異聞・第2次ティアマト会戦   作:伊藤 薫

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 ヤンは日記を読み進める。

 10月21日当時、パザルジク星に到着した第4艦隊は南半球内陸部のムグワイに置かれていた軍事基地に駐屯していた。クラークの日記に示されている通り、ムグワイは熱帯雨林の気候帯に当たる地域で、冬でも暑いようである。そこからさらに北西に7キロほど離れた場所に、老朽化した宇宙港があった。

 第4艦隊の主な任務はまずムグワイに上陸し、同地の軍事基地を拡張する。宇宙港まで道路を整備し、宇宙港に仮の艦隊司令部を設置することだった。クラークの第72宙雷戦隊はムグワイに駐屯し、艦隊司令部を設置する間は主に周辺の斥候と偵察任務に当たっていた。

「こりゃ降りますよ、先輩」

 マグカップを片手に外の景色を眺めていたアッテンボローは言った。外は今にも雨が降り出しそうな曇天だった。ヤンはノートPCに眼を向けたまま言った。

「降るなら降りなさい」

 日記を読み進めるうちに、さまざまな事実が明らかになってきた。まずクラークの正式な身分は軍医少尉であることが分かった。つまりは衛生士官である。上官の軍医長はロニー・ウィルクス軍医中尉という人物らしい。文中によくこの名前が登場している。

 この時、クラーク少尉の年齢は29歳。ハイネセンに残してきた妻と6歳になる長男がいることも分かった。日記には折に触れて、この2人に対する慕情が切々と綴られている。

 日記の前半は鷹揚とした記述が続いている。パザルジク星に着任した2週間後に当たる11月4日には、次のような記述があった。

 

心配してた寄生虫の患者も少なく、軍医は開店休業だ。(中略)今日は工兵の連中に混ざり、道路工事で汗を流した。その礼だと言ってミドル少尉(注:ブレソール・ミドル少尉)よりウミガメの肉と卵をもらった。ウィルクス中尉とこれを食す。肉はゴムのように固いが、ワインで煮込めば味は悪くない。卵は卵焼きしたが、この上もなくご馳走だった。第36駆逐隊は明日より全部隊が宇宙港に移動するとのこと。(中略)今日はハイネセンでは聖ヴァレンタイン記念日か。妻と息子はどうしてるだろう―

 

 11月に入ってしばらく経った頃、日記の内容が急に緊迫し始める。ルメリア星で同盟軍の守備隊が全滅した翌日の11月8日はこう書かれている。

 

昨日、ルメリア星が陥落したと聞いた。わが軍の将兵の半数以上が戦死、もしくは餓死したという噂がある。(中略)この星にも補給船が届かず、物資や食料が欠乏し始めてる。現地から調達するだけでは、とても足りない。今日の食事はジャガイモひとかけのみ。蛇やネズミを食べる者もいるが、おれには無理だ。今後、戦局はどうなるのだろう。おれたちもルメリアの友軍と同じ道を辿るのだろうか

 

 開戦まで1か月を切ったこの頃、回廊内に散在する各地の軍事基地は後方勤務部長キングストン中将から物資の割り当てを削減することを通告される。前線で帝国軍と衝突する各艦隊に対する補給が最優先にされたためである。

 以後も日記には2日に一度、もしくは3日に一度の割合で記述が続いている。その内容は日増しに危機感の募るものとなっていた。12月には物資はますます欠乏し、ジャングルの名もない植物の葉や小動物などを食べて飢えをしのいでいる話が出てくる。前線では同月5日9時50分、第2次ティアマト会戦における最初の砲火が交わされる。

 時が経つにつれて、パザルジク星に前線から傷病兵が次々と送られてくる。元々少ない薬品が底を尽き始めているために満足な治療が出来ず、命を落とす将兵が多くなる。クラークは行間に軍医としての苦悩を滲ませるようになる。

 そして、運命の日を迎える。

 12月11日、アッシュビーは全軍に「スレッジハンマー」作戦を下命する。以後、同盟軍は帝国軍に対する苛烈な反攻に乗り出した。日記は次の書き出しで始まっている。

 

朝から宇宙港の様子が騒がしい。早朝の5時20分と11時20分の二度に分けて、数隻の病院船が到着。宇宙港に隣接する野戦病院で治療に当たり、午後は基地に戻る。19時30分ごろ、第4艦隊司令部より急な来客。ベイズ戦隊長(注:ラッセル・ベイズ中佐)に面会した。前線で何か問題が起きた模様

 

 以後の日記は丸2日に渡って、戦艦「ハードラック」を捜索する様子が克明に記録されていた。アッテンボローは実家に顔を見せた後、テルヌーゼンに戻ると言って部屋を出た。ヤンは後輩を玄関で見送った。雨がざあざあ降る中、ヤンは傘を差したアッテンボローがハイネセンポリスの雑踏に消える姿をいつまでも眺めていた。

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