが……誰もが、憎悪と憤怒に染まった兵士たちの目を見て、実際は何も出来なかった。

 

 ……いくら相手に比べて数が勝っているとはいえ、自軍内で内乱が起これば最後、戦わずして負けるのは必然。

 

 なにせ、相手は自国民でありながら、何とか激情を抑えて……許されるなら、刺し違えてでも殺してやろうと思っている者たちだ。

 

 

 ──どうにかして説得して宥めなければ、このまま軍が瓦解し負けてしまう。

 

 

 兵士長に限らず、バルブロ陣営の者たちは1人の例外も……いや、1人を除いて誰もが思った。

 

 そうならなくとも、既に兵士たちの士気は地に落ちており、反逆者が出ていないのが幸運な……まあ、それも時間の問題だろう。

 

 

『初めから踏み倒すつもりであったならば、もはや選択の余地はない。私を軽視した報いを……その身で償うがいい!』

 とはいえ、そんな事に頭を悩ませている猶予はもう、なかった。

『──ゆけ、『死の騎士(デス・ナイト)』共よ! 数多のアンデッド共よ! 肥え太った愚かな貴族共の血潮で、その罪を洗い流せ!!』

 

 

 何故なら……そのアンデッドが両腕を掲げた、その瞬間。

 

 突如としてアンデッドの周囲に出現した『死の騎士』と呼ばれたアンデッドたちが、ふわっと舞い上がり……バルブロたちの陣を飛び越え、外壁の向こう……王都の中に降り立ったからだ。

 

 

 ──そうなれば、もはや王都の中は阿鼻叫喚であった。

 

 

 理由は、ただアンデッドというだけではない。この世界において、『死の騎士』は語り継がれるほどに怖れられる存在だからだ。

 

 つまり、客観的に見れば、だ。

 

 只でさえ、あの日の悪夢を呑み込んでいない者が多い中に、この世界では伝説として恐れられている『死の騎士』が現れたのだ。

 

 それも、複数体。

 

 1体で、領地一つ、都市一つが滅びるとまで言われているアンデッドの登場に……人々がパニックに陥るのも、当然の話であった。

 

 

「ば、バルブロ王! 城下町に多数の様々なアンデッドが入り込み、応援要請が──ど、どう致しますでしょうか!?」

 

 

 城下町より飛び出して来た兵士より伝令を受けた側近が、青ざめた顔で指示を仰ぐ。

 

 

「そ、それは……」

 

 

 だが、指示を乞われたバルブロも青ざめた顔で視線をさ迷わせるばかりで、具体的な指示を出せなかった。

 

 誰も彼もが、今にも倒れそうなぐらいに顔色を悪くしている。とはいえ、それも致し方ない事だ。

 

 なにせ、身の丈が数メートルはある『死の騎士』の姿は、遠目からでも分かるぐらいの威圧感を放っていた。

 

 アレと戦うには、100人、200人程度では足りないだろう。なにせ、主力を外壁の外に出してしまっているのだから。

 

 

 かといって、このまま撤退するのはマズイ。

 

 

 あんな化け物とまともに戦えば、いったいどれぐらいの兵力を失うか分からないし、いったい誰が先陣を切ってくれるというのか。

 

 しかも、報告から推測する限り、既に別のアンデッドも入り込んで……間違っても、バルブロは自ら率先して向かう気はなかった。

 

 バルブロが好きなのは圧倒的強者の立場で行う戦いであって、生きるか死ぬか……あるいは、敗色濃厚な戦いなど願い下げなのだ。

 

 それに……いくらラナー側が消耗しきっているとはいえ、内と外、両方から攻め込まれてしまう状況になればマズイ、マズすぎる。

 

 せめて、どちらかでも抑え込めることが出来たら、いくらでも対処の方法が……ん? 

 

 どちらか、一方を? 

 

 

「……総員、あのアンデッドに突撃せよ!!」

 

 

 その瞬間、バルブロはアンデッドを攻撃という結論を出していた。

 

 

「城下町に入られたアンデッドを放置するのは口惜しいが、この状況で内と外、挟み撃ちにされるのは非常にマズイ!」

 

「ゆえに、こちらから打って出てあのアンデッドを叩く!」

 

「おそらく、城下町の方は、あのアンデッドが生み出した可能性が極めて高い。ならば、あのアンデッドさえ叩いてしまえば、中のアンデッドも自動的に消滅するはずだ!!」

 

 

 続けられた説明と命令に、おお、と誰も彼もが納得して感嘆の声をあげた。

 

 証拠も何もない話だが、この世界の常識で考えれば、不思議ではない。

 

 実際、強力なアンデッドが弱いアンデッドを操っているといった話はある。あるいは、そういったアンデッドの出現によって、周りに勝手に生まれてしまうといった話もある。

 

 だからこそ、大本であるアンデッドを叩こうとするのは何ら不思議な事ではない。

 

 むしろ、疲労しないアンデッドを放置せず、新たなアンデッドを生み出す個体を真っ先に叩こうとするのは、対アンデッド戦では常識的な判断であった。

 

 

「アンデッドの弱点は火だ! 速やかに距離を詰め、火矢にて生命力を削った後で打ち取れ!」

 

 ──そして、打ち取った者には金貨20000枚の褒美を出そう!! 

 

 

 バルブロの言葉に、ざわめきが広がる。

 

 先頭に配置されていた兵士たちほど、その動揺は大きく……頃合いを見た兵士長たちの号令によって、あっという間に彼らは槍を構えて突撃を始めた。

 

 彼らが目の色を変えるのも、致し方ない。

 

 なにせ、金貨20000枚なんて、それこそ平民……地方の村民からすれば、一生働いても用意出来ない大金だ。

 

 確かに、危険は大きい。

 

 だが、それだけの報酬を貰えば、それこそ安泰した暮らしが約束されたも同然で……戦場特有の異常な空気も伝染し、誰もが欲に目が眩んでしまったのだ。

 

 

「あっ、逃げるぞ!!」

 

「逃がすな、追え! どうやら魔力を使い果たしたみたいだぞ!!」

 

「退け! 俺が先だ! 金貨は俺のモノだ!!」

 

 

 しかも、目的のアンデッドは立ち向かおうとするどころか、おろおろと遠目にも分かるぐらいに驚いた様子で背を向けて走り出したのだ。

 

 そうなれば、追いかける兵士たちの目にはもう、そのアンデッドは金貨の塊にしか見えず……誰も彼もが、武器を掲げて殺到した。

 

 

『──ふっ、愚か者どもが。この程度の欲に迷うのであれば、この先幾らでも欲にかられて罪を犯すであろう』

 

 

 だが……彼らは、忘れていた。

 

 

『魔王ヤルダバオトをも従える、我が力……とくと見るがよい!!!!』

 

 

 そのアンデッドは、王都を襲撃し、何百何千という命を奪ったアンデッドだということを。

 

 突如立ち止まり、振り返ったアンデッドが両腕を頭上へ掲げた──その瞬間。

 

 

 

 ──蒼い馬に乗った、禍々しい気配を放つ騎士……『蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)』が姿を見せた。

 

 

 

 それは……正しく、怪物であった。

 

 それは……正しく、死の具現化であった。

 

 少なくとも、バルブロ軍に居る誰もが、いや、この戦場に立ち会った者たち全てが、一目で理解した。

 

 

 ──アレは、戦ってはならない相手だと。

 

 

 しかし、もう遅い。

 

 止まろうにも、背後から押し寄せてくる味方のせいで不可能。もはや、突っ込む以外の手段は残されておらず。

 

 

 ──ぎゃあああああ!!!! 

 

 

 哀れ、血気盛んに目が血走っていた者たちは、たったの一撃にて絶命し……大勢の人間が肉片となって頭上を赤く染めた。

 

 

 ──だが、大半の者は幸運だった。

 

 

 何故なら、『蒼褪めた乗り手』はそのまま兵士たちを蹴散らす──のだが、どうにも動きが変だ。

 

 まるで、特定の相手しか狙っていないかのような不規則な動きで陣地を右に左に動き回り、兵士を薙ぎ払って行く。

 

 かと思えば、一息に飛び越え……陣地の奥へ居る、豪奢な鎧を身にまとった司令官へと向かう。

 

 

「──た、助け」

 

 

 司令官たちのほとんどは、勝てる戦だと思って油断しきっていた貴族たち。

 

 いちおう、守られてはいたが、『蒼褪めた乗り手』の突進を止めるにはあまりに脆く、あっという間に彼らは切り裂かれ、刺し貫かれ、物言わぬ骸と成り果てた。

 

 だが、『蒼褪めた乗り手』……いや、戦場に出ているバルブロたちは後回しにしてしまったが、城下町でも『死の騎士』による蹂躙は始まっていた。

 

 具体的には、貴族たちの屋敷の襲撃である。

 

 それも、貴族派……とある王女曰く、『国を腐らせ続けた毒虫』ばかりが集中的かつ優先的に襲撃されていた。

 

 

 ……抵抗は無意味であったし、何より邪魔をする者は少なかった。

 

 

 なにせ、王都であるがゆえに、他の領地に比べて戦力が集中しているとはいえ、所詮はこの世界の基準における戦力だ。

 

 『死の騎士』を1体相手にするだけでも決死の覚悟で挑まなければならないのに、それが数十体以上。

 

 しかも、戦場に居るアンデッドが語った、魂の支払いという話が致命的だ。

 

 只でさえ、心から嫌悪している腐れ貴族や、その家族の為に命を張ろうとする者は多くなかったのに。

 

 特に、普段から格下扱いされ、雑に扱われてきている兵士や戦士たちほど、その思いは強く。 

 

 結果……『死の騎士』の狙いが、取引を破った貴族たちや、その貴族と繋がっていた者たちだけを狙っていると察した人々は。

 

 次から次へと、やっていられるかと逃げて行き……代わりに、次から次に貴族たちは鮮血をまき散らし、無様に潰されて死んでいくのであった。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………で、だ。

 

 

 そんな、内部の状況など知る由もないバルブロたちは、『蒼褪めた乗り手』の登場に心底震え上がり、右往左往するしかない……そんな、混沌とした状況で。

 

 

『ふははは……む、そこに居るのは……ま、まさか、ランポッサ3世に、ガゼフ・ストロノーフだと!?』

 

 

 それまで、勝ち誇って高笑いをしていたアンデッドが……唐突に、驚愕の声を上げた。

 

 

『な、何故だ、お前らは死んだはずでは……い、いや、まさか、そうか、死んだフリをしていたのだな!?』

 

 

 その声は、偶然にも拡声魔法が使用されたままで、戦場はおろか城下町にも響き渡っていた。

 

 

『だが、そうなれば……何というやつだ、王自らが別働隊となり、我が手中に捉えていた人間共を救い出したか』

 

 

 恐ろしいアンデッドが、一般人を襲わすに素通りしていくので、自然とその声は……人々の耳によく残った。

 

 

『……計画は失敗だ』

 

『民を想う、ランポッサとガゼフ、ラナー王女にザナック王女を排除することも、バルブロたちがやろうとした計画も、全ては失敗に終わった』

 

『ゆえに、私は去ろう』

 

『しかし、同時に、少しばかり私は気分が良い』

 

『矮小な存在だとしても、お前たちは私の計画を破たんさせ、一矢報いた……その事に、私はささやかながら祝福するとしよう』

 

『では、さらばだ』

 

 

 そうして、人々は見た。

 

 空の向こうに飛び立っていく、アンデッドの姿を。

 

 空間が歪み、ヘドロ色の何処かへと溶け込むように消えていく、その姿を。

 

 

 誰も、追いかけようとは思わなかった。

 

 

 何故なら、そのアンデッドが姿を消してもなお、城下町には、アンデッドが多数存在しており。

 

 バルブロや貴族たち……大勢の死者や負傷者を出した者たちが、悔い改めようとして戻ってくる気配もなく。

 

 

『──反逆者共を薙ぎ払い、王国の民を守るのだ!』

 

 

 男の声であったり、老人の声であったり、少女の声であったり。

 

 何処かで聞いた覚えのあるソレらが、徐々に近づいて来るのを感じ取っていた……城下町の人々は。

 

 ただ……この内乱が、終わろうとしているのを……うっすらと感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………まあ、だからこそ、事情を知る者たちを除いて、王国の民たちは誰も気付いていなかった。

 

 

 たとえば、人々の記憶に色濃く残ったアンデッドの恐ろしい形相とは裏腹に。

 

 その内心は『い、意外と演技出来ているかな!? ちゃんと騙せているよね!? こんな大勢の前での魔王ロールって、これで正解なの!?』という不安でいっぱいいっぱいだったり。

 

 

 たとえば、人々の人気も高い第三王女だが、近くで見ると不眠不休の徹夜で目の下にどす黒いクマが出来ていて。

 

 その内心は『こ、これから更に帝国との打ち合わせ、貴族たちが抱えていた資金の確保、人員の……ね、寝かせて、1時間でいいから』と半分意識を飛ばしていたり。

 

 

 同様に第二王子やランポッサ三世、ガゼフの疲労の色が非常に濃く……正直、老体のランポッサ三世に至っては、かなり厳しい状態であり。

 

 けれども、王国が立ち直る為にはココで踏ん張らねばならず……本来は心優しいランポッサ三世ですら、『バカ息子め……!!』と人知れず怒りを溜めていることに。

 

 

 誰も……そう、『転移門』にて転移した悟も、気付いてはいなかった。

 

 

 ……まあ、それも致し方ない。

 

 

 何故なら、誰もが自分の命が助かるかどうかの瀬戸際で……悟の場合も……『転移門』にて、ナザリックへと帰還する、その直前。

 

 

『どうした、ニグレド?』

『報告、シャルティア様がゾーイによって完全に殺されました。指輪による復活の気配は、もうありません』

『そうか……』

『同様に、アウラ様もゾーイの手で殺されたのを確認しました。そして、ゾーイは……速度こそ遅いですが、ナザリックへの移動を開始しました』

『──分かった。戻り次第、ナザリックの警戒レベルを最大に引き上げ……作戦通り、ゾーイを迎え撃つ。全ての僕に通達せよ』

『了解致しました』

 

 

 ついに、その時が来たのだと……考えていたからであった。

 

 

 




次回も、原作キャラが死にます
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