ヤンは第89戦隊の戦闘日誌に眼を通した。
帝国軍の抵抗は苛烈を極めた。戦艦「シュテッティン」と巡航艦「ゴトランド」に加え、新たに2隻の巡航艦―「ヘルゴラント」「グラーツ」が合流する。駆逐艦「シュレーダー」が激戦の最中に大破して行動不能に陥り、駆逐艦「ワトソン」が救援に向かう。巡航艦「プロヴィデンス」は巡洋艦「グラーツ」の砲撃を艦橋に受けて中破。
19時45分ごろ、ラングドンは反撃の中止と戦場からの離脱を各艦に指示する。駆逐艦「フィリップ」「リングゴールド」が曳航用ビームで「ハードラック」を牽引しつつ、第89戦隊はティアマト星系の外縁部に向かって退避する。
この時、ラングドンは友軍艦隊への通信連絡をしなかった。一説には、帝国軍の傍受を恐れて通信封鎖を命じたとされている。ここから第89戦隊の彷徨が始まる。アッシュビーの戦死が同盟軍全体に伝えられるまでの「空白の時間」である。この「空白の時間」を埋める資料として、クラーク軍医中尉による「パザルシク日記」が登場する。
ヤンはクラーク軍医中尉の日記を読み進める。12月11日の記述は続いている。
「―病舎で診療をしているところに、ベイズ戦隊長とフレッチャー大尉(注:副隊長マーク・フレッチャー元大尉)が訪れた。第4艦隊の参謀も一緒で、3人とも慌てた様子。戦隊長より診療所から軍医を1人出すようにとの命令を受ける。その後、参謀より説明があった。
これは極秘事項であるが、〇〇級戦艦1隻が敵に襲撃されて奪取された恐れあり。主戦場宙域に展開していた3個艦隊はすでに捜索を開始したが、乗員の生死は不明。後方の補給基地からも捜索隊を出してほしいとのこと。
たかが戦艦1隻の捜索に補給部隊が協力するのは異例のことなので、理由を尋ねると、戦艦の乗員の1人はアッシュビー大将で、他にも高級将官が複数名いるとのこと。これは大変なことになったと思った。軍医班としては早朝から多くの傷病兵が後送されており、ウィルクス軍医中尉はしばらく出られそうもないので、とりあえず自分が捜索に同行することになった―(後略)」
日記にはその後の捜索の様子が記されている。捜索隊は駆逐艦と哨戒艇から成る約40隻。隊長はフレッチャー。昼過ぎに出立し、パザルシク星から帝国領に向かって約1.5光年の宙域を目指した。戦艦が敵に襲撃されたと思われる座標が、その宙域だった(ハイネセンの統合作戦本部はすでに電子偵察艦の情報からその位置を特定していた)。捜索隊は予定通り該当の宙域に展開したが、初日は何の手掛かりも得られぬまま、捜索を中断してパザルシク星に戻った。
「―物資が不足し始めたので、捜索隊は仕方なくパザルシクに戻ることにした。その間やることもないと思い、哨戒艇の艦橋で片隅に1人分の空間を確保してどうにか横になるが、足も満足に伸ばせず、とても眠れたものではない。隊員の1人が急性の虫垂炎に罹り、治療に奔走す―」
日記はその後も事故発生当日の生々しい記述が続いている。会戦に参加した他艦隊の戦闘詳報によれば、戦艦の捜索に向かった部隊は、第72宙雷戦隊だけではなかった。
後に歴史上に名を刻むことになる第11艦隊麾下の第175駆逐隊も捜索に参加した。同隊は同月11日、第11艦隊が展開する宙域から補給基地に向かう途中、帝国軍の残存部隊が激しい戦火を交えて抵抗する様子を遠距離から視認した。この時、同隊司令官マクブライト中佐は敵と戦艦「ハードラック」を護衛する第89戦隊が交戦しているとは知らなかったが、第11艦隊司令部に詳報を送った後、4隻の駆逐艦「ニコラス」「オノヴァン」「シェヴァリエ」「ソフリー」を偵察に向かわせた。各駆逐艦は抵抗する敵を発見することが出来ず、日付が変わる頃に本隊に合流した。
その他にも2、3の補給基地から数個の救援部隊が捜索に従事したが、いずれも捜索する戦艦にアッシュビーが搭乗していることすら知らされず、同月11日中に戦艦「ハードラック」を発見した部隊は皆無だった。もっと正確に捜索対象の情報が伝えられていれば、事件当日にアッシュビーを発見できていたのではないか。ヤンはそう思った。