リコリス・リコイルで一般人転生者が頑張るお話 作:Shohei Hayase
「失礼します」
体を扉に押し付けて開けるように……明らかにクリアリングの技法を使いながら入ってきた少女は、私達の前で立ち止まった。
「本日配属になりました、井ノ上たきなです」
「お久しぶり、たきなさん」
「はい。咲紀さんも壮健そうで何よりです……なぜここに?」
私と握手を交わしながら、たきなは不思議そうに質問した。
「ちょっと気分転換代わりに転属。向こうでやりたいことは大体終わったし」
「……そうですか」
不承不承といった感じでたきなは頷く。彼女は確か、京都支部からの転属組だったはずだ。憧れの関東本部を「やりたいことが無くなった」という理由で放り出してこんなところに来るのは、彼女の価値観からすれば考えにくい事なのだろう。
「こちらには……その……日本でも指折りのリコリスが居ると聞きました」
チラチラと私を見ながら、たきなはその言葉を口にした。
「私はどうだっていいよ。ただの1リコリス。千束……そのリコリスね?……の方が私より強いよ」
私がキッパリと言い切ると、彼女の視線からは迷いが消えた。
「その千束さんは、どちらに?」
「遅れてくるそうだ。すまんな。ここの管理者をやってる。ミカだ」
「宜しくお願いします」
ミカとたきなが握手を交わす。
それを見ながらたきなの人物像について細かな修正を加えていると、扉に誰か近付く音が聞こえた。
「っはぁ! 咲紀! 咲紀はどこ!?」
バタン、と扉を乱暴に開け放って転がり込んできた千束は、開口一番私のことを問うた。
全力疾走してきたのか、肩で息をする彼女を目にして、私は歩き出す。
「久し振り、千束」
「……さ」
「さ?」
「咲あぁ紀いぃぃいっ!!」
「うわぁぐっ!?」
私が呼び掛けた途端千束は数秒静止し、何か口にしたと思った途端、凄まじい勢いで飛びついてくる。
なんとか倒れることなく、数歩
飛び込んできた時に見えた千束の姿は、別れたときの面影を確かに残していたが、随分と大人の姿に近づいていた。
「……大きくなったね、千束」
「咲紀も……無事に会えて良かった」
10年前に抱き合った時とは、全く違う。人の成長と言うものをひしひしと感じながら、千束の全体重を支え、彼女の足を地面につける。
「改めて……DA関東本部から転属してきた、一ノ瀬咲紀です。宜しく、千束」
「そんな固っ苦しくしなくてもいいって! ほらほら、たきなも寄って寄って!」
「えっ、あの、ちょ」
(……あれ、たきなさん、千束に名乗ってなかったよな?)
戸惑うたきなと、首を捻る私を他所に、千束はグイグイとたきなを引っ張り私、千束、たきなで三角形が出来るようにする。
「宜しくたきな! 私は錦木千束! リコリコ所属のファーストリコリスだよ!」
「井ノ上たきな……です。1年前までは京都にいて、今回DA関東本部から転属になりました」
「おー転属組、優秀じゃん! 歳は幾つ?」
「16です」
「私17! 一個上だけど、千束でいいからねー?」
「あっ……はい……」
千束の勢いにたじたじになるたきなを見て、流石に不味いと判断して助け舟を飛ばす。
「千束、コミュニケーションの基本は相手の反応を見ること。今の千束はハイテンション過ぎて、付いてこれる人は少ないと思うよ」
「うぇー……? そりゃ分かってるけどさ、なんかこう、ガツン! って行かないと見えない物もあるじゃん?」
「『突撃!隣の晩ごはん』やってるんじゃ無いんだから……私は18だけど、千束と同じく敬語はいらないよ。普通に咲紀って呼んでくれたら嬉しいな」
「それはちょっと……難しいです。千束……さんは
しどろもどろになりながらも、たきなは何故か私を呼び捨てにするのを拒絶した。
「ちなみに、どんな?」
「え、えーっと……10年間負傷らしい負傷をせずに最前線で戦い続け、リコリスの死傷者数を5割以上減らした改革者……ですかね」
「何だその超人」
私がやった事を事実として列挙するなら、確かにその評価は適切ではあるのだが……私にその評価は、何処かむず痒くもある。
「そんな事をしてたから、咲紀は私に連絡をくれなかったのね! 咲紀は私と仕事、どっちが大事なの!?」
「絶妙に答えにくい二択やめて。あと演技あんまり上手くない」
「んぐっ……」
わざとらしく大仰に声を上げる千束に氷点下の視線をプレゼントすると、彼女は唇を尖らせながら一歩下がる。
「そういえばその顔どしたの? 名誉の負傷?」
「いえ、これは……」
たきなの左頬にはガーゼが貼られていて、答えにくそうに視線を逸らすたきなを見て、千束が不思議そうに覗き込む。
「多分フキさんかな? 彼女結構激情家だし」
「……ご存知なんですね」
「私は任務で度々会ってたし、千束はたしか寮が同じだったんだよね?」
「そうそう……ってそれフキに殴られたのか! ちょっと待ってて!」
カウンター内に設けられた電話……今時珍しいダイヤル式電話機に飛び付く千束を見ながら、私はミカさんに質問をする。
「チーム分けはどうしますか? 千束とたきなさんで1チーム、私は単独行動の方が分業できて良いと思いますけど」
「……いや。3人1チームで動いてくれ。その上で適宜分担する」
「了解しました」
(ファーストリコリスを二人付けるとは、贅沢なチームだな)
DAのチームは結構独特で、軍隊のように隊長はどの階級、と決まっているわけではない。
隊長がファーストリコリスの場合もあれば、セカンドリコリスの場合もある。
リコリスはともすれば正規軍以上に人員の入れ替わりが激しいからな。ずっと固定されたチームで居られるのは、それだけリーダーが優秀ということだ。
「うっせえ、アホ!」
千束が受話器をダイヤル電話に叩きつけ、肩を怒らせながら私達の方へ戻ってくる。
「あーったくもう……気分悪い」
「そういう時は、コーヒーでも飲んで落ち着け。一杯要るか?」
カウンター席に座り込んで口を尖らせる千束を宥めるように、ミカさんは穏やかな口調で千束に質問する。
千束はすぐに機嫌を持ち直し、目を輝かせて飛びつくようにカウンターから立ち上がった。
「いるいる! 先生のコーヒーすごく美味しいから、二人もどう?」
「貰おうかな」
「……では私も」
即答する私に、僅かに遅れてたきなが続く。
10分程立って、私達の目の前にコーヒーが置かれる。
コーヒーは、とても美味しかった。
◇◆◇◆◇◆
仕事のために3人で道を歩いていると、唐突に千束は口を開いた。
「フキは分かりやすいんだけどねぇ……」
「あれ、千束は突っかかられた
「私? 私は割とそういうのは気にしなかったかな。あんなだけど面倒見はいいし。咲紀は?」
「私はねぇ……それはもう凄く対立した。私の方針と彼女の掲げるものが全く違ってたから」
ある意味彼女は、
しかし私はDAを変えることが目的であって、究極的には命令なんてクソ喰らえ、というタイプだ。
「どうやって、知り合いになったんですか?」
「ソリは合わなかったけど、模擬戦で適度にボコって話を聞いてもらった。彼女は言いたがらないけどね」
おずおずと聞くたきなに、私は平然と答える。私に向けられる視線に怯えの感情が混じった気がするのは錯覚だろうか。
「ファーストリコリスに、手加減出来るんですか」
「10年間、前線で遊んでたわけじゃないからね。それでも千束よりは強くない」
少なくとも非殺傷弾を使って任務をこなせるほど私は強くない。如何せん弾道がブレて使い物にならないからだ。
千束とインファイトの距離で戦えるのは、世界を見渡しても片手の指で数えられる程度だろう。
「えー……私咲紀に負けそうな気がする。じゃんけんでもする?」
千束の
彼女と戦ったのは、やはり千束と別れる前が最後であるため、
「いいねじゃんけん。掛け声は?」
「あり」
「オッケー……最初はグー!」
例えじゃんけんでも勝負だ。本気でやらないと失礼になる。
(
ってか千束と掛け声ありじゃんけんする時点で最低でも勝ちは無いんだよ!
本気も本気、脳の演算領域を増やして獲得したテイレシアスの二重起動状態、これが無ければ一年と経たずに病院送りになっていたと断言できるズッ友コンボで勝ちを狙いに行く。
「じゃんけん!」
一気に視界がスローになる。千束の手が……僅かに動く。
(チョキ!……いや変えてグーならパーを出す、またチョキにしやがるコイツ……!)
互いに相手の「出」を読み合ってグーの状態から僅かな手の動きで心理戦と反応速度の駆け引きが行われる。
初動で遅れた私だったが、テイレシアスの予測演算を用いてどんどん差を縮め、互いの手が見えない状況に持ってくる。
差し出される互いの手。私はテイレシアスの動体視力で、その中でも千束の手の動きを捉え続ける。
同時にこちらはイグニッションによって強化された身体能力で思いっきり手を出し、千束の目を撹乱する。
「……ぽん!」
千束はグー、私はパー。
「……ふぅ。疲れた」
テイレシアスの反動で吹き出した汗を、千束がどこからか取り出したハンカチで拭ってくれた。
「お疲れー。 いやー久々にやり応えのあるじゃんけんでした! 最近は誰も私とやってくれないし」
「私じゃんけん一回でここまで汗かいたの初めてなんだけど。たとえ世界の命運を掛けたじゃんけんでもここまで緊張することは無いと思うね」
「どんな例えだよそれ」
「世界を創った神様をどうにかするための手段がじゃんけんだったらあり得るんじゃない?」
「どんな状況だよそれ」
しょうがないじゃん、辛うじて覚えてるのこれだけなんだから。
先程の動き──通常の知覚速度だとグーの腕がヤバいくらいに痙攣しているように見えるはずだ──を見ていたらしいたきなは唇を引き攣らせながら問い掛ける。
「……じゃんけんって、普通運じゃないんですか」
「こと私達に限っては……ねぇ」
「ねー」
ニコニコと笑い合う私と千束を見て、ドン引き、といった表情を見せるたきなだった。