異聞・第2次ティアマト会戦   作:伊藤 薫

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 12月12日、捜索2日目。クラークのパザルシク日記は次のような書き出しで始まっている。

 

―日付が変わった頃、捜索を再開する。捜索隊を4班に分けて行動するが、統合作戦本部から送られてくるデータを確認して進むも膨大なデブリ(破壊された敵味方の艦艇の残骸)などに阻まれ、捜索は難航す。どこかから友軍のスパルタニヤン機が飛んできて、現場と思われる宙域に発光弾を投下するも、デブリや小惑星などに阻まれて確認できない。

 頼みの捜索用レーダーも、全く当てにならない。フレッチャー大尉の指示に従い、N86航路(パザルシク星からティアマト本星を結ぶ主要補給用航路)に沿って前進するも、1時間で行きつける場所に3時間が経っても到達しない。その内に、元の場所に戻ってきてしまっている。まるで狐につままれたようだ―(後略)

 

 クラークが述べるレーダーの障害については、他の捜索隊も同様の現象を体験していた。後に情報部が調査したところ、近隣の星系に存在するマグネター(強力な磁場を持つとされる中性子星)から放出されるX線によって正常に動作しないことが分かった。

 クラークを含むフレッチャー大尉の捜索隊は迷走を続けた。だがこの日、クラークが知らないところでアッシュビーの捜索は大きく前進することになる。ヤンはノートPCをいったん閉じる。

「どうだ、何か分かったか?」

 キャゼルヌは統合作戦本部ビルの食堂でぼやっとしている後輩に声をかけた。

「有益なことは何も」

「相変わらず食欲は無さそうだな。体力をつけて頑張ってくれ」

 キャゼルヌが向かいの席に座る。テーブルの上には半分近く残したカレーライス。ミルクティーは2杯目である。キャゼルヌは片手にコーヒーが入ったカップを持っている。

「体力ばかりついてもしょうがないんですよ。脳細胞が活性化してくれないと」

「アッシュビー提督謀殺さる、なんてネタでは、お前さんの脳細胞は動かんか?」

 殊勝に「そんなことを言うつもりはありません」と答えればよかったのだろうが、ヤンはそれを口にしなかった。キャゼルヌが言外に示す通り、アッシュビー提督が謀殺されたのではないかという説は特に目新しいものではない。ゴシップを扱う雑誌やテレビ番組なら数年に1回は特集が組まれる。その程度の都市伝説として世間では扱われている。

 ヤンが気になるのは、そんな与太話を真面目に取り組むようになった同盟軍上層部の思惑である。何度も《火曜日通信》を眺めたところで、その味気ない文面からは上層部を動かすような機微は感じられない。ヤンは話題を変えるつもりで、相手に疑問をぶつける。

「ところで、あの投書の差出人は誰か分かってるんですか?」

「あまり面白くない話になるぞ」

 キャゼルヌが前置きした後で明かした差出人は、ルシンダ・アッシュビーという名前に人物だった。古くから「英雄色を好む」と言われるが、アッシュビーの私生活もその格言を表すように、自称他称を合わせて1個中隊を超える女性と浮名を流したという。彼は生涯で2度結婚しており、ルシンダは2番目の夫人に当たる。

「ところが、そのルシンダ夫人は9年前に亡くなってる」キャゼルヌは言った。「享年は59。死因は睡眠薬の過剰摂取。自殺かどうかは遺書などが無かったので、判断がつかなかったそうだ」

「誰かが夫人を騙ってる、ということですか?」

「ルシンダ夫人がすでに死んでることは調べれば、すぐにわかることだ。それを知らなかったのか・・・」

「知っていて故意に死者の名を使ったのか」

 キャゼルヌは考えこむヤンに笑いかけた。

「全部が全部、結論を出す必要はないぞ。それが公表されるとも限らんし」

「じゃあ、私は何のために、この調査をやってるんですか」

「人生、何事も勉強さ」

 あまり気の利いた回答じゃないな。ヤンはそう思った。キャゼルヌは自分自身の冗談のセンスに失望した表情を浮かべている。別れ際に、ヤンはキャゼルヌにある調査を依頼した。差出人が投書を書く際に使用したエディタの詳細である。これは文字のフォントからある程度、候補が絞れるはずだった。キャゼルヌは特に依頼の理由も聞かずに、後輩の頼み事を承諾した。

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