リコリス・リコイルで一般人転生者が頑張るお話 作:Shohei Hayase
「ゴメン、先生から聞いてると思ってた」
近くの公園のベンチに3人で並んで座り、千束は謝罪を口にした。
「何をする所、か。 改めて言われると考えちゃうな」
道中で買ったパック入りの飲料を吸い上げながら、千束はなぜか、たきなと視線を合わせない。
「保育園、日本語学校、ヤクザ……どれもリコリスの仕事とは縁がありません。……ヤクザは別ですけど」
「んー……敢えて言うなら、
そこでようやく、千束はたきなの方を向いた。
「私達の仕事は犯罪の未然抑止、犯罪者の捕縛です。殺すだけだった以前とは違い、事件発生数が減少し暇になっていた警察の犯罪処理能力を活用することで、DAの能率は大きく改善されました。 ……あなたは、こんな事をしているべき人ではない」
「おおっ……これは手厳しい」
「咲紀さん、千束さんはなぜここに居るんですか? 千束さんが優秀であることは、さっきのじゃんけんで良くわかりました。 ……であれば尚更、千束さんを遊ばせておく意図が見えません」
たきなは次に私の方を向いて、詰るような口調で問うた。
しかし、答えたのは私ではなく、千束だった。
「……このリコリコは、私を閉じ込める監獄だから」
「それは……どういう」
たきなは僅かに眉をひそめて、続きを促した。
「10年前……DAがまだ皆殺しの組織だったころ、私は楠木司令に直談判したの。リコリスは、犯罪者を殺す必要があるのか、DAはなぜ、そんなことを続けているのか……その答えが、ここ」
「……取り合って、貰えなかったんですね。でも、咲紀さんと協力すれば、もっと簡単にDAの改革は進んだ筈──」
千束の言葉に、尚もたきなは食い下がるが、その言葉が途中で止まる。
私からは、たきなを見つめる千束の表情は見えない。
しかし、たきなの恐れを帯びた表情は、はっきりと読み取れた。
「確かに咲紀は物凄い数の作戦を駆使して、DAを外堀から「殺さない組織」に変えていった。……けど、それは、私を動かせないということでもある。私はDAの手に負えなくて左遷されたから、私が少し変な行動をとったら、咲紀の動きが勘付かれちゃう」
「そう、ですか……差し出がましいことをお聞きしました」
たきなはゆるゆると、全身の力が抜けたようにベンチの背もたれに寄り掛かる。
私は軽く千束の肩を数度叩きながら、誰とは無しに言った。
「私が漸く王手まで辿り着いたのも、つい昨日なんだ。水面下で行っていた仕込みを、ほぼ全て起爆させて……やっとここまで持ってくることができたんだ」
「……組織を変えるのって、難しいんですね」
「二人はさ、DAの由来について聞いたことある?」
私の質問に、二人は揃って首を横に振る。
「DAと、そのさらに大本の組織は、明治政府樹立以前に結成された、天皇直属の秘密組織に由来する。名前は『
「元はそんな組織だったんだDA。すごいね」
「ですが、DAは独立治安維持組織で、そんな話は……」
「そんなの真っ赤な嘘だよ。DAは内閣府所管の秘匿組織だ。DAは警察のネットワークに接続しているけど、警察庁の上位組織は国家公安委員会で、内閣府の外局。同様に、今の天皇……宮内庁は、内閣府の外局なんだ」
ラジアータを駆使して調べ上げて、叩きつけて、脅して妥協させて……ダークな手段も含めてあらゆる交渉を講じて、私は目的を達成させるために尽力してきた。
ラジアータを引き込めなければ、私はとっくの昔に詰んでいた。そんなギリギリの戦いの果てに、私は今こうして二人の前に立っている。
「嫌になっちゃうよ、本当。私達のやってたことは、本当に平和の為だったのか、ただ国にとって不都合な事実を消して回るだけの、舞台装置にも劣る何かだったのか……答えは出ないままだ」
「私達に与えられている殺人許可は、何の為にあるのか、誰の為にあるのか……自分の中で折り合いを付けようとしても、上手く行きません」
3人でベンチに寄り掛かって、空を見上げる。
辺りには桜が咲き誇り、根本ではいくつかのグループが花見をしている。
滑り台に似た遊具には子供が乗っていて、近くには引率の大人がいる。
……平和な日常だ。裏に血みどろの地獄があるのを除けば、だが。
「……咲紀は、私がしてきたこと、間違っていると思う?」
「まさか」
千束のか細い問いを、私は即座に否定する。
「今自分が出来ることの中で、あらゆる手段を尽くして実行可能なものであれば、それは誇るべきものだよ。千束はこの十年、手抜きで仕事してきたわけじゃないだろ?」
「
「ならいいじゃないか。それが千束の、君なりの戦いなら、それを否定する権利は誰にも無いんだ」
これは私の生き方の指標でもある。
全てを尽くし、己の力で行ける極限まで足掻き、その果てで何が待っていたとしても、笑って受け入れる。
千束はにっこりと笑った。さっきまでの不器用な作り笑いとは違う、本物の笑みだ。
……私の知っている千束が、やっと戻って来た。
「取り敢えずは警察署かな。それがDAの任務じゃないからって、私は困っている人を見捨てたくはないの。だからたきな、力を貸して!」
「……分かりました」
「咲紀も……これは私の
「勿論だとも。私は
千束はたきなに手を差し出し、たきなはその手を取った。
うんうん。仲良き事は美しき
◇◆◇◆◇◆
「新人の井ノ上たきなさんと、一ノ瀬咲紀さん」
千束に連れられて来た警察署の中、少し頬がこけているが、どこか人懐こそうな顔をした中年男性は後ろ手に頭を掻いた。
「いやぁ、またリコリコへ行く楽しみが増えちゃうなぁ。 ……おっと、警視庁の阿部です。宜しく」
千束に紹介されて、私とたきなは阿部さんと握手を交わす。
千束は仲介するかのように、私達と阿部さんの間に立った。
「ウチの常連さんなの。……それで、依頼って?」
(現役の刑事も常連なのか。リコリスの事は知ってはなさそうだが……私達は便利屋程度の認識か?)
刑事というのは、その仕事柄DAとニアミスすることも多い。リコリスについても……それなり以上の知識はあると見るべきか。
(……警戒が必要だな)
阿部さんは懐から写真を一枚取り出し、私達に見せた。
肩にかけて強くウェーブの掛かったロングヘアーで、前髪をバングアップにして丸眼鏡を掛けた女性が写っていた。
「この人は?」
「
阿部さんは少し前屈みになって、右手の親指と人差指で輪っかを作った。
封筒を押し付けられた千束の表情が一気に明るくなる。
(金で釣られてやがる……)
ちらりとたきなを見ると、彼女も同様の意見だったのか、「処置無し」と言わんばかりに首を横に振る。
「えへへへ……」
ニコニコ顔で警察署を後にする千束と、ジト目でそれに続く私とたきなを、阿部さんは警察署のポーチまで出て見送ってくれた。
「次はボディーガードか……たきな向きの仕事じゃない? 待ち合わせ場所は……」
「あの……こんな事をしていて、評価されるのでしょうか」
たきなが訊く。
(……評価、と言うことは関東本部に戻りたいのか。……しかし、ラジアータのクラッキング、消えた銃千丁……どれもDAの失態だ。彼女の取った行動は、責任を全て被せて有耶無耶に出来る格好のスケープゴートになった。果たして上層部が素直に戻すだろうか)
難しい、という結論しか出てこないが、それを正直に言う訳にも行かず、「ちょっと後でね」と言って待ち合わせのカフェに向かう千束の後を追った。