異聞・第2次ティアマト会戦   作:伊藤 薫

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 ヤンは給仕にバーボンのお代わりを注文する。キャゼルヌは顔をしかめる。

「おい、いったい誰の金で何杯飲むつもりなんだ?」

「そりゃあ、先輩の・・・」

「まだ、お前さんに奢ると決めたわけじゃないぞ。俺の疑問を全て解消してからだ」

「何でも仰ってください」

「では、いったい軍は何を隠そうとしてるのか。この点は何か手掛りはあるのか?」

「いきなり難問ですね」

 ヤンは手癖で黒ベレー帽を脱ぎ、片手で黒髪をかき回してみる。

「あまり考えられる点は少ないですが・・・」

 まず手掛りに挙げたのは、アッシュビー提督の「手帳」だった。クラーク中尉の日記によれば、宇宙艦隊総司令部の参謀(名前は不明)が遺体を回収する際に手帳を読んだか尋ねてきたとあり、手帳に何か重要な機密事項が書かれていた可能性はありうる。

 この手帳の存在を確認できるのは、マクブライトの証言だけである。12月12日にアッシュビー提督の遺体を発見した際に「―胸ポケットの手帳を取り出して開いた。裏面にアッシュビー提督の署名があり、詩か何かの文が数頁に書かれていた―」と証言している。

 クラーク中尉は手帳の存在自体を把握しておらず、検死時も遺体からそのような物は見つかっていないようである。ならば、手帳はどこに消えてしまったのか。現状で判明している事実を繋ぎ合わせれば、マクブライト隊が戦艦「ハードラック」から引き揚げた12日午後5時からフレッチャー隊が同戦艦に入った午後11時までの間に、何者かが手帳を持ち去ったことが考えられる。

「手帳に関しては、これ以上は検討する余地がありません」ヤンは言った。「手帳は現物が見つかれば良いですが、望み薄でしょう。そこで1つ、原点に戻りましょう」

「原点?」

「私たちはアッシュビー提督が即死したことを知ってますが、そもそもその事実はどこからもたらされたんでしょうか?」

「それは、ローザス提督の回想録に・・・」

 キャゼルヌは不意に口を閉ざした。言葉を失ったように見える。

「お前さん、ローザス提督が元帥の謀殺に関わってると言いたいのか」

 ヤンはうなづいた。

 第2次ティアマト会戦における同盟軍の戦闘状況は各艦隊司令部や麾下の実戦部隊が戦後に提出した戦闘詳報から、ほぼ全貌が分かっている。帝国軍の動向もフェザーンから時おり漏れて伝えられてくる情報からある程度までは把握できる。しかし、アッシュビー提督の戦死は戦闘時ではない点や同盟軍としては旗艦の遭難という不名誉な事態に陥った点が災いして、あまり記録に遺されていない《空白地帯》になった。

「そこで出てきたのが、ローザス提督の回想録です」ヤンは言った。「アッシュビー提督の即死説は誰もが回想録を根拠にし、疑いませんでした。劇的な勝利を挙げた後の戦死という状況が提督の英雄像に合致したのもあるでしょう」

 キャゼルヌはうなづいた。

「同盟軍も否定しなかったからな」

「軍の名誉が傷つけられる内容ではないですから」

 キャゼルヌもグラスを開ける。ため息を漏らした。ヤンは続けて言った。

「戦艦『ハードラック』から生き残った高級将官は総参謀長ローザス中将と情報参謀ハント中佐だけです。この2人はアッシュビー提督の火葬にも立ち会ってます。謀殺の現場に一番近かった人物であることは間違いありません」

 キャゼルヌは顎を擦った。

「お前さんが言いたいことは分かった。ただ、お前さんと同じことを考えそうな人間は当時、現場に大勢いたわけだ。実際、クラーク中尉はその一人だったようだしな。その点を踏まえた上で、なぜ今まで元帥の戦死にまつわる状況が問題視されなかったのか」

「その理由は簡単ですよ」

 キャゼルヌはヤンを一瞥する。

「捜索隊やそれに関連した部隊は全滅したんですから」

 アッシュビーの遺体を最初に発見した第198駆逐隊、後に戦艦「ハードラック」を発見した第106駆逐隊は第11艦隊の所属であり、第2次ティアマト会戦の6年後に起きたパランティア会戦で第11艦隊は壊滅的な損害を被った。戦艦「ハードラック」の直衛を担った第89戦隊も同艦隊の麾下に入っており、いずれも兵力の8割以上を喪失して解隊された。部隊を率いたマクブライト中佐、デュトワ中佐、ラングドン中佐は戦死。

「パランティア会戦に関する冷酷な噂は、先輩もご存じでしょう」ヤンは言った。

「第11艦隊が大敗を喫して、第4艦隊が救援に間に合わなかったっていう話だろう?」

 ヤンはうなづいた。

「《行進曲(マーチ)》ジャスパー提督は功績を独占しようと企んで、コープ提督を見殺ししたんじゃないか。この話の真偽はともかく、アッシュビー提督の遺体捜索に多くの部隊を出したのは、ジャスパー提督とコープ提督ですからね」

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