オーバーロード 降臨、調停の翼HL(風味)   作:葛城

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最後の話は会話文多め、バトルも無いよ

イメージBGMは、『どうして空は蒼いのか』かな?
みんなもグラブルやろうね!


最終話: どうして空は蒼いのか

 

 

 

(……ここは?)

 

 

 

 温かく、それでいて静かで、ほんのりと明るい。

 

 まるで、陽だまりの中に居るかのような感覚を覚えながら……ふと、悟は目を覚ました。

 

 

 

(……あれ?)

 

 

 

 そこは、とても美しい青空の中であった。

 

 この世界に来てから幾度となく眺めた……それなのに、これまで見てきたどんな空よりも青く、綺麗に思えた。

 

 反射的に身体を起こそうとして、気付く。

 

 

 手を突こうとした腕が、無い事に。

 

 

 いや、それどころか、己の身体すらもなく……当然ながら、声も出せない。だって、無いのだから。

 

 どうしてか、それを目視出来ているという不可思議な状況に、悟は首を傾げた。

 

 

 まるで、自分の身体が雲みたいになったかのような……何処までも広がる青空の中に浮かぶ白雲になったかのような、そんな感覚だ。

 

 

 けれども、怖くはないし、違和感も覚えない。これまた不思議な事に、悟は欠片の恐怖心も感じてはいなかった。

 

 それは、『オーバーロード』の時にあった感情抑制とは違う。アンデッド特有の平坦な心の動きでもない。

 

 自分という存在がどこまでも広がっているようで、あるいは、ギュッと確かなモノとして集められているような……どうにも、言葉では説明出来ない感覚であった。

 

 

 

(……そういえば、ナザリックはどうなったんだ?)

 

 

 

 そんな中で、ふと……悟は、目が覚める前の事に意識を向ける。

 

 覚えているのは、鳩尾の辺りに装備していた珠玉が破壊された感触と……その勢いのまま、身体の中を刃が通っていく感触だ。

 

 痛かった。

 

 とても、痛かった。

 

 最初は、ジュッと火傷の線が走ったかのような痛みだったけど、その直後に視界が眩むほどの激痛に取って代わった。

 

 あまりの痛みに、抵抗する気力など吹っ飛んでしまった。

 

 身体の力も抜けて、魔法を放つ力も無くなった。何と言えば良いのか、切られたところから生命力みたいなものが抜けていくのが分かった。

 

 

 それから? 

 

 それから……? 

 

 それから、どうなった? 

 

 

 

(……俺って……死んだのか?)

 

 

 

 そうなると、ここってもしかして──。

 

 

「いや、違うよ、鈴木悟」

 

 

 声を掛けられ、ハッと内側に向いていた思考が外へと……直後、悟は何時の間にか眼前に現れていた女性に、ギョッと仰け反った。

 

 

 

(──ぞ、ゾーイさん!?)

 

 

 

 声を出したわけではない(というか、出せない)。ただ、思わず心の中で、その名を呼んでいた。

 

 

「そんなに大きく呼ばなくていい。ちゃんと、私には聞こえているから」

 

 

 なのに、まるで悟の声なき声を聞いているかのように、ゾーイはふわりと笑って頷いた。

 

 

(あ、はい、わかりました)

 

 

 それを見て、ひとまず、危害を加えて来ない事を察した悟は。

 

 

(……あの、ゾーイさんは、俺の知っているゾーイさんなんですか?)

 

 

 率直な感覚のままに、尋ねていた。

 

 

「少し、違う。でも、同一の存在でもある。前は違ったが、今は……そうだな、全部混ざってから、色々と捨てて、最後に一つになった」

 

 

 すると、ゾーイと……悟の知る彼女とは違うと否定したゾーイは、同時に、全部混ざって……んんん??? 

 

 

(すみません、それってどういう意味ですか?)

 

 

 意味が分からずに続けて質問を重ねたが。

 

 

「説明すると長くなるし、私は説明をするのが苦手でな……言葉通りに受け取ってほしい」

(えっと……?)

「とにかく、私としては後悔していないというだけの事だ。だって、私の心は今、とても自由なのだから」

 

 

 そんな返答がなされた。

 

 悟としては、そう言われてしまえば、それ以上を尋ねる度胸もなく……とりあえずは周囲を見回して……質問を変えた。

 

 

(ここは、どこなんですか? 死後の世界ってやつですか?)

「いや、違う。ここは狭間だ」

(狭間?)

「生者の世界でもなく、死者の世界でもない。時は流れているようで止まっていて、止まっているようで動いている」

(……???)

「ここは、全てから離れているが、全てに属している場所……さて、鈴木悟、あまり長く君と語っている時間はないから、単刀直入に問おう」

(え、あ、はい)

 

 

 何がなんだか……そんな様子で内心にて『?』を乱舞させていた悟は。

 

 

「君には二つの選択肢が用意されている。一つは、このまま狭間を渡って……その命を終え、輪廻の中へと還ること」

(輪廻……)

「もう一つは、再び生を得て……君がやってきたあの世界で、人間として一生を全うすることだ」

(え?)

 

 

 一瞬……悟は何を言われたのか理解出来ず、フリーズした。

 

 けれども、幸か不幸か、そういう心臓に悪いアクシデントに慣れてしまっている悟は、すぐに我に返る事が出来た。

 

 

(あ、あの……俺って、死んだんじゃないんですか?)

 

 

 でも、それで全てを理解しているかといえば、そんなわけもなく、胸中にあった疑問をぶつけていた。

 

 

「ふむ、なんとも答えに迷う質問だが……そうだな、死んだというのは正しい認識だ」

 

 

 すると、ゾーイは言葉を選ぶかのように小首を傾げた後、そう答えた。

 

 

「だが、完全に死んだわけではない。死んだのは、あくまでも『モモンガ』と君が呼んでいた依り代の方だ」

(え?)

「普通は、そのまま依り代に引きずられて終わるのだが……そうなる前に、君の僕が、最後の力を振り絞って君を蘇生させようとした」

(それって……)

「お察しの通り、パンドラズ・アクターだ。蘇生の短杖(ワンド)だったか……それのおかげで、ギリギリのところで君は『モモンガ』に引きずられず、私の手が間に合った」

(パンドラ……あいつ……)

「パンドラに感謝をするのだな。アレが無ければ、いくら私でもお前の魂を救い出せる事は出来なかっただろう」

(はい……はい、本当に……)

 

 

 胸中より湧き出る想いのあまり、悟は……それ以上の言葉を言えなかった。

 

 

「さて、どちらを選ぶのだ?」

 

 

 でも、ゾーイはそんな悟の内心など知ったこっちゃないと言わんばかりに……あの、その、もうちょっと間を置いてくれませんか? 

 

 

「そうしてやりたいのは山々だが、言っただろう、時間が無いと」

(え、そんなに?)

「本来、君はとっくに輪廻へ還っているところなんだ。それを、私たちの力で留めている状態だからな……双方に良い状態ではないんだ」

(な、なんだかすみません、色々と……)

 

 

 そう思ったままを言えば、ゾーイは困ったような顔でそう言った。だったら、もう悟から文句など言えるわけがなかった。

 

 まあ、なんにせよ答えは……答えはもう、決まっている。

 

 

(俺……生き返ります。生き返って……罪を償っていきます。身勝手な言い草だけど、そうしたいんです)

 

 

 ハッキリと、悟はそう答えた。

 

 

「そうしたいのならば止めはしないが、辛い人生になると思うぞ」

(構いません。俺、このまま終わったら……結局、何もかも放りっぱなしだから……今度こそ自分を許せなくなる)

「……そうか。君が決めたのであれば、尊重しよう」

 

 

 苦笑するゾーイに、悟はありがとうございますと心の中で頭を下げ……そうして、ふと。

 

 

(あの、その前に、最後に一つだけ……どうして、ゾーイさんは俺にそこまでしてくれるんですか?)

 

 

 けれども、どうしても一つだけ……それだけは聞いておきたかった悟は、最後の質問をした。

 

 

「どうしてって……そんなの、決まっているじゃないか」

 

 

 すると、ゾーイは……満面の笑みで浮かべた。

 

 

「前にも言っただろう、君は『多くの人々を助ける』と」

(え、それって)

 

 

 驚く悟を尻目に、ゾーイは……パチンっとウインクした。

 

 

「それに、こうも君に言ったな……『最後まで楽しんでくれたプレイヤーの為に一肌脱ぐのもまた、糞運営の務め』だとな」

(──っ! ぞ、ゾーイさ──う、うわぁ!?)

 

 

 それ以上、悟は尋ねられなかった。

 

 まるで、巨大な風だ。

 

 言葉では表現できない風が、雲となった己の身体を何処かへ運んでゆく。どこまでも広がっている青空だけが、変わらない。

 

 

 いったい、何処へ? 

 

 

 あっという間に、どんどんゾーイから遠ざかってゆく。上下左右に回転する視界に、何が何だか分からず意識まで遠退き始め……なのに、その声だけは悟に届いた。

 

 

 

 

 ──罪を償おうとする気持ちは大切だ。だが、それだけを指針にして生きて行くのは間違っている。

 

 ──君は罪を償うために生き返るのではない。幸せになってほしいと願われたから、生き返るのだ。

 

 ──だから、勘違いをしてはいけない。

 

 ──人々を助ける為に生きるのではない。君の幸せの中で、自然と大勢の人々が助かってゆくのだ。

 

 ──だから、間違ってはいけないよ。

 

 

 

 

(ど、どこへ──!!)

 

 

 その、言い聞かせるかのような言葉を最後に……フッと、悟の意識は暗転し、何もかも感じなくなった。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………いっ、たい? 

 

 

 そのまま、どれぐらい意識を失っていたのか……悟には分からなかった。

 

 ただ、コツン、と頭が何かにぶつかったのを切っ掛けに、フッと意識を取り戻した悟は……ゆっくりと、目を開けた。

 

 直後──視界を埋め尽くす青空の美しさに、悟はしばしの間、言葉を失くした。

 

 そうして、ぼんやり眺めていると。

 

 

「……まさか、死んでるとかねえよな?」

 

 

 頭上より声がしたかと思えば、フッと視界が遮られ……誰かが覗き込んできた。

 

 誰かって、女だ。逆さになって己を見つめる紫の瞳の金髪女性と目が合う。距離は近く、30cmと離れていなかった。

 

 

「……うわぁ!?」

「ちょ、危ないなあ、もう」

 

 

 予想外というか、いきなりな状況にガバッと身体を起こした悟を他所に、スルリッと身軽に頭突きを避けた女性はため息を零して……そっと、手を出し出した。

 

 

「ほら、起きられる? 日が暮れると、ここらは寒くなるよ」

「え、あ、ああ、ありが──」

 

 

 何が何だか状況が掴めないが、親切にしてくれているということだけは分かったので、差し出された手を取ろうと──したのだが。

 

 

「く」

「く?」

「くれ」

「くれ?」

「クレマンティーヌ!?」

「そうよ」

「し、死んだはずでは!?!?」

「生き返ったの」

「ええぇぇ──っ!!?!?!?!」

 

 

 見覚えがあり過ぎるどころか、己の罪の象徴でもあった存在を前に、悟は素っ頓狂な悲鳴をあげた。

 

 断じて、見間違いではないし、他人の空似でもない。間違いなく、死んだはずのクレマンティーヌで……いや、そんな事よりも! 

 

 

「く、クレマンティーヌさん! その、俺、ごめんなさい! 貴女に対して取り返しのつかない事を──あだっ!?」

 

 

 バッと居住まいを正して土下座──しようとした瞬間、ごつんと頭に痛みが走る。見やれば、クレマンティーヌはプラプラと手を振っていた。

 

 

「あんたさ、状況考えなよ」

「え?」

「そういうのはいいし、声もデカい。モンスターとか寄って来たらどうすんの?」

 

 

 クレマンティーヌは……驚かれる事は想定していたのか、声の大きさに顔をしかめつつも、それ以上怒る様子はなかった。

 

 とはいえ、悟が声を張り上げてしまうのも仕方がない。

 

 いったい、どうして……あまりに信じ難い眼前の状況を前に悟は、何が起きているのかと忙しなく視線をさ迷わせることぐらいしか……って、あれ? 

 

 

「アレェェェ──!?!?!? は、裸ぁ!? なんでハダカなのぉ!?!?」

「あのさ、うるさいって言ったよね?」

「で、でも、え、これ、ナンデ!? ドウシテ!?」

 

 

 何気なく己の身体を見下ろした悟は、心底驚いて硬直した。

 

 何故なら、悟の恰好……有り体にいえば、すっぽんぽんで。ふと、隣を見やれば、見覚えのある服が散らばっていた。

 

 これは、アレだ、人間だった時に着ていたやつだ。

 

 そう、この世界に来る前の……『ユグドラシル』をプレイする時に着ていたリアルの服と、リアルで履いていた靴だ。

 

 

(これって……え、どういうこと?)

 

 

 股間のブツを手で隠しながら、思う。

 

 生き返るって、てっきりこの世界の人間として生まれ変わるのだと思っていたけど……もしかして、違う? 

 

 

「……あれ? もしかして、な~んも聞いていないっぽい?」

「聞いていないって、あの、そもそも、ここはどこなんですか?」

「どこって、あんたの遺跡があった場所からちょっと離れた……その様子だと、マジでな~んも知らないの?」

「その、正直、何を知らないのかすら、わからない……」

 

 

 思っていた状況とは違うことに、悟は困惑するしか……すると、だ。

 

 あまりに動揺している様を見て何かを察したのか、クレマンティーヌが苦笑交じりに話しかけてきた。

 

 当然……何の話だって尋ね返せば、今度こそクレマンティーヌは深々とため息を零すと、「とりあえず、付いてきなよ」そう言って何処かへ……というか、すぐ傍の家へと入った。

 

 

 ……正直、そこに家があることすら、悟はまったく気付いていなかった。

 

 

 それだけ動揺していたというか、頭の中がパニックになっていたのだろう。というか、改めて辺りを見回した悟は……首を傾げた。

 

 

(周りに何も無い辺鄙な自然の中に、家が……家か、これ? コテージのようにも見えるけど……)

 

 

 パッと見た限り、ここに有るのは、今しがたクレマンティーヌが入った家が有る──以上、それだけ。

 

 本当に、それだけ。カルネ村のように畑や家屋が並んでいるわけでもないし、井戸とか住民の気配もない。

 

 いくら人外としてこの世界に居たとはいえ、元人間だったのだ。こんな場所で1人暮らすだなんて、自殺行為も良いところだ。

 

 だからこそ、悟は上手く目の前の光景を呑み込めなかった。

 

 荒野というほどではないが、殺風景な自然の中に、ポツンと一軒家があるだけの……誇張抜きで、違和感しかない光景であった。

 

 

「──あ、その服なんだけどさ」

 

 

 呆然としている悟を他所に、にゅうっとクレマンティーヌが顔だけを覗かせた。

 

 

「なんか臭いっていうか、ビリビリする臭いしているから、そのまま捨てといて。たぶん、獣避けぐらいにはなるっしょ」

「え、でも……」

 

 ──そうなると、俺はすっぽんぽんのままじゃん。

 

 

 そう言い掛けた、悟ではあったが……ふわり、と投げ付けられたローブと、長い布紐を手にして、ああ、と理解した。

 

 

(ローブの下がすっぽんぽんって、俺は露出魔か何かかよ……)

 

 

 想像して落ち込みそうになるが、背に腹は変えられない。

 

 とりあえず、裸体が見えないようにだけ気を付けながら布紐で固定し、ひとまず安堵した悟は……ふと、傍の衣服を見やる。

 

 

 ……臭いって、俺ってそんなに臭いのかな? 

 

 

 気になった悟は、シャツを手に取って鼻を近付け「うっ──!?」思わず、パッと顔を背けた。

 

 

(これ、アレだ……排気ガスとか金属とか薬品とか化学物質とか、そういう……ああ、そうか、そりゃあそうだ)

 

 

 クレマンティーヌが『ビリビリする臭い』と言った理由が分かった。

 

 この世界には、科学燃料を始めとして、化学塗料なんてモノはまだない。

 

 様々な種類のガスの臭いが混じる悪臭も、汚染によって発生したヘドロや悪性物質の臭いも、それらが大地に降り注いで発生する刺激臭もない。

 

 『リアル』で暮らしていた時は、生まれた時からそんな臭いの中で生きていたから気にならなかったが……どうやら、悟も知らず知らずのうちにこの世界に感覚が馴染んでいたのだろう。

 

 自然溢れるこの世界で生まれ育った者たちからすれば、化学廃棄物の臭いなんて、思わず顔を背けてしまうような悪臭と捉えても不思議ではなく。

 

 実際、悟も思わず顔を背けたのだから、クレマンティーヌの言い草は仕方がないと思った。

 

 

「……靴は、どうしようか?」

 

 

 ちょっと、判断に迷うが……靴は履けそうなので、出入り口の傍に置いておこう。

 

 で、それはそれとして。

 

 とりあえず、呼ばれているのでクレマンティーヌに案内されるがまま、家の中に入っ──え? 

 

 

「ここって……もしかして、『グリーンシークレットハウス』なのか?」

 

 

 中に入った瞬間、思わずといった感じでポツリと零した。

 

 悟がそう思ってしまうのも、無理はない。

 

 だって、明らかにこの世界の作りとは違うからで……ていうか、ちょくちょく『リアル』にある物もある。

 

 まあ、アレだ……そうでもないと説明出来ないぐらいに、室内が綺麗で、文明的な道具がチラホラと見受けられた。

 

 

「お~、さすがは『ぷれいやー』、やっぱ一目でわかっちゃうものなんだ」

 

 

 家の奥から、ポッドと二人分のカップを手にしたクレマンティーヌが出てきた。

 

 

「とりあえずは座りなよ。立ち話もなんだし、さ」

「あ、ありがとうございます。あ、あの、その……」

「謝らなくていいよ。私だって、誰かに謝られるような清らかな生き方していなかったしさ」

 

 

 言いよどむ悟に、今度こそキッパリとクレマンティーヌは言い切った。

 

 

「私もあんたも、極悪人。極悪人同士が殺し合って、片方が殺されて、その後にもう片方も殺された……それだけの話っしょ」

「…………」

「ぶっちゃけ、まともに年老いて大往生できるなんて思っていなかったていうか……まあ、まともな死に方しないよなとは思っていたしさ~」

「…………」

「だから、謝らなくていいよ。まあ、楽になりたいのなら謝ってくれたらいいけど、人前ではやめてね、鬱陶しいから」

「……はい」

「よろしい、じゃあ座って」

「はい」

「口に合うか分からないけど、お茶は極上だから」

「いえ、そんな……いただきます」

 

 

 そのまま、促されてテーブルの席に腰を下ろした悟の前に、お茶の入ったカップが置かれる。

 

 ……そういえば、この世界で食事(まあ、飲み物だけど)を取るのはコレが初めてだな。

 

 そう、思った悟だが、それをわざわざ口に出すのも何だし、お礼を言ってからカップを手に取り……一口、飲む。

 

 

「──っ」

 

 

 瞬間……悟は、完全に言葉を失くした。

 

 だって、美味いのだ。

 

 生まれてこの方、こんなに美味いお茶を飲むのは初めてで。

 

 甘いとか辛いとか苦いとかではなく、美味いと思えるお茶は……それぐらい、悟にとっては衝撃的だった。

 

 

「……美味いっしょ?」

 

 

 そんな悟の表情から内心を察したのか、笑みを浮かべたクレマンティーヌの言葉に、悟は……頷く事しか出来なかった。

 

 

「ここもだけどさ、それも、ゾーイ様が好きだったんだ」

「え?」

「ゾーイ様が私にって残してくれたの。他にも色々あるけど、お別れするからって色々とね」

「…………」

「私もさ、あんまり長くは話せなかったんだけどさ~」

 

 

 キン、と。

 

 カップの淵を指で弾いたクレマンティーヌは……ぼんやりと、衝撃で揺れたお茶の水面を見つめた。

 

 

「ゾーイ様、後悔はしていないってさ」

「……後悔、ですか?」

「私も、思い返してみると、ゾーイ様のこと、ほとんど知らないんだけどさ」

 

 

 聞き返せば、クレマンティーヌは寂しそうに苦笑した。

 

 

「ゾーイ様から聞いたんだけど、ゾーイ様も、『ぷれいやー』が暮らしている『リアル』ってところで暮らしていたんだよね?」

「え、あ、まあ、そうなるかな」

「そこでね、ゾーイ様……ず~っと無力感に苛まれていたんだって。他の『ぷれいやー』よりよっぽど色々な事が出来たらしいけど、どうにもならない事が多過ぎて、すごく辛かったって」

「それは……そう、ですね」

「他の『ぷれいやー』より出来る事が多い分だけ、とっても……見て見ぬふりしか出来ない自分が情けなくて許せなかったって、色々と話してくれたんだよ」

「……そうなんですか」

 

 

 クレマンティーヌの話に、悟は……いや、悟も寂しそうに頷いた。

 

 ゾーイ……運営が扮するゾーイの中身がどんな人物だったのかを、結局悟は最後まで知らない。

 

 だって、悟からは語ったけど、ゾーイの中の人からはほとんど話されなかったし……だが、責任感というか、善性の人物だったのは分かる。

 

 あの世界で、ゲーム開発が出来る程の頭の良さと教育を受けていたのは間違いないし……こんな己の為に、色々と考えてくれていたのも……でも、この口ぶりだと。

 

 

「……死んだんですか、ゾーイさんは?」

 

 

 聞くべきかどうか……迷ったけど、勇気を出して悟は尋ねた。

 

 

「さあ、わからない」

「え?」

「ゾーイ様曰く、有るべき本来の形になっただけって話だけど……正直、さっぱり分からなかった」

 

 

 だから、分からないなんて返事が返ってきて、悟は驚いた。

 

 

「それでもね、す~っげぇ満足そうだった。私からすれば、そんなの幸せでも何でもないじゃん、って思うんだけどさ……ゾーイ様にとっては、違ったみたいなんだ」

「…………」

「何処へ行くかは知らないけど、私もお供しますって言ったらさ、『君には成さねばならない事がある』って断られちゃった」

 

 

 ふう、と、溜め息を零す。

 

 

「もうちょっと生きて、それでも生きるのが嫌になったら……ってさ。そう言われちゃったらさ……死ぬに死ねないじゃん?」

 

 

 天井を見上げながら……クレマンティーヌは、悟からは表情を伺い知る事は出来なかったけど、とても寂しそうに見えた。

 

 

「後悔ばかりの生涯だったけど、最後の最後で胸を張れるようになれたってゾーイ様はとても喜んでいたよ」

「…………」

「だから、お別れはとても寂しくて辛いけど、それでいいんじゃないかなって今は思うんだ」

「そう、ですか」

「そうなんだよね~……はい、私の話はお終い。それじゃあ、私からあんたに色々質問していい? あんたのこと、ほとんど教えてもらっていないんだよね」

 

 

 けれども、グッと姿勢を戻し……そう話しかけてくるクレマンティーヌの微笑みを見て……悟も、笑みを返すのが礼儀だと思った。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………それから、色々な事を話した。

 

 

「そういえば、あんたの名前ってなに? ゾーイ様からは、神様扱いはしないほうがいいって言われたけど……モモンってのは本名?」

「違います……本名は、鈴木悟です」

「スズゥキィサトル?」

「鈴木悟です」

「スズゥキィ?」

「鈴木、です」

「スズゥキィ……あ~、なんか舌がもつれる。サトルって呼んでいい?」

「いいですけど、そんなに発音しにくいんですか、鈴木って……」

「ん~、よく分からんけど、どうにも……あ、今さらだけど、私の名はクレマンティーヌ。言い難いんなら、略していいよ」

「と、とりあえず、クレマンティーヌって呼びますね」

 

 

 

 まずは、そういえばちゃんとした自己紹介をしていないなと思いだし、互いに改めて名を名乗った後で……質問という名の雑談が始まった。

 

 

 

「──へ~、あんたって元人間だったんだ。まあ、過去の『ぷれいやー』たちには人間も居たっていうし、そういう事もあるのかな」

「はい、その、説明は難しいんですけど、骸骨のあの姿は事故というか、望んであの姿になったわけじゃないんですよ」

「ふ~ん……正直な話、骸骨になっていた時ってどんな感じ?」

「あ~……その、気分を害するかもしれないので言い「今さらっしょ?」……えっと、完全にアンデッドの気持ちでした」

「アンデッドの気持ち?」

「その、自分は人間だったって記憶はあるんですけど、感覚は完全にアンデッドというか、異形種っていうか……その、人間が死ぬのを見ても、虫が死んでいるのと同じっていうか」

「あ~、なるほど、そういう感じになるわけね」

「最初のうちは、正直違和感がけっこうありました。食べなくてもお腹空かないし、そもそも食べても骨の間からポロポロ落ちるだけで……あと、眠る事が出来なくなりました」

「え、眠くならないの?」

「まったく、眠くなりません。しかも疲れないので、一日が本当に長くて長くて……アレ、アンデッドの感覚じゃなかったら気が狂っていたと思います」

「うわあ、眠らなくてもいいってのは便利そうだけど、ずっと眠れないってのは嫌だな」

「そうなんですよ。実際に必要でなくなると、もう恋しくて恋しくて……ぶっちゃけ、ご飯とか他の人達が食べているのを見て、何度羨ましいと思ったか覚えていません」

「あははは、そりゃあそうだ。私だったら、イライラして周りの人たち殺しちゃっていたかもね」

 

 

 もちろん、『ユグドラシル』がゲームだとか、ゲームのアバターの設定がそのままこの世界に適用されていたとか、そういう話を除いて。

 

 説明するにしても、ゾーイもそこらへんは曖昧にしていたっぽいのを会話の節々から察したので、悟もそれに倣っただけである。

 

 なにせ、この世界における『ぷれいやー』というのは、一部の者たちにとっては信仰の対象になり得る存在だし、実際に神様扱いされているらしいのだ。

 

 そんな存在の中身が、実は普通の……それも、この世界の人間に比べたら、弱い部類に入る人間で。

 

 どういうわけか、たまたま遊んでいた人形(とても強いという設定の)に乗り移り。

 

 何故か、設定通りの超常的な力を手にしただけの人間だなんて知ったら。

 

 

「ところで、ゾーイ様からは、サトルには僕たちの力の一部が宿っているって聞いたけど、実際のところは何ができんの?」

「えっ!?」

「え? なんでそんなに驚いてんの?」

「いや、まったくそんな事は言われませんでしたけど?」

「それは多分、あんまりにも寝坊助だったからじゃないの? 私が起こした時も、あんまり起きないから死んでんのかもと思ったぐらいだし」

「そ、そういえば、時間が無いって言われたような」

「サトルが寝坊したから、その分だけ時間が無くなったってことじゃん? 自業自得じゃん?」

「……何も言えません」

「それで、何ができんの? 『ぷれいやー』の僕って、要は従属神のことでしょ? やっぱ、すっごい事ができるんでしょ?」

「じゅ、従属神? NPCの事ですか?」

「『えぬぴいしい』? なにそれ、違うの?」

「い、いや、どうなんだろう……言われてみたら、なんかこう……感覚的に出来そうな気がしなくも……う~ん、どうなんだろう?」

「とりあえず、外に出て試してみたら?」

「そうですね、ちょっと試してみます……あ~、でも、どうなんだろう……呪文とかそういうの……ん~、なんか今、頭に浮かんだのが……まさか、こ──うぇい!?」

「……うっわぁ、なにこれ」

「い、いや、俺にも何がなんだか……」

「何が何だか分からないのに、雑草も生えていない枯れた場所に緑が生えたの? うわ、土もちょっとフワフワになってる……やっぱすげぇ、さっすが『ぷれいやー』だわ」

 

 

(言えない……これ、絶対ユグドラシルとかゲームの事とか話せない……墓場まで持って行こう)

 

 

 

 ……とてもではないが、下手に口外出来る事ではないなと……悟は思った。

 

 

「あ、そういえば、サトルって『りゅうてい』って知ってる?」

「『りゅうてい』、ですか? いや、聞き覚えはないですね……それが、どうかしたんですか?」

「いや、ゾーイ様とお別れする時にね」

「はい」

「『りゅうていだけは絶対にぶちのめす』ってマジギレしてたから」

「え?」

「なんか、『コスモスもかなり怒っているからな……個人的にも、やつは許しておけん』って、額に血管ビキビキさせながら言ってて……ちょっと、怖かったよ」

「そ、そうなんですか……」

 

 

 ……本当に、下手に口外すると宗教観崩れてヤバいかも……そう、悟は思ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 ──そんなこんなで、だ。

 

 

 色々な事をお互い話し続ける間に、気付けば夕陽が差しかかり。

 

 

 ……どうせ行く当てなんてないだろうから、足場が固まるまでは泊まっていきなよ。

 

 

 その厚意に悟は甘え(実際、当てはない)、初めて食べる生の食材に感動して涙を零し。

 

 久しぶりに感じる、生身の身体にシャワーが当たる感触に涙ぐみ。

 

 大したものじゃないけど、と。

 

 辺境の村人が着るような粗末な服を用意してもらい、これまた用意してもらったお茶にホッと一息ついた頃。

 

 

「──ところでさあ、これからサトルはどうすんの?」

 

 

 後はもう寝るだけ……そんな時、思い出したようにクレマンティーヌからそんな事を言われた。

 

 

「これから、ですか?」

 

 

 ベッドから身体を起こした悟は、隣のベッドにて横になっているクレマンティーヌを見やった。

 

 

「そう、サトルはさ、贖罪っていうか、罪を償う為にもう一度この世界で生きて行こうと思ったわけでしょ?」

 

 

 一つ、悟が頷けば、「でもさ、それって何から始めるのかなって思ってさ~」クレマンティーヌは欠伸を零して、天井を見つめた。

 

 

「私はさぁ……特に、ゾーイ様から何かをしろとは言われなかったんだよね~」

「え、そうなんですか?」

「好きなように生きろって。ただ、癇癪(かんしゃく)で誰かを殺すなって注意されたぐらいだよ」

 

 

 ぶっちゃけちゃうと……ポツリと、クレマンティーヌの声が、静かな室内に響いた。

 

 

「好きな事も、したい事も、私にとってはぜ~んぶ、ゾーイ様と一緒にしたかった事なんだよね」

「…………」

「だから、そのゾーイ様が居なくなっちゃったらさ……正直、何をすればいいんだろって思ってさあ」

 

 

 ──だから、サトルはどう考えているのかな……って、気になった。

 

 

 そう、尋ねられたサトルは……しばし、俯いて沈黙した後で……フッと、顔をあげた。

 

 

「とりあえず、カルネ村に行きます」

「カルネ村?」

「とてもお世話になった村なんですけど、そこにはナザリックの被害者たちが身を寄せていて……そう、ツアレって女性もまだそこに居ると思うんです」

「ふ~ん、どうすんの?」

「食糧の支援などを行います。兎にも角にも、まずは食べる物が……それに、ツアレは身重ですから」

「え、まさか……!」

「違います、俺の子じゃないですから……そう、友人の、友人の息子のお嫁さんみたいな人なんです」

 

 

 バッとベッドから身体を起こしたクレマンティーヌに、慌てて弁明すれば……な~んだ、と言わんばかりにクレマンティーヌは、パタンとベッドへ仰向けになった。

 

 

「……あのさ」

「はい、なんですか?」

「私も、それに付いて行っていい?」

「え?」

 

 

 思ってもみなかった提案に目を瞬かせれば、「嫌ならいいよ」クレマンティーヌはふりふりと手を振った。

 

 

「なんとなくだよ、なんとなく。そんな驚かなくていいじゃん」

「……本当に、なんとなく、ですか?」

 

 

 ちょっと……クレマンティーヌは、困ったように視線をさ迷わせた。

 

 

「……私もさ、生き返らせてもらったわけじゃん?」

「はい」

「それってさ、少なくとも……もう悪い事はしないって、大事に想ってくれていたからってわけじゃん?」

「そう、なると思いますよ」

「なんだかさあ、ムズムズするよね。そんな感じに信頼してもらえるのってさぁ」

 

 

 本心から頷けば、クレマンティーヌは……くすぐったそうに、肩をすくめた。

 

 

「そんなふうに思われちゃったらさあ……そんな期待に応えたいって思うの、普通じゃん?」

「そうですね、普通だと思います」

「でもさ、私ってば、誰かから奪うのはとっても得意なんだけど、誰かに与えるのって苦手で……何をしたら良いのか全然分からないんだよね」

「……つまり?」

「言ったじゃん? サトルが極悪人なら、私も極悪人だって。どうせ同じ極悪人なら、ちょっとぐらいつるんで行動してもいいんじゃね……って思ったわけ」

 

 

 ──色々と不純な考えかな? 

 

 

 そう、視線を逸らしたクレマンティーヌに……悟は、はっきりと告げた。

 

 

「不純かどうかなんて、何の意味もないですよ」

「え?」

「不純だろうが何だろうが、困っている時に手を差し伸べてくれるのは嬉しいことなんです。色々悩んで何もしないよりも、悩みながらも手を貸してくれる人の方が……俺は良いと思います」

「……そう思う?」

「はい。困っている人がいたら、助けてあげるのは当たり前……それで、良いんじゃないかなって俺は思います」

 

 

 ──ぽかん、と。

 

 

 何を言われたのか理解出来ない。

 

 そう言わんばかりに、しばしの間、目を見開いていたクレマンティーヌは……徐々に、理解を深めていくと。

 

 

「──そうね、困っているなら助けてあげる……軽く考えるぐらいが、丁度良いのかもね」

 

 

 その言葉と共に、クレマンティーヌはそっと悟へ手を伸ばし……それを見た悟も、手を伸ばして……ギュッと、握手をすると。

 

 

「それじゃあ、よろしくね、極悪人さん」

 

「こちらこそ、極悪人同士、頑張っていきましょう」

 

 

 互いに、ニヤッと意味深に笑みを零し……次いで、フフッと小さく笑うのであった。

 

 

 

 




これにて終了

『オーバーロード』のモモンガではなく、鈴木悟としてこの世界で生きていくことになりました
悟のこれからは、自らがやらかした事、自分たちの作り上げたものが残した傷跡を見つめる日々が待っていますけど……それでも、今の悟ならば乗り越えられるかもしれませんね

では、また何かの二次が書きたくなったその時まで、さようなら
(エンディングテーマは、『忘れじの言の葉』のイメージ)


あ、カクヨムではオリジナル書いているんで(ダイマ)
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