異聞・第2次ティアマト会戦   作:伊藤 薫

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 ヤンは古書が詰まった段ボール箱を開けた。箱自体は真新しいが、その中からもう1つ、二重になるような形で同じような箱が出てきた。かなり古いものだ。その上に万年筆で「第2次ティアマト会戦参加部隊資料」と書かれ、「シンクレア」という名前が入っていた。これが蔵書の持ち主だったダリル・シンクレアである。

 居間のソファで寝ていたアッテンボローは昼ごろに、ようやく起き出した。昨夜の深酒で人生初の二日酔いを存分に堪能したらしい。キッチンで何かを探していたアッテンボローがヤンに声をかけた。

「この家にはインスタントコーヒーは無いんですか、先輩」

「紅茶だけよ、残念ながら」

 ヤンは本を取り出した。床に表紙の黄ばんだ古書を計10冊、整然と並べる。

 第2次ティアマト会戦時、アッシュビーら「730年マフィア」の一員として第4艦隊司令官を務めたフレデリック・ジャスパー提督の伝記『戦争は命の博奕』初版本。同会戦に参加した情報参謀ライオネル・ハント元大佐による『スレッジハンマー作戦回想録』。奥付で新しいものは宇宙歴760年発行の『第36駆逐隊戦記』など。ヤンは1冊ずつ本を手に取り、状態を確認した。

 どの本もかなり読みこまれているようだ。頁は手垢で汚れ、擦り切れている。行間に赤鉛筆で線が引かれ、前の所有者が書き込んだ注釈が遺っている。その1つ1つに、長く濃密な時間の流れを感じる。

 キッチンからポットでお湯を沸かしている音が聞こえる。

 ヤンが最も興味を惹かれたのは、古書群ではなかった。最後の書籍を取り出した際、箱の底から古い茶封筒に入った分厚い書類の束が出てきたのである。封筒にも万年筆で「ブルース・アッシュビー資料」と書かれていた。封筒に入っていた物は各種雑誌、新聞の切り抜きや個人や各地の戦友会が発行した小雑誌やパンフレットが数冊。他に油紙で厳重に包まれた薄い書籍らしきものが1つ。

 油紙を注意深く開いた。油紙に包まれていた物は、当時の国防委員会から発行された宇宙歴745年度版の日記帳だった。持ち主はどうやらジョナサン・クラーク少尉(仮名)という名前の人物。表題に掠れた黒インクの文字で『パザルジク従軍日記』と記されている。日記帳に折り畳まれた一枚の紙片が挟まっていた。ヤンは紙片を慎重に開いた。紙片には次のように記されている。

 

宇宙歴748年3月21日、ナムタル星域会戦において戦死したジョナサン・クラーク氏よりこれを遺品として預かるものである。通信士官・第36駆逐隊・少尉ダリル・シンクレア

 

 紙片にはこの文言の他に、シンクレアと日記帳の持ち主であるクラーク少尉の郷里の住所が書かれていた。シンクレアとクラークはハイネセンの出身でマルヌ市の同郷だった。後に調べたところ、第36駆逐隊は第4艦隊所属の駆逐艦部隊で、宇宙歴744年4月にハイネセンからネルガル星系のアルルに出動。翌745年7月に同艦隊の第72宙雷戦隊と共にパザルジク星に派遣されている。

 ヤンは疑問を感じた。シンクレアは亡くなった戦友の日記帳を遺品として預かっておきながら、なぜ戦後30年を迎える自身の末期までそれを遺族に返さずに持ち続けていたのか。もう1つ心に引っかかるものがあった。日記の表題になっているパザルジク、つまりパザルジク星である。

 パザルジク星はティアマト星系に属する惑星である。これまでに二度、銀河帝国の間で発生した会戦では、いずれも同盟軍の後方兵站を担う要衝になっている。なお、同星系に属する惑星の1つであるルメリア星も補給基地として機能していたが、二度目の会戦では帝国軍に包囲されて同盟軍に多数の死者を出した。さらに、パザルジク星は同盟軍の史上に残る英雄であるアッシュビー提督が戦死した舞台として知られている。

 日付は宇宙歴745年12月11日―。

 その日、第2次ティアマト会戦は佳境を迎えた。アッシュビー提督の神業に等しい戦術機動によって、帝国軍はわずか40分で回復までに10年の歳月を必要とする大損害を被った。ところが、敵艦から放たれたひと筋のエネルギー・ビームが戦艦「ハードラック」の艦体中央部右下に飛び込んだ。その際に重傷を負ったアッシュビー提督が運び込まれ、その戦死が確認された場所がパザルジク星だった。

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