リコリス・リコイルで一般人転生者が頑張るお話 作:Shohei Hayase
湾岸線を逆走して葛西ICで降りた私は、千束達の立てこもる廃ビルに向かいながら狙撃場所の選定をする。
「この際高さはいらない。だが遠すぎるな。この銃だとキロ以上は厳しい……」
そんなことを考えていると、右に開けた道路と、トラックの次々出入りする建物が目に入る。
(流通センター……ここならいいんじゃないか?)
裏手に回ってH2RXを停め、スニーキングの要領で施設に侵入し、屋上を目指す……が。
「当然鍵かかってるよなー……けど電子錠なら」
セキュリティーとしては有効な選択だったが、如何せん相手が悪い。ラジアータ謹製のパスワードクラッカーによってあっさりと電子錠を解錠し、屋上にたどり着いてガンケースからHK417を取り出す。
バレル先端に取り付けられたサイレンサーのガタつきを確認してからマガジンを差し込み、チャージングハンドルを引く。
ハンドルを少し引いてチャンバーチェック、それからボルトフォワードアシストノブを押して薬室を閉鎖する。
右レールに取り付けられたレーザーサイトの電源を入れ、モードスイッチを"High Visible Pointer"に合わせ、フォアグリップからバイポッドを引き出して地面に置いた。
「ラジアータ、気象観測マップを回せ」
私の命令に答えて、この地域の気温、湿度、風速、風向……ありとあらゆる情報がラジアータを通して私に伝達される。
(受信完了……全て良し)
数発撃ってゼロイン調整をしつつ、演算領域に弾道計算プロファイルを呼び出していた。
「三次元流体演算開始、地球自転、コリオリ偏差修整……
通常の人間であれば数十分は掛かって計算するような要素を、ものの10秒未満で計算、応用を終了させる。
(
これこそがテイレシアス本来の姿。人の脳を正しく演算器として活用する、生命の尊厳など知ったことがと言わんばかりの外道の産物。
(距離は……850ちょっとか。6番と7番を使うような距離にならなくてよかった)
最後の座標諸元を入力をし終え、弾道計算が完了した。
「狙撃位置についた。いつでも撃てる」
『こちらからは敵の位置が見えません。そちらはどうですか?』
たきなの要請に答え、スコープの倍率を10倍に下げ、スーパーの周りを索敵する。
「……見えた。正面玄関から入ってくるね。数5。場所的に入ったらすぐ会敵……いや別れた。2、2、1、で2が来て2と1が裏に回るっぽい」
『わかりました。2を私が、3は千束にお願いします』
『おけ! でも少ないね?』
「居るだろうね……伏兵。どこだ?」
10人乗りのバンから5人出てきた……先ほど私が片付けたバンは恐らく全員乗りだったことを見るに、最低5人、最悪もっとの伏兵がいると考えるべきだろう。
「たきな、脱出ルートは?」
『裏の勝手口からです』
『今なら敵にマークされていない。まだ行ける』
ウォールナットもいきなり通信に割り込んでくる……が。
(……そうか、そういうことかよ)
「ラジアータ、赤外線情報を視覚ゴーグルにオーバーレイ。 ……千束、私もそっちの支援に入る。座標を送って」
『え!? わ、わかった!』
まだ生きている廃スーパーの監視カメラと合わせて、敵の配置を三次元マップに描き出す。
スコープを25倍に上げて、廃スーパーの壁を……正確にはその先にいる敵の足に狙いを定める。
「850mの壁抜き……威力はギリギリだが、かえって好都合か」
アサルトライフル弾で致命傷を避けるためには、手足の相当に末端に当てて、なおかつ完全に貫通させなければいけない。
なにせこの銃は、拳銃弾の約6〜7倍の威力を持つ7.62×51mmよりも、更に威力の高い弾丸を使うのだから。
千束の動きに敵が釘付けになっついるのを確認して、トリガーをゆっくりと引いた。
サイレンサーでもなお抑えきれない爆音が空気を震わせ、鋭いリコイルショックが肩に伝わる。
HK417A3カスタム20"。その使用弾薬は.300 Winchester Magnum。
7.62×51mmの1.5倍の威力を誇りながらも、薬莢の形状は多少長さが異なる程度であり、HK417は機関部を少し伸ばす改造をすればこの弾薬を発射できる。
850mを2秒足らずで駆け抜け、標的の左ふくらはぎの一部を貫通させることで移動能力を奪う。
更に照準を少し上に上げ、一発。
標的は手に持っているAKを吹っ飛ばされ、おまけで突っ込んできた千束に非殺傷弾を3発頭に叩き込まれて昏倒する。
(
明らかなオーバーキルに心の中で黙祷を捧げつつ、たきなの方を見ると、彼女はウォールナットの持ってきたスーツケースを盾にして、アサルトライフルの斉射を防いでいた。
(……ヤケに頑丈だな。腐っても7mm弾だろ?)
見たところ敵の所持している銃はAKM……ストックを畳めるっぽいのでAKMSだろうか。
プロ寄りのアマがAK-74の型落ち装備を使う当たり、この国の安全性──というか武器商人の貧乏具合か──が伺えるが、その破壊力は侮れるものではない。
(何が入ってるんだ? メインフレーム? いやいや量子コンピューターじゃなきゃ入らないだろ。かといって日用品にこんな頑丈な防御を施すか?)
思考は纏まらず、一旦棚上げして2発撃ち込み、たきなが相手をしている二人の銃を撃ち抜く。
たきなはスーツケースから銃だけ突き出して発砲し、それぞれの敵の肩に着弾した。
「防弾ベストの隙間抜きとは……やるねぇ」
これであとは二人。
ウォールナットが
彼女は視線を……私の方に向けていた。
(……任せるよ)
アサルトライフルのフルオート射撃、通常なら秒間10発以上で吐き出される音速の2倍の弾丸など、避けられる筈が無い。
……が、こと千束に限っては、そうとも言えない。
右に左に、発射された弾丸は千束に傷一つつけることなく、搬入用のカゴ台車に当たって火花を散らす。
必死に照準を振りながらも、弾丸の当たらない様はどこか
ウォールナットに続いて通路を飛び出したたきなが唖然とするのを
『アルファグリーン。あと一人いる筈なんだけど……変だね』
そう言いながらも、千束は別の男に向けて発砲し、怯んだ所を蹴り飛ばす。
千束はそのまま、倒れ込んだ男の方に向かう。よく見ると、先程たきなに肩を撃ち抜かれた男のようだ。
『何を……』
『動かないで、手当てする』
遠くから見た感じ、脇腹の貫通銃創だろうか……動脈は避けているようだが、即刻治療が必要だ。
『増援が来る前に脱出しましょう!』
『死んじゃうでしょー?』
ワセリンとダクトテープを持って男に近づく千束を見て、痺れを切らしたようにたきなは声を荒らげる。
『そんな事をしてたら囲まれますよ!』
『わかってる、たきなは行って。私もすぐに追いつくから』
(この方が好都合か……千束はたぶん気付いてないのだろうけど)
そう判断して、たきなに回線を繋ぐ。
「たきなはウォールナットに付いてあげて。千束なら大丈夫。私も見てる」
『……分かりました』
不承不承ながらもたきなは承諾し、勝手口に向けて移動を開始する。
あともう少しで扉の前に出ると言うところで、千束が動く。
(感付いた……いや、教えて貰ったのか? ここで決めたいが……運を天に任せるのも、面倒だ)
相当に離れたところに一発、サイレンサーを取り外し、遠くまで響く発砲音は、確かに千束の注意を一瞬引いた。
そして、それで十分だった。
勝手口から顔を見せたウォールナットの胸の中央に、弾痕が穿たれる。
呆然と自らの胸を見下ろすウォールナットを、アサルトライフルの斉射が襲った。
子供がやたらめったらに糸を引いた操り人形のような動きは5秒ほど続き、穴だらけになったリスのキグルミが地面に倒れ伏す。
キグルミからは赤い液体が漏れていて、じわじわと床に広がり、小さな水溜りを作り出す。
その顛末をスコープ越しに見ていた私は、今一度HK417を構え直した。
……この感情は何だ?
三文芝居への怒り? ミカへの呆れ? ウォールナットへの軽蔑?
それらが綯い交ぜになったような、或いはもっと別の感情なのかもしれない……が、それは今はどうでもいい事だ。
連続して10発、全て伏兵の銃に撃ち当て、機関部を叩き壊す。
空のマガジンを投げ捨て、チャージングハンドルを引いて強制排莢。コンクリート床に乾いた音を立てて落ちた.300Win Magを摘み上げ、眼前に翳す。
真鍮の薬莢に映る表情は、思ったより歪んでいた。
「たきな、容態は?」
『……失敗です。護衛対象は……死亡しました』
「ミカさん、どうします?」
『荷物を纏めろ。遺体を回収して、ここから離脱する』
「了解」
通信を切り、息を大きく吐き出す。空薬莢も全て回収してケースに詰め込み、スリングを通して背負う。
これで良かったのか? 多分良かったのだろう。最善か? と問われれば、最悪も最悪だ、と返してやるが。
「本当、とんだ茶番だ」
言葉を吐き捨て、私はビルの屋上を後にした。