リコリス・リコイルで一般人転生者が頑張るお話   作:Shohei Hayase

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平和とは何ぞや

「活躍して、早くDAに戻りたい。その為には評価が必要……か」

 

カフェの角に座り、改めてたきなから話を聞いた千束は、腕を組んで考え込む。

 

「私への人事評価は正当だと思えません。ですが辞令が出たのも事実です。なので仕事をこなし、DAに戻れるだけの評価が必要です」

 

「……咲紀はそこの所、どうなの?」

 

たきなは強い口調で言い切り、千束は何故か私に話を振った。

 

「私はリコリスに関する人事権は持ってないよ」

 

「そうじゃない。たきなは人を殺しちゃった」

 

千束の答えに、ようやく得心が行った。彼女は私の心情を気にしてくれていたのだ。

 

「……別に殺すことが絶対悪じゃない。こういう場所だ。これがDAが法に服する組織だったらたきなは速攻お縄だが……まぁまだ良かった」

 

あくまでも不殺に拘るのは私の個人的な感情であり、それをしなければならない程に切羽詰まっているのであれば、特に咎めることもない。

 

千束は頷いたが、たきなはどこか引っ掛かる所があったのか、私に疑念の目を向ける。

 

「それって……DAを公的機関に戻すってことですか?」

 

私の狙いを看破されたことに驚きを覚えつつ、丁寧に説明する必要を感じた私は、慎重に言葉を紡ぐ。

 

「……正直決めかねてる。性急に、というわけではない。私達には戸籍がないからね。法の下にDAを置くのは、それから。いずれにしろあと十年はかかる。DAの掌握は、その前提条件だよ」

 

「でも、それでは……この国は平和ではなくなってしまいます」

 

「そも、平和という定義をどこに置くのかから始めないとね。人民が全て法において許容される行動しか取らない……そんな()()()()()なぞ、たとえDAが居ようが達成できるものじゃない。警察の仕事は減ったが、完全に消えた訳でもない。平和というのは、あくまでも妥協点なんだよ。たきなさん」

 

『完全な平和』など存在せず、『真の平和』を謳うなど世迷い言でしかない。自分とその周り以外の全てから、目を背けない限りは。

 

「それはそうですが……量ではなく質の点から、凶悪犯罪者、とりわけ武力闘争を試みる組織は、DAが優先して壊滅させている目標です。それを排除すれば、武力攻撃による犠牲者は減少します。それはDAの存在意義と言えるのではないでしょうか」

 

「茹でガエルの寓話(ぐうわ)があってね。科学的見地からは否定されているのだけど……2匹のカエルを用意し、一方は熱湯、もう一方は冷水に入れる。前者は直ちに脱出するのに対し、後者の水温を徐々に上げると、それを知覚できずに茹でガエルとなってしまう。この国は茹でガエルになる寸前なのさ」

 

本来は経済学でよく使われる寓話なのだが、「漸次(ぜんじ)的な変化に対する適応」という一点において、この用法は様々なものに活用できる。

 

「リコリスが凶悪犯罪を外に漏らさないようにしているから、日本人のそれに対する適応能力が、削がれている、と?」

 

「そう。人間というのは、多少の例外はあれどすべてを覚えてはおけない。要らない記憶……この場合は凶悪犯罪に関連するものは、人々の脳内から消えてしまう。天災、テロ、そういった物に対して、人々は正常性バイアス*1を持ち、まともに取り合わない。この国では、それがもっと根深い所まで刺さっている。自覚の有無に関わらずね」

 

この国の、根本的な歪さは、全てここに由来するのではないかと、私は考えている。

 

明治以前からリコリスは活動し続け、数多の事件を闇に葬ってきた。旧電波塔事件からは、DAのネットワークによって、表に出る犯罪は極端に減少した。

 

……人々はそれに、慣れすぎたのだ。

 

「ですがそれであれば、余計にDAが必要なはずです。DAという組織が、人々の平和に貢献していることも、また事実な筈です」

 

「その通りだよ。()()()()()なんだ」

 

そこで初めて、たきなが不思議そうな顔をする。

 

「平和というのは、為政者と人民が不断の努力を続け、その果てに得る高級な嗜好(しこう)品だ。決して、その努力をせずに、安穏と享受する物ではない。その責務と、覚悟をただの子供に押し付ける……その体制の、なんと愚かで、傲慢なことか」

 

「咲紀がDAを変えたいのは、人が憎いからなの?」

 

千束が聞く。確かに、これでは人間嫌いと取られても仕方ないな、とどこか他人事のように把握しつつ、私は数度首を横に振った。

 

「違うよ。ただ、(ただ)されなければならない。民主主義とは万人に平等に責任を負わせるシステムだが、その万人に、現状リコリスは入っていない。戸籍が無いからね。そもそも国籍もないから、日本国民たる要件からは外れている。戸籍、国籍の取得はその一歩さ」

 

しかしそれは、主権を得ると同時に法に拘束されることも意味する。

 

故にこのタイミングで良かった、と私は言ったのだ。

 

「……私は、DAには戻れませんか」

 

「正直何とも言えない……けど、たきなが望むことを全力でやればいい。千束は?」

 

「当然協力するよ! ……あ、沙保里(さおり)さーん!」

 

良いタイミングで待ち人がカフェの店内に現れ、千束が手を上げて場所を示す。

 

彼女は簡単な自己紹介を済ませると、早速スマホを取り出して、私達に見せた。

 

沙保里さんともう一人、顎髭を生やした体格の良い男性が写っていた。

 

「これがその写真ですか?」

 

「そう。これをSNSに上げてから、何故か脅迫リプが来て、怖くなってすぐ消したけど……その後彼も私もずっと変な奴に付き纏われてて」

 

(一般人にも分かる程度の尾行なら、一般人か、あるいは出来の悪いアマか……事件性は無さそうだな)

 

ただ仕事として引き受けた以上は、きっちりやり遂げて終わらせる。

 

リコリス3人を配置する程の案件ではないだろうが、沙保里さんに悟られずに処理する、という前提がある以上二人は欲しい。私が千束、それにたきなのツーマンセルを置くのが適当か。

 

前の交際相手がどうとか、そんな話を千束と沙保里さんがしていると、沙保里さんが気になることを話した。

 

「そう、ガス爆発事件のビル! 窓ガラス割れて大変だったとか。爆発の3時間くらい前かな?」

 

「ガス爆発だって」

 

小声で言いながら、千束はたきなを見る。

 

(例の銃取引……ラジアータによる隠蔽はこうなったのか)

 

そこから再び雑談が始まるが、たきなはそれに構わず画像を数回ピンチアウトして拡大する。

 

背景のビルに、作業着を着た男が二人と黒いコートを羽織った男がいた。

 

「……マジか」

 

千束はコーヒーを吹き出し、慌ててテーブルナプキンで口元を拭う。

 

「な、何かわかったの?」

 

「あ……えーと……この写真貰えます?」

 

「いいけど?」

 

沙保里さんが写真を送るための操作をしているタイミングを狙って、私達は顔を突き合わせて小声で会話する。

 

「……取引は3時間前に終わってたってことか」

 

「やっぱり銃はあったんだよ!」

 

「知りませんよそんなこと! ですが、つまり脅迫リプは……」

 

銃取引の犯人がSNSでたまたまこの写真を見つけたとしたら、どんな手段を使ってもこれを消そうとする筈だ。

 

「銃取引の犯人か、()しくは関係者が送った、と見ていいだろうね」

 

「めちゃヤバなのに狙われてるよ沙保里さん……!」

 

千束が「あちゃー」と言わんばかりに天を仰ぐ。

 

ゴメン沙保里さん。マジで危険だったわ。よく襲われなかったね貴女。

 

 

 

*1
自分にとって都合の悪い情報を過小評価する認知の偏り

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