キャゼルヌは窘める口調で言った。
「お前さんの不健康な想像は一旦置いておこう。クラーク中尉はどうなったんだ?」
クラーク軍医中尉の運命もまた、悲惨な結末を迎えた。本来ならば、クラークは3度目の兵役を満了して除隊するはずだったが、第2次ティアマト会戦後の定員不足を補うという名目で兵役の継続を告げられる。第6艦隊麾下の第52駆逐隊に転属された後、同艦隊はイゼルローン回廊内のナムタル星域で帝国軍と衝突する。
会戦の1か月前、クラークは日記に次のような記述を残している。
『なぜ自分はここにいるのか。自問自答を重ねる。もしあの時、自分がアッシュビー元帥閣下の捜索に加わっていなかったならば。運命の皮肉というべきか―(後略)』
宇宙歴748年3月10日、ナムタル星域で会戦が勃発する。クラークは帝国領に最も近い補給基地が配属されたため、緒戦で帝国軍に基地を包囲されてしまう。
『なぜ自分は最前線に配属され続けているのか。アッシュビー元帥閣下の秘密を知り得たためにか。軍人である以上、命令には絶対に従わなければならないが、心のどこかで不条理だという思いがどうしても拭えない。あとは先刻の手紙と、この日記が自分の死後に家族の下に届くのを願うのみ。2人に会いたい。会いたい。会いたい―』
アッシュビー元帥の秘密が何を意味するのか。日記はここで終わっている。クラークは3月21日に戦死を遂げる。それがいかなる死だったのか。この日記がどのような経緯でシンクレア少尉の手に渡ったのかについては謎である。なお、クラークが所属していた第52駆逐隊はナムタル星域会戦で大きな損害を受けて解隊されている。
ヤンはある事実をキャゼルヌに告げる。アッシュビーの捜索に参加した軍人のうち、ほぼ全員の9割以上が戦死している。1世紀半に渡って自由惑星同盟と銀河帝国が絶え間ない闘争を続けているとはいえ、これは異常な数字だった。
「なるほど」キャゼルヌは言った。「謀殺者は帝国軍と手を組んだわけか」
「正確には、捜索隊を過酷な運命に誘った人物がいます」
ヤンが挙げた名前は、数代前の国防委員会人事局長だった。ありふれた苗字だが、ローザス提督が死別した妻の旧姓でもあり、実際に人事局長とローザス提督夫人は遠い縁戚に当たっていた。
暗い店内にジャズが静かに流れている。二人はしばらく押し黙って洋酒を飲み続けた。こういう時は無駄口をたたかない後輩をキャゼルヌは好ましく思っていた。2杯目のバーボンのロックが入ったグラスに口をつけた後、キャゼルヌは重い口を開いた。
「俺たちは感覚がマヒしてるのかもしれないな。戦争は生まれた頃からすでにあって、今も続いてる。毎年戦いが起きて、ものすごい人数の軍人が戦死してる。その繰り返しが延々と続いてるわけだ。そこに、ある者の意志が介在するとは考えたことも無かったな」
ヤンは黙ってうなづいた。
「俺自身はそんなつもりは無かったが、結構お目出度い人間なのかもしれん」
「そう思えるだけでも、先輩はご立派だと思いますよ」ヤンは言った。「自己の無謬性を少しも疑わなかった人物や世界の末路は悲惨です。ルドルフ大帝や銀河帝国がいい例じゃないですか」
「褒めてもらったんだが、そうじゃないんだか、よく分からんな」
キャゼルヌは苦笑を浮かべる。
「ところで、クラーク中尉の遺族はまだ生きてるのか?」
「どうでしょうか。調べてみますか」
キャゼルヌはうなづいた。
「日記は遺族に返却した方がいいだろう」
シンクレアが日記帳をクラークの遺族に返さなかった理由については、ヤンは理解できるような気がする。シンクレアも1人の軍人として、アッシュビー元帥か同盟軍の機密を秘匿しようとしたのではなかったのではないか。
「ローザス提督はどうしますか?」ヤンは言った。
「・・・提督にはアポをつけておこう」
「ありがとうございます」
ヤンとキャゼルヌは士官クラブを出る。無人タクシーを拾い、後部座席に座った。ヤンが割り勘を申し出す前に、キャゼルヌが酒もタクシーの代金を支払ってしまった。
「そう言えば・・・投書を作成したエディタの解析結果が出たぞ。30年くらい前に製造された民生品だそうだ」
「そうですか」
「ローザス提督から何か聞き出せると思うか」
「あまり期待はしないでください」
キャゼルヌは珍しく絡むような口調で言った。
「そんな弱気じゃ困る。俺が奢った分を倍返しするぐらいの成果を上げてもらわんと」
《なんて人だ》。ヤンはそんなことを思いながら車窓を流れる夜景を見つめた。