リコリス・リコイルで一般人転生者が頑張るお話 作:Shohei Hayase
千束とたきなは旧電波塔駅に向けて出発し、店の裏手に回った私はソフトカバーとグラスファイバーで作られた簡易的な駐車場の中に入って、ハンドルを握る。
フロントフォークの反発を利用して後退させ、公道に出たH2RXを見ても、ミカさんは心配そうな表情のままだった。
「初見でコイツを操れたヤツは居ないが……それでも行くのか?」
「……勿論です。ファーストリコリスとはいえ、20人と真正面から戦闘して、勝てるとは思っていません」
立て籠もるのも論外だ。相手に対策の時間を与え、釘付けにされるのは時間の浪費であり、こちらには飛行機の出発時間という明確なタイムリミットがある以上、その選択は選べない。
ならば取るべき選択は迅速な排除。そして、それを可能にする火力とスピード。
火力は背中にある。スピードは……このじゃじゃ馬に掛かっている。
「頼むよH2RX……私も頑張るからさ」
キーボタンを押し込むと、案外静かな音を立ててエンジンが始動する。
市販されている中では世界最速のレシプロバイク*1、KAWASAKI Ninja H2Rを公道仕様に改造し、ブースト圧を向上させたH2RXは、最大出力330馬力、ラムエア加圧345馬力を誇る。
え? 桁が足りない? バカ言えコイツはバイクだぞ。
車重のみで245kg、私の体重と合わせて僅か295kgのH2RXは、1トンあたり1118馬力を叩き出す。
正確には武器や衣服などもあるので
「気をつけろ」
「了解です」
スロットルを僅かに開け、裏路地から大通りに出て国道6号線を北上し、中川大橋の手前を左折する。
30分程度で予定の合流地点である北綾瀬駅前の駐車場に着くと、二人が向こうから歩いてくるのが見えた。
「咲紀、それってバイク?」
「今回の要。……作戦を説明する」
H2RXを見て驚く千束を端的にあしらう。今は一分一秒が惜しい。移動中に説明することも出来るが、集中力は警戒にのみ向けるべきである以上、今ここで説明する方が良いと判断した結果だ。
「千束とたきなは依頼主と一緒に空港へ向かって。私は武装集団の襲撃を受け次第、離脱先行して狙撃場所を確保した後火力支援を行う。警察とオービスはラジアータを使って黙らせる。首都高にはインターが山程あるから、それなりの場所で降りられるはずだ」
「無茶苦茶なこと考えるねぇ……咲紀」
千束が呆れ声を出すが、無茶なのは百も承知だ。
こちらは動くことしか出来ず、立ち止まることもできない。ならば戦力を分散し、護衛対象に多く割くまでのこと。
意外にも、同意を示したのはたきなだった。
「遠距離から追跡車両を破壊する為の狙撃銃、ですか……確かに合理的です。狙撃位置の選定は?」
「臨海副都心ICすぐ近くに、30階建てのホテルがある……そこからならキロ単位の射程が取れるから、そこが第一候補。
空港に近づくにつれて加速度的に迎撃難易度が高くなるが、それは必要経費として割り切るしかない。
どうにもならなくなったら空港の屋上から無理やり狙うことも考慮に入れておく。
ミカさんが用意した逃走用の車を見て、私は目を見開いた。
「……嘘だろLFA? 走る楽器*2じゃん」
吹き出さなかった私をどうか褒めてほしい。
仮にオークションに掛ければ億は下らないだろう超高級車だ。
「そんなに凄いんですか?」
「世界で500台しか存在しない貴重品だよ。こんな駐車場にポンと置くものじゃないよ」
(カーマニアだったのかな、ミカさん。いいなー乗ってみたかったなー)
記憶が正しければ、自分が子供の頃にはもう生産終了していた筈だ。
その時に金を持っていなければ手に入れられない、後から手に入れようとしてもプレミアが付いて価格が天井知らずに上がっていく。限定生産という生産形態では仕方ないのだが、やはり一般市民からすると忸怩たる思いを抱かざるを得ない。
そんなことを考えていると、私の後ろ、駐車場の反対側の植え込みからパンダカラーの車が飛び出し、こちらに向かってくる。
窮屈そうに運転席に収まっていたリスの着ぐるみが身を乗り出して、私達を見た。
「ウォール!」
「ナット」
(ウォールナット……あぁ、そういう。死んでなかったのか)
「早く乗れ、追っ手が来る」
一瞬やる気がダダ下がりするが、目的を変更する。
……コイツを日本から出す訳には行かない。何としてもDAで……最悪リコリコで確保する必要がある。
千束とたきなは後部座席に乗り込み、パンダカーは素早く発進した。
◇◆◇◆◇◆
「さて、いきなり現れて済まないがウォールナットだ」
良く分からない生き物……千束にはそうとしか判別できなかった着ぐるみは、ボイスチェンジャー越しのくぐもった声でそう名乗った。
「は〜い千束です。彼女はたきな……で、後ろにいるのが咲紀」
「咲紀……
千束はウォールナットにメンバーを紹介するが、彼が興味を示したのは咲紀だけだった。
「咲紀のこと、知ってるの?」
「一方的に、だがね」
千束はすぐ後ろに居る咲紀をチラリと見た。
『銀灰』の噂は、意外なことにミカが千束に伝えてくることが多い。
その中には、50名近くの集団を一人で無力化しただの、2000m以上の狙撃を一発勝負で成功させただの……人間かどうか疑いたくなるような逸話も多々あるが、ミカによるとこれらは全て事実らしい。
恐らく咲紀の狙撃は彼から習ったものなので、師匠としては誇らしいのだろう……それを毎度言われるこっちの身にもなって欲しいが。
「なぜ咲紀さんに興味を持つんですか?」
「銀灰は情報戦もこなすのさ。彼が活動し始めてから、僕の仲間で、DAに目を付けた奴らは即座に逮捕された。出て来た奴に話を聞こうにも、恐慌状態になってどうしようもない」
たきなの問いに、ウォールナットはどこか恐れを帯びたような声音で返す。
「そりゃ、DAは慈善団体じゃ無いですからねー」
政府秘匿の暗殺機関であり、咲紀の尽力を経て犯罪者の逮捕、強制捜査、必要に応じて襲撃などの任務を行うようになったDAだが、秘密組織であることに変わりはない。
DAと表の世界が繋がるようなことは、あってはならない。
「それもあって、僕はDAのクラッキング依頼はずっと断ってきた……断ってきたんだが、あの時は魔が差した」
ウォールナットはそれに頓着することなく、驚愕の事実を口にした。心なしか、運転も荒ぶっているように見える。
「ハッキング!? DAを!?」
千束は驚きの表情を見せ、たきなは無言で銃のスライドを引いた。
「待ってくれ。僕はもうDAと敵対したくはない」
猛烈な勢いで首を振ったウォールナットは、一息ついてから話し出す。
「音に聞こえた当代無敵の銀灰。完璧なる兵士にして指揮官。それをコキ使う組織がどんな物かと思ったが……得られた物はたった数枚の写真だけ。それでもDAからはエージェントが派遣されて、最悪収監される羽目になる。これではリスクとリターンが余りにも釣り合っていない」
「それでも、犯罪者になる覚悟でハッキングをかけたんですよね?」
「魔が差したと言った。教師の虎の尾を踏んでみたくなったことは、誰でも一度はあるだろう?」
たきなの指摘にも、ウォールナットは泰然自若として返した。
咲紀のことを恐れているんだかいないのか……と千束はあらぬ方向へと考えを飛ばし、助手席のシートから少しだけ見える黄色のプラスチックケースに目が留まる。
「その大きいのは?」
「僕の全て。国外逃亡には身軽な方がいい……と、本来なら言う所だったんだが……」
そこでウォールナットは言葉を切った。
「『銀灰』と話したい。通信回線を開けてくれ」