ウマ娘に転生したらパクパク……してなくて、むしろツンツンしてるお嬢様のお目付役になった件について。   作:流星の民

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#2 「わたしは、お嬢様と仲良くしたいのです」

「……もう、溶けてしまいますのね……?」

 

物憂げな表情で一つ、少女はため息を吐いた。

視線の先には、積もった雪も溶けまばらに芝生が見える中庭。

未だ体は熱く、思考もまとまらない。

一度ベッドに座り込み、体温を測る。

ピピッと、短く音をたてて、体温計が示したのはむしろ昨日より高くなった体温だった。

 

——結局……今日も私はここで一人、ですか。

 

風邪が感染るとよくないために、従姉妹たちは部屋に立ち入ることを許可されていない。

そろそろじいやが来るとしても、どうせ一緒にいてくれるのは彼だけだろうと考えた時、

 

『……まったく、あのような方に務まるとは到底……』

 

ふと、昨日拒絶した少女の姿が脳裏をよぎった。

 

——あの方が来てくれたり……するわけがありませんわね。

 

しかし、確かに昨日帰ってくれ、と言ってしまったはずだった。

普通ならばもう帰っているだろうし、仮にまだこの屋敷に残っていたとして……彼女を拒絶したのはその情けなさに失望したからだ。

だから、自分が弱っているからといって、他人に縋ろうとすることなどあり得ない。

 

しかし、一瞬でもそんな事を考えたのも事実。

滲み出てくる情けなさに歯を食いしばり、強く戒める。

 

——私は……メジロ家のウマ娘なのです。強くあらねば……ならないのです。

 

メジロ家のウマ娘であること——それは誇りでありながらも、同時に強く彼女を縛り付ける呪縛に近いモノだった。

将来背負わねばならないのは、あまりに大きな家名と使命。

だからこそ、熱を出した程度で項垂れるなど許されない。

 

できることはただ一つ、治すことに専念するのみ。

じいやが来るまでまだ寝ていようと思い、再び横になろうとした時だった。

外から騒めきが聞こえ、窓の外へと目をやると、中庭のテーブルを囲んだ従姉妹たちが何やら談笑しているようだった。

そして、そんな中でも際立つ白毛が一つ。

 

見間違えることがないであろうその姿は、ミゾレヒガンのものだった。

 

「……ぁぁ……」

 

思わず漏れた声は自分でも驚くくらいに情けないもので。

混ざっていたのは羨望感……だったのだろうか?

 

皆と談笑するミゾレの姿は昨日、あそこまで情けない態度をとっていた娘と同一人物だとは思えないくらいに、楽しげなものだった。

 

「……貴女は、私の……お目付役だと……」

 

ちょっとしたやきもちのせいか、段々と憂鬱な気持ちになっていく。

 

——昨日の彼女の態度は……私がいけ好かなかったせいではないでしょうか……?

 

マックイーンは親族以外の他者への態度が少し尖ってしまっていることを、確かに認識していた。

だからと言ってソレをどうすればいいのか、彼女にはまたわからないことでもあった。

いくら名家の生まれ、将来を期待されたウマ娘だと言ってもまだ八歳の少女。

 

自分がどんな気持ちでいるかも完全には理解できていないし、弱っていたら心細くもなる。

何かが込み上げてきそうになるのを、拳を握って誤魔化して。

 

横になり、熱くなってきた瞼を閉じて。彼女はただ自分を戒めるように眠りについた。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

小さなテーブルを囲む数人のウマ娘。

うららかな陽に照らされた心地の良い場の中、盛り上がっていく会話。

クッキーをひとつ頬張り、その甘さに目を細めながら、紅茶を口にする。

幸せな時間だった。

 

 

ガシャン!

 

 

唐突に何かが降りる音が聞こえ、気づいたら彼女はまた部屋の中に戻っていた。

ただ一つ違うのは、窓枠には格子がかかっていたこと。

外の様子は見えないのに、楽し気な会話だけは聞こえてくる。

 

——なんで……。

 

格子を強く握るも全く動く気配はない。

 

——なんで……っ!?

 

部屋中に絶叫が響いた時だった。

 

「——お嬢様っ!」

 

突如聞こえてきた声に、意識が引き戻された。

荒くなった息を整えながら、彼女は状況を確認する。

氷枕がひんやりとしていているのは、寝ている間にじいやが替えてくれたからだろうか。

それに、隣からカチャカチャと物音が聞こえるとともに、良い香りもする。

 

整った環境からか、段々と先ほどまでの恐怖も消えていき。

そういえば朝食もまだだった、と。

マックイーンは腹の虫が鳴りそうになるのをグッと堪えた。

 

「……良かった……。もううなされてないみたい……。今、お昼ごはんを用意していますから。……本当に、早く具合が良くなると……」

 

そして、それと一緒に聞こえてくるのは落ち着いた声のおかげか、次第に安心感が増していく。

 

——やはり一人じゃない、というだけでも随分と変わりますのね。

 

安心からか、思わずほぅと息を吐いた時、唐突に彼女は強い違和感を感じた。

 

——じいやと口調が違う……? それによく考えてみたら声も、随分とあどけないもの……。

 

いくら熱に浮かされていたとしてもわかる程度には、浮き彫りになっていく違和感に思わず瞼を開いた時、そこにあったのは——

 

「……嬉しいのですが……ってひょわあっ!?」

 

見覚えのある、というよりも……昨日見た紅い瞳だった。

 

「お……お嬢様……わ、わたしは……」

「……看病を、してくれていたのですよね? ところでじいやは……?」

「い、今は……主治医さんを呼びに行ってくれてて……」

 

先ほどまでの落ち着いた態度とは一転、彼女——ミゾレは随分と動転しているように見えた。

頬は紅潮していて、視点は一つに定まらない。

 

——これでは、どちらが病人かわかりませんわね……

 

一つ、ため息をつくとマックイーンは口を開いた。

 

「あの……もう少し落ち着いてくださりませんこと……?」

「そ、そう……ですよね……。わたし、迷惑で……。あの……不躾ですがこれを……失礼しましたっ!」

 

最後に折り畳まれた小さな紙を手渡すと、彼女は足早に部屋を出て行ってしまった。

 

「何なのでしょう……? これ……」

 

小首を傾げながら折り畳まれた紙を広げると、可愛らしい雪だるまが飛び出してきた。

いわゆる、飛び出す手紙というものだろうか。

話には聞いていたが初めてもらうそれに、少し感心しながら、文章に目を通す。

 

『みんな、マックイーンが元気になるのを待っています。だからクリスマスパーティーで元気な姿を見せてね!』

 

目を滑らせると、ずらりと並んだ従姉妹の名前。筆跡が全て違うのを見るに、きっとみんなで書いてくれたのだろう。

 

そして、最後の方に小さく“ミゾレヒガン”と、彼女の名前も記してあった。

 

その下には、これまた目を凝らさねば見えないような字で、『昨日は緊張から無礼を働いてしまい失礼いたしました。それでもわたしは、お嬢様と仲良くしたいのです』と記されている。

 

「そういうこと……ですか」

 

ふっと表情が綻ぶのが自分でもわかった。

そして、未だに体調は良いとはいえないけれど、胸の中だけは満たされていた。

 

「今度……謝らないといけませんわね」

 

その言葉を届けるべき相手は今ここにはいなかったが、口にするだけでも幾分か楽になる。

 

温もりを確かめるように、そっと胸に手紙を抱くこと数秒、満足したのか彼女はベッドにそれを置くと、お粥に手をつけ始めた。

 

◆ ◆ ◆

 

◆ ◆

 

 

「マックイーン、喜んでくれたかな?」

「……ごめんなさいっ! わたし、緊張しちゃって確かめることができなくてっ!」

 

気さくに話しかけてくるメジロライアンに多少ペコペコしながらもミゾレは、先ほど渡した手紙をマックイーンがどう受け止めたのかを、ずっと考えていた。

 

——字が小さすぎたかな? 文章に失礼はないかな?

 

いくら転生者といえども、今のミゾレは体に引っ張られて容姿に違わぬぐらい精神年齢が退行した状態。

不安は募るばかりだった。

 

「いいよ、そんなにかしこまらなくって。……あの子、少し人見知りだからツンツンしてるように捉えられちゃうことが多いんだ。それに、お目付役がつくだなんて初めてだっただろうから……ちょっと緊張してただけだと思う。だから、大丈夫——きっと、すぐに仲良くなれるよ」

 

「ホント……ですか?」

 

「うん、ホントホント、大丈夫だって!」

 

 

その言葉を聞いてお礼を言いながら「……よかったぁ」と呟き去っていく彼女を見て一言、ライアンは呟いた。

 

 

「……何だか、また一人妹が増えたみたい。それにしても……」

 

 

そこで少し濁る言葉。

 

 

「……明日のパーティー、マックイーン……大丈夫かな……?」

 

 

一抹の不安がよぎりつつも、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせながら、彼女も自室へと戻るのだった。


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