リコリス・リコイルで一般人転生者が頑張るお話 作:Shohei Hayase
夕暮れになって、店から退出した私達は、店の前で沙保里さんと今後の予定を話していた。
「ありがとう3人とも、刑事さんにもお礼言っといてね」
「沙保里さん、今夜は取りあえず一緒にいません?」
千束の提案を、沙保里さんはにっこり笑って承諾した。
「いいよ。じゃあ家においでよ!」
「本当!? なら
「いいわよ」
「やったー!」
(……だいぶ距離を詰めるのが早くないか?)
両手を上げて喜びを表現する千束の将来が心配になりつつも、私はラジアータを後で呼びつける決意を固めた。
3時間はないよ3時間は。そもそもの予測に何かが介入していたと見るべきか?
「私支度してくるから、たきな、沙保里さんを任せたよ。咲紀はどうする?」
「私は……悪いけど千束、今回はパスで。すみません沙保里さん。ちょっと私用事があって」
「そう? なら仕方ないわね」
両手を合わせて謝る。千束は特に何も言わず承諾し、沙保里さんも咎めることなく許してくれた。
「たきな、無茶はしないように、「命大事に」だからね」
「はい」
千束はたきなにしっかりと言いつけるが……まぁ望み薄だろう。
目的達成の為に最短を突き進むのは、彼女の美点でもあり欠点でもある。この場合は、欠点のほうが多く出ている。
「じゃ、私ちょっと準備してきますね! 今夜は大いに盛り上がりましょう〜」
千束のウキウキな気分がこちらにまで伝わってくる。
「じゃ、私はこれで。千束もたきなさんも、気を付けてね」
私は手を振って別れ、手近な路地に入って携帯端末を取り出す。
「ラジアータ、取引の詳細が判明した。画像を回すからアップスケーリングに掛けてくれ。それと、今回の銃取引の予測に使用したデータの一覧を私のスマホに送ってくれ」
数秒足らずで、ラジアータからのデータが私に届く。
「分散ネットワークデータには3時間前とは全く出ていない……隠れ層*1が悪さをした? だがそんなピンポイントで情報が差し込まれるようなことが……いや、ラジアータのAI構造を悪用した?」
ラジアータは条件がブレた予測*2に対して小規模な対応*3で返す。これはラジアータが超多用途AIであり、戦術立案を主眼に置いたものではないという理由もあるが、実働部隊員であるリコリスは常に補充され続けるから、人的損耗をある程度無視した割当もできることも影響している。
ラジアータの論理回路に外れ値を読み込ませることで、バグを誘発したのだろうか。
(日本に銃を持ち込んで喜ぶ奴で、ラジアータに直接介入が出来る……ウォールナット? いや、あくまでも下っ端と見るべきか。本気でDAを潰す気なら写真数枚の流出程度じゃ全く足りない。ウォールナットに依頼した奴がいる。 ……ダークウェブの住人だけあって金の流れを追うのは無理筋か。だが、これだけのハッカーをDAに関わらせて、依頼人はウォールナットの無事を保証できるだろうか……まさか)
DAの情報統制は完璧だ。知った人間は漏れなく表舞台から
少なくともラジアータはまだ奥の手を残しているし、それを使えば理論上、この国でラジアータに情報戦で勝てる存在は居なくなる。
つまり……
(依頼者はウォールナットを殺す気だ。
「ラジアータ、今すぐにこれから予測できる暗殺、爆破事件をリストアップして楠木司令に送れ。それで、その例外をDAの全能力を用いて抑えろ。被害者の情報を徹底的に洗い出せ」
『了解』
携帯端末を仕舞い、私は路地の壁に背を預ける。
(銃取引、たきなの左遷……一気に事態が動き出したな。今まで点でしか理解できなかったものが、線で繋がって全体像が見えてくる。……けど、それは相手も同じことだ。用心しないと)
◇◆◇◆◇◆
……私は少し、たきなを誤解していたのかもしれない。
たきなに気付かれないよう100m程度離れて尾行を続けていた私は、既に敵手の乗ったライトバンが近くにいるというのに、沙保里さんを
(バカ……あのバカ、護衛対象を放ってどっかに行くバカがいるか! いたわ!!)
リコリスは一応掃除屋とは言えボディーガードの技術を学んでいることが多い。それは元法執行機関出身の訓練教官がDAに多く、ミカさんのようにセキュリティガード出身の教官も何人かいることにもよる。
だというのに……
(おっかしいなぁ……リコリスはいつから護衛対象をみすみす敵に渡すようなことをするアホの集まりになったんだっけ?)
というか沙保里さんがいる前で銃を使ってはいけないのだ。一般人を巻き込んでの銃撃戦とか、どっちがテロ屋だよって話。
それを嫌って私は沙保里さんをそれとなく引き離す係と、人目のないうちに速攻で処理する係の二人に分業した方が良いと判断したのだが……
「チクショウ、なった物はしょうが無い……手持ちはスクエアと93R……とMASSか。Vector持ってくればよかった……!」
右腰のヒップホルスターと左肩のショルダーホルスターに軽く触れて拳銃の状態を確かめ、カバンを少し開いてMASSのマガジンを交換する。
(非殺傷のスラッグ弾なんて持って来てねぇよ……!)
仕方ないので非殺傷のバードショットを5発装填し、再び鞄の中に仕舞って背負い直す。
あれよあれよと沙保里さんは麻袋に包まれてライトバンに詰め込まれ、私はスクエアのドットサイトを覗き込み、沙保里さんが怪我をしないか心配しつつも狙いをつける。
(あ、たきなが出て……ちょいちょいちょいちょい!)
たきなは道の角から飛び出してきて車のタイヤを撃ち抜いて置物にしたあと、車内に大量の弾丸をブチ込む。
「護衛対象が車の中にいるのに発砲しやがった……実弾なんだぞ跳弾したらどうすんだよ……!」
リコリスの
人質がリコリスだったら多少の負傷は問題無いが、今回人質になっているのはただの民間人だ。
(あ、千束が出てきて……うん。人質から目を離しちゃだめよ。知らないだろうから仕方ないけど)
たきなが拳銃をリロードしようとする手を千束が掴み、角に引っ張り込む。
(こりゃ黄金パターンだな……千束と協力して仕切り直すか)
10秒程度走って千束と合流すると、千束は驚いたような表情をした。
「咲紀!? 用事は?」
「沙保里さんの護衛。流石に常時張り付くのは一人か二人で十分だし、私は遊撃で対処しようと思ったんだけど……なんで護衛対象を囮にするかなぁ」
「彼等の目的はスマホの画像データです。沙保里さんを殺す意図は無いと思います」
「
何も写真だけが人を判別する手段ではない。あの写真に顔は写っていなかったが……大凡の体格、髪色、服装と周辺の監視カメラのデータさえあれば個人の特定は容易だ。
人の記憶というのは、短期間であればよく思い出せる。ましてやこんな衝撃的な体験、そうそうするものではない。
記憶をこの世から完全に抹消する為に、沙保里さんが殺されてもおかしくない、ということだ。
角の向こう側からは「この女がどうなってもいいのか!」と脅迫のスタンダードな言葉が聞こえてくる。
「……だとしても、沙保里さんに危害を与えられないような最低限の時間でことを済ませる心算でした」
「沙保里さんに当たっちゃうでしょ!」
「そんなミスはしませんよ」
その言葉は、たきなの核心に近いものだったのかもしれない。だが、私はそれを素直に歓迎することなど到底できない。
「戦場では常に最悪を想定して動くものだ。傲慢は自分だけじゃなく、仲間の命も危険に
たきなは一瞬ハッとして、僅かに俯いた。聡明なのは、彼女の長所だ。