リコリス・リコイルで一般人転生者が頑張るお話 作:Shohei Hayase
私がリハビリを終え、正規の任務に復帰してから半年が経った。
千束は7歳になり、私は8歳になった。
DAは相変わらずの倫理観で、「知ったものは皆殺し」を続けている。
その中でテイレシアスと共に、なるべく人を殺さないように心がけてきた私は、この半年死者を一人も出すことなく任務を続けている。
「……それが、どうしてこんな事に……」
ちらりと頭を出して視線の先を伺う。
リコリスが一人、敵に捕まっていた。
事前情報では普通の任務だったのだ。小規模編成でも問題なく達成できる……筈だったのだが。
また発注ミスかよ。いい加減にしろクソコンピューター……ラジアータって言うんだっけ?
1年経たずに2回の敵戦力の計算ミス、おまけに私が任務に参加するときに限ってと来た。こっちは万年低成績のセカンドリコリスなんですが? 今回は千束もいないし。
つーか仮にも室内戦が予想されるのに少人数での編成しか認可しないラジアータとDAの組織体質にも問題がある。通常、突入戦では2つ以上の部隊が必須なのに、DAは酷いと1部隊しか寄越さないからな。攻者3倍の法則を知らんのか貴様ら。
とはいえ、これはDAの組織体質というよりは、リコリスの存在意義に関わる問題だ。
リコリスはDAのエージェントであり、DAの存在意義とは犯罪の未然抑止、すなわち犯罪者の事前抹殺だ。
……つまりリコリスは元々暗殺者とか、そういったものに近い。それを無理矢理特殊部隊モドキの突入戦力として使っているのだから、どうしたってその運用ドクトリンには綻びが起きる。
(そもそもリコリスが全員女学生なの、「平和な日本で一番警戒されにくい記号的シンボル」ってのが理由らしいからな)
イカれっぷりもかくや、と言わんばかりの超理論だが、実際にこれで結果を残しているのだから質が悪い。
「何とか言えよ! クソどもが!」
向こうもそろそろ激発寸前か。
敵との距離は30m少々だが、リコリスを簡易的にだが拘束する班と、銃を持ってこちらを警戒する班に分かれている。
(アニメみたくリコリスを一人で抱えてくれてたら良かったのに……現実は甘くないね!)
大の男複数人を0.2秒未満で無力化する……とてもじゃ無いがハンドガン一丁では火力不足だ。
(ハンドガンと、あと一丁欲しい……ライフルは何処!?)
辺りを見回して、たまたまそこら辺に落ちていたAKを拾ってチャージングハンドルを引こうとするが……動かない。
クソ弾が出ねぇ、何だこの銃は!
(ジャムってんじゃねえよ……作動音でバレる!)
強制排莢しようにも、双方沈黙しているこの状況で金属音を響かせたら一瞬で緊張状態に移行する。
泣く泣くAKを地面に捨て、P30SKを構える。
(
五感に回される処理能力を強化し、より精密に周囲の状況を知覚する。
僅かにP30SKのグリップを地面に叩きつけ、耳に入る音から反響定位を実行する。
常人でも3ヶ月程度トレーニングを積めば、実用的なレベルで反響定位を使えることは、研究によって明らかになっている。
私の反響定位はテイレシアスをフル活用した結果、極めて高精度な位置測定を可能としている。
耳に入る音と、反響定位によって得た結果を合わせて、正確な通路図を頭の中に描き出す。
シリンダーを
《コマンドポストは?》
《応答なし》
手信号で会話をしつつ、P30SKを胸の前に持ってくる。
《私が突っ込んで助けてくる。フォローお願い》
《了解、上手くやっとく》
幸い、人質を取られたことは司令室には知られていない。
これが伝わっていたら命令違反で私は見事に左遷される事になるが……まぁなるようになれ、だ。
隊長の先任セカンドリコリスの優しさを信じよう──!
(
クラウチングスタートのような体勢から一歩踏み出し、こちらを警戒している敵の脇をワンステップで通り抜け、同時に2発の銃弾を、拘束されたリコリスの左右にいる敵の銃に叩き込み、破壊する。
リコリスの後ろにいる敵は、彼女に向けて銃の引き金を引く予兆を見せるが……残念。それは0.15秒前に予想済みだ!
「グホッ!?」
強化された脚力で跳躍し、掬い上げるようなハイキックを縦回転しながら2発。
一発目で銃を蹴り飛ばし、2発目で顎を正確に打ち抜く。
着地すると同時にポケットから鉄の円柱を引き抜き、横に180度回転しながらテイレシアスの力を加えて打ち出す。
狙い
非殺傷でありながら敵を無力化できる私のお気に入りだ。脳を揺らして味わえよ。
拘束は手でどうにかなりそうでは無かったため、銃弾で物理的に破壊してリコリスを開放する。
「あ、の……」
「あっちへ早く。まだ安全じゃ──ッ!」
何か言おうとしたリコリスを制し、隊員たちがいる方へ向かわせようとした刹那、私はテイレシアスを再起動しながら全力で後ろに向けて飛び、リコリスを突き飛ばして離脱する。
無力化し損ねた敵が二人、ハンドガンを引き抜いて私に照準を合わせていた。
(ちっくしょう往生際の悪い! 一人は何とかなるけど……)
すぐさま狙いを定めて発砲し、一丁は撃ち落としたものの、もう一丁は間に合わない。
しかもお前、彼我の立ち位置と射角からして、捕まってたリコリスと私を一直線に捉えてやがる。私が避けたら当たるやつじゃんこれ。
しかも別の敵に銃撃った直後だし視線もそっち向いてるからどこに当たるかわかんねぇ!
音だ音。音が分かれば反響定位で……いや音速超えてるから意味ねぇ!!
(……ッ!)
発砲音。テイレシアスが《動くな》というオーダーを発し、私の体はそれに拘束され、瞬時に射撃のためのフォームを取る。
「ガっ……!」
「くそ、不味った……」
もう一発は許さない。私はそれを見逃すほど間抜けではない……が。それは正直どうだっていい。
(右肩に一発……出血的に動脈はぎりぎり避けたか……?)
胴体に食らってたら結構キツかったという点から見れば、まだマシな方と言えるだろうか。
(いや言えねぇな。普通にクラクラするわ)
「大丈夫……じゃ無いわね。コマンドポスト! 一人負傷! 医療班を早く!」
掠れた視界と、遠くなった耳で、飛び散る赤と発砲音を捉える。
さっと顔が青くなる。それは出血によるものか、それとも……
(やば……これは……)
だんだん頭が気持ち良くなったり苦しくなったりする。想像以上に、出血は酷いらしい。
ふと足元を見ると、大量の血溜まりが。
(これ全部私のかよ……ち、さと……)
目の前が暗くなる。浅く喘ぐような呼吸をする私をどこか他人事のように知覚して……それが最後の記憶だった。
◇◆◇◆◇◆
「……っは!? い、生きてる……」
飛び起きた私は、あちこち身体を触って自身の感覚と肉体の感覚に違いが無いことを確認する。
手術着の胸元を開けて右肩を確認。
少し盛り上がっている以外は、特に異常等はないようだ。
(
自己解析に特化したテイレシアスを起動し、分かる範囲で自身の体の状態を調べる。
(神経系は……正常。血管は……試すのは止めておこう。血管破裂とかしたら洒落にならない)
病室に担ぎ込まれたのは、テイレシアスを初めて起動したとき以来だった。
(デジタル時計は……一週間か。意外と寝込んでたんだな)
ベッドの側に置かれた時計は、私の記憶から一週間程度過ぎた日付を表示していた。
「え……咲紀?」
病室のドアを開けて入ってきた千束と、私の目が合う。
「咲紀……咲紀っ!」
「わぷっ……千束」
数秒時間が止まったかのような沈黙の後、千束は私に飛びつき、彼女の体重を支えきれなかった私はベッドに倒れ込み、ベッドと千束の体に挟まれて変な声が出る。
「咲紀……ほんとに良かった……無事で、良かった……!」
「……大丈夫。私はまだ死ぬ気ないし。安心して、千束」
臆面もなく私に縋り付いて泣きじゃくる千束の背中を、優しく擦る。
今度はちゃんと、腕は動いた。
……2分くらいは、そうしていただろうか。
「ねぇ咲紀。私……本当に怖かったの。咲紀が居なくなっちゃうんじゃないかって。 ……これが、人が死ぬってことなのかな」
私の胸に顔を埋めたまま、千束は呟く。
「そう。命は本当に大事で、1人に与えられる命は1つっきりなの。まぁ……今の科学技術では、だけど」
……理論上、1エクサフロップス程度の演算性能があれば、全脳シミュレーション……つまり、脳の神経細胞の動き全てをシミュレート出来ることが分かっている。
そして、現在最高性能のスーパーコンピューターの演算性能はエクサスケールの大台に乗り、それを越えようとしている。あと十年程で、人間の脳は電子空間に再現できるようになるが……それをヒトと、命と呼べるのだろうか。
まぁ先の話だ。今はそれは関係ない。
「たった1つの命だからこそ、それは究極の自立性と尊厳を持つの。それが、人権。ヒトが命を持つがゆえに在る、自身を
「……先生が言ってた。咲紀の考えは、まるで一般人みたいだって」
「ミカさんか……彼ならそう言うだろうね」
彼にはセキュリティガードとして、DAの外を見てきた経験がある。
DAの異常さを理解してくれる、数少ない人だ。
「私がおかしいのかな? 私達は、普通じゃないのかな?」
「普通の基準をどこに置くかによるかな。DAという場所でなら、むしろ私の方がおかしい」
「……咲紀はそう言って、皆を守ろうとする」
千束は少し膨れっ面をしてみせて、視線を下に下げた。
「いつか咲紀が、どこか遠くへ行っちゃいそうで、怖い」
「……………………」
答えられない。なまじ重傷を負った後であるため、今の私の「死なない」という言葉は、其処らの塵紙よりも薄い。
千束は痛いくらいに私を抱き締め、蚊の鳴くような声で懇願する。
「嫌だよ……嫌だよ咲紀。居なくならないで……私の側にいて……?」
薄い手術着はあっさりと湿り、千束の啜り泣く声だけが、静かな病室に反響する。
携帯が唐突に鳴り響き、千束は名残惜しむように私から離れ、携帯を見る。
千束の目を見て、私は怖気の走るような感覚を覚えた。
「電波塔でテロ発生の予兆あり。 ……ごめん、私行かないと!」
「待って……千束!」
その目は……その目だけはだめだ。千束が、ただの子供が、そんな表情をして良い筈が無い。
病室のドアに手をかけて、彼女は私に振り返る。泣き腫らした目元と、僅かに上げた唇は、悲しみを無理矢理押し殺して笑みを作ったようで──
「……大丈夫。私はもう、咲紀を悲しませないから」
無慈悲にも、扉は閉まった。