リコリス・リコイルで一般人転生者が頑張るお話 作:Shohei Hayase
今後とも、拙作をご愛顧頂きますようお願い申し上げます。
2022年8月30日 Shohei Hayase
千束に少し遅れて、私もP30SKにマガジンを差し込み、初弾を薬室に送る。
「開始の合図は?」
「ベタだけど、コイントスで。どっち投げる?」
ならば私が、と千束からコインを受け取り、上に弾き上げる。
千束はCARのHighの構えで狙いをつけ、私は一歩引いたExtendで照準を定める。
くるくると、コインが放物線を描いて落ちて……
キン、と音が鳴った。
「っ!!」
「──っ!」
千束はすぐに一発撃つが、それを予想していた私は体を傾けて躱し、互いに接近し合う。
もとより遮蔽物のない接近戦。ならば勝敗を分けるのは格闘技術と、銃の駆け引きの技量!
千束の足払いを寸前で止まることで避け、左上から叩き下ろすような蹴りを放つ。彼女は足払いの勢いのまま回転して蹴りの狙いを外し、立ち上がりながら足刀蹴りを放つ。
流石に受けるのは不味いと一歩後退して狙いを外し、脚を掴もうとするが先んじて蹴り足を引き戻され、反対の脚が回し蹴りの要領で横から襲ってくる。
「……やるっ!」
スウェーで躱しながら前進し、左拳を握り締める。
千束も蹴りを振り切った体勢のまま左拳を引き付け、パンチの体勢に入っていた。
互いの拳は傾けた顔の横を通り、引き戻しながら銃を突き付け、返礼代わりに私から一発……避けられる。
体勢を崩すことすら厭わない、コンパクトな右足のハボ・ジ・アハイアによって回避と攻撃が両立され、右手を引いて拳銃を庇い、突き出した左手は千束の右手の拳銃によって弾かれた。
千束はそのまま拳銃を発砲し、私はバク転で距離を取りながら拳銃を構え、テイレシアスを起動。
バックステップで距離を取る千束を狙い、右肩と左腰に向けて2発。左太ももの筋肉が動く予兆を知覚。
(なんつー体幹してやがる……!)
千束は空中で体を捻ってHighポジションを作り、私の弾丸は彼女の制服を掠るに留まる。指が動く。
斜め前に飛び出して千束の弾を躱し、足に力を込めて前へと身体を進める。
あと1秒でテイレシアスが切れる。
その僅かな焦りを見越したのか、千束は正中線をなぞるように3発射撃、横っ飛びで回避した私に、今度は千束から詰め寄りに来る。
鋭いステップインからの
千束は無理に引っ張ったことで、私は無理に引っ張られたことでバランスが崩れるが、この状況を引き起こした千束の方が早く復帰し、私に狙いをつける。
腰を屈めながら狙いを外し、飛び出すようなハイキックを放つが、やはりこれも避けられる。
バランスを崩した私に対して、千束がまたも狙いをつけた。
それに対して私が取ったのは、全力での跳躍。
片脚で後方宙返り、ハンドスプリングで更に距離を稼ぎ、10m以上距離を離す。
地面に着地した所で、テイレシアスが終了した。
「空手、カポエイラ、八極拳……一体いくつ隠し持ってるんだ?」
どれも相当な練度だ。基本的な構えこそ面影が無いが、技の鋭さは十分に実戦で通用するまでに鍛え上げられている。
「ちょちょいっとね、通信教育?」
「通信教育でこのレベルなら、さぞ高名な武人に習ったに違いないね」
千束の口が微笑みを作る。
「私は咲紀と一緒に戦える。それを、証明するの」
「それが、千束の意志なのね。 ……なら私はそれに答えなきゃいけない」
軽く息を吸う。思えば、自分の意志をこうして言葉にしたようなことは、無かった筈だ。
「私はDAという組織を変えたい。その為に、出来るだけ足掻く。私は千束と一緒に戦いたい」
これが私の決意。ただ見ているだけの自分を終わりにして、自分から手を伸ばして、掴める物を全て掴む。
「その言葉が、聞きたかった」
千束はゆっくりと微笑んだ。
久方ぶりの満面の笑みは、とても綺麗だった。
「千束は、やっぱり笑ってるほうが似合ってるよ」
「お、褒め殺しか? でもやっぱり嬉しいね。最近あんまり話してなかったし」
「話してないどころか、二人揃って入院してたんだけどね」
ついでに言えば、互いに体の状態は万全とは言い難い。私は右腕に引き攣るような感覚が抜けないし、千束も何時もより少し反応が遅いように感じる。
千束も大きく息を吸う。心の奥に秘めた結論を、吐き出すように。
「私はこの力を、人を助けるために使う。 ……差し当たっては、眼の前にいる、一番大切な友達を、ね?」
1年前の模擬戦以来初めて本気でぶつかって、初めて互いの本音が見えた。
私達は数秒顔を見合わせて、同時に吹き出す。
互いに見せたことも見たことも無い、本気の笑いだった。
全く戦う気分ではなくなっていて、何方からとも無く銃を下ろす。
この戦いの着地点はどうするのか、千束に質問を投げかける。
「ちなみに勝利条件は?」
「『参った』って言うまで」
「デスマッチかよ畜生」
プロレスじゃないぞ。じゃんけんの方な。
想像以上のガバガバルールに、思わず失笑を零してしまう。
「ちなみにまだ、勝負は続いてるからね?」
「……えっ? っとぉ!?」
先程の会話で集中が切れた私は千束の急な動きに対応出来ず、千束に思いっきり突き飛ばされて地面に押し付けられる。
強かに頭を打つと思われたが、千束の右腕が私の後頭部を抱えて衝突を防いでいた。
いつになく、二人の顔が接近する。
千束の顔を何故だか直視することができず、私は視線をあちこちに彷徨わせた。
彼女は私の耳元に口を近づけ、はらりと肩口から滑った髪が、私の頬に触れる。
微かに耳元に掛かる吐息は暖かく、激しい運動によって上気した体は熱を持ち、じんわりとした心地良い熱が、千束と触れ合っている前面に伝わってくる。
「大好きだよ、咲紀」
「……私もだよ。千束」
万感を込めた千束の言葉には、そう返すしかなかった。
彼女は私の体を覆うように上体を起こし、私の両腕を開いて、磔にするように自分の体で固定する。
(……これは動けん)
足もしっかり抱え込まれ、テイレシアスを起動して無理やり跳ね除けようにも、後の戦闘に支障が出るほどのダメージを自分で作ってしまう。
体を動かすための支点が尽く潰され、僅かに胴体が動くだけになって、正しく
彼女はニカッと笑って、宣言した。
「私の勝ち」
「……参った。私の負けだ」
流石にこの状況から逆転、勝利するのは難しいと判断し、素直に負けを認める。
親子程の差がある少女に、人付き合いの如何について諭されるとは……人生、何が起きるか分からないものだ。
◇◆◇◆◇◆
千束をDA本部から離す……楠木司令とミカさんが取り引きした結果、そこが妥協点となった。
やはりDAは「知った者は皆殺し」が基本原則であるが故に、強いリコリスと言えども殺せない存在に用はないのだろう。
施設の裏手にある、人気のない駐車場で、私と千束は向かい合っていた。
「墨田区の……押上あたりか。旧電波塔の近くとは、なんとも皮肉だね」
「そうでもないよ。私だって、外の世界を見てみたいもん。先生に教えてもらったけど、東京って面白い場所があちこちにあるんだって!」
期待に目を輝かせて言う千束は、やはり年相応の少女のように見える。
「DAの外は、きっと楽しいよ。ほら、行っておいで」
しかし私が千束を車に押し込もうとすると、彼女は梃子でも動かないと言わんばかりに抵抗するため、諦めて手を離す。
「一緒に戦うって……約束したのに」
「仕方ないさ。支部として成立しているわけでもない、体のいい厄介払いの為の場所だ。 莫迦正直に言った時点で、こうなることは読めていた」
しょんぼりとした様子で呟く千束の頭を撫でながら、そう諭す。
「……やっぱり、子供扱い」
「しょうがないでしょ、私が一個上なんだから」
オマケにそれは肉体面の話で、精神年齢はそれ以上に差が開いている。
段々と膨れっ面になってくる千束が怖くなって手を離す。更に膨れた。
慌てて再度撫で始めると、漸く千束の溜飲が下がったのか、頬が元の状態に戻る。
「咲紀の手付き、優しいね」
「あんまり、他人の髪を撫でることは無いんだけどね」
「そっかぁ……そっか! ふふ」
何やら唐突に口角を上げる千束をしばらくドン引きの目線で見ていた私だったが、これでは言い出すものも言い出せなくなると、無理矢理表情を整える。
「千束、これ」
「……携帯? ああそっか、連絡先交換しないと」
寮の場所も近く、任務でも一緒になる機会が多いため、今までは携帯を持っていても千束との連絡に使ったことは無かった。
互いのメールアドレスと電話番号を打ち込み、登録しておく。
「折角だし、なんか写真撮ろうよ」
「よし来た」
千束の申し出を快諾し、私が少し屈むような形で千束が掲げるカメラの画角に入り込む。
「ハイ、チーズ!」
互いにピース。笑みを湛えたその一瞬は、確かに切り取られ、保存される。
千束から私へ、一通のメールが届く。先程の写真が添付されていた。
「千束……悪いがそろそろだ」
「そうですか……ミカさん、千束を頼みます」
「……
車の裏から出てきたミカさんは、申し訳無さそうに千束に告げる。最後に1つミカさんにお願いして、私は彼女に近づいた。
「前は千束に言われちゃったから、今度は私から」
「えっ……?」
「もし、千束が危険な状況になりそうだったり、なったときは、私を呼んで。いつどんな時でも、例えどんな代償を払ったとしても、必ず千束のところに行って、助けるから」
小指を差し出す。千束は数瞬戸惑う様な素振りを見せてから、小指をゆっくりと動かした。
指が絡まり、キュッと握られる。
「咲紀……」
「千束……っ!?」
近づいた顔、右頬に湿った感触。
頬から全身に、熱いものが広がっていくような、奇妙な感覚だった。
「な、ななな何を!?」
「……これは半分」
顔を戻した千束は、頬を真っ赤に染めたまま呟く。
「必ず、私にこれ、しに来て」
「……勿論だとも」
いじらしい少女の申し出は、確かに私の心に刻み込まれた。
……ドアが閉まっても、彼女は私に手を振り、私もそれに手を振って返す。
車が動き出して、林の向こうに消えて、それでも数分は、手を動かし続けていた。
いつの間にか視界が歪み、泣いていたのだ、と悟る。
拭っても拭っても、後から溢れる涙が頬を伝い、幼子のように顔をくしゃくしゃにしながら、私はハンカチを瞼に当てて、さっとずらす。
(これじゃあいい大人が形無しだ。 ……千束、元気で)
祈る。決して声には出さぬように。私という存在の、全てを込めて。
……さようなら、我が今生の、最大の親友よ。そして、また会いましょう。
願わくば、君の道行きに幸があらんことを。
◇◆◇◆◇◆
「千束」
「……うん」
DA関東本部を出発して10分。有料道路に乗って運転に割く意識量も減ってきたところで、ミカは千束を静かに呼んだ。
千束はミカと視線を合わせない。携帯のディスプレイに映る写真……出発前に撮ったツーショットを見て、唇を噛み締めていた。
「悲しいか?」
「悲しいよ。けど、子供に見られるのは……嫌だ」
ミカは敢えて、千束に視線を向けなかった。
代わりに、1つ教えることにした。
「涙を流さない人間は居ない。大人って言うのはな、泣く場所を弁えるんだ。咲紀のあの顔は、泣きたくて泣きたくて仕方無いけど、それを我慢して振る舞ってる大人の顔だ」
「……それが、私となんの関係があるの」
「泣いてもいい時には、思いっきり泣くんだ。それが出来るのも、大人だ」
ミカはそれっきり、何も言わずにバックミラーを動かした。
微かな啜り声は、やがて大きくなり、千束は声を上げて泣き出す。
ミカはわずかに眉尻を下げながらも、ハンドルを動かし続ける。
彼女達は、ゆっくりと、しかし確実に、DA関東本部から100km以上離れたこの国の首都、東京に近付いていた。