リコリス・リコイルで一般人転生者が頑張るお話 作:Shohei Hayase
スクエアを構えて、狙いをつける。
狙うのはエンジンではない。かといってタイヤでもない。
……助手席の左下にあるエンジンユニットと、その隣のバッテリーだ。
グロープラグ*1の電気はマグネトー*2が、それ以外の電気はバッテリーが担っている。この2つを破壊すればバンは置物同然になる。
ブレーキシステムは油圧で動くためバッテリーとは別系統であり、死にたくないなら向こうも安全に停車してくれる……はずだ。
「さて、と」
スクエアの残弾は7発、どうにかこの弾でケリをつけたいが……
(また銃か。一体何丁持ってるんだ?)
機関部に弾を撃ち込んでお釈迦にし、2発撃ってバンのフロントガラスを叩き割る。
「フロントから入れると射角が辛い……かといってボンネットぶち抜きは難易度がなぁ……」
数秒考えて、今回はボンネットから直接エンジンを狙うことにする。
「足を傷つけないように、左ライトの正面やや右から……ってかこの入射角だと右手で撃たないとじゃん」
Aピラー*3側から狙うこともできたが、貫通に必要な弾数が大きく増えると考えたので却下した。
アクセルとブレーキから手を離すのはなかなかに勇気がいるが、それは必要経費と割り切るしかない。
「3、2、1……!」
(
演算領域に
同時に右手をハンドルから離し、左手からスクエアを受け取り、今度は左手でバイクの操作を行う。
セレクターはセミオート。この銃の機能を使うまでもない。
スクエアを後ろに向け、トリガーを4度、素早く引き絞る。
1発目で前部構造体を破壊し、開けた穴を2発目が通り抜け、寸分違わずバッテリーを破壊する。3発目は角度をやや変えてエンジンの正面に穴を空け、4発目をエンジンのファンベルトに命中させる。急激に減速したバンをサイドミラー越しに確認し、千束に通信を繋いだ。
「こっちは片付けた。そっちは?」
『私達は何とか助かったけど、車が……』
(……参ったな、足が死んだか)
千束の報告に頭を抱える。流石に今から代車を用意する時間はない。北綾瀬駅までLFAを取りに戻ろうにも、歩いてとなると小菅料金所からでも40分は掛かる。
「今どこらへん?」
『荒川のどっか。けど、デカい橋が見える』
(……不明瞭すぎる)
もう少し地理を勉強させておくべきだったか。
「小松川大橋? それとも清砂大橋……どっち?」
『いえ、違います……ここは荒川河口橋です』
『ちょ、たきな!?』
唐突にたきなが割り込んできて、通信機をひったくったのか、千束の驚く声が聴こえる。
「河口橋って……さっき高速で通ったばっかだよ、そこ」
正確には隣の荒川湾岸橋に通っている湾岸線を使ったのだが……暴走したパンダカーの速度は、案外早かったようだ。
「分かった。すぐに戻る」
『……いえ、橋の上に敵がいます。人目からか、すぐ襲われはしないと思いますが……』
「ジリ貧か……」
向こうは車、こちらは徒歩。速度の差は絶望的で、何より飛行機の時間に間に合わない。
『……建物に立て籠もるのを提案します』
たきなの声に、僅かに目を見開く。
彼女が自発的に行動するのは、久しぶりのことだった。
「使えそうな建物は?」
『土手の向こうに大きな建物が見えます。寂れていて……人は居なさそうです』
ラジアータの思考検索デバイスを使って調べると……どうやら廃スーパーらしい。周辺が木に囲まれているのも高評価だ。
「良いね。じゃあ適当にボコって車を貰っていこうか。盗る時は盗聴器発信機の確認、忘れずにね」
『分かりました。すぐ移動します。通信機から座標が送信されると思うので……当てないでくださいね』
「もちろん。安心して」
……随分、良い声を出すようになった。
一時期は割と心配していたし、今朝もそうなのだが……パンダカーの中で、何かあったのだろうか。
◇◆◇◆◇◆
「あーそうそうたきな、咲紀のことでちょっとね」
「なんで、すか、藪から棒に!」
暴走して揺れる車の中で、たきなは踏ん張りながら千束の方を見る。
今一番、聞きたくない人の名前を聞いて、知らず識らずの内に語調が荒くなる。
ウォールナットにすら「完璧」と評された銀灰……一ノ瀬咲紀。その名前を聞くたび、たきなは息の詰まるような緊張感で自身の体が縛り付けられるのを感じる。
……私は無能だ。射撃能力も格闘能力も判断能力指揮能力統制能力……何一つとっても彼女には勝てない。
何かをしようとした。挽回しようとした。……けど駄目だった。彼女は常に一歩前を歩き、数秒先の未来を見ている。手を伸ばせば届きそうなのに、その差が絶望的なまでに遠い。
諦めたくはない。けど遠い。何かをしたい。けど否定されたくない。
けどそれは、結局何もしていないのと同じで……
私がここにいる理由が、全くもって見いだせない。
だから私は……あの人が苦手だ。どうしようもなく。
そんなたきなの思考を知ってか知らずか、千束はあっけらかんとした調子で言葉を続ける。
「咲紀ってさ、料理がすごく苦手なんだ。練習してるのに、今でも時折とんでもなく不味いのを作ってくる」
悲しくさせたくないから気合で食べてるけど、と千束は嘯く。
「たきなはどう、料理できる?」
「ある程度は……っていうか、なんなんですか急に!?」
リコリスになるための訓練では、最低限の生活スキルが求められる。料理が趣味、とは口が裂けても言えないが、それなりの料理は作れると自負している。
……しかしそれが一体、なんの関係があるのだろうか。
「あるじゃん、勝てるとこ」
「──え」
告げられた言葉に、たきなの思考は一瞬固まる。
勝てる? 私が……あの人に?
「そうそう嫁力、女子力的なそういう観点で……いや咲紀、料理以外はほぼ完璧だったな。 ……あー、今のナシナシ。言いたいのは、戦いに関することだけが勝負の土俵じゃないってこと」
「勝負の……土俵?」
「そうそう。戦闘に限らず、普通のことで咲紀に勝てるとこ、あるかもしれないよ?」
「けど、私はリコリスで……普通のこととか言われても……よくわからないです」
たきなの返答に、千束は目を逸らして苦笑する。
「まぁねぇ。でも、それを探すのも楽しいことだと思うのです。だからそんなに気負わなくてもいいの! 咲紀は優しいから、否定はするけど必ず代案を出すし、その思考に至った理由も秘密にしないで教えてくれる。 ……それってさ、きちんと学んで吸収するには最適だと思わない?」
こくり、とたきなは頷く。
確かに咲紀の指導はとても厳しい。正論で殴りつけられる分余計萎縮してしまうが……暴言は必ず言わないし、何が悪かったのか、次からどうすればいいのか……といった改善策も伝えてくれる。
(それが、私が強くなるための要素。咲紀さんに勝てるところは、他にもある……)
「心が軽くなった?」
「えぇ……少し」
念じ終えたたきなは顔を上げる。
胸を覆う重苦しい感触は、もう消えていた。