リコリス・リコイルで一般人転生者が頑張るお話 作:Shohei Hayase
チェックメイト
目を開ける。目尻を伝う冷たい感触は、目が乾いていたからだ、と自分を無理やり納得させて、私はベッドから上体を起こす。
(……懐かしい映像だ。君かい? テイレシアス)
《否定。自己チェック完了、異常なし》
「ならきっと、そのチェックに引っ張られたのさ」
私とテイレシアスは記憶を共有している。別々の自我を持つ私達は、互いの主観を提示し合うことで自我の融合を防いでいる。
先程の光景は、テイレシアスが記憶を再生している最中に、私が反対から見ていたモノ。私にとって印象に残っている場所だけ見えるから、酷く飛び飛びになる。
《オートセットアップコンプリート。シリンダー、エクステンションレディ》
「了解……っと」
上体を反らす。夢の時期から10年程度経過した私の体はかなり背が伸び、少しずつ成人に向けて近付いている。
手早く支度を整え、リコリスの制服に身を通す。
千束と別れてから、10年。
私はファーストリコリスに昇級し、DAを変えるための戦いを、今も続けている。
◇◆◇◆◇◆
……DA本部の司令官室は、その名の通り整えられた調度品と、高級そうなソファが陣取っている。
ここが犯罪者殺しのメッカであり、その任に当たるのが年端も行かぬ少女であるということを除けば、この場所は普通の部屋に見える。
少女たちの死体で
「……何の用だ、一ノ瀬」
「貴女が命じた通り、最前線に立ち続けて10年。病院送りになることも無く、敵味方死者ゼロを達成し続ける……その命令を確かに完遂したことのご報告です」
多少の嫌味を混ぜて要件を告げると、今度こそ楠木司令の額に一本の青筋が走る。
10年前に、私と楠木司令は、1つの賭けをした。
私が10年間、病院送りにならずに不殺を実行し続けることが出来れば……DAの組織体質改善に真剣に取り組む、と。
私がファーストリコリスに上がってすぐ持ちかけた賭けは、当初彼女の中では見向きもされなかった筈だ。
だが彼女の間違いは私の実力を見誤ったこと。それと私の本気度を理解していなかったことだ。
最初こそ興味なさそうに応対していた司令が、段々と言葉少なになり、無口になり……最終的にこちらを罵倒して来るようになったのは、傍から見ていても出来の悪いコントのようで、正直言ってめっちゃ面白かった。
「だが、たとえ私一人が真面目になったとしても、DAの組織体質は変わらない。馬鹿なことはすぐに止めるべきだ」
「ご安心を。仕込みは既に終わっています」
司令の右頬が、僅かに強ばる。歯を噛み締めたのだろう。
「……現場の意識改革は、ほぼ終わっている。お前が前線に立ち続ける理由が、人を助ける以外に、自分の思想を、自らを広告塔とすることで皆に売り込むため、だったとはな」
この10年間、私がただ戦場に出ているだけだと思ったら大間違いだ。
時には体を張って敵味方を助け、生き残るための技術を満遍なくリコリスに行き渡らせる。
というかリコリスの
それも相まってリコリスの死傷者は格段に減少し、それ以外のこと……例えば味方の状態だったり、敵の状態だったりを確認する余裕がセカンドリコリスに生まれ、サードリコリスをカバーするような組織体制に変化させていったのだ。
「お陰様で、たっぷり宣伝させて頂きましたよ」
「まったくだ。最初は
司令は仏頂面を隠そうともせず、私を
「クーリングオフをご所望でしたら、20日以内に解約すべきでしたね」
前世の知識を参照しながら混ぜっ返すと、司令は僅かに口端を上げる。
「解約させる気も無かった癖に、よく言う」
少し口を
返答代わりに、一枚の紙を司令に渡す。
「……これは?」
「転属願いです。ここで出来ることは、粗方やり尽くしましたので」
「良いのか?」
意外そうに、司令は訊いた。
それに対し、私は単純明快な答えを返す。
「DAの
今度こそ、司令の顔が引き攣る。
「……一体何処まで入り込んで、何を知ったんだ。一ノ瀬咲紀」
怖気の走るような、司令の声。
余りの圧に少し押されかけるが、私は意識と呼吸を整えて言い返す。
「それはまだ言えません。 ……けど、DAは生まれ変わるんです。私にとって、より良い方向に」
「それは、千束のためか?」
思わず、銃のホルスターに手を伸ばしかけた。
「……当代無敵の
「うるさいですね、その面ぶっ飛ばしますよ」
「勘弁だ。流石にまだ死にたくはない」
両手を上げる司令を見ては流石に銃を抜く気にもなれず、右手を軽く振って緊張を解し、左腕に絡める。
「リコリコへの転属は、こちらで採決しておく。さっさと荷物を纏めて準備しろ。バスはこちらで取って、後で連絡する」
「ありがとうございます。司令」
一礼して、私が司令室から出るために扉の前に立つと、司令は唐突に、わざとらしく私を呼び止めた。
「あぁそうだ。そこにもう一人、問題児が転属だ」
「……問題児?」
怪訝な顔をしていたと思う。
DAにとっての問題児とは、不殺や命令違反といった、DAの組織に従わないものを指す。とどの詰まり私のような人種だ。
なのに、私ではなく、「もう一人」という言い方をした。
つまり、私とは別ベクトルの……
「飛び切りの問題児さ。なにせ──」
司令はニヤリと、人を食ったような笑い方をした。
──ここ5年で久々に死人を出した、独断専行の機銃掃射魔だ。
そう言うだけ言って、司令はくるりと背を向けた。