雲一つ無い、澄み切った青空の下。今、2人の男女が夫婦の契りを交わそうとしている──。
親族や大勢のゲストに見守られる中、荘厳なシャンデリアが照らす式場の中心で、全身を純白のタキシードに身を包んだ黒髪のアホ毛が特徴的な花婿と思わしき三白眼の青年は、緊張か、それともこの上無い喜びゆえか、そわそわと小刻みに身体を揺らしながら落ち着きが無い。
宮殿と見紛わんばかりの絢爛な装飾をされた式場が、一層この時の特別感を煽り、高揚と同時に野暮な緊張が身体を強張らせる。五月蝿く胸中で暴れ回る己の心臓に呆れ混じりの溜息が溢れそうになった瞬間、式場全体に儚げながらも明るい音楽が響き渡る。遂に始まった──と、緊張が最高潮に達すると同時に心臓が跳ね上がり、口から飛び出しそうになるが、なんとか気持ちを落ち着かせようとして表情を引き締める。もうすぐ、本日のもう1人の主役が入場する。青年が今一度、緊張を解す為に深呼吸を吐き出し、花嫁入場口へと視線を向ける。
だがそこで、青年は不思議な光景を視界の端へ捉える。否、光景では無く彼の視界へ映ったのは、1人の少女。親族やゲストが式場に設置された式場椅子に座り、花嫁の入場を心待ちにする中、その少女は1人、入場扉から少し離れた壁に背を預け、青年の事を優しげに見つめている。青年以外の誰もが、彼女の存在に気付いておらず、まるでそこに存在すらしていないかのような様子だ。
しかし、それでも青年1人にだけ、少女の姿はハッキリと目に映っている。世界中を探しても珍しい、雪のように白い銀髪、青空を写したかのようなサファイア色の瞳。まるで、人形のような整った顔立ちのその少女は、一目見れば忘れられないような姿をしているというのに青年以外の人物がそれを認識できていない。
そんな異様な光景なのにも関わらず、青年は呆れ混じりに口角を吊り上げる。何故なら、その少女は彼が昔からの馴染みの人物だったからだ。かつてから、彼女は自分の常識では測ることのできない少女だった。だから、今この瞬間見ている光景もその延長線上に過ぎない物なのだろうと妙に納得してしまう。
そんな、他愛もない思い出を思い出しては、芋蔓式に色々な事を思い出してくる。目の前の少女とのこと、これから入場してくるであろう花嫁のこと、そして、花嫁と自分とは切っても切れないであろう関係の姉妹達のことを───
瞬きの間、かつての思い出達に耽っていたからか、いつの間にか緊張は、無くなっていた。今あるのは、これから歩む未来への昂揚と
いつのまにか閉じていた眼をゆっくりと開き、再び扉へと向き直る。すると、見計らったかのように扉がゆっくりと開き始め、細い光の道を描きながら、花嫁のバージンロードが拓かれる。
青年はもう一度視線だけを動かして少女を見る。少女は、相変わらず慈しむような目で青年を見つめ返し、やがて、柔らかく閉ざされていた、薄桃色の唇がゆっくりと開かれ───
『お め で と う 。』
声は届かなくとも、はっきりと青年に伝わったその言葉に、彼はフッと口端を緩めて笑みを浮かべる。少女もまた、くすりと少女らしい笑みを浮かべる。そして、再び青年が彼女に視線を向けた時には、少女の姿は、まるで霞のように消えてしまっていた。
そして、華やかな結婚行進曲がサビに差し掛かれば、青年の意識は再びそちらへと引き戻される。輝く光のベールから、ゆっくりと花嫁の姿が露わになる、その瞬間は、まるで時間が遅くなってしまったかのように青年には感じられた。花嫁の純白のヒールがバージンロードを歩む音が、鮮明に聞こえ、純白のドレスがとても眩く感じる。この瞬間、世界一綺麗な花嫁を青年───上杉風太郎は、目つきの悪い眼を優しげに緩め、バージンロードを歩む、愛しの花嫁を出迎えた─────。
「ふふ…、2人とも綺麗でしたね。」
式場がよく見えるとある屋上。そこで、式場で風太郎と視線を交わした少女は、誰に語るでも無く独りごちる。まるで、我が子の幸せの成就を喜ぶ母のような微笑みを浮かべながら、新郎の風太郎と花嫁の姿を思い浮かべ、彼女もまた過去の事を思い出していた。
「すべては、あの日から始まったんですよね…。決して交わる事のなかった筈の道が入り混じり、様々なものが変わった…。」
優しげな笑みは絶やさず、しかし、どこか戒めるかのように少女は式場を見下ろして、言葉を紡ぐ。
「彼と出会ったのも、私も予測し得なかった偶然で、そして、彼と出会ったのであれば、彼女達との関わりもまた必然でしたから…。」
屋上の柵に身体を預け、自嘲するように苦笑いを浮かべながら、彼らとの軌跡に思いを馳せる。
「今更、言い訳を並べたところで、詮無い事なんですけどね…。」
溜息と共に諦めたかのような笑みを溢せば、再び式場へと視線を落とす。
「彼らには申し訳ないけれど、私は思い出を肴にここから祝言を送らせて貰うとしましょうか…。」
サファイアの瞳を細め、普通では見ることは叶わないであろう、式場で今まさに誓いの口づけを交わそうとする様子を明瞭に収めながら、最後にこう言葉を紡ぐ。
『Congratulations on your wedding.』