元素と小説は使いよう   作:チル姐

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もはや不定期投稿でしかないので、初投稿です。


 


小説家。芥川の散歩 四

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文筆を嗜む者は、総じて逃れられぬ読書の劇毒に侵されているのだよ。

 

 

 

 

 

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しとどに濡れている。

 

私の腿から腹にかけて、雨に降られたかのように濡れそぼっている。

 

傘でも忘れたのかというくらいに、濡れに濡れている。

 

別段冷えるわけでもない。

 

寧ろ徐々に暖かくなりつつある。

 

温温とした水が、私の服に染み入っている。

 

隣に座っていた七七くんは、此方を見つめたまま、固まっている。

 

とんでもない場面に出会した七星少女は、肩を怒らせこちらの方へずんずん近付いてくる。

 

斯く言う私は、何処か諦めのついたような心境で固定具が付いて動けなくなったままに、腹にくっついた艶やかな長髪を緩く撫でている。

 

 

 

さて、何が起こったのか。

 

見るものが賢明でも愚昧でも、一目見れば分かることだろう。

 

ただ、それはそれとして戸惑いが起こると思うが。

 

なにせ、当事者の私ですら戸惑っているのだから。

 

 

 

簡単に状況を確認してみる。

 

先頃まで私の膝枕にて惰眠を貪っていた阿呆少女が、唐突に目を覚ましたかと思えば、やおらに大粒の水を眼から溢し出した。

 

むんずと私の腹部にしがみついたと思えば、しゃくり上げるような静かな嗚咽を掻き鳴らしつつ、今の今まで涙を流し続けているのである。

 

しかも、時たま微かに「ごめんなさい」だの、「ちゃんとします」だの、矢鱈滅多に塩らしい言動を漏らす次第。

 

 

 

はてさて、どうしたものか。

 

こうも反応に困る有様をまざまざと見せてくるのには、流石に私には如何ともし難い。

 

取り敢えず、胡桃の後頭部を柔めに撫で続けているが、正直言って、気休め以上の意味をなしていない。

 

取り敢えず、胡桃が落ち着くまでこれを続けようか…。

 

 

 

 

 

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「ねぇ、何か申し分があるなら聞くくらいはしてあげるけど?月末の象徴三人衆さん?」

 

「待て待てなんだその呼び方。何よりもまずそれが気になったのだが」

 

「げんた誰ごす」

 

 

 

とうとう紫雷ワープを使ってまでして颯爽とこちらの前に現れた少女の第一声がこれである。

 

うむ、私の印象が撃沈しているのがよくわかる。

 

 

 

「げん…、え?何かしら…。ま、まあいいわ。月末になると必ずと言っていいほど現れる、少女を背負い抱き上げる男。有名にならない方がおかしいんじゃないかしら」

 

「は、はは…、よもや私の知らないところで阿保らしさの留まる所を知らない綽名が広まっていようとは。…少しこれからの散歩は考えるべきか?…ってぁいいったぁぁぁあああいいぃぃっっっつ!!」

 

 

 

どうやら、胡桃が私の脛に思いっ切り爪を立てて何かを訴えかけようとしたように見える。

 

いや、その気の引き方はよくないだろうよ…。

 

 

 

「なんだなんだ、何を言いたかったんだ、胡桃?ものすごく痛いたいんだけど、ジンジンしているんだけど?」

 

「いくらなんでもそれは残酷な呼び方のような気がするけど…」

 

「…もん」

 

「「え?」」

 

「せんせぇとお散歩できなくなるの、いやだもん」

 

……そんなに私との散歩が楽しみだったのか、此奴。

 

しかし論が飛躍している気がするが。

 

別に私はこれより散歩を取り止めよう等と言った覚えはないし、散歩に於いて胡桃と一切の関わりを持たないようにしようなんざこれもまた口にした覚えもない。

 

ただ、これ以上珍妙不可思議な渾名を知らない内に付けられる前に、日頃の行いについて変容させられるところがあれば少し改善してやろうか、という感覚の意味合いを込めて、発言をしたつもりだった。

 

なんとも早とちり甚だしい娘っ子である。

 

 

 

「それはそうと、この子も少し落ち着いたみたいだし、何があったか話を聞かせてもらおうかしら」

 

「いいのか、刻晴さん。私や七七くんは兎角、貴女は通りがかっただけであるから、この事案に立ち入る必要も無いはずだが」

 

「ここまで来てはいさよならって冷たくも退散してしまえる程、場の流れを理解出来ていない訳じゃないわ。言ってみれば、乗り掛かった船って奴よ」

 

「正直、助かるな…、ありが」

 

「そ、れ、に!年頃の女の子の涙を、変な所で鈍ったらしい男にだけ拭かせるのも、私の心が許さないから。言っとくけど、貴方ほど人の感情を表現するのに長けた人なら杞憂かもだけど、若々しい傷心の少女のカウンセリングを幼女と青年がやるなんて、中々ないことなんだから。微力ながら、手伝ってやるわよ」

 

「はは、反論の余地も無い。それじゃあ、お言葉に甘えて貴女の頼もしい手を借りよう」

 

「むぅ、心外んざみらー」

 

「そんな言動してる奴には尚更任せたくないわ」

 

 

 

 

 

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私の膝上に座り、顔を曇らせ俯いて、私達の反応を待っている胡桃。

 

落ち着きはしたが、今にも泣きそうである。

 

さて、胡桃の言い分をまとめるとしよう。

 

正直、溜息を堪えきれないというのが本音だが。

 

 

 

・毎月、往生堂の書類に追われる月末を過ごしては、寝落ちしてしまい、群玉閣の広場で私に見守られて目を覚ます、という現状にいつまでも甘んじている自分に嫌気が差していた。

 

・今月もまた、毎月と同じような醜態を晒してしまった事を、目覚めた途端に目に入ってきた私の顔を認識すると共に悟り、遂に自己嫌悪が爆発してしまう。

 

・毎度私に迷惑を掛けている。私に諭されて自分でも色々試行しているにも関わらず莫迦の一つ覚えの如くに改善の兆しも無い。何時も堂主である事を誇りにしているにも関わらず、蓋を開けてみればこの為体。余りにも情け無く先代皆々様に申し訳ない。

 

・ずっと仲良くしていたい私や他の人たちに、失望されかねないことへの絶望感。私に見離されて、毎月のように関わってくれる事が無くなるかもしれないという焦燥感。其れらを感じて涙を堪えきれなくなった。

 

 

 

こんなところだろうか。

 

弁明途中、涙や嗚咽で中断したということもあり、意外にも時間がかかったが、一通り聴取はできたと思う。

 

 

 

「…これでよし、と。取り敢えず今の話を纏めてみたが、こんな感じでいいだろうか?」

 

「ええ、現状把握としてはボロの一つも無く完璧だと思うわ。というか、この短時間で良くそこまで纏められたわね。…私の助手、やってみない?」

 

「小説家だからね、状況を言葉に表現する能力については一家言あると自負しているよ。あと助手のお誘いなら、保留で。何かの参考になる経験ができそうだし」

 

「あら、色良い返事、頂いちゃったわね。やりたくなったらいつでも言いなさいな。門戸は開いておくわよ。とまあこれについては一旦置いといて…」

 

「感想、私から言う方がいいか?七七くんが言うかい?それとも刻晴さんがやるか?」

 

「全員でいうほうがいいと思う」

 

「七七ちゃんに賛成。多分結論は一緒でしょう」

 

「だろうな、それじゃあ胡桃」

 

「…はいぃ」

 

「私の感想、一言、アホだろうお前さん」

 

「ぐっ!」

 

「七七も、ちょっと、おアホさんだと思う」

 

「ふぎゅっ」

 

「最後私ね。アンタアホね」

 

「にゃぁぁぁあああああ!!!!」

 

 

 

満場一致で判決阿呆である。

 

異論が無いところから鑑みて、筋金入りであろう。

 

容赦ない判決に、胡桃は胸を押さえて崩れ落ちる。

 

誰がどう見ても、満身創痍。是非もないね。

 

 

 

「まず毎月私がお前さんを運んでいることについてだが、迷惑だ何だを気にされる謂れは無い。私が好きでやってることなんだから、お前さんは大人しく自分がもう少し何ができるかを少しずつ考えるだけに留めておけ」

 

「七七、キョンシーだから、あんまり大したこと、言えないけど、たくさん失敗するからって、自分を嫌いになることは、無いと思う」

 

「それで、ここまで付き合ってくれている貴女のお友達が今更貴女に失望して疎遠になるなんてことあると思うかしら?杞憂よ、まさにそう。折角自分の職に誇りを持ってるんだし、自分自身と自分の友人にもっと誇りを持ちなさいな」

 

「鍾離に聞けば簡単にわかることだが、お前さんの先代が全員最初から偉業を成し遂げる大人物だったはずもないだろうよ。寧ろ、神の目を持つに至るまで頑張ってる時点で、歴代最高に近い功を成し遂げているに違いないさな」

 

「失敗なんて、いつか直せばいい。へびが言ってた」

 

「私も、甘雨も、凝光様だって、失敗の一つや二つくらい繰り返してしてしまうんだもの。周りを頼ればどうってことないわよ。何が悪いって、貴女が傑物だからって何から何までの責任が二十にもならない少女に寄せ集まっている環境に甘んじているのが悪いわ。私ですら甘雨とか、凝光様とか、いざという時に頼りにできる人がいる。天おじや夜蘭とか、頼ろうと思えばいつでも助けてくれる人だって周りにいるのに」

 

「歩く万国便覧の鍾離、自称大物小説家の私、薬師見習いの七七、料理研究家の香菱、銀行元締めのタルタリヤ、商会御曹司の行秋。ほら、取り敢えず挙げただけでもこれだけお前さんの周りには仲の深い人間が居るんだ。一人や二人に頼るくらい、罪悪感を懐く事でも何でもない。それにほら、今日この七星の刻晴も頼れる人間の一人になったじゃないか。もうお前さんは無敵だ」

 

 

 

なんだ、予想はしていたが、皆思うことは同じだったようだ。

 

この胡桃は幼少から堂主として育てられてきたせいか、いろいろなことを自分一人で解決しようとする節がある。

 

しかし、支えあってこその人間だ。神ですら、氷神にはファデュイという手駒が、岩神には仙人という部下が、風神には教会や騎士団という国を自治する組織が、それぞれあるのだ。

 

神のような超越者ですら、周りに頼っているのに、比べれば凡人でしかない我々が一人で事を為そうとしても限界があるだろう。

 

これを機会に、周りにもっと頼ることをして欲しいものだ。

 

幼少の頃から見てきた可愛い妹分が、心身を衰弱させていく様なぞ、見たくも聞きたくもないからな。

 

 

 

「…」

 

「どうだ?自信が湧いてきたか?ありきたりな言葉だが、言わせてもらおうか」

 

「…ぅん」

 

「お前さんは、独りじゃないさ。仲間がいて、自分がいるんだ」

 

「…うん」

 

「一所懸命頑張ってるのはみんな知ってるんだ。もっと生き生きした姿を皆んなに見せてやれ」

 

「…うんっ」

 

「ほら、みんなお前さんを慰めてくれたんだ。こういう時、なんて言うんだ?」

 

「…みんな、ありがとう!頼りに、させてもらうね!」

 

「いつでも、話し相手になってあげるわよ」

 

「七七に、頼ることを許可するぅ。おアホさん」

 

「七七ちゃん…?そのおアホさんって呼ぶのはやめて欲しいんだけどなぁ…」

 

「や」

 

「うわぁぁぁぁぁぁああああああん!!!」

 

 

 

 

 

 

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もう何も怖くない(当社比)ので、失踪します。


 

野生の七七を見つけたら?

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