リコリス・リコイルで一般人転生者が頑張るお話   作:Shohei Hayase

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盲目の予言者

……それから5日後。

 

なんとか手足を軽く動かせる程度には回復し、病院食にもそろそろ飽きてきたところで、私はベッドの隣に座ってリンゴを剥く千束を何とは無しに見つめていた。

 

「どうしたの? 咲紀」

 

「流石に、もう飽きたよ。こんなんじゃ肉も落ちる一方だし……といっても、このザマじゃね」

 

視線を落として、内出血によってあちこちに青痣ができている腕を見つめる。

 

酷使した足に至っては、筋肉が引き千切れることこそ無かったものの、腕よりもかなり酷い状態だ。

 

「お医者さんは、2週間したら立っていいって」

 

「1週間したらリハビリに入れるように、千束からも言って貰えない?」

 

「駄目! またあんなことをしたら、今度こそ千切れちゃうよ。手術が必要なくらいまで悪化しちゃうから……」

 

千束は頑なに、私の要請を拒絶した。

 

全身に走る鈍痛は、千束の言い分が正しいことを雄弁に示している。

 

……が、しかし。

 

「なんというか……早く訓練したい」

 

「サボり常習犯の癖して、言うようになったね咲紀」

 

「千束、なんか最近当たり強くなってない?」

 

いたずらっ子のような表情を見せる千束に、辟易した感情を隠さず返答する。

 

……訓練したいのは本当だ。

 

たった一回。

 

たった一回、全力を出しただけでこのザマなのだ。

 

高々銃弾を避ける為だけに、ましてやそれを訓練する度に病院に担ぎ込まれるようでは、話にならない。

 

「何もできないことが、怖いんだ。 ……目的が出来たから」

 

「……咲紀。まだ、あんなことを続ける気?」

 

「分かってるよ。分かってるけど……諦めたくないんだ。諦めたら、多分もっとずっと楽になれるけど……」

 

私から、この心の枷を取り払わないでくれ。

 

そう、この場で言うのは躊躇われた。

 

居心地が悪くなった私は、差し出されたリンゴを、一口齧る。

 

(……あれ)

 

リンゴって、こんなに薄味だったっけ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

あの技術は、本来私には手を出せない脳の無意識領域を、もう一人の「私」を用いて埋めることで、私という自我を維持したまま演算能力を拡大するものだ。

 

しかし脳には全てに役割がある。思考を司る前頭葉、頭頂のカチューシャに似た運動野、後頭部にある視覚野、と言った風に。

 

「私」として脳から切り取った演算領域は、当然その本来の働きを阻害する。

 

千束は任務のために退出し、一人だけになった病室で、監視カメラに悟られないよう窓の方を向きながら、慎重に呟く。

 

「多分、持ってかれたのは味覚野の一部……と運動野か小脳の一部。体のリミッターがほぼオートで外れてたから、ここまでブッ壊れたのかな」

 

思えば、病院食も味を感じにくかった……ような気もする。

 

元々味が薄かったから分からなかったんだよ。前世でも……入院経験は……無かった……だめだ、出てこない。

 

(記憶の一部に、靄が掛かったような……あんまり思い出さなかった所が飛び飛びになってる?)

 

脳が記憶を貯めるのは海馬とされているが、これは正解でもあるし、間違いでもある。

 

海馬に貯められた記憶は、一定の時間が経つと大脳皮質に送られ、そこに保存される。

 

大脳皮質が何かって?

 

先ほど説明した脳機能局在は、全てその大脳皮質の話だ。高々薄さ数mmの皮の中に、私達の意識は眠っている。

 

(結構大部分だね……断片的だけど、持ってかれた総量は……3、4年ってところかな?)

 

他には……特に異常は見られないか。

 

「異常に気付けないのか、気付いていても、問題ないと錯覚しているのかは、分からないけど」

 

自分がそうと知らないだけで、自分からは既に何かが消えているのではないか……そんな想像を振り払い、窓から視線を外す。

 

「あとは名前か。いつまでも、『この能力』だけじゃ味気ないし」

 

この能力は、自分の能力を限界まで引き上げると同時に、他人の深部感覚……僅かな筋肉の緊張、体の揺れ……そういった物を予測、知覚するものだ。

 

他人の深部感覚を演算する……メタ深部感覚演算? なんか長ったらしいな。あと、折角なら漢字で統一したい。

 

超深部演算……うん。そうしよう。

 

どうせなら、英語のルビでもつけちゃおうか。他人には教えない。「私」の本当の名前。

 

神話の予言者、カサンドラは有名すぎるし……もう一人くらいは居た気がするんだけど。

 

(……テイレシアス。君は今からテイレシアスだ)

 

かのオデュッセイアにも登場した、ギリシャ神話の高名な予言者。

 

無名かと言われればそうでもないが、まぁカサンドラよりはマイナーだろう。

 

さて、ではテイレシアスを私が十全に扱えるようになるには……どうすべきか。

 

「やっぱり重要なのは起動時間を短くすることか……毎回アレ使ってたら命が持たないや」

 

ただでさえ骨は脆い。筋肉が火事場の馬鹿力を出すとポキっと折れてしまう。一見物凄く固い物のように思える骨だが、それはあくまでも人間に掛けられたリミッターの中での話だ。

 

かと言って骨をチタンに変えようものなら骨髄がそっくりそのまま消えてしまう。つまり死ぬ。

 

5秒だと長過ぎる。1秒は短すぎる……2、3秒が適当か? 

 

元々連続使用出来る物でも無いし、そのくらいで十分だろう。

 

(さて、そうと決まれば……体を治す。あとはテイレシアスに慣れる。それがマストミッションか……ッ)

 

体を酷使した反動か、ここ数日は不規則に睡魔に襲われることが多くなっていた。

 

(……おやすみ)

 

眠気に逆らわず、目を閉じる。

 

時間の感覚は、次第に溶けていった。

 




現状のプロットでは、あと数話で旧電波塔事件が発生し、その後本編の時間軸に直結することになっています。
しかしこの作品はアニメ放送中であり、未だ伏線等が十分回収されていないことも踏まえ、作中で十分な詳細が語られたとは言い難い旧電波塔事件の描写を書くか書かないかの判断を決めかねています。
なので、一つアンケートを取らせて頂きたく思います。
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