ウマ娘に転生したらパクパク……してなくて、むしろツンツンしてるお嬢様のお目付役になった件について。 作:流星の民(恒南茜)
「「——よーい、どんっ!」」
うららかな日差しと、青々とした芝。
年も暮れ、冬だというのに差し込む木漏れ日は暖かく。
「ふわぁ……」
宙を舞う芝と、芝生に刻まれる跡。
走り出す従姉妹たちの姿を横目に、思わずマックイーンは一度、欠伸をしてしまった。
「お嬢様……? もしかして……寝不足、ですか……? ……ごめんなさい、わたしが……」
「……いえ、問題ありません。楽しい時間でしたもの。貴女が気に病む必要はありませんわ。……さて、読書に戻りましょう?」
耳を垂れて、恐々と問うてくるミゾレに対し、彼女は普段より少々柔らかくした声音で返答して、再びページを捲る。
「『レース理論』……ですか……?」
「ええ、まだ病み上がりだから走らないようにと、おばあさまや、主治医から注意されてしまいましたので。けれど、あまり遅れをとるわけにはいきませんもの」
ページを捲る音と、風が葉で擦れる音、興味深げに本を覗き込んでくるミゾレの吐息、聞こえてくるのはそんな音くらいのもの。
遠ざかって行く足音をどこか名残惜しげに感じながらも、細かい字へと目を通し……時折、欠伸を一つ。
木漏れ日の中でゆったりと時間は流れ、背中合わせで触れるミゾレの体温も心地よい。
そんな環境下、だったからだろうか。次第に、二度、三度と頭が揺れ、視界は朧げに。
最後に大きく振れ、こてん、と思わずマックイーンが前向きに倒れ込みそうになった時だった。
「……間に合って、よかったです……」
方向転換したミゾレが体を支えたことにより、なんとか彼女がその場に倒れ込むことだけは回避されて。
「……ごめんなさい。つい、うつら、うつら、と」
思わず目を見開き、自分がどのような姿勢にあったかを確認したのち、彼女は安堵の息を吐いた。
柔らかい芝生とはいえ、このままの勢いで倒れ込んでしまえば、かなり強く体を打っていたはずだ。
——これでは、示しがつきませんわね。先程、あまり遅れをとるわけにはいかないと口にしたはずでしたのに……。
それに、手元の本へと視線を落としてみると既に見覚えのないページになってしまっている。
きっと——いつからかは定かではないが——うつらうつらとしながらでも、ページだけは捲ってしまっていたのだろう。
見覚えのあるところまでページを巻き戻し、読み進めること少し。
「お、お嬢様っ!?」
再びの慌てたミゾレの声によって、マックイーンの意識は引き戻された。
——また、居眠りしそうになっていましたのね……。
こんな体たらくでは、とため息を吐いてなんとか目を覚まそうとするも、中々集中力が働かず、細かい文字列を見ているとすぐに欠伸が出てくる。
「……お嬢様、いっそのこと、お昼寝されても……」
「……いえ……」
——私は、遅れを取り戻さなければ。
答えははっきりと決まっていたはずなのに、遠くで走る従姉妹たちの姿をちらと見て、その後にミゾレの瞳を見てしまったせいか、思わずマックイーンは口ごもってしまった。
焦燥感は確かにあったけれど、それとは別にこの心地よさにこのまま身を預けたくなる気持ちも少なからずあって。
魅力的にも映るミゾレの提案に対し、どう返答するべきか、彼女が視線を彷徨わせていた時だった。
「……でしたら……あんまり、退屈じゃないもの……レースの記録ビデオの視聴、とか……どうでしょうか……?」
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
『——各ウマ娘が最終直線に差し掛かりました。ここで四番抜け出した——一気に先頭へと立ちます!』
記録映像が古いせいか、少々音割れした実況の声が部屋中に響き渡る。
けれど、熱気だけは褪せておらず、映像を見ている二人の少女にも届いていた。
「そこです、そこですわ……っ!」
「が、頑張れー……頑張ってください……っ!」
片や先、程までの眠気は隅へ置き、拳を握り締めたまま画面をじっと見つめ、片や、いつもはか細い声をできるだけ絞り出して。
テープが擦り切れるほど、じいやから借りて、何度も、何度もその舞台は目にしたものだというのに。
——それでも、いつも、
それは、幾度となく彼女が聞かされてきた悲願だったからか、それとも——
どこから来た感情なのかはわからずとも、マックイーンはさらに声を張り上げ、合わせるように、ミゾレも精一杯声を絞り出す。
『—— 3分17秒9——日本レコードです——!』
そして、迎える結末もまた、幾度となく目にしてきたものだったというのに、変わらず熱くなった胸をぎゅっと抑えて。
「……やはり、届きたいのです」
そののち、彼女は真っ直ぐにその景色へ、手を伸ばした。
「これが、お嬢様の目標……なのですか……?」
「……ええ」
——これは、確かにメジロ家の悲願で、それでも——
「……私の、目標です」
——私のもの、でもあります。
画面から目を離し、こちらを向くミゾレの瞳を見据え、彼女はそう答える。
「……お嬢様はご立派な方です。こんなに、大きな目標を持って。……それに向かって一生懸命で……」
そしてぽつり、と。
呟いたのちに逆にこちらを捉えたのは、瞳の奥に湛えられた紅い輝きだった。
「……でも、頑張りすぎもきっと、大変です。……だから、少しでも支えさせてください。……わたしは……お嬢様の、お目付役……ですから」
相変わらず、萎んだり、途切れ途切れになってしまう声ではあった。
「……そう、ですわね。……貴女は、私のお目付役……ですもの」
けれど、マックイーンはそばに置かれていた白い指に自身の指を絡ませ、隣に座る少女の肩へともたれかかると、
「……です、から……しっかり……手を……繋いでいて、貰わないと……困ります……わ……」
最後にそう小さく口にして。
そのまま少女の膝へと頭を預けるようにして——横になった。
——お疲れになってしまった……のでしょうか……?
いつも引き締められている唇は、柔らかく弧を描いていて。
綻んだ表情で静かに寝息を立てる姿は、おおよそいつもの彼女からは想像し難い。
——目標は大事です。頑張ることも、大事です。……けど、お休みもまた、今は大事なはずです。
それは、悲願か、それとも宿命か。
天皇賞と名を冠する舞台を見つめる瞳は、今は閉じている。
だからこそ、今はそのままでいて欲しくて。
さらりと流れる髪をそっと掻き分け、額の辺りを少女は撫ぜた。
P.S.従姉妹の皆さんは次回辺りかな、と。