ウマ娘に転生したらパクパク……してなくて、むしろツンツンしてるお嬢様のお目付役になった件について。 作:流星の民(恒南茜)
しんしん、と。
窓の際にふりつむ雪を眺めながら、少女はただ呆けていた。
薄くみぞれの張り付いた窓の向こうには幾人かのはしゃぐ少女たち。
「……つまらないです」
昨晩から降り続いていた雪はやがて屋敷の庭をも白一色に染め、雪遊びをするには絶好の環境にしてくれていた。
——明日は何をして遊びましょう?
従姉妹と言葉を交わし合い、久々の雪に対する期待を膨らませていく中、夜もなかなか眠れずに迎えた朝。
——頭がぼぅっと…… 風邪……? いえ、きっと……寝不足のせいにきまっていますわ……。
足元がおぼつかない中で外に出ようとした彼女は、結局直前で倒れてしまった。
原因は語るまでもなく、額に貼られた冷却シートが示していて。
こんな時に熱を出してしまうなんて、と彼女は一つため息を吐いた。
元々、はしゃぎすぎてはよく体調を崩してしまう
それを理解していながらもこうして体調を崩してしまうなんて。
——おばあさまに、また怒られてしまいますわね……。
どこか羨むように窓の外を見つめる彼女の視線なんか気にせずに、時間はどんどんと過ぎていく。
しかし、そんなことをしていても退屈さは増していき、羨ましさが勝つばかり。
やがて、こんなことをしていても何にもならないと、彼女は再びベッドに戻って目を瞑る。
「きっと、起きた頃にはもう雪は溶けてしまっている……のでしょうね?」
自嘲するようにそっと、枕に向かってそう呟くと、今度こそ彼女の意識は闇へと落ちていった。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「——嬢様」
——私は今、雪遊びをしているのです。 邪魔をしないでいただけますこと?
一面に広がる雪、こしらえられたかまくらに、雪だるま。今から始まろうとしているのは雪合戦だろうか?
ここまで、楽しい思いをするのも久しぶりだと。
高鳴る胸の鼓動はもう抑えられない。
向こうで手を振る従姉妹たちの所へ走って行こうとした時、
「——マックイーンお嬢様」
ノックと共に聞こえたその声のせいで、一気に思考が現実へと引き戻された。
——まったく、じいやったら。夢の中でくらい遊ばせてくれても……。
心の中で一人愚痴りながらも、結局は夢だったのかとため息をまた一つ。そして渋々といった具合で彼女はその声に答える。
「どうぞ」
待っていた返答が来たためか、カチャリと小さく音を立ててドアが開き、見慣れたじいやが姿を現すと思い込んでいた彼女は次の瞬間、
「……っ」
その表情に驚愕の色を滲ませた。
「お嬢様、こちらは私の親戚の子供でして……。先日、大奥様の話に挙がっていました貴女の——お目付役でございます」
見慣れたじいやは確かにそこに立っていたが、その隣に立っていたのは初めてみる娘だった。
腰まで伸びた長い白毛に、透き通るように白い肌。腰から生えた尻尾は自分と同じウマ娘だという証明。
そして何より彼女の目を引いたのはその表情だった。
長く伸びた白いまつ毛の下からのぞいていた双眸は色素の薄い彼女の中では唯一際立つ紅だったが、それが......目一杯まで見開かれていたのだ。
まるで自分——メジロマックイーンの姿を見て驚いているかのように。
そうして目と目が合うこと数秒、段々と気まずくなってくる空気感に、マックイーンはなかなか口を開くタイミングが掴めず少しばかり思案していた。
『マックイーン、貴女には少々……自己管理が甘い部分があるようですね』
以前体調を崩した時、おばあさまから切り出されたのはそんな話だったはず。
『体調や体重の管理。メジロ家のウマ娘としては大切なことです。そして数年後にトゥインクル・シリーズで走っていく以上には、今からでもそれらを徹底していかなければなりません。よって貴女に、目付役が必要だと考えたのです』
そんなモノが付くのであれば、厳しい人物であることには違いないだろうとマックイーンは身構えていた。
何才年上の人なのだろう? 容姿は強面だろうか?
そんな想像をしているうちに時は流れ、いつしか数ヶ月ほどが経とうとしていた最早忘れかけていたタイミング、それもよりによって体調を崩している日に、ソレは姿を現した。
……想像とは、かなりかけ離れたモノではあったが。
背丈は恐らく同じくらい、顔にもまだあどけなさが残っていて、いつの間にやら視線は泳いでいる。
とてもじゃないが、イメージしていた“厳しいお目付役“ではなさそうだった。
「“ミゾレ“。お嬢様にご挨拶を」
「……は、はい。お嬢様、初めまして……。“ミゾレヒガン“と……申します。以後、お見知りおきを……」
言葉づかいは丁寧だが、発された声はあまりにもか細い。
ウマ娘の聴力を持ってしてなんとか聞き取ることはできたが、普通は聞こえたものではないだろう。
「あの……じいや、本当にこの方が私のお目付役ですの……?」
「え……ええ。その通りですが」
——普通はもっとハキハキと話して……厳しく接してくるモノではありませんの?
マックイーンの瞳には、彼女の姿があまりにも情けなく映っていた。
「……あ、の。マック……さん、……い……」
声は段々と小さくなっていくために、今やもう聞き取れないほど。
増してくる頭痛は風邪のせいか、それともこの小さなお目付役に対するものだろうか?
「今日は……もう結構ですわ。私もあまり調子が良くありませんもの」
頭痛を誤魔化すように吐いた一言に込められていたのは拒絶。
「ですから、お帰りください」
最後に一言そう口にして、マックイーンは再び床につく。
結局、じいやも困っていたが最終的には彼女を連れ立って部屋を出ていったようだ。
「……まったく、あのような方に務まるとは到底……」
失望に近い感情の混じった、三度目のため息を吐くと、彼女は再び深い眠りへと落ちていった。
◆ ◆ ◆
「なんで……なんで、お嬢様の前だとあんなに萎縮しちゃうのっ!?」
充てがわれた部屋に荷物を置いて少し経ち、ミゾレは、不意に叫び始めた。
「……ってそんな答えもう決まってるよねっ!? お嬢様が尊すぎるんだもんっ!」
先ほど『マックイーンさん、尊い』と不意に口にしそうになった時にはなんとか堪えられたものだったが、ここでは一人、防音もバッチリ。
彼女、いや元々は彼だったモノを止める者はもうどこにもいなかった。
何の因果か転生したらウマ娘、おまけに親戚にはじいやさん、前世では所謂マックイーン担当、推し活に類するものに精を出していた青年にとってその転生先は完璧と言って差し支えがなかった。
修めた学も、ブラックな社会で培ってきた礼儀も、転生ガチャという運ですらも。
全ての要素を武器にした彼——彼女にとって、もう敵はないと言っても差し支えがなかったのかもしれない。
......誤算はいくつもあったが。
身体に引っ張られて退行した精神年齢に加えて、思いの外ツンツンしてて尊みに溢れたお嬢様——赤ランプを灯すには十分すぎる要素。
結果、お嬢様の前に立った時、彼女は声すらもろくに出せず、木偶の棒と化してしまった。
しかし、彼女の辞書に諦めの文字はない。
別にツンツンしていようがそれも可愛いもの。むしろ知らなかった彼女の一面を知れて得した気分。
最後の『お帰りください』には少し鳥肌が立ったものだし。
ただ、拒絶されるのは避けたい。ここでお嬢様との間に溝を作りたくはない。
折角手に入れたこの立場を手放したくなんかない。
冷めた最後の一言はきっと……放っておいては不味いものだったはず。
だからこそ、とにかく彼女に認めてもらえるウマ娘にならなくては。
「かっとばせー! ミ・ゾ・レ!」
まだこんなことも言わなそうなお嬢様に想いを馳せつつ。
距離を縮めるためにミゾレは、思索を巡らせるのだった。
三人称の練習がしたかったのと、マックイーンを推したい衝動が止まらなくなったので初投稿です。