オーバーロード 降臨、調停の翼HL(風味)   作:葛城

7 / 57
幾つもの罪を犯し、許されざる罪を背負った女が


無慈悲な天秤を、人へと繋ぎとめた


Armageddon

 

 

 

 

 ──改めて実感する事なのだが、この世界は本当に美しい。

 

 

 

 

 外を出て、空を見上げ、繁茂する草花たちを見る度に、彼女は何度でも思う。

 

 命が息づく大地の、なんと壮大で力強く、涙が滲む程に美しく思えるのか……おそらくそれは、失われた光景を目にしていたからだろう。

 

 前世でも、そうだった。人は、失ってからでなければ、その大事さに気付けない。

 

 もちろん、例外は居る。歴史から学び、それが如何に尊くて大切なモノであるかを知っている者たちは居る。

 

 

 だが、大半は違う。

 

 

 ウホウホ言いながらマンモスを仕留めていた時代から、世界中にネットワークを張り巡らし、地球の裏側をリアルタイムで確認出来るようになった時代になっても……大半の人は、経験から学ぶ。

 

 これまで大丈夫だったから今後も大丈夫。今までそこにあるのだから、今後もそこにある……そんな不確かな妄想を盲信してしまうのだ。

 

 だからこそ、ゾーイの胸中を震わせる感動を真の意味で理解出来る者は……この世界では希少だろう。

 

 

 まあ、それも致し方ないことだ。

 

 

 空が青く、水は澄んでいて、大地には命が芽吹き、通り過ぎる風は柔らかく熱気を拭い去る。晴れて、雨が降って、また新たな命を育む。

 

 そんな、何百年も何千年も前から続いている当たり前の光景。

 

 かつてはその中で生きて、その次はそれが失われてしまった世界で生きて……そして、再び命が巡回する世界に降り立った。

 

 

 これまた当然ながら、美しいこの世界にも闇はある。

 

 

 弱肉強食の自然界に限らず、人を食う亜人も居れば、逆に亜人を捕らえて奴隷扱いする人間も居る。あるいは、その両方を餌としてでしか見ていない存在も、居る。

 

 この世界に生まれた者たちの大半は、けしてこの世界が美しいばかりとは思っていないだろう。

 

 今日を生きぬくだけで精一杯な者たちも居れば、明日を生きられない者たちもいる。反対に、悠々自適に生きている者だっているだろう。

 

 生きてはいけるけれども、手にマメを作っては田畑を耕し、毎日泥と汗に塗れ、横暴に耐えながらも日常を送っている者たちもいるだろう。

 

 

 あるいは、生きる為に誰かを殺していて。

 

 あるいは、欲望の為に誰かを殺していて。

 

 あるいは、信念の為に誰かを殺していて。

 

 

 それを、間違っている……とは、彼女は言えない。

 

 依怙贔屓(えこひいき)だと言われてしまえば、それまでだ。

 

 おそらく、この感覚は『ゾーイ』だけではない。

 

 彼女の……いや、彼女の身体を得る前の、彼の……既に名を忘れてしまった、あの世界で生きた男の心が影響しているのだろう。

 

 

 けれども、それでも。

 

 

 彼女にとっても、彼にとっても、『ゾーイ』にとっても。

 

 この『世界』は美しく、この『世界』に生きる者たちを……精一杯、あるいは暢気に、日常を送る者たちが愛おしく。

 

 

 ──たぶん、これは『ゾーイ』だけじゃない。

 

 ──俺にとっても、この世界が愛おしいのかもしれない。

 

 ──ああ、そうか、だから、『ゾーイ』は……彼女の大本である、『星晶獣コスモス』も、もしかしたら。

 

 

(だから……『グランブルーファンタジー』のゾーイも、迷い、悩みながら……主人公の旅に同行したのかもしれないなあ)

 

 

 そんな事を考えながら、だ。

 

 大粒の涙を零しながら、川に垂らした釣竿を眺め続けるという、場所によっては多大に注目を集めてしまうような……そんな状態で居ると、だ。

 

 

「ぞ、ゾーイ様! な、泣かないでください! 私で力になれるようでしたら、なんなりと──っ!!!!」

「え、あ、いや、そういうわけでは……あの、これは感動しているだけで……」

「だい、大丈夫です! 何度か頑張れば魚は釣れます! 何なら私が潜っておびき寄せますので!」

「いや、だから、そういうわけじゃ──ちょ、駄目だ!? こんな往来で破廉恥な! 服を着なさいクレマンティーヌ!!??」

 

 

 当たり前だが、傍にて一緒に釣りをしているクレマンティーヌが黙っているわけもなく。

 

 心底慌てた様子で、涙で濡れた彼女の顔をポンポン叩いて拭いながら、片手で靴やら何やらを脱ぎ捨てて潜る準備を始めて。

 

 ある意味、クレマンティーヌ以上に慌てながら、その暴走を止めようとする彼女の姿も相まって。

 

 仮に人が往来する場所だったならば、それはそれはユニークな騒ぎになっていただろう……美しい世界の一幕であり。

 

 

 ……それは、王都『リ・エスティーゼ』へと通じる街道より少しばかり逸れた場所にある、小さな川で起こった些細な笑い話であった。

 

 

 

 

 

 

 ……街道を歩き続け、もうすぐ『リ・エスティーゼ』に到着する……それが、彼女たちの現在地。

 

 

 立地的、あるいは単純な距離だけを考えれば、だ。

 

 『アベリオン丘陵』へは『スレイン法国』を通って行く方が近いらしいのだが、クレマンティーヌが抱える諸々の事情により、そちらのルートは取り止め。

 

 貴族の連中より捕まる(または、ちょっかいを掛けられる)可能性は高いが、安全を考慮して『エ・ぺスペル』→『リ・エスティーゼ』→『リ・ロベル』という順で、ぐるりと迂回するルートとなった。

 

 これに関して、クレマンティーヌは非常に申し訳なさそうにしていたが、別に彼女は全く気にしていなかった。

 

 そこへ向かわなければ……という認識はあるが、それは、クレマンティーヌの拒絶を押し通してでも……というわけではない。

 

 

 いや、というよりも、今は少し違う。

 

 

 最初は確かにそっちではあったが、『リ・エスティーゼ』へと向かっている途中……どうしてか、『リ・エスティーゼ』へ向かわなければという意識を強く感じていた。

 

 『エ・ランテル』を出発した時は『アベリオン丘陵』へ向かわなければ……と。

 

 そんな感覚が有ったというのに、しばらくしてから、こちらの方が優先だと言わんばかりに、胸中より湧き出る感覚が変わっていた。

 

 ……これは、いったい、どういうことなのだろうか? 

 

 

(『リ・エスティーゼ』で何かが起こるのを、この身体は予感しているのか?)

 

 

 残念ながら、それを知る術は彼女にはない。

 

 かつて男であった時の数あるチート能力にも、予知能力の類はなかった。というか、予知能力持っていたらゾーイに成った時に混乱など……話を戻そう。

 

 とりあえず、彼女はゾーイであると同時にゾーイではない。ある意味、不完全な部分を抱えたままなのが、今の彼女なのだ。

 

 

「……クレマンティーヌ。『リ・エスティーゼ』で、ここ最近、何かしらの大きな事件が起こったという話は聞いた覚えはあるか?」

「……申し訳ありません。王都の方には昔少しばかり足を運んだ程度なので、ほとんど……」

 

 

 だから、分からないし、知らない事は、自らの足で調べるか、他者から情報を得るしかない。

 

 とはいえ、今の彼女にはクレマンティーヌが居る。

 

 クレマンティーヌは、彼女が、道中にて不思議な違和感を覚え続けていることを知っている。

 

 なので、率直に尋ねてみれば、だ。

 

 クレマンティーヌは首を横に振り……次いで、判断材料になればと前置きしたうえで、私が知り得ている事ならばと教えてくれた。

 

 

 ──曰く、『リ・エスティーゼ』には、『八本指』と呼ばれる、王国の裏社会を支配している犯罪組織の本部がある……と、噂されているらしい。

 

 

 あくまで噂なのは、八本指の規模が王国全域にまで広がっており、その全容を外部から把握することが現状、誰にも出来ていないからだ。

 

 これも噂だが、八本指は既に一部の貴族とも蜜月の関係を築いているらしく、二重のベールに包まれているせいで、何処も手を出すことが出来ないのだとか。

 

 

 ……で、だ。

 

 

 その活動内容は、多岐にわたる。八本指の名の通り、主に八つの部門に別れて活動していて、現在分かっている各部門の情報はそう多くはない。

 

 

『麻薬取引部門』……通称『黒粉』と呼ばれている麻薬を生産し、販売している。

 

『奴隷売買部門』……これに関しては、王国第三王女のラナー姫によって違法になったので、下火。

 

『警備部門』……用心棒や護衛などを請け負っている。その実力は他国にも知れ渡るほど。

 

『密輸部門』……商人や傭兵などで構成され、様々な違法商品などを密輸している。

 

『暗殺部門』……詳細不明。

 

『窃盗部門』……詳細不明。

 

『金融部門』……詳細不明

 

『賭博部門』……詳細不明。

 

 

 と、いった感じで、実際の所、全貌の半分も分かっていない巨大組織だ。

 

 しかし、この組織の恐ろしいところは、その機密性だけではない。何と言っても、組織を束ねる明確なボスが居ないということ。

 

 いちおう、まとめ役兼進行役として議長を務める者はいる。だが、あくまでも、その役目を担っているだけで、ボスではない。

 

 元々、八つの部門(つまり、複数の組織)が集まって生まれた複合組織であるため、各部門は別に仲間というわけではないのだ。

 

 互いの利益を食い合い、敵対し、足を引っ張り合う。

 

 しかし、八本指に噛みついた者に対しては、色々な意味で協力して、その者に報復をする。

 

 まさに、八本の指。

 

 一つ切り落としたところで残りの7本が襲って来るし、必要となれば、その指を見捨ててさっさと逃げてしまう。

 

 故に、王国もそうだが他国も迂闊に口出しする事が出来ず、現在も裏社会にて悠々自適に勢力を伸ばし続けている……と、クレマンティーヌは語った。

 

 

「おそらく、何かしらの大きな事件が起こったのであれば、八本指が絡んでいる可能性は非常に高いでしょう……連中の手は、とにかく四方八方に伸びておりますから」

「……そうか」

「出過ぎた事だと承知で聞きますが、ゾーイ様の胸騒ぎの原因は、八本指なのですか?」

「……どうだろう、ちょっと違うような……いや、合っているような……すまない、断言出来ない」

 

 

 申し訳なさそうに頷けば、「い、いえ、気になっただけですので、御気になさらず!」クレマンティーヌは慌てて手を振り……次いで、チラリと王都が有る方角を見やった。

 

 

「……よろしければ、私が先に王都へ潜入して調べておきましょうか?」

「クレマンティーヌ?」

 

 

 ある意味、その発言は予想外過ぎて、思わず彼女は目を瞬かせた。

 

 なにせ、出会ったその日から今日まで、実に甲斐甲斐しく世話をしてくれたのはクレマンティーヌだ。

 

 基本的には傍を離れず、この世界の事では無知な彼女に寄り添い、いかなる時もそっと手助けしてくれていた。

 

 声を掛ければどんな時でも手を止めて、真っ先に駆けつけてくれるその姿は、従順な(しもべ)のようであった。

 

 その、クレマンティーヌが……自ら彼女の傍を離れて活動することを提案した。

 

 言葉にすれば些細な話だが、これまでのクレマンティーヌを知っているからこそ、彼女は驚き……しばしの後、意味深に笑みを浮かべた。

 

 

「もしかしなくても、私は足手まといなのか?」

 

 

 その問い掛けに対する返答には、少しばかりの間が空いた。

 

 

「……お察しの通り、です」

 

 

 けれども、クレマンティーヌは確かに答えた。

 

 ちょっとばかり声色が震えていたけれども、まっすぐ己の瞳を見つめてくれる、その赤い瞳を前に……彼女は、フフッと笑った。

 

 

「それじゃあ、任せても良いか?」

「──はい!」

 

 

 変化は、一瞬であった。様々な色を見せたその顔は、直後に満面の笑みへと変わった。

 

 その笑みを見て、彼女も心からの笑みを浮かべた。

 

 嬉しくなって両腕を広げれば、察したクレマンティーヌは軽く瞬きをした後で……フワッと頬を赤らめた。

 

 けれども、構わずに抱き締める。

 

 ビキニアーマーと彼女の鎧が、コツンと当たる。互いの背の高さが近いおかげで、グイッと彼女は細い首筋に顎を乗せた。

 

 

 ──途端、カチン、と。

 

 

 クレマンティーヌの身体が、鋼鉄のように固くなったのを彼女は感じ取った。ちなみに、健康的な汗の匂いもした。

 

 

「え、あ、の……」

 

 

 ゆで上がったエビのような頬の熱も感じながら……彼女は、クレマンティーヌへ告げた。

 

 

「無理はするな、クレマンティーヌ。私は、君が怪我をしたり、危険な目に遭ったり、そういう事になる方が嫌なんだ」

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………その言葉は、ともすれば、そよ風に掻き消されてしまうぐらいに、小さな声であった。

 

 

「……はい、ありがとうございます、ゾーイ様」

 

 

 しかし、クレマンティーヌには届いた。

 

 気恥ずかしそうに、それでいて、何処となく嬉しそうに。

 

 

 ぎゅう、と。

 

 

 互いを力強く抱き締めて、それから離れたクレマンティーヌは……「では、後からゆっくり来てください」そう、赤らんだ顔で頭を下げると……その身を風に変えて、王都へと駆けて行った。

 

 

 ──さすがは、疾風走破と呼ばれていただけの事はある。

 

 前の世界で言えば自動車並みの速度で駆けて行く。その後ろ姿はあっという間に豆粒ぐらいに小さくなり、街道の向こうへと消えて見えなくなった。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………お言葉に甘えて、彼女はそれから……のんびりと、王都を目指した。

 

 

 まっすぐ目指せば翌日の夜には着く距離なのだが、下手に速く到着してしまうと、クレマンティーヌの心意気を無下にしてしまう。

 

 なので、彼女はせっかくだからと、色々と寄り道しながら進むことにした。

 

 

 例えば、綺麗な花が咲いていたからと、色違いの花はあるのかとしばしその場を探し回ったり。

 

 例えば、後方より馬車で来た商人と談笑して、今の王都で流行っている装飾品を見せて貰ったり。

 

 例えば、例えば、例えば……一つ一つは些細な事でも、彼女はあえてゆっくりと楽しみながら。

 

 

 ……ただ、普段はしない事を楽しんだ……それは、良かったのだけれども。

 

 

 

 

 ──クレマンティーヌ、あそこで実っている果実は……ああ、そうか。

 

 ──クレマンティーヌ、髪が汚れたから洗って欲しい……ああ、そうか。

 

 ──クレマンティーヌ、今日の朝ごはんはいったい……ああ、そうか。

 

 

 

 

 『グリーンシークレットハウス』に居るときもそうだが、ふとした拍子に今は居ないクレマンティーヌの名を呼んでは、居ない事を思い出す。

 

 

 その度に、彼女は……いや、彼女だけではない。

 

 

 人間だった時の『彼』も、おそらくはこの身体の『ゾーイ』もまた、寂しさを覚えて静かに唇を閉じた。

 

 出会ってから大した月日が経ったわけでもないのに、それだけ一緒に過ごしていたからだろうか。

 

 どうしてか、夜中の内にひょっこりクレマンティーヌが戻ってくるような気がして、何度も寝床を出ては玄関を見に行くこと、数え切れず。

 

 改造チートの影響からか眠気や疲れは全く感じなかったが、そのおかげで、結局はほとんど眠らないままに寝床と玄関を往復し……朝を迎えること、3回目。

 

 気付けば、初日はキョロキョロと辺りを見回してばかりいた彼女も、王都を囲う外壁が見えるようになったあたりで、自然と小走りになり。

 

 そうして……特に語る程の理由はないけれども、彼女はその日の夜の内に……スルリと、王都の中へ滑り込んだのであった。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………夜中とはいえ、さすがは王都というだけあって、街並みの美しさや景観の良さは、『エ・ランテル』の比ではない。

 

 

 単純に、金が掛けられているのがよく分かる。それに、夜だというのに出歩いている者がそれなりに居る。

 

 

 つまり、それだけ此処では商売が盛んである証拠だ。

 

 

 それが良い事なのか悪い事なのかはさておき、『エ・ランテル』にはない活力が、ここにはある事を実感させた。

 

 で、まあ、そんな感じで王都へと到着した彼女なのだが……さて、どうしたものかと途方に暮れていた。

 

 と、いうのも……道中にて気付いたのだが、待ち合わせの場所を事前に決めていなかったのだ。

 

 なので、クレマンティーヌが何処に居るのかが分からない……いや、まあ、クレマンティーヌの事だ。

 

 おそらく、己が到着する時間を予測して、計画を立てているだろう……そう、彼女は思った。

 

 

「それにしても、王都はずいぶんと人が多い……何か、催し物でもやっているのだろうか?」

 

 

 とりあえず、何時までも入口で立ち尽くすわけにもいかないので、そのまま街の中心へと向かう。

 

 その途中、行き交う人々の顔を眺めていた彼女は……上手く説明は付かないが、何とも言い表し難い違和感を覚えた。

 

 強いて言葉を当てはめるのであれば、浮足立っている……といった感じだろうか。

 

 

 最初は、祭りでも開かれているのかと思った。

 

 

 だが、彼ら彼女の浮かべている表情というか、感じ取れる忙しない空気を前に、そうではないとすぐに気付く。

 

 

「──もしもし、そこの人。何やら落ち着かない雰囲気をそこかしこに感じるが、何かあったのか?」

 

 

 悩んでも仕方がないので、たまたま目に留まった通行人の男性に話しかける。

 

 すると、相手は彼女の姿(美人は老若男女に効く)を見て、少しばかり気を緩めたのか……強張っていた頬が和らいだ。

 

 

「お嬢ちゃん、冒険者かい? なら、八本指は知っているか?」

「知っている」

「実は、八本指の有力者の死体が複数人見つかったらしいんだ。それに、他にも大勢死体が……」

「それは……大事件だな!」

「それに、こっちは詳細不明だが、化け物の姿を見たって話がちらほら飛び交っているみたいで……お嬢ちゃん、1人かい?」

「今は1人だが、連れが先に王都に来ている」

「なら、早いこと連れと一緒に此処を離れた方がいい。なんか、嫌な予感がするんだよ」

 

 

 そう言うと、男性は額に冷や汗を流しながら、再び雑踏の向こうへと消えて行った。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………八本指の、死体? 

 

 

(クレマンティーヌが……いや、違う。今のクレマンティーヌは、自分からそういった事はしない。じゃあ、いったい誰が?)

 

 

 それに、気になるのは化け物という目撃情報。

 

 

 モンスターではなく、化け物。

 

 

 つまり、それはこの世界の住人たちですら見た事も聞いた事もない、異形の存在が目撃されたということ。

 

 

 ……クレマンティーヌと多少なり訓練をしたり、『エ・ランテル』にて冒険者をやっていたりしていたからこそ分かったことなのだが。

 

 

 この世界の人間の実力は、ユグドラシルにおけるレベル10~30の間ぐらい……なのではないだろうか、ということを。

 

 そっくり同じというわけではない。ただ、そう思っただけのこと。

 

 だが、似たような見た目のモンスターの難度(ユグドラシルで言えば、レベル)を基にした彼女の推測に過ぎないが、近しいのではないかと思っている。

 

 

 ……そして思い出すのは、何時ぞやの、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)

 

 

 仮に……そう、仮に、だ。

 

 ユグドラシルの、モンスター。彼女と同じく、その設定がそのままこの世界に適応され、出現した場合。

 

 

 ──果たして、この世界の人達で対処出来るのだろうか? 

 

 

(……クレマンティーヌ、何処にいるんだ?)

 

 

 そう思った瞬間、気付けば……彼女は王都の人達と同じく、町中を小走りで駆けていた。

 

 当て等無い。だから、思うがまま、目に留まるがまま走っているだけ。当然ながら、そんなので見付かれば、誰も苦労はしない。

 

 

 ──こういう事になるならば、待ち合わせ場所を決めておくべきだった。

 

 

 そう、己に舌打ちしながらも、ときおり視界の端に映る金髪に足を止めては、再び走り出すという行為を繰り返し──えっ? 

 

 いっそのこと、建物の屋根に飛び乗って探すかと見当し始めた時だった。

 

 

(アレは……光の壁?)

 

 

 それはまるで、夜空を地上より照らす光のオーロラ。ゆらりゆらりと輝くソレは、ある種の幻想的な怪しさすら感じられる……!? 

 

 

(──行かなければ)

 

 

 その瞬間、彼女はひと際強い胸のざわめきを感じて──気づけば、彼女は──光の壁の中に居た。

 

 己が──いわゆる、ワープしたのだと認識したのは、視界が切り替わり、広場に立っていて。

 

 

 視界の右端には……仮面を付けた、スーツ姿の異形が立っていた。輪郭こそ人だが、ズボンより伸びる尻尾は、明らかに人外であることを示していた。

 

 視界の左端に、仮面を被った小柄な人物が蹲っている。遠目なので性別は不明だが、子供といっても差し支えないサイズで……同じく、見た目通りではないのだろう。

 

 

 ……そして。

 

 

 ……ああ、そして。

 

 

 その子供より、後方。数十メートルほど離れた場所にある、黒焦げの死体が三つ。

 

 全身焼け爛れているせいで、酷い有様だ……そんな、死体の……偶然にも、こちらへと顔を向ける形で横たわっている、その亡骸の顔──は──。

 

 

「…………」

 

 

 言葉が、出なかった。

 

 今しがたまで心に浮かんでいた言葉は全て、消え去っていた。

 

 私が、俺が、私が、俺が、私が、俺が、私が、俺が……二つの己が交互に表に出ては、互いを押しのけて表に出ようとしている。

 

 

 『ゾーイ』としての、私ではない。

 

 『人間の男』としての、俺ではない。

 

 

 そのどちらでもない、自分。これまでの日々が、まるで走馬灯のように脳裏を流れて行く。

 

 心のどこかで宙ぶらりんになっていたナニカが、グルグルと己の中で混ざり合い、そして──。

 

 

「──世界の均衡が崩れる可能性が生まれた時、私は顕現する」

 

 

 その言葉と共に……彼女は、己の頬を流れる涙を自覚する。

 

 無意識のうちに出現させた盾と刃を、ギシリと音を立てて軋ませる。

 

 

 ──人の死に、涙など枯れ果てたと思っていた。

 

 

 あの世界では、いちいち人の死に涙を流していてはやっていけない。それは、この世界でも同じだと思っていた。

 

 その代わりに、息づく命が続いていることに涙が流れるようになった。ただ、そのままに生きられるこの世界が、愛おしくて堪らなかった。

 

 

 ……だが、違った。いや、正確には、両方有ったのだ。

 

 

 世界が崩れる事に対する、ゾーイとしての痛み。

 

 人々の命が弄ばれる事への、人間としての痛み。

 

 

 ──依怙贔屓。それは間違いなく、『ゾーイ』としては許されない依怙贔屓である。

 

 

 だが、それは──人間だった時の彼にとっては、当たり前の依怙贔屓でもある。

 

 

「……これはこれは、招かれざる客がもう1人。お初にお目に掛かります、私の名はヤルダ──」

 

「に、逃げろ! 死ぬぞ──」

 

 

 仮面を被った男が、何かを話している。

 

 仮面を被った子供が、何かを訴えている。

 

 

(──ああ、分かる)

 

 

 何故かは分からないが、分かる。それまで薄らとでしか認識出来なかった、『ゾーイ』としての感覚が……強く表に出てくる。

 

 

(──駄目だ)

 

 

 でも、同時に……彼女は、それ以上に強く表に出ようとする『俺』の意思が、それを留めようとしてくれているのも自覚する。

 

 

 ……何てことはない。

 

 

 己はもう、人間ではないと思っていた。人間のフリをした『調停者ゾーイ』なのではと、心の何処かで考えていた。

 

 事実、その通りだ。己はもう、人間ではない。

 

 

 けれども、心は……心だけは、違う。

 

 

 少しずつ『調停者ゾーイ』に引っ張られていくはずの心を……この世界が……クレマンティーヌが、引き留めていた。

 

 短い間ではあったけれども、何てことはない日常が……彼の、俺の、私の、彼女の心を……人にしてくれていたのだ。

 

 

「──滅する」

 

 

 故に──彼女は激怒する。

 

 

空星(そらぼし)狭間(はざま)()ね!!!」

 

 ──バイセクション! 

 

 

 1人の……愛しき親友を殺された、1人の親友として──彼は、俺は、私は、彼女は──ゾーイは、振り上げた蒼き剣を、解き放ち。

 

 

「──くっ!?」

 

 

 反射的に、あるいは本能的に、気付いたのか。

 

 仮面の男は反撃も防御もせず、逃げの一手を取った──が、それは少し遅かった。

 

 

 繰り出された蒼き波動は空間を切り裂き、光を放ちながら──仮面の男を──逃げ切れなかった両脚を、一撃で切り落としたのであった。

 

 




ヤルダバオト → Lv.100なので、ゾーイHLとの戦闘になりました

最初からCT満タン点滅&OVER DRIVE状態からのスタートとなります

大丈夫、大丈夫

メイドたち入れたら全員で6人になるから
特異点だって、ソロでも6人で挑むのだから、なんとかなるって(笑)

まあ、ソロで勝てる時点で廃人の領域ですけどね、あれをソロで勝つってえげつねえなって話

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。