「あ、ああ……」
その光景を見た時……悟は、強く己の敗北を理解し、無意識の内に立ち上がっていた身体を……ドサッと、力無く玉座に下ろしていた。
何故なら、今のゾーイの姿はHPが25%以下になった時に見せていた、記憶の中のソレと同じだったからだ。
……おそらく、現在のHPは15%……いや、10%を切っている可能性も……だが、しかし。
手負いの獣こそ恐ろしいとは昔の言葉だが、ゾーイもまたそうなのだ。
具体的には、攻撃性能に変化が起こるわけだが……恐ろしいのは、その威力と自身の強化に加え、こちらのバフを掻き消してくることだ。
──全体無属性攻撃である『ラストウィッシュ』は、発動される度にゾーイ自身の攻撃力と防御力をUPさせてゆく。
つまりは、ここからチマチマと時間を掛ければ掛ける程、体勢を整える為に時間を稼げば稼ぐほど、ゾーイもまた強くなっていく。
──無属性+全属性多段大ダメージ技の『アウトバースト』は、それですら致命傷の威力だというのに、生き残った者に掛けられたバフを全消去してしまう。
つまりは、ゾーイが自身を強化してゆくのを覚悟して、こちらも体勢を整える……なんて事をやっていると、この技で自分たちに掛けたバフを根こそぎ剥がされてしまうわけだ。
そして、たった今『8階層のあれら』を消し飛ばした『ガンマ・レイ』。
これはユグドラシルにおいて、当たれば必死の技として有名である。
全体無属性に加え、『調停Lv』というステータスに応じて威力が上がるのだが……言うまでもなく、既にゾーイの調停Lvは最大まで上がっている。
どうして上がっているのかって、それはこのレベルが上がる条件が、『攻撃終了時にHPが25%以下になっている者がいる』というものだから。
つまり、なんとかゾーイの攻撃を耐えて反撃の糸口を探ろうとすればするほど、『調停Lv』がぐんぐん上がっていくわけなのだ。
そして、最大まで溜まると、どうなるか。
答えは、最大HPに対して100%のダメージを与える、というもの。
これこそがゾーイを象徴する最強の技にて、後半になればなるほどキツイと恐れられた……文字通りの必殺技である。
しかも、そうして『調停Lv』が上がりきった頃……すなわち、戦闘も終盤に入り、ゾーイが本気状態になると、だ。
通常攻撃に関しては全体攻撃から単体攻撃に切り替わるのだが……もはやHPを残す必要など無いと言わんばかりに1人ずつ確実に殺す攻撃に切り替わる。
只でさえ、タンクでなければ即死の攻撃が更に威力を増しているところを、タンクであろうと魔法やスキルによる完全回避でなければ、ほぼ一撃で即死する威力になってしまうわけで。
「る、ルベドまでもが……」
それは……ギルドメンバー内最強の『たっち・みー』ですら勝てないと言わしめたナザリック最強のNPC『ルベド』すらも例外ではなかった。
既に……ゾーイの進行は第9階層『ロイヤルスイート』を進み、立ち塞がったメイドたちを全て切り捨て、第10階層へと降りてきた。
そして、『玉座の間』への唯一の道……その手前に設置された『ソロモンの小さな鍵』と呼ばれる部屋にて、ゾーイは戦っている。
その部屋には、『レメゲトンの悪魔像』と呼ばれる67体のゴーレムたちがいて、最後の罠である『上位エレメント』と呼ばれる精霊を召喚し、広範囲魔法攻撃を行うクリスタルが配備されている。
いちおう、レベル100のパーティ二つぐらいなら崩壊させられると計算されて作られたのだが……それでも、今のゾーイを相手取るにはあまりに力不足だ。
なにせ、『ルベド』ですら歯が立たずに真正面から殺されたのだ。
そんな相手に、数十体のモンスターが集まったところで烏合の衆も同然で……突破まで、もう僅かしか時間が無かった。
「……アインズ様」
そんな中で……掛けられた声に顔を上げれば、だ。
いつもと変わらないハニワ顔のパンドラと、回復が間に合った完全武装済みのアルベドが、膝を突いて控えていた。
「どうした、パンドラよ……なにか妙案でも思いついたか?」
もはや、出せる手は全て出し尽くした。
少なくとも、悟が思いつける限りは全て出しきった。
それでもなお、倒せなかった。それでもなお、届かなかった。
状況だけを見れば、ゾーイは確かに消耗している。あの状態にあるということは、どう高く見積もってもHPが25%を下回っている証明ではある。
──だが、それがどうしたというのか。
もはや、その少ないHPを削りきるだけの戦力が、悟には、ナザリックにはない。
『アインズ』としては『星に願いを』によって弱体化し、パンドラもレベルこそ100だが、そもそもが戦闘向けに作られた存在ではない。
アルベドも、本来の役目はタンク……すなわち、盾となってヘイトを稼ぎ、周囲のアシストをするのが本領であり、武装もまたソレに合わせたモノである。
……つまりは、詰んでいるのだ。
アルベドがタンクとなって時間を稼いだところで、レベルダウンした悟では……いや、それ以前に、レベルカンストだったとしても、ゾーイのHPを削りきることは不可能だ。
そこにパンドラが加勢したとしても、結果は同じ。
なにせ、パンドラはドッペルゲンガー。
あらかじめコピーした個体の80%の能力を発揮する事が出来るが……言い換えれば、種族としても戦闘向きではない。
「正直、俺はもう何も思いつかん……すまないな、俺の計算だと、8階層で終わらせられると思っていたが……詰めが甘かったようだ」
しかし、パンドラは(アルベドもそうだが)、己と違って非常に頭の回転が早い。
万策尽きたと思っている悟は、正直な話、気力を失っていた。
不甲斐ないと言われてしまえばそれまでだが、それほどに全てを賭けた結果、失敗してしまったのだ……ある意味、燃え尽きたといっても過言ではない状態であった。
「──使いましょう、『聖者殺しの槍』を」
だからこそ、そうパンドラから提案された悟は……気怠そうに、首を横に振った。
「パンドラ……前にも話したが、『聖者殺しの槍』は有効な相手に対してはこれ以上ないぐらいの一撃必殺の代物ではある」
「ええ、存じております」
「だが、対抗手段は幾つもあるし、始めから通じない相手もいる。そして、私はゾーイがその通じない相手だと思っている……そう、伝えたと思うが?」
そう、悟がこの土壇場になっても『聖者殺しの槍』を使用しないのは、極めて高いその可能性を警戒してのことなのだ。
単純に、通じなかっただけならばいい。
しかし、ゾーイに対して『聖者殺しの槍』を使うと、最悪は……ゲーム時代における、システムの穴を意図的に突く悪質行為に該当され、『発狂モード』になってしまう可能性がある。
そうなれば、正しく世界の終わりだ。
単純に、人類だけの話では収まらない。
文字通り、この世界の終焉……生きとし生けるものが、調停者ゾーイの手で終わらせられてしまう。
──それだけは……たとえ己が失敗したとしても、それだけは避けたい。
そんなためらいが心の何処かで有るからこそ、悟は始めから『聖者殺しの槍』を使うという選択肢を除外していた。
「ならば、通じるようにしてしまえば良いのです」
「なに?」
意味が分からず首を傾げる悟と、どういう事かと視線を向けるアルベドに対して……パンドラは、キッパリと告げた。
「『星に願いを』、です」
「いや、パンドラ、それは」
「使うのは私です、アインズ様」
悟の返答を遮ったパンドラは──次の瞬間、『アインズ』へと姿を変えた。
「私がアインズ様に変身し、『星に願いを』を使います。そのうえで、『聖者殺しの槍』でゾーイを仕留めるのです」
「いや、しかし、それでも……」
「いいえ、アインズ様。今です、ゾーイが弱っている、今しかないのです!」
力強く、パンドラは推した。
「ユグドラシルでは、瀕死に陥っても何も感じなかった。しかし、この世界では違う」
「違う?」
「はい、傷付けば血が流れ、息を止めれば苦しく、食事をしなければ飢える……そして、間違いもすれば、悔い改めて成長もする」
「……!」
「お気付きになられましたか? あくまでも可能性の話ですが、体力が削られた今ならば……」
「ワールドアイテムに対する耐性が弱まっている、と?」
「生き物が病を患えば弱まるように、ゾーイもまた……もしかしたら、度重なるダメージによって、耐性そのものが弱まっているかもしれないと、私は思うのです」
「──確かに、その可能性は0ではない」
思わず……悟はグッと身を乗り出すように、玉座に預けていた身体を起こした。
言われて、悟も理解した。
そうなのだ、ドッペルゲンガーであるパンドラは、ギルドメンバー全員の外装をコピーしており、その中にはアインズも含まれている。
そして、コピー元に比べて80%の力しか出せないが、コピー元の能力を使用出来るという能力を持っている。
それはつまり、80%しか使えないのではない。最大で80%の出力しか出来ないだけのことなのだ。
だから、アインズの持つ超位魔法も使用出来る。
当然、発動出来ても80%の効果しか発揮できないし、コピー元より一つ二つは弱くなるが……それでもなお、この場においては起死回生の一手であった。
「それならば……試してみる価値はある。ぶっつけ本番だがな」
「ええ、アインズ様。それでは、概要を簡潔に……」
それから、パンドラが語った作戦内容は……そう、複雑なものではない。
なにせ、相談して詰めるような時間は無く、本当に簡潔に全体の概要を伝えた時点で──『玉座の間』の大扉が切り裂かれ、ゾーイが入って来たからだ。
「──っ!」
応対する悟たちは……無意識に、一歩引いた。
調停の翼と同化した下半身が歩を進めるたび、ビキビキと床にヒビが入る。
蒼天に輝く剣を両手に構えたその姿は、正しく調停の女神なのだろう。
そんなゾーイの唇が、僅かばかり動く。
それは、いったい何を口走ったのか……誰にも分からなかったが、もはや気にする必要などなかった。
「やあやあクレマンティーヌさんの敵討ちですか!? ご苦労様ですね!!」
何故なら、泣こうが喚こうが……コレが、最後のチャンスだから。
だからこそ、パンドラは全身全霊を込めてゾーイを挑発する。
数ある言葉の中でも、絶対にゾーイを激怒させるであろう言葉を選んで、あえて嘲笑するように声を張り上げた。
「──殺す、絶対に殺す」
そして、それは……ゾーイにとって、絶対に許してはならぬ蛮行であった。
「天地万物終焉の落暉!」
両手に掲げた蒼天の剣を交差させる──直後、離れているのに熱気を覚えるほどの光がそこへ集まる。
「明けぬ極夜の贄となれ!」
そうして、わずか数秒後には充填を完了させ──その力が、悟たちへと。
「──アインズ様、私の後ろへ!!」
放とうとした、直前──パンドラは、アイテムボックスより盾を──非常にゴテゴテとした不恰好な盾らしき物体を取り出した。
「ガンマ・レイ!!」
直後、放たれた膨大な力がレーザーとなり……パンドラたちへと直撃した。
本来ならば、その時点で決着が付いていた。如何な盾であろうが、真の力を開放したゾーイの『ガンマ・レイ』を防ぐのは不可能であるからだ。
だが、しかし……その普通が、今回は起こらなかった。
いったいどうして……それは、パンドラが取り出した物体が、『神器級』と呼ばれる装備を強引に繋ぎ合わせた即席の盾であり。
「……いやあ、さすがは至高の御方たちの装備! 私もちょっと焦げてしまいましたが、ゾーイの攻撃すらも防いでくれますか……いやあ、愉快痛快ですなあ!!」
それは悟へと託され、宝物殿に安置されていた……ギルドメンバーたちの神器級装備であった。
一つでは容易く突破される。
しかし、それが41人分。
ツギハギの不恰好な代物とはいえ、使われている素材が全て『神器級』である事には変わりない。
ほとんど融解(一部は蒸発し)してしまい、パンドラも無事とは言い難いし、もはや盾どころか素材としても使えそうにないが……それでも、一度だけは凌いでくれた。
「──ぁあああ!!!」
それを見て、クレマンティーヌを殺した怨敵が無事である事を察したゾーイは──地響きと共に、悟たちの下へと駆けだした。
──そこからは、まさに瞬きすれば見逃してしまうぐらいの、一瞬の出来事であった。
「──はあ!」
悟の放った魔法により、余波を受けてボロボロだった床が粉砕され──大量の土埃が舞い上がり、視界が完全に塞がった。
だが、その程度でゾーイの目をくらますことは不可能。
振り上げた蒼天の剣にて、一刀両断──が、しかし。
「ぎぃっ!?!?」
一番近しい場所に居たパンドラを狙った斬撃が、くぐもった苦痛の呻き声と共に止められた。
砂埃の中なので外からは見えないが……ゾーイは、アルベドが自らの得物にて斬撃を受け止めたことに気付く。
並みの『神器級』ならば、獲物ごと両断しているところだが……おそらく、
「『I Wish──』」
同時に聞こえる、その言葉──高まる力の気配から、ゾーイは──ゴオッと力を放ち、周囲の砂埃を一気に吹き飛ばした。
「──『ゾーイへ、『聖者殺しの槍』が通じるようにしろ!』」
見やれば、『オーバーロード』が二体。
おそらく、1人は化けている。だが、化けたところで無意味。何故なら、ゾーイだから。
ゾーイは、己の身を守っているナニカが一つ消えたのを感知したが、その程度がどうしたと言わんばかりに斬撃を一閃、二閃、三閃──そして。
「去ね!」
四閃めにして、ついに受けが間に合わなかったアルベドは、獲物ごと上半身と下半身に別れ──血飛沫を振りまいて、ゾーイの後方へと落ちた。
──直後、ゾーイを囲うように出現した精霊が、一斉にゾーイへと襲い掛かる。
それは、『根源の精霊』と呼ばれる高位精霊。通常の召喚魔法では呼べない、特別かつ強力な精霊である。
「──無意味だ」
そう、無駄であった。
もはや、ゾーイの攻撃を見切る事は不可能。
どの精霊も攻撃する前に、まるで全てが同時に行われたかのように──両断され、消滅し──瞬間、ドンと床を蹴ったゾーイが、残された二人へと肉薄する。
「うっ、ぉぉおおお!!!」
「沈め」
反撃しようとした腕を切り飛ばし、そのままズドンと蒼天の剣が『オーバーロード』の胸を……化けたパンドラの背中へと突き抜けた。
「──っ!!」
「終わりだ」
そして、そのままもう一体──七匹の蛇が絡み合うような姿をしている、黄金のスタッフを一刀にて両断し──返す刀で、パンドラと同じように、その鳩尾にある珠玉ごと、両断した。
──瞬間、ドクン、と。
ナザリックそのものが、脈動したかのように震えた。
何が起こったのか……それは、たった今、ゾーイの手で『ギルド武器』が破壊されたからだ。
ユグドラシルにおいて、『ギルド武器』と『ギルド』はセット。
武器が破壊されると、どれだけギルドが健在であろうとも崩壊してしまい、それを止める事は出来ない。
そして……それは、別世界に転移した『ナザリック』でも変わらず……先ほど破壊されたスタッフこそが、このナザリックのギルド武器なのだ。
「……これにて、混沌に終焉を告げん」
ポツリと呟いたゾーイを他所に、ナザリックの崩壊が始まってゆく。
豪奢な『ロイヤルスイート』に限らず、ナザリックを動かしていた機能が停止し、明かりが次々に消えてゆく。
大森林は瞬く間に枯れ落ち、鮮やかな青空は無機質な岩石の天井へと変わり、地底湖の水は始めから無かったかのように水が引いてゆく。
極寒の冷気も止まり、灼熱の溶岩も止まる。ナザリックの至る所に設置されていた紋章旗が次々に朽ち果て、灰色の塵屑となって跡形もなくなってゆく。
それはもう、止められない。
ナザリックに生み出された全てが、灰色の塵となり、溶けるように消えてゆく。何もかもが崩れ落ち、瓦礫と化し……終わってゆく。
それは、元の姿に戻ったパンドラも例外ではなく、末端から灰に変わっていく。違うのは、ナザリックの主である
辛うじて息はあるが、どちらも虫の息……ならば、このまま大地の下で誰にも認められることなく永遠の眠りにつかせるのが慈悲とい──えっ?
──ストン、と。
胸に痛みと熱を覚えたゾーイは視線を落とし……絶句した。
何故なら、そこには槍が生えていたから。背中から胸へと突き抜けた状態で止まっているソレは……まさか、コレは?
瞬間──振り返ったゾーイが目にしたのは。
砕け散った鎧の残骸の中で、上半身だけとなった女……何かを投げた体勢のまま息絶えている、アルベドの姿。
「いtたぅい、なNいをなGぇ──っ!?」
己がたった今口走った言葉。
呂律の回らない唇に、ようやく、単純に胸を貫かれただけではないのだという事に気付いたゾーイは、その槍を抜こうと。
「──ぐぇ」
思った時にはもう、遅かった。
ごぽっ、と口から噴き出した鮮血。両手から剣が零れ落ち、ガランと床を転がり……刺さったままの敵もまた、床に落ちた。
……おかしい、ありえない事が起こっている。
たかが槍の一本に貫かれた程度で……いや、そもそも、己の身体を貫けるような槍が、この世界に存在など……この、世界?
(ま、まさか、これは……!!)
この槍……どこか見覚えのあるこの槍は、まさか、『聖者殺しの……や……
そこまで思考が動いたが、そこが限界であった。
光が──ゾーイの身体より、膨大な光が放たれる。その光は何もかもを呑み込み、全てを光の中へと包み込んでゆく。
そうして……辛うじて、薄れゆく意識の中で、ゾーイが最後に目にしたのは。
──砕かれた珠玉の下で、目から光が失せ……額に敗者の烙印が現れた、この場所の主だった骸骨と。
──その骸骨へ……おそらくは最後の力を振り絞って腕を伸ばし、短杖のようなモノを向けるドッペルゲンガーと。
頭上から次々に降り続ける瓦礫の山が、二人を……そして、全てを呑み込んで……ああ、そして。
(……くれ……てぃ……)
ナニカ……そう、その姿を見るだけで、涙がこみ上げてくる程に愛おしいナニカが、己へと手を伸ばして来たのが見えて。
「なるほど──」
「お前たちが──」
「新たな世界の理か──」
──頬を流れる涙と共に、ゾーイの意識もまた……瓦礫の中へと消えたのであった。
勝利、出来ましたか?