オーバーロード 降臨、調停の翼HL(風味)   作:葛城

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何がとは行かないけど、全部こいつのせいじゃないかなって気がする


(裏話)骸骨の眼孔『偽・報連相』

 

 

 

 ──ナザリック地下大墳墓。

 

 

 

 それは、一時期はDMMOと言ったらコレと言われるぐらいに人気であった、ユグドラシルというゲーム内にて、広くその名が知られた、とあるギルドの拠点。

 

 ギルド名、『アインズ・ウール・ゴウン』。

 

 所属する人員は41人。かつてはゲーム内ランキング9位にまで上り詰めただけでなく、その構成から極悪ギルドとも呼ばれた……曰く付きのギルドである。

 

 

 ……が、それも昔のこと。

 

 

 盛者必衰の理は、如何なるモノにも訪れる。そして、予期せぬ事も、如何なるモノにも訪れてしまうものだ。

 

 かつてはギルドメンバーで賑わっていたナザリックも、当時の盛況が嘘だったかのように寂れてしまい、一人、また一人とギルドを離れて行った。

 

 

 そこには、様々な理由があったのだろう。

 

 

 生活の為、単純に飽きた為、あるいは、別の理由から遊べなくなった……そんな、人それぞれのありふれた理由から、何時しかユグドラシルというゲームの人気そのものが、下火となり。

 

 

 そして……ユグドラシルのサービス終了が決定されて。

 

 

 ギルド長のモモンガは、せめて最後の時はナザリックで……思い出と共に終わろうと、そこでサービス終了のカウントダウンを待った。

 

 

 ──だが、ゲームは終わらなかった。いや、正確には、ゲームではなくなってしまった。

 

 

 何がどうなってそうなったのかは未だに皆目見当も付かないが、気付けばモモンガはアバターとして遊んでいた『オーバーロード』の身体を経て、現実とは異なる世界に居た。

 

 それは、もはや言葉では言い表せられない感覚だろう。

 

 食欲も睡眠欲も性欲も、何も無い。人間としての感覚を失ったアンデッド……それが、鈴木悟だったという記憶を持つ、現在の彼であった。

 

 

 そして、モモンガだけではない。

 

 

 彼の思い出の場所であるナザリック地下大墳墓と、それに連なる……一癖も二癖もあるNPCたちもまた、この未知なる世界に来てしまった。

 

 

 それから、右を見ても左を見ても未知に囲まれた環境の中。

 

 

 どうにかNPCたちの統率を取り、様々な目的を兼ねて、冒険者モモンとして外へ出て、あるいは、ナザリックの王としてモモンガとして振る舞い。

 

 一ヶ月、二ヶ月……時を経る中で、様々な大事件が降りかかり、時には、自ら問題解決の為に動いて。

 

 そうして……ようやく、一段落付いたと判断した彼は……人払いを済ませた自室のベッドへ、バタンと骸骨の身体を飛びこませると。

 

 

「ぬわぁぁぁんんん、疲れたもぉぉぉぉぉんん!!!!」

 

 

 顔を埋めた枕の中へ……渾身のため息を、これでもかと吐き出したのであった。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………いや、まあ、アレだ。彼がこうなるのも、相応の理由があった。

 

 

 まず、アンデッドになったことで三大欲求(食欲・睡眠欲・性欲)を始めとして、人間が持つ様々な感覚を失った彼だが……気を休める時間が全く無い。

 

 

 なにせ、アンデッドだ。

 

 

 何かを食べて気晴らしをしようにも、食欲は無いし、味覚も無いし、胃袋も無いし、ボロボロと骨の隙間から落ちてしまう。

 

 鈴木悟だった時には憧れであり夢であった、『新鮮な食材を使った料理』も、この身体では全く味わえない。

 

 憧れるだけで一生無縁のモノだろうと思っていたそれが、今ではちょっと注文すれば用意して貰えるというのに。

 

 他にも、いくら身体を動かしても息が切れることもないし、暑い寒いといった感覚もない。つまり、自分の身体なのに、自分の身体という感覚がどうにも薄い。

 

 ベッドへ横になっても、眠気は全く来ない。何をするでもなく一時間も二時間もゴロゴロ横になっているのも、逆に苦痛を覚えてしまう。

 

 だから、ついついベッドに入るのは考え事をする時だけ……といった感じに落ち着いてしまう。

 

 おかげで、それ以外の時はずっと起きていて、ず~っと何かしらの作業をするか、何かしらの仕事をしている感じだ。

 

 まあ、仕事といっても下手に口出しするとボロが出そう(というか、確実に出る)なので、実際は何もしない。

 

 夜の間はひたすら自室にこもってアイテムボックスの整理や、ナザリック内にある図書館の本で時間を潰すといった感じで、朝が来るのを待っている。

 

 それが、ここしばらく続いている、モモンガの一日の流れであった。

 

 

「休みたい……何処か、遠くへ……」

 

 

 ……が、しかし。

 

 

「あ~……どうしてこうなった。俺に、支配者なんて無理だよ……止めてほしい、本当に……」

 

 

 そろそろ……彼が抱えている不満というか、ストレスが爆発しそうになっていた。

 

 忘れてはいけないのは……モモンガは確かにアンデッドではあるし、その影響を多大に受けてはいるが……人間だった時の感覚が、残りカスのようにこびり付いているという点だ。

 

 つまり、肉体的には全く平気でも、精神的な疲労は溜まるのだ。

 

 これがまた不思議な事に、アンデッドの影響なのか……肉体への影響が全くないから平気かと思えば、どうも違うのだ。

 

 うっ憤は溜まっている。

 

 いわゆる、ストレスのようなモノを感じている自覚もある。

 

 気晴らししたい、そんな欲求も、薄らとではあるが常に感じている。

 

 だが、それだけだ。それ以上の事を、アンデッドの彼は認識出来ない。

 

 心がすり減るというか、だんだん思考が希薄になるというか……あくまでも精神的な部分に留まるおかげで、肉体的なストップが掛からない。

 

 おかげで、自分がどういう状態になっているか……へばり付く残りカスが、己の身体から少しずつ削られていっているのを、彼は認識出来ていなかった。

 

 

(誰かに相談……いや、駄目だな。下手に相談したら、それこそナザリック全体を巻き込む大騒動に発展しそうだ……)

 

 

 部下であり、ユグドラシル時代の大事なギルドメンバーたちが残したNPCたちの前では、そんな素振りは見せないし、見せられない。

 

 NPCたちは皆、己を慕ってくれている。それはもう、偉大なる神様のように……なので、周囲より視線を向けられた時は、それらしく魔王ロールをしている。

 

 けれども、こうして一人になると……どうにも気が抜けるというか、溜め込んでいた不満が愚痴となって出て来てしまうのだ。

 

 

 ……それはもしかしたら、辛うじて残る『鈴木悟』の断末魔にも似た悲鳴なのかもしれない事に、今日も彼は気付いていなかった。

 

 

「……シャルティアの件は、ひとまず解決した。少し精神的に引きずっているようだけど、お仕置き……うん、アレで持ち直したのか、落ち込んでいる姿は見なくなった」

 

 

 

 埋めていた枕から顔を上げて、仰向けに。

 

 人間だったら蕩けるような眠りに誘われるだろうなと頭の片隅で考えながら、彼はポツポツとこれまでに起こった出来事を思い返しながら、今後の予定についても呟く。

 

 

「……リザードマンも、ナザリックの配下に治まった。あいつらの縄張りを含めて、ある程度の規模の水源を確保出来たのは大きい」

 

「同様に、カルネ村でも収穫が始まっている。食料の確保は、ナザリックにおいても急務。食べなくても平気な者は別として、最低限は常に補給出来る状態にしなければならない」

 

「それに、この世界の通貨の確保も重要だ。ゲームの時とは違い、ここではユグドラシル金貨は有限。アイテムで用意出来なくはないが、だからといって今まで通りにはいかない」

 

「それに関しては冒険者モモンの名声を使って、新たに外貨を得る手段を模索すれば良いだろう……が、しかし」

 

 

 そこまで呟いた辺りで、彼は……ムクリと身体を起こし……次いで、骨の両手で頭蓋骨を抱えた。

 

 

「やはり、問題は『調停者ゾーイ』だ。アレの目を如何に誤魔化すか……それによって、ナザリックの今後の活動を考える必要がある……!」

 

 

 そう、そうである。

 

 今の所、予期せぬ問題に直面することはあったが、順調にナザリックの運営は進められている。

 

 リザードマンの縄張りにある池(瓢箪をひっくり返した形だった)を使った大規模な魚の養殖のおかげで、今すぐではなくとも確保出来る食糧が増えた。

 

 その際、部下の1人であるコキュートス(人型の蟲系NPC)が精神的に成長をしてくれたのも、彼にとっては非常に喜ばしいことであった。 

 

 

 だが……今は順調でも、今後どうなるかは分からない。

 

 

 なにせ、この世界には異形種を敵対視する国家や集団は沢山いる。実際、国を挙げて『異形種を滅せよ』と示している国すらあるのを、彼は知っている。

 

 もちろん、その者たちが襲ってきたところで、返り討ちにする自信はあるが……絶対ではない。

 

 それを、彼はシャルティアの件で痛い程に学んだ。

 

 だからこそ、今後は決して油断せず、相手がネズミであろうが全力で待ち構えるという精神で、今日までやってきた……が、だからこそ、だ。

 

 

(みんな……俺がいくら『ゾーイにだけは手を出すな、絶対に気を引くような事をするな』と言っても、何処か軽く見ている節があるんだよなあ……)

 

 

 彼は今、部下であるNPCたちが以前より見せていた、『ナザリック以外への軽視』を問題視していた。

 

 まあ、仕方がない部分はあるのだ。

 

 というのも、NPCたちはナザリックの外を知らないのだ。

 

 いや、正確には、NPCたちが語る『至高の41人』でも勝てない存在が居るということを、理解出来ないのだ。

 

 NPCたちとて、馬鹿ではない。

 

 相性の問題で向き不向きが発生し、それによって『至高の41人』だって幾らでも負ける可能性があるということは、NPCたちも理解している。

 

 しかし、言い換えれば、それさえなければ『至高の41人』は、モモンガは、絶対に負けないし、如何様にも勝てる手段を事前に構築していると……本気で思っているのだ。

 

 NPCたちにとって、偉大で尊き存在であり、絶対的な強者……それが、モモンガを含めた『至高の41人』。

 

 つまり、NPCたちを作ったギルドメンバーこそが頂点であり、その次に自分たちが来て、その下に他の奴らが傅(かしず)くのが当たり前だと……本気で、思っているのだ。

 

 それこそ、彼がわざわざ『至高の41人全員掛かりでも押し切られる相手なのだぞ』と念押ししても、だ。

 

 表向きにはゾーイの恐ろしさを理解した素振りは見せるが……やはり、何だかんだと『だが、しかし』を付けて、準備さえすれば勝てる……といった感じで納得してしまうのだ。

 

 

 

 ──これには正直、まいった。お前ら、何処まで俺を、ギルドの皆を、神格化させるんだよ、と。

 

 

 

 でも、それは言えなかった。

 

 だって、皆の事を語る彼ら彼女らの目が、キラキラと輝いていて……とてもではないが、真実を語る勇気は出なかった。

 

 おかげで、強引に説得するのも難しい。下手に納得させようにも、そうすると……NPCたちが暴走してしまうのだ。

 

 

 『わが命、至高の御方の為ならば』と、いった感じで。

 

 

 誰も頼んでいないし望んでもいないのに、それが最上の奉仕だと言わんばかりにその命を捧げようとする。

 

 あるいは、『御身の露払いすら出来ぬ、未熟な私なんぞ』といった感じで、今度は逆に自らの命で償おうと……本当に、心臓に悪い(まあ、心臓無いけど)。

 

 ゾーイから情報を盗む為に突撃しようと考える者が後を絶たず、『至高の御方の御心を煩わせる痴れ者など!』と鼻息荒く武器を手に取るNPCたちを宥めるだけで……もう、ね。

 

 

(これ、俺が大した存在じゃないって露見したら、やっぱり殺されるよなあ……そうでなくとも、悲惨な扱いをされそうで……うう、やはりこのまま魔王ロールで頑張るしかないか……)

 

 

 NPCたちが見ているのは、偉大なる至高の御方を束ねる、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長のモモンガだ。

 

 まあ、今は諸事情から、この世界に自分が居る事を知らしめる為に、名をモモンガからギルド名(つまり、アインズ・ウール・ゴウン)に改めたけれども。

 

 

 

 

 ──間違っても、気弱で優柔不断な鈴木悟(モモンガorアインズ)ではない。

 

 

 

 只でさえ、ナザリックの者たちはごく一部を除いて、自分たち以外の者に対して差別意識というか、格下として見る傾向が強いのだ。

 

 特に、人間に対しての敵意というか、蔑視度合は桁違いだ。

 

 現在の彼も、人間に対して同族意識などほぼ無いが、それでも嫌悪感を覚えているかといえば、そういうわけではない。

 

 対して、NPCたちは違う。故に、万が一にでも己が元人間であることが露見すれば……いったい、どうなってしまうのか。

 

 

(……人間種に変更するアイテム……ボックス内を探してみたけど無かったな……有ったら試しに付けて……いや、見つかったらヤバいから、結局付けなかっただろうな)

 

 

 それを、この時も改めて自覚させられた彼は……深々とため息を零すと、ベッドから降りて……今の身体に合わせたソファーに腰を下ろすと、テーブルに置きっぱなしの鏡を起動させた。

 

 それは、『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)』だ。

 

 ユグドラシルにおいては『覗き見』と呼ばれる行為はマナー違反とされているので、そんなに使い所のないアイテムだが……誰もいない自室で目立たず使う分には、これ以上の物はないだろう。

 

 

(……あっ、いた)

 

 

 それを使って、彼が見ているのは……だ。

 

 森の奥にて設置された『グリーンシークレットハウス』より出てきたゾーイと、従者として付き従っている……クレマンティーヌの2人であった。

 

 

 ──何時の頃からだろうか……彼が、2人の姿を鏡越しに見る様になったのは。

 

 

 危険性は、理解している。そして、如何に愚かな行為をしているかも。気付かれたら、敵対される可能性は非常に大きい。

 

 『ゾーイ』の中身がAIなのか、あるいは中に人が居る(いわゆる、運営)のかは当時から議論されていたが、どちらにせよ、『覗き見』がマナー違反であるのは同じこと。

 

 バレた場合、ゾーイより軽蔑されるのは致し方ない。それどころか、攻撃を仕掛けられる可能性もある。

 

 だって、悪いのは自分だから。

 

 

(……いいなあ)

 

 

 けれども、それでも……彼は、そう、モモンガは、どうしても2人から目を離せなかった。

 

 2人は、特に目立った事はしていない。

 

 他の冒険者たちと同じく、夢も何もない仕事に従事し、少ない賃金を得て、日常を送っている……大勢いる冒険者たちと何ら変わらない。

 

 

 それでも、2人は……自由であった。

 

 

 ナザリックのような、豪華なベッドがあるわけでもない。大きな湯船に身を浸すような事もなければ、高価な酒に酔う事も出来ない。

 

 けれども、2人を見ていると……モモンガは、どうして自分はそこに居られないのか……そう、思ってしまう。

 

 NPCたちが嫌いなわけではない。

 

 むしろ、好きだ。

 

 親に成った事はないが、それでも自分の子供のように愛しく思う。

 

 けれども、時々……無性に寂しくなる。

 

 まだ、寂しいと思う事が出来る。

 

 その寂しさすら感情抑制によってすぐに治まってしまうが……それでも、この寂しさだけは不思議と消えてくれない。

 

 

 ……もしかしたら、コレが消えた時、己は本当の意味でアンデッドになってしまうのだろうか? 

 

 

 その度に、そんな不安が脳裏を過る。

 

 けれども、その不安すらも、スーッと外へ逃げ出していくかのように治まってしまう。

 

 

 まるで、何時までも未練に縛られず受け入れろと言わんばかりに。

 

 お前はもう、オーバーロードのモモンガなのだと言わんばかりに。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………だからこそ、己とは違う2人……いや、ゾーイの事が。

 

 冒険者モモンとして外に出ても、結局は気を抜くことが出来ず……対して、自由にこの世界を生きるゾーイが……羨ましいと思った。

 

 

(……いいなあ。俺とゾーイ、いったい何処が違うんだろうか?)

 

 

 同じくユグドラシルから来たというのに、どうして自分は……っと、危ない。

 

 

「……はあ、今日は何だか気が乗らないな……しばらく横になるか」

 

 

 ゾーイが振り返る前に覗き見を中止したモモンガは、鏡の横に置いてある掛け布を被せると、ベッドへ……向かおうとして、足を止めた。

 

 理由は、自室の扉をノックされたからだ。

 

 先程、人払いを済ませた。

 

 その状態でモモンガの自室へ訪れるのは、それだけの理由があっての事。

 

 だって、NPCたちにとって、モモンガの命令は絶対だから。

 

 

 ならば……モモンガが訪問を拒否する理由はない。

 

 

 入れと声を掛ければ、失礼しますと中に入って来たのは……デミウルゴスと名付けられた、非常に優秀な男悪魔のNPCであった。

 

 東洋系の顔立ちに、オールバックの黒髪に、浅黒い肌。ストライプが入った赤色のスーツに、丸眼鏡。

 

 宝石で出来た眼球と尖った耳や尻尾が無ければ、ビジネスマンと思われても不思議ではない出で立ちの男は、深々と頭を下げてから……アインズを見上げた。

 

 

「お休みのところ、申し訳ありません。出来うる限り、早めの許可を頂きたい案件がございまして……」

「──良い、デミウルゴス。お前は何時も、私たちナザリックの為に動いてくれている。そのお前が望むのであれば、私は何時でもお前を迎え入れよう」

「おお……! なんと勿体無いお言葉……! このデミウルゴス、感謝の極みでございます……!」

「うむ……で、用件は何だ? (おっふ、ガチ泣きしてるじゃないか……)」

 

 

 今にも嗚咽を零しそうなぐらいに感動しているデミウルゴスに、内心のドン引きを隠しながら用件を尋ねれば、「し、失礼いたしました」悪魔は少々気恥ずかしそうに涙を拭うと……話し始めた。

 

 

「実は、かねてより問題視されていた巻物(スクロール)の材料となる羊皮紙について、進展がありまして……」

 

「おお、よくやったぞ、デミウルゴス!」

 

 その発言を受けて、モモンガは思わず声を上げた。

 

 それぐらいに嬉しく、モモンガにとっては悩み事が一つ解決する可能性が出てきたからだ。

 

 ……と、いうのも、だ。

 

 今しがたデミウルゴスが語った巻物(スクロール)というのは、ユグドラシル(驚いた事に、この世界でも)ではポピュラーなアイテムとして流通していた、魔法を発動する使い捨てアイテムである。

 

 使われる素材によって、込められる魔法の質が変わる。

 

 ゲーム内でも、より高位の魔法を封じるには入手難度の高い素材を必要としたように、この世界でも、同様に素材を必要とする。

 

 ……そこに、問題が一つ生じていた。

 

 それは、この世界では素材が手に入らない事だ。特に問題なのが、巻物の土台となる『紙』だ。

 

 ユグドラシルでは『町』やら何やらでアッサリ手に入るが、この世界ではそれが無い。つまり、現存している以上を補充する事が出来ないのである。

 

 いちおう、この世界にも巻物があるようなので、それを購入して補充する事は可能だが……はっきり言おう。

 

 この世界の巻物は質が低すぎて、(モモンガにとっては)使い物にならないのだ。

 

 ユグドラシルでは最低限所持して当たり前の巻物すら、ここにはない。有っても高価すぎて、『え、こんなモノにこんなに?』と思うぐらいだ。

 

 故に、モモンガは……ポピュラーとされている羊皮紙に限らず、様々な紙を使って巻物(スクロール)が作れないかと、デミウルゴスに調べさせていたのである。

 

 

「それで、何処でソレを見付けたのだ?」

「(さすがは至高の御方だ、一瞬で気付くとは……)はい、ローブル聖王国にほど近い場所、『アベリオン丘陵』にて繁栄している両脚羊(シープ)でございます」

「やはり、(シープ)か……(ん? 今、一瞬ばかり返答に間が空いたような……)」

「(さすがです、アインズ様!)はい、ひとまず3,4頭ほど捕まえて実験致しましたところ、第三位階までの巻物が可能となりました」

「おお、それは……やるではないか、デミウルゴス」

「勿体無きお言葉……つきましては、安定供給の為に繁殖させるための牧場建設の許可を頂きたく……」

「ふむ……」

 

 

 恭しく頭を下げるデミウルゴスを前に、モモンガは……この世界の地理を思い浮かべながら……しばし、思考する。

 

 

 

(──エ・ランテルの人々の会話を八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)で盗み聞きした限りでは、ゾーイたちはバハルス帝国へ向かうという話になっている)

 

(証言が嘘の可能性は低い。あの国の貴族は横暴だから……面倒臭がって、影響が届かない帝国の方へ拠点を移したのだろう)

 

(と、なれば、位置的に正反対になる『アベリオン丘陵』は、逆にゾーイの目が届かない……か?)

 

(羊に限らず、家畜云々はこの世界の人間もやっている。いくらゾーイとて、わざわざナザリックの牧場を狙いには来ないだろう)

 

(……と、なれば、羊の使い方か? 皮を剥いでソレっきり……というのは、この世界の人達の常識的に考えれば、少々不自然だな)

 

(ならば、皮を剥いで絶命した羊は、他の羊たちの餌にするか、ナザリックに回せばいいか……大食漢のやつも多いし、喜んでくれるだろう)

 

(あとは……そうだな。家畜とはいえ、見える場所では目立ち過ぎる。それに、繁殖の手間暇を考えると、相当広大な範囲を牧場にする必要があるのでは?)

 

 

 

 つらつら、つらつら、つらつら、と。

 

 あーでもない、こーでもない、そんな感じで思考を巡らせながら、どれが一番良いのか、何の自信もない頭脳(今は無いけど)を回転させ……そして、結論を出す。

 

 

「……デミウルゴス、お前に全て任せよう。お前ならば、私の意を汲んで動ける……そうだろう?」

 

 

 それは──正に、悪魔的。

 

 丸投げ(パワハラ)とも言える、悪魔にも引けを取らない極悪非道のブラック指示……『よく分からないからそっちで何とかして』で、あった。

 

 

「(──っ! なるほど、そうでしたか……)承知致しました。このデミウルゴス、見事アインズ様のご期待に応えて見せましょう!」

 

 

 普通であれば、内心にて舌打ちの一つも零れそうな指示でも、ナザリックでは、ほらこの通り……満面の笑みで了承するのである。

 

 

(……? 何か知らんが、自信あり気だから任せて正解、かな?)

 

 

 当然、そんなデミウルゴスの内心など知る由も無いモモンガは、『何だか分からんけど兎に角ヨシ!』という現場の猫のようなアレで、この話を終わらせたのだった。

 

 

「──それと、アインズ様。先日お話致しました、報復の件ですが……」

「ふむ?」

「私と致しましては、それを利用して、ついでにナザリックにおいて不足している資金や素材の確保、並びに冒険者モモンの名声を高めようと思いまして……」

「ほう? 詳しく話せ」

「はっ、私はこれを、『ゲヘナ』と名付けました。その内容は──」

 

 

 何せ、優秀なデミウルゴスは、ナザリックが抱えている問題の解決に、日夜動いてくれているのだから……。

 

 

 

 

 

 









 貴族に目を付けられていると分かっているクレマンティーヌは賢いから、バハルス帝国に向かうと事前にアピールしておくのを忘れない

 だって、そうすれば往生際の悪い王国貴族が邪魔しようと、そっち方面に監視を置く可能性があるからね。少しでも、人員を割いてやった方が楽だよね

 まさか、貴族が嫌で移住すると思われているやつが、貴族の本拠地みたいな場所である王都を通ってアベリオン丘陵へ向かっているなどとは……モモンガの目を持ってしても略

 現場猫案件の腕の見せ所ってやつですね

 さて、デミえもんが語る『ゲヘナ』とはいったい……? 






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