アッシュビーが戦死した12月11日は
18時50分ごろ、帝国軍で最後まで組織的な抵抗を続けていた第9航宙艦隊(シュタイエルマルク中将)が敗走を開始した。その直後、アッシュビーが坐乗する戦艦「ハードラック」は後方で待機していた宙域から主戦場宙域から前進し始めた。
帝国軍に決定的な打撃を加えたとはいえ、まだ敵の残存艦艇が潜伏する宙域に前進する危険性を誰も認識していなかったわけではない。戦艦「ハードラック」に同乗していた情報参謀ハント大佐は危険が大きすぎるとして司令長官に注意を促したが、アッシュビーはこれを却下した。さらに、暗号化されていない平文で司令部の移動を全軍に通告している。後年の戦史研究では、これをアッシュビーの驕りという風に指摘するものも少なくない。
主戦場宙域に向かう戦艦「ハードラック」は3隻の巡航艦「ガルヴェストン」「プロヴィデンス」「グリッドレイ」から成る第89戦隊と6隻の駆逐艦「フィリップ」「レンショー」「リングゴールド」「シュレーダー」「ワトソン」「シグスビー」から成る第24駆逐隊に護られており、「ハードラック」を中心に二重の輪形陣を敷いていた。両隊はユージン・ラングドン中佐が指揮を執っていた。彼は巡洋艦「ガルヴェストン」の艦長を兼任していた。
ハントの懸念は的中する。孤立した帝国軍の残存艦艇が散発的な砲撃を加えてきたのである。帝国軍は偶然に砲撃してきたわけではなく、平文の通信を傍受した上で攻撃を加えてきた可能性は存在する。ヤンは手帳にメモを認める。この時、砲撃を加えてきた帝国軍は戦艦「シュテッティン」と巡航艦「ゴトランド」と見られている(正確な艦種や艦名は不明という注釈が記されている)。
巡航艦「プロヴィデンス」と駆逐艦「レンショー」「シュレーダー」がこれに対処するために陣形を解き、敵に接近する。わずかに旗艦から離れた瞬間、戦艦「シュテッティン」の流れ弾が戦艦「ハードラック」の艦体中央部右下に飛び込んだ。
爆発後の時系列に関しては、参照できる公式資料が少なくなる。戦艦「ハードラック」の戦闘日誌によれば、敵艦のエネルギー・ビームによる爆発は三層の防御層を貫き、艦橋まで甚大な被害を及ぼした。時刻は19時7分。その15秒後、2度目の爆発が起きる。爆発が起きた後の艦橋は最も信憑性がある証言として、再びローザスの回想録が登場する。ローザスはアッシュビーが負傷を受けた瞬間を描写している。なお、この時はローザスも左腕と左脚を骨折する怪我を負っていた。
「『ふん、このごろの戦闘は、女と同様、
誰かが苦々しい声でそんなことを呟いた。今となっては、あの声がアッシュビーだったか、作戦主任参謀のフェルナンデス少将だったかはっきりしない。2人の声はよく似ていて、私のみならず司令部の連中はしょっちゅう惑わされた経験を持っていた。だが、次に聞こえてきた声は明らかにアッシュビーだった。
『おい、ローザス、すまんが軍医を呼んでくれ。このまま傷口をふさがずにいると、おれの腹黒いことが皆に分かってしまう』
私は床から立ち上がった。煙の中に立っていたアッシュビーは血を流して倒れていた。セラミックの大きな破片が腹を切り裂いていたのだ。私は慌てて軍医を呼んだ・・・」
ローザスの回想録によると、アッシュビーの深手に旗艦に同乗していた軍医ゴードン・エリス中佐は手の施しようがなく、やれることは死亡時間を確認するだけだったとされる。時刻は19時9分。死因は腹部大動脈の損傷による出血性ショック。これは後に国防委員会による「公式」発表と同じである。
艦橋を破壊された戦艦「ハードラック」は宇宙艦隊司令部としての機能を喪失した。司令長官と総参謀長が重傷を負い、通信機器も破損したため、ひとまず第89戦隊司令官であるラングドンが臨時で指揮を執ることになった。