ヤンは後日、クラークの遺族を探してみることにした。最初は手間取ると思っていたが、意外に簡単に見つかった。第六艦隊戦死者の遺族会を当たったところ、10年前のナムタル星域慰霊団の名簿に夫人と息子の名前を見つけた。
妻のアナベルは5年前に亡くなっていたが、息子のダニエルは現在もマルヌ市に住んでいた。ヤンはちょっとした偶然から父のクラーク軍医中尉の日記を預かっている旨を伝え、マルヌ市に向かった。マルヌ市は首都ハイネセンポリスから北に80キロの位置にある郊外都市である。
家は周囲では名を知られた、大きな邸宅だった。応接室でダニエルと対面したヤンは日記帳をテーブルの上に滑らせた。ダニエルはしばらくの間、それを感慨深げに見つめた。
「これが父の日記ですが・・・」
ヤンは日記を入手した経緯を簡単に説明した。ダニエルは日記を保管していたシンクレアという人物を知っていた。シンクレアは父の知人で、ナムタル星域会戦後も何度か弔問に訪れていたという。
ダニエルは黙って日記を読み始めた。長く静かな時間が流れた。やがてダニエルの肩が震え始める。日記の最後の頁をめくる頃には、その年老いた眼に涙が溢れていた。
「父も母も喜んでることでしょう。これでやっと・・・父がなぜ戦死したのか、その一端が少しは分かることが出来ました。ありがとうございました・・・」
ヤンも礼を言った。ダニエルは何か躊躇するような様子を見せた。しばらくして、意を決したように重い口を開いた。
「実は、父が死ぬ間際に戦地から母に送ってきた手紙が残ってるんです」
ダニエルは席を立った。数分後に1通の古い書簡を持って戻ってきた。それをテーブルの上に差し出した。ヤンは黄ばんだ封筒に入っていた便箋一枚の書状を広げた。郷里に残した妻と一人息子に対する思いが細かい文字で綿々と綴った後、末尾をこう締めている。
『(前略)私が死地に送られた理由は《メフィスト》の存在を知ってしまったからです。《メフィスト》をこの世に呼び出した《ファウスト博士》は、アッシュビー元帥だったんです。アナベル、申し訳ない。先に旅立ちます。どうか両親とダニエルをよろしく』
ヤンは顔を上げた。
「この《メフィスト》というのは・・・」
ダニエルは首を横に振る。
「シンクレアさんがその単語について何十年も調べてましたが、はっきりとしたことはついに分からなかったようです・・・これはあくまで憶測ですが、《メフィスト》は帝国軍に潜伏した同盟のモグラ(内通者)のことではないかという話をしてくれました」
「モグラ、ですか?何か確証は得られたんでしょうか?」
「その辺は分かりません。最後に聞いた話では、第2次ティアマト会戦の捕虜に存命中の帝国貴族がいて、その方から有力な情報が得られるかもしれないと」
「その帝国貴族というのは?」
ダニエルは考え込む仕草をする。
「たしか、ケーフェンヒラー・・・そういう名前の人物だったかと思います」
ヤンはクラーク邸を辞した後、亡き両親の墓参りに向かった。個人的に子としての義務として半年に一度は墓参するようにしているが、両親は墓の下で「もっとこまめに墓参りに来んかい、親不孝者めが」と思っているかもしれない。
無人タクシーのナビに目的地を入力した後は運転席で少しウトウトした。ちょうど眼が覚めた頃にサンテレーゼ公共墓地に到着した。墓地に向かう道すがら、観光客の姿が多くあった。墓地の周辺は森林や湿地が広がり、一日がかりのハイキングの名所でもあった。
前方から登山帽を目深に被った男が1人やって来る。男はヤンのそばを通り過ぎる。
「ヤン中尉」
ヤンは振り向いた。リュックを背負った男はそのまま歩き続ける、
「あまり身の丈にあわないことはしないように」
ヤンはその場に立ち止まったが、しばらくして歩き出した。両親が眠る墓を探し当て、まずは墓の周囲に生えている雑草を抜き、ありふれた白亜の墓石を水吹きした。その後で花を添える。
「まあ何とかやってるから心配しないで。父さん、母さん・・・」
ヤンは毎度、気の利かない挨拶を言った。父親は独立独歩の商人だったが、娘は同盟軍という階級社会の宮仕えである。不肖の子と言われても弁解のしようがなかった。まして見知らぬ人物から警告を受けるような任務に就いている。やはりアッシュビー提督は謀殺されたのであり、自分はどこかで超えてはいけない一線を超えたということか。
ヤンは頭を軽く振った。深く考えすぎて頭痛がする。迷路に入り込んで曇った思考とは裏腹に、墓地は絶好の小春日和だった。