異聞・第2次ティアマト会戦   作:伊藤 薫

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 ヤンはノートPCを開いた。スキャナーで読み込みしたクラーク軍医中尉の「パザルシク日記」を確認する。同盟軍全体が重く苦しい沈黙に押し包まれていた頃、クラークはどうしていたのか。

 クラークが同行していた捜索隊は2日目の捜索を終えても、戦艦「ハードラック」を見つけられなかった。12月12日の昼に航路沿いの補給基地に立ち寄った捜索隊は同じ日に第175駆逐隊が戦艦を発見したことも知らず、午後九時ごろにまた航路沿いに宙域を進んでいた。クラークは書いている。

 

―2日間、ほとんど寝ていない。当初はこのような強行軍になることも知らず、ろくに装備も持たない状態で来たことを後悔する。出発して間もなく、スパルタニヤン機と合流。行動を共にすることになった。

 部隊を2つに分け、編隊行動を取りながら航路に沿って進む。二時間ほど経った頃、右前衛が奪取された当該戦艦の部品らしき物を発見。ここに全隊が集結し、さらに前進。今度は中破した友軍の駆逐艦(注・駆逐艦「リングゴールド」と思われる)を発見した。その数キロ先の小惑星に、駆逐艦と戦艦(注・「レンショー」と「ハードラック」と思われる)を発見した。ただちに、戦艦の内部に入る準備を行う

 

 ヤンはさらに日記を読み進める。日記の記述は当時の状況を正確に描写していた。

 

―暗い艦内は遺体が散乱している。生存者は無き模様。遺体はすでに腐敗が進んでいる。焼けた遺体は炭のように黒くなっている。艦橋に入る。その中に比較的、綺麗な遺体が2つ。1つは医務官の白い制服(エリス軍医長か?)。1つは肩章を付けた黒い標準制服を着用し、サーベルで上体を支え、航法制御コンソールによりかかったまま床に座っていた。肩章を確認する。ベタ金に星3個。この方がアッシュビー大将だろうか。2人はまるで寄り添うかのように息絶えていた

 

 ヤンは胸騒ぎを覚えた。クラーク軍医中尉もまた、戦艦「ハードラック」の艦橋にたどり着いていたのである。時刻は12月12日午後11時ごろだろう。日記の記述は確かに、現場に到達した者の描写を思わせる。実際には同じ日の夕刻、マクブライトとパウエルの捜索隊が戦艦を発見していた。マクブライトは後年、戦史研究者アシュトン・ハーバートのインタビューで次のように答えている。

 

―12月12日の時点で、貴官の他に戦艦「ハードラック」を発見した者は?

 パウエル准将の捜索隊だ。私が戦艦を発見して半時間も経ってないころだった。

 ―貴官とパウエル准将の他にはいないか?

 帰投中に会ったジェリコ少佐を通じて第8艦隊に連絡した後、その日のうちにハイネセンの統合作戦本部から捜索中止の指令がすぐに出たから、私たちだけだと思う。

 ―ハイネセンから捜索中止の命令が出た時刻は?

 正確な時刻は覚えていないが、午後8時ごろだったかと。

 

 ハーバートは戦史編纂所に所属する主席研究員であり、同所が出版している第2次ティアマト会戦の戦史叢書に筆者として参画している。ヤンは最新版の戦史叢書を確認する。現在の叢書では、マクブライトの証言を全面的に採用している。クラークが同行した捜索隊が同じ日に戦艦を発見した点は触れられていない。

 さらに、戦史叢書ではマクブライトの証言から捜索隊が戦艦内に応急の遺体安置所を設営して遺体に防腐処理を施した後、そこに安置して引き上げた点を言及している。それが事実だとすれば、同じ日の数時間後にクラークが現場に到着した時点で、艦内に「遺体が散乱していた」はずがない。しかもクラークの日記に遺体安置所の記述はない。アッシュビーの遺体を発見した状況も異なっている。マクブライトが述べたように、遺体は「サーベルで上体を支えて」指揮官席に座っていたのではなく、「床に座っていた」と書かれている。

 ヤンは日記を読み進めた。クラークの日記はさらに謎を深めていくことになる。

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