リコリス・リコイルで一般人転生者が頑張るお話 作:Shohei Hayase
「そういえば、千束さんは旧電波塔を一人で守ったと聞きますが……」
道すがら、たきなは千束に話を振った。
「ここからだとよく見えるね。圧し折れても300m以上あるんだっけ、アレ」
下部のトラス構造体がメチャメチャになって捲れ上がってやがる。実物を見るのは初めてだが、この惨状は……恐ろしいという言葉しか出てこない。
「……まぁ一応ね」
「それなら、なぜ本部に居ないんですか?」
千束が煮え切らない表情で頷くも、たきなは少し語調を強めて問い質す。
(
旧電波塔事件の鎮圧にあたったのは、千束だけではない……が、電波塔の爆発に巻き込まれ、千束以外のリコリスは全員死んだ。DAはこれを隠蔽し、結果として、旧電波塔は、千束が一人で守ったことになった。
「私は問題児だからねー……優秀なのはDAにいる人、だと思うのです」
「私も……その筈でした」
僅かにたきなが俯き、慌てて千束がフォローに入る。
「あー、例の銃取引事件か。えっと咲紀は見てなかったからわからないと思うけど、機関銃ドバーってやってたの。凄かったねーあれ。 ……でも、一応は任務達成したんだよね?」
「それが……」
たきなが僅かに言い淀んで、その口を開いた。
直後、私と千束は揃って仰天することになる。
「無かったんです。情報にあった銃……千丁が全て」
「銃……」
「千丁……!?」
千丁ってお前、2個大隊規模じゃねーか。
DAに所属して12年以上経つが、そんな量の銃が消えた話は聞いたことがない。
「どこのテロ屋だ? 楠木司令は、何か言ってなかった?」
「……すみません。その報告を受けたとき、私は転属命令を言い渡された後で、気が動転していて……」
「大丈夫、それはたきなのせいじゃない! ……でも、千丁って……弾薬はどこにあるんだろ」
「そうだね……一人頭3マガジンと考えても、90発が千だから……9万発。軍人並みなら15万発。どこから調達する気なんだ?」
アサルトライフル用の7.62×39mm弾*1だとすると、弾薬だけで1.46トンになる。機関銃用の弾薬が加われば更に重量は増える。……概算して1.5トン少々だろうか。
「千束、一応それとなくミカさんに聞いてもらえる?」
「オッケー。 ……って言っても、もう楠木さんから連絡貰ってるかもね。あの人マメだし、私の事買ってるし」
……ここまでの武器量ともなると、もしそれが実際に使われた場合、DAの方も総力戦は避けられない。
その時の最大戦力は、やはり千束だろう。
(それは確かに、皆殺しは最悪手だなぁ……)
ちらりとたきなを見る。
機銃掃射によって証人ごと犯人を全員殺害した張本人は、苦々しげな表情で地面を睨んていた。
数分ほど歩くと、白い鉄柵の向こうから千束を呼ぶ声が聞こえる。
……子供のようだ。見た感じ、小学生か、幼稚園児か。
「いらっしゃい千束」
数人の子供を連れて割烹着を着た女性が、門から出てきて挨拶する。
子供は私達の方へ走ってきて、見る間に私達は囲まれることとなった。
「新しい友達のたきなお姉ちゃんと、咲紀お姉ちゃんだよー」
「たきなおねぇちゃん?」
「さきおねぇちゃん?」
流石に今生では子供の相手などしたことが無いので、対応方法も分からずたきなと共に立ち尽くすだけだった。
また暫く歩いて、今度は日本語学校へ。
授業風景を見学しながら、千束と先生が会話しているのを横目に見る。
「えーっと……咲紀はドイツ語、たきなはロシア語、何か喋って!」
『……付け焼き刃ですが、こんな感じです』
『少しなら』
DAは語学教育もそれなりにしっかりしている。ロシア語を習うのは……多分ソ連製銃器を使うことが有るからだろうな。
私の言語習得状況としては、日本語、英語はほぼ実用に足るレベル、ロシア語、ドイツ語はなんとか喋れる。中国語、スペイン語、アラビア語はカタコト、他はどっこいどっこい、といった感じだ。
私の場合、前世の大学生活で第二外国語としてドイツ語を学んでいたから、それも修得に際し有利に働いた。
先生は私達の能力に満足したのか、頻りに頷いていた。
日本語学校を出て、また歩くと「絞田組」という文字が印字された鉄看板が特徴的なコンクリート製のビルが見えてくる。
「オラ、ここはガキの来る所じゃねえ! 組長は忙しいんだ。怪我する前に帰れ!」
パブリック・イメージ通りのチンピラがドア枠に肘を付けてドスの利いた声を出すが、奥から出てきた老人がチンピラの奥襟を掴み上げる。
「客人だ」
「マジすか」
奥の部屋へと案内され、私達の対面に老人が座る。チンピラは頭に大きなたんこぶを作った状態で老人の座るソファの脇に控えていた。
「新入りでな。許してやってくれ。 ……そっちの娘たちも見ない顔だな」
「そそ、ウチの新入り」
「一ノ瀬咲紀です」
「井ノ上たきなです」
千束の紹介を受けて、私とたきなは老人に挨拶する。
「おう。 ……所で例のものは?」
「はいご注文の品ね」
「おぉ、たっぷり入ってるなぁ」
千束は鞄から紙袋を取り出し、老人に渡す。老人はわざとらしく顔の前に紙袋を持ってきて、悪そうな表情を作った。
「そうでしょー、上物ですよ?」
(麻薬? ……いや、匂いがするって事は上物の麻薬じゃない。何かの隠語か?)
高純度の麻薬は基本的に無臭であり、匂いがする時点で精製にミスが生じていることになる*2。
それにしてもたきなの前で冗談はやめてほしい。彼女は根本的に冗談が通じないタイプの人種だ。
「はぁ……良い香りだ」
老人が口にし、漸く紙袋の中身がコーヒー粉であると理解したが、たきなは鞄の脇から銃を抜こうとし、慌てて私が止めにかかる前に千束がたきなの手を抑えていた。
「
「そうか。マスターに宜しく頼むよ」
そのまま何事もなくビルを後にし、人気のない所まで歩いたところで、大きく息を吐く。
「ヤクかと思った。肝が冷えたよ、千束がそんなことをするなんて……!」
「ちょいちょい、私を何だと思っているのだね。品行方正な千束さんですよ?」
「品行方正ならヤクと勘違いさせるようなことは言わないんだよなぁ」
千束にジト目を向ける。たきなからも同種の視線を受けて、千束が珍しくたじろいだ様子を見せる。
「全くです。思わず撃ち殺す所でした」
「あの人はただのお店のお得意さん、渡したのはコーヒー粉、No違法、OK?」
「お、おーけー?」
たきなが千束に冗談とも本気ともつかぬ言葉を投げるが、何故か微妙に韻を踏んだ返しをする千束の勢いに飲まれ、おずおずと返答する。
「次は警察署、なんだけど……ちょっと早いか」
千束は左腕の内側に付けた時計を確認して、私達の方をちらりと見た。
「どこかで暇を潰せば良いんじゃない?」
「おお良いねそれ! 飲み物買おうよ!」
私が提案すると、千束は目を輝かせて賛成する。
ふと顔を向けると、何処となく厳しい表情をしたたきなと目が合う。
「さっきから気になってたのですが……ここは一体、何をする所なんです?」
「……へ?」
たきなの問いに、千束は目を丸くした。