異聞・第2次ティアマト会戦   作:伊藤 薫

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第2章:歴史の空白地帯


「アッシュビー提督は謀殺された」

 ヤンは《火曜日通信》が収められたファイルをパラパラとめくっていた。ファイルから何通か無作為に選んで見比べてみるが、どれも同じ文章・文体で書かれている。拙い推測から《火曜日通信》の送り主が誰か想像してみる。単純に考えて、アッシュビーの殉職を貶して喜ぶ人物は誰かということ。

 アッシュビーの勇名は当然、銀河帝国にも知れ渡っている。帝国軍にしてみれば、不俱戴天の仇敵というべき存在だった。帝国軍務省の公式記録には「アッシュビーなる叛徒どもの巨魁」と表現され、軍務尚書ケルトリング元帥は提督の討伐を強く叫んだ。だが、ケルトリングは志半ばにして病床に倒れてしまう。さらに、帝国軍は第2次ティアマト会戦で高級将官の大半を喪失する大敗を喫した。

 ヤンは机の上に積み上げた歴史書を眺める。第2次ティアマト会戦における同盟軍の勝利は、アッシュビーが歩んできた劇的な生涯の掉尾を飾るに相応しい。十ダースほどもあるアッシュビーの伝記はどの著作もそのように記している。ただし、多くの軍事学者が会戦の勝因を同盟軍の作戦行動から説明できず、勝利をもたらした宇宙艦隊司令長官の非凡な能力で片づけてしまっている背景も存在する。ヤンはそう思った。

 宇宙歴745年12月4日に勃発した第2次ティアマト会戦に参加した高級将官は次のような面々だった。階級は全て当時である。

 

 宇宙艦隊司令長官:ブルース・アッシュビー大将

     参謀総長:アルフレッド・ローザス中将

 第4艦隊司令官:フレデリック・ジャスパー中将

 第5艦隊司令官:ウォリス・ウォーリック中将

 第8艦隊司令官:ファン・チューリン中将

 第9艦隊司令官:ヴィットリオ・ディ・ベルティーニ中将

 第11艦隊司令官:ジョン・ドリンカー・コープ中将

 後方勤務部長:アーサー・キングストン中将

 

 これは当時の同盟軍が望みうる最高の陣容であり、キングストンを除いた将官が全てアッシュビーと士官学校で同期だった点も異彩を放っている。彼らは宇宙歴730年に士官学校を卒業した後、15年に渡って軍の中核をなし続けた。738年のファイアザード星域会戦で帝国軍に勝利した後から、マスコミは彼らを「730年マフィア」と呼称した。

 同盟軍内における「730年マフィア」の声価は年を追うごとに増していった。彼らは地位や権限が増大した後も驕ることなく、自己の能力を高めながら、互いに研鑽しあった。そういう稀有な将星らを集団として統率しえた者はアッシュビーだけだった。

 ここに1つ、興味深い事実が存在する。「730年マフィア」の関係性は第2次ティアマト会戦の直前に崩壊間際だったということである。その内紛を初めて白日の下に晒したのは、アッシュビーの信任篤い幕僚だったローザス大将だった。彼が10年前に発表した回想録―「老将は語らず」は優れたノンフィクションとして評価されている。ローザスは回想録で「730年マフィア」の内紛を次のように描写している。

 

…この会戦に際して、アッシュビーは周囲が奇異に思うほど高圧的だった。自身の作戦を満足に説明したことはついに無かった。とにかく俺の言う通りにしろという態度を押し通した。もともと彼の性格が自信過剰で傲慢だったことを差し引いても、到底許されるものではなかった。

 最初に反発したのは、ジョン・ドリンカー・コープ中将だった。黙々と自己の責務を果たすタイプの男が珍しく怒り心頭に発し、アッシュビーと刺々しい応酬を繰り広げた。こういう場を取りなすことが多かったベルティーニは陰気に黙っていた。会議が終わった時、席を立ったコープはこう吐き捨てた。

『あんたは変わったな、アッシュビー。それとも最初からそうで、おれのほうに見る目がなかったのか』

 アッシュビーは顔じゅうに怒気をみなぎらせたが、相手を呼びとめはしなかった

 

 宇宙艦隊司令部の内部分裂は戦況が推移するにつれて、深刻さを増していった。各艦隊司令官との間に悪感情が渦巻いていたとはいえ、それ故に総司令官としての責任を放り出すほど、アッシュビーは未熟な人間ではなかった。彼は帝国軍の基本戦術を看破し、敵より少数の兵力で相手を完全に撃滅したことがその証左になる。

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