3月12日(金曜日)
トレーナー君、告白して明日でもう半年になるのに告白した時のキスから何もしてくれない。
やっぱりルナの事、教え子としか見てくれないのかな。……ほかに好きな人がいるのかな? 恋人になったことは皆には内緒にしようって言っていたし。
……恐いけど、明日確かめてみよう。
このままじゃ、ルナ……。
「何だこれは? ……日記帳か」
一人の男がホワイトデーを明後日に控えバレンタインデーのお返しに何を贈るか考えながら歩いていた廊下に落ちていた一冊の冊子。
それを拾った男――堀園英明。男はトレセン学園のトレーナーとして、一つのチームを率いる身であった。
部室の前で拾った一冊の冊子。何かと見ると日記帳だった。
「誰だ? こんな所に日記帳なんか落とした奴は。見られたらどうする気だ?」
英明が日記帳の持ち主の名を確かめる。持ち主は自らの恋人であった。
「おいおい。ルナの日記帳かよ」
当の本人に呼ばれていることもあり生徒会室の扉を開けると、机に頭を預けぐっすりと寝ているルドルフの姿があった。
「おやおや。呼ばれたから来たものの……しかたないな、疲れているんだろうから寝かせておくか。……この日記帳は机にでも置いておくか」
足音を忍ばせ勝手知ったる生徒会室に入り込む。
「いくら入ってもいいと言われているとは言え、寝ている時に入り込んでいるのが見つかったら流石に大騒ぎだな」
そう呟き日記帳を机に置きかけるが、最近恋人の元気がない事を英明は思い出した。
周囲に問いかけても理由を知るものはなく、本人に問いかけても、何でもない。と強がる様子が気になっていた英明は、最低の行為とは思いつつも何か手掛かりはないかと最新の頁を捲ってしまった。
そこで目にした今日の日付で書かれていた内容。
それを見た英明にある想いが湧き上がっていた。
「……ごめん」
そう呟き日記帳をそっと置くと、英明は静かに生徒会室を出ていった。
「……」
机に頭を預けながらそれを静かに見つめるこの部屋の主。その瞳には微かに不安の色が出ていた。
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翌日、英明は駅前で待ち合わせをしていた。
「トレーナー君」
ワインレッドのタートルニットとブラウンのキュロットスカートにホワイトダッフルコートを着たルドルフが小走りに駆け寄ってくる。
「すまない。待たせてしまったかな?」
「いや、俺も今きたところだ。ルドルフ、なかなか似合っているぞ。普段は大人びていると思っていたけど、今日は随分と可愛らしい。ロングブーツで元気よく走る姿も年相応で良いな」
そう言う英明の言葉に頬を赤く染め俯くルドルフ。
「意地悪しないでくれ」
気を取り直し真っ赤にながらも繁々と想い人を見つめ直すルドルフ。英明は白のタートルネックニットとグレンチェックのスラックスにネイビーカラーのポロコート姿であった。
「ふむ。初めてその服を見たけど、よく似合ってるね。ポロコートもトレーナー君の雰囲気によく似合ってる」
そう言うと差し出されていた英明の腕に自らの腕を絡めるルドルフ。
「さて行こうか」
「ああ。あまり遅くはならないで欲しいがな。私が門限を破るわけにはいかない。念のため外泊届も出してきたが」
そう腕を組みながら歩く2人を見つめる2つの人影があった。
「なあなあ、マックちゃん。あれって会長じゃね? 隣は会長のトレーナーじゃん。どこ行くんだろ?」
「ゴールドシップさん、悪趣味ですわよ?」
「でもよ~。マックちゃんも気になるだろ?」
「それは……」
「決まりっ! 尾行してみようぜ」
「ちょっと! お行儀悪いですわよ! もう。仕方ありませんねっ! 行きますから袖を引っ張らないでください。袖が伸びてしまいますわ」
2人の後をつけていく葦毛のウマ娘二人。
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「あ、そうだ。トレーナー君」
「何? ルドルフ」
「それだよ、それ。二人きりの時は……」
「おっと。そうだったな、ルナ」
その言葉に満足げに頷くルドルフ。
その様子を見た英明が
「そうそう、俺からも良いかな? ルナ」
「何だい?」
「今更だけどトレーナー呼び、どうにかならないか」
「突然どうしたんだ? 私の卒業までは関係は内密にするという事だっただろう?」
英明の唐突な言葉に戸惑うルドルフ。
「ああ。でもこんな風に二人っきりの時ぐらいはな」
「だが……蟻の一穴から堤も崩れるというぞ? 良いのかな?」
首を傾げてどこか意地悪気に英明を見遣るルドルフ。
「命令。学園に戻るまでトレーナー呼び禁止」
その言葉にルドルフが呆れた表情をする。
「また突然だね?」
「良いんだ! 折角のデートなんだ、恋人らしい雰囲気を味わせろ」
その言葉に顔を赤らめるルドルフ。
「こんな楽しい時にトレーナーなんて呼ばれたら普段を思い出しちまう。それじゃ楽しめないからな」
「そういう事か。それで? 私はどう呼べばいいのかな?」
ニンマリとする英明。
「呼び方はルドルフが考えてな」
その言葉にニヤリと笑みを浮かべるルドルフに
「あぁ。ないとは思うが様付けは禁止だ」
男のその言葉にあからさまに肩を落とすルドルフ。
「読まれていたか」
「残念だったな」
しばらく考え込んでいたルドルフだったが、やがて思い切ったように
「英明君」
消え入りそうな声で、男の名を呼ぶルドルフ。
「ん? 良く聞こえなかったな。なんて言ったんだ?」
普段のルドルフからは予想できなかった声調に一瞬眉を上げた男であったが、それ以上は表情に表す事なく、直ぐにわざとらしく耳に手を当てる。
「英明」
先ほどよりは大きく、だが普段よりは遙かに小さい声。
「まぁ、おいおい慣れてな」
もう一度問い返すかと耳に手をやり掛けたが、始めはこんなものだろうと、苦笑を浮かべながら傍らの恋人の頭にポンポンと手を遣る。
「もぅ。……異性のファーストネームを呼ぶのは初めてなんだ、意地悪言わないでくれ」
顔に恥じらいの色が溢れるルドルフを見遣り、その腕を取ると自らに引き寄せる男。寄り添いながら互いの温もりを感じる二人。同時に男はルドルフの女性特有の甘い匂いと柔らかさを、ルドルフは男の念入りに鍛え上げられている引き締まった肉体を感じつつ歩を進めた。
「これからどこに行くのかな? 食事だけじゃないと言っていたが」
「ついてのお楽しみ♪」
「……まさか不埒なことを考えているわけではないだろうね」
「ば~か。そんな事ができる俺ならとっくに頂くもの頂いて……って、何言わせる」
そう言って、ルドルフを軽く小突く男。
「痛っ。もう、叩くことないじゃないか」
そう言うと俯いたまま黙り込むルドルフ。
たわいもない会話を続ける男だがルドルフが一向に返事をしないことに戸惑いを感じ始めた。
「ルドルフ?」
言葉を返さないルドルフ。
「おっと。具合でも悪いのか、ルナ?」
顔を両手で覆いつつ無言で首を横に振るルドルフ。
「どうした? ひょっとしてさっきのこと怒ってるのか?」
男がルドルフの顔を覗き込もうとするが、顔を両手で覆い見せないルドルフ。回り込もうとすると俯いたまま身体をよじる。
そのやり取りを何度か繰り返しているうちに
「ルドルフ、ごめんな。謝るから機嫌直してくれよ、な?」
「……」
ルドルフの沈黙は続く。
「なぁ、今度ケーキ奢るから。機嫌直してくれよ」
そう言いつつ下から表情を窺う。
「あ! 騙したな」
顔中を口にして声を立てずに笑っているルドルフがそこにいた。
「ははは! あんな事で怒ると考えたトレーナー君が悪いのさ。ケーキは有難く頂戴するよ」
「こら待て、こいつ」
嬌声をあげながら逃げるルドルフ。それを追いかける男。
「……なんか楽しそうですわ。やはり止めた方がよろしいのでは? 邪魔をしては……」
「イヤイヤ、今更それは無いぜ、マックちゃん。普段の会長とは違った面が見られるかもよ。テイオーにテイオーが知らない会長の一面を自慢できるチャンスだぜ?」
「……それもそうですわね。そうと決まれば早くいきましょう!」
(オイオイ、言った私が言うのもなんだけど、マックちゃん、チョロすぎないか?)
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「さ~てと、着いたぞ」
「えっ!? ここは遊園地かい!?」
「あぁ、今日は年一回のオールナイト営業なんだ。タダ券2枚だけ手に入れたからね。たまにはいいだろ?」
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「いや、これは楽しかった。ありがとう、トレーナー君。 ……正直に言うとずっと来たかった、このような施設に。それも友達とではなく……その……」
「恋人と。かな」
その言葉に夜目にも解るほど頬を染め俯くルドルフ。
その様子を幸せそうに見つめる男が、ふと何かに気づき懐中時計を取り出す。
「あれ、ずいぶん遅くなったな」
「うん? もうこんな時間か。これから帰るのでは確実に門限を破ってしまうな。外泊届を出しておいてよかった」
そう言ってバッグから携帯を取り出すルドルフ。
「もしもし。ああ、私だ。遅くなるから先に休んでくれと寮長に伝えてくれないか? ……えっ? ちょっと! 待て! ……もう」
携帯を切るルドルフ。
「トレ……英明。まずい事態だ。同室の娘に英明と一緒にいる事を気づかれたようだ、彼女は口が堅いから問題はないと思うが」
「あ~。そうか。ルナが大丈夫というなら大丈夫なんだろう。一応後で俺からも何か口止め料を持っていくか」
「さて、そろそろレストランに行こうか。少し離れたところにあるから、歩いて行けばちょうどいい頃だ」
「なぁ、マックちゃん。外泊届って出したか?」
「いいえ? って、もうこんな時間!? イクノさんに心配かけてしまいますわ」
「まぁ、二人分の外泊届はちぃと前に出しておいたけどよ、イクノには言っておいた方が良いな」
「もう……」
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「ここなら、味は保証するよ」
「ほう。良い外観だね。でもここは高くないか? トレーナー君、予算は大丈夫なのか? むろん皇帝の杖たる君が私に払わせることはないと信じているが」
「大丈夫。心配するな。それにここ見かけほど高くないから」
レストラン『カケスのサミー』
その名前とは裏腹に、落ち着いた雰囲気を持ち、本格的なドイツ料理を出す店として、業界の評判は高い。にもかかわらずオーナーが大のマスコミ嫌いで一度も取材を受けたことのない店である。
「ふむ……」
「ほら入るぞ」
「あ、ちょっと」
「おいおい。ずいぶん奮発してんじゃね~か。高そうだなぁ。仕方ね~。マックちゃん、ここで待つか」
「ここは……『カケスのサミー』ではありませんか。前にメジロの皆で貸し切ろうとしたら、予約がいっぱいということで断わられたところですわ。ダイヤさん達も断られたとか」
親の仇でも見るような眼をするマックイーンにいささか引き気味のゴールドシップ。
「……マックちゃんや。ご令嬢がしちゃいけない顔してるぜ」
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店の内装は瀟洒な外見とは異なり、フレンチトラディショナルスタイルに統一され、照明は壁に掛けられた燭台と手編みのクロスがかかったテーブルに置かれたキャンドルの他は最小限に抑えられていた。
「トレーナー君。無理をしていないか?」
雰囲気に呑まれるようにルドルフの声も自然と小さくなる。
「大丈夫。ここは俺の行き付けの店だから安心してくれ。それと、呼び方」
時々トレーナー呼びに戻るルドルフに軽くデコピンをお見舞いすると
「予約しておいた堀園です」
と伝える。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
威厳と体格と美髯に恵まれた老ウェイターが案内する。
席に着くと同時にルドルフが話し掛ける。
「よくここが予約できたね。だいぶ前から準備していたのかい?」
「まぁ、普通なら難しいだろうな。マックイーンたちが貸切ろうとして断られたみたいだしな」
「なるほど。普通なら、か。ならトレーナー君は普通ではない、いわば不正な方法でここを予約したと。生徒会長としては見過ごせないな」
威圧するようでいてどこかいたずら気な視線で睨むルドルフに
「よせよ、そんな不正なんてするわけないだろ?」
「むろん私のトレーナーが品行方正であることは信じているとも。だが」
「やれやれ。種明かしをするとだな。俺はここがクラウドファンディングで開店資金を募っている頃からの出資会員だからな。会員枠で予約を取れたんだ。とはいっても会員枠も2人1組で10組分の席しかないからぎりぎりだったけど」
「会員枠? そんなものがあったのか。ならば私も……」
「いや、今は公募していない。会員はオーナーが無名の頃から支えてきた奴ら100人だけだ。メジロ家やサトノ家といった名家が目をつける前からのな」
「なんとまぁ。シンボリ家も鼻が鈍ったものだ」
「まぁ。そんなことはどうでもいいさ。それより料理を楽しもう」
「――と、ライン風ザワーブラーテン。デザートにフランク・フルター・クランツ。ワインは……ちと奮発するか。2005年産のトロッケンベーレンアウスレーゼQmPを。ルドルフは飲むのはアプフェルショーレにしておくか?」
「アプフェルショーレとは……聞いたことがあるような無いような?」
「りんごジュースを炭酸水で割ったやつでヒトの子供でも飲めるやつだな」
「私はウマ娘だ。ワインも大丈夫なのだがな」
気分を聊か害したように口をとがらせたルドルフ。
「言い方が悪かったかな。アプフェルショーレは子供限定の飲み物ってわけじゃないんだが。ならヴァインショーレにしよう。ワインを炭酸水で割ったやつだ」
「それならいいが……」
「じゃぁ、決まりだな。彼女の飲み物にはヴァインショーレを」
「畏まりました」
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「あれだけの料理があの値段で食べられるとは、な。トレーナー君、今まで内緒にしてずるいじゃないか」
「まあ、俺のとっておきの店だからな。他の奴らには教えるつもりないし」
そう嘯くトレーナーに
「ひどいなぁ。……二人だけの秘密、か」
笑いながらも唇に指先をあてるルドルフ。
「……だとさ。どうする?」
「ふむふむ。これはスイーツバイキング2週間や3週間じゃぁ済まされませんわ。でもどうしてゴールドシップさんは言っていることがわかるのですか?」
「おいおい、マックちゃん。読唇術程度身に付けるのは淑女の嗜みでしてよ?」
「……そんなわけありませんわ」
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「これからどこに行くのかな?」
ルドルフが期待に満ちたまなざしを向ける。
「ワインバーにでもいくか?」
「う~ん、酔ってしまって醜態をさらすわけには、な」
「ふ~ん」
一瞬鼻の下を伸ばした男を見逃すことなく
「……ふぅ。今変な事考えたようだね。まったく男の性というものは」
軽く肘打ちを当て呟く。ルドルフが他人には決して見せない、意地悪そうでいて甘やかさを含んだ声と視線。
「まったく。君はそんな人ではないと思っていたのだが」
「おいおい……そんな真似しないって」
「ホントかなぁ」
疑わしそうな表情で呟くルドルフ。
「おいおい……」
困る英明を見て笑うルドルフ。
「冗談だよ。何もしてくれないよね……。ルナ、待ってるのに……」
紡ぎ出される言葉の大半は泡沫の如く消え、英明には届かなかった。
「ま、バーは次の機会だな。今日は帰ろうか。あ、最終出ちまった」
目の前で発車したバスを見送る二人。
「……どうするのかな?」
「……そこらで泊るか?」
傍らの愛しき人が頬を赤らめ俯く様子を期待し軽口を叩く英明。
しかし、その予想は覆され――。
「やはりな。『泊る』などと。最初から狙ってたようだね」
先程の声と視線で嫌悪感を出来るだけ露わにして言葉を紡ぐルドルフ。
「違う! 偶然だ、偶然! 本気にしないでくれ」
「その言葉、この状況で信じるに値するとでも?」
疑わしそうな表情でルドルフが呟く。
「信じてくれよ! この顔が嘘つく顔に見えますか? ってな」
英明のその言葉に軽く噴き出すルドルフ。
「フフフ。その台詞は随分古いな。冗談だ」
そういうと、寂しげに笑みを浮かべるルドルフ。
「そんな事考えないよね。ルナ、待っているんだけどな」
言葉の後半は聞こえなかったが、聞こえた前半の言葉で安堵の色が浮かぶ英明の顔。
「でも、どうするかな。ここからタクシーだと結構かかる。私が君を抱えて走るか?」
「いやいや、ルナにそんなことはさせられないよ。……俺の尊厳的にも」
後半はボソッとつぶやく男。
「少し遠いけど、ルナが良ければ歩くか?」
「そうだね。月も輝いているし、たまには二人だけの夜の散歩もいいかもね」
それに聞きたい事もあるし。
声に出さず呟くルドルフ。
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星が降るような冬の夜空。
凍てつくかのような夜の静寂の中、ルドルフの靴音が響く。
腕を組み歩く二人。その温もりを感じつつ不安を抱くルドルフ。
(トレーナーは私の事をどう思ってるのだろうか)
今ある幸せを喪いたくない。だが湧き出す疑念を抑える心は、ルドルフにはもはや――。
(聞くのは恐い。だがいつまでも不安な気持ちを持つのはもうたくさんだ)
そう決意を固める。
(決めた。聞いてみよう)
「ねえ、トレーナー」
何事か問い掛けるその口調とその内に秘められたる微かな不安。
その口調から何が問われるか、ある種の確信を秘めた予感を感じ取る英明。
人は……いないな。
素早く周囲を見渡し確認する。
「あのね?」
身体を翻し何事か問い掛ける
それを遮るように手を掴む英明。
「えッ!?」
強く引かれたわけではない。しかし、力を失ったかのように英明の側に引き寄せられるルナの身体。
その唇を一瞬、軽い――羽毛が触れたかの様な柔らかい感触が塞ぐ。
「えっ!?」
予想だにしなかったその行動。
「と……れーなー?」
唇に手を当て、英明を見つめるルナ。
「迷惑、だったかな?」
英明が耳元で囁く。
「ううん。そんなことない!! ……でも初めてのデートの記念だったんだから、もう少しムードが」
顔を染め俯くルナ。
その言葉に英明が無言で優しく想い人を抱き寄せる。
抱き寄せられ、コートに包み込まれるルナ。
その背中に回される男の右手。
ルナがコートに包まれたままその胸に凭れ掛かり、顔を上げる。
ルナを映す英明の瞳とそれを見るルナ。
「と……れーなー」
微かに開いた桜色の唇。
切ない吐息が漏れる。
英明は何も言わず、左手を艶やかな髪の中に通す。
その手を頬に滑らせ、顔の形を撫でる――何かを確認するかのように優しく。
首元にその手がたどり着き、微かに震えるルナの身体。
優しくその肩を抱く、英明の両手。
瞳を閉じるルナ。
永遠にも思える一瞬。
触れる英明の唇。
月明かりの中、重なる二つの影。
「とれーなー……ねえ、人が来ちゃうよ?」
熱く掠れる声。
「大丈夫だ。ここは滅多に、人来ないから」
英明がルナの背中に回した手に力を籠める。
ルナがうつむいたまま、額を男の胸に預ける。
互いの温もりが身体に伝わる。
「ねぇ。ルナの事、愛してる?」
ルナが囁く。
「言わなくてもわかるだろ?」
ルナの瞳を覗き込みながら答える英明。
再び重なる二つの影。
「決定的瞬間ゲット! おっしゃぁ。この写真、いくらで売れるかな~って売らないけどな」
「もう。それにしてもあの二人、いつからあんな関係だったのでしょうか」
「何時からだっていいけどな。さてと、ばれないうちに行こうぜ、マックちゃん」
「ええ。でもこんな風に逢引きせずとも堂々とされていればいいのに」
その場から立ち去る二人。
「いや、それはダメだろ? 会長とトレーナーの恋なんて公になったら大変だぜ」
「あ、そうですわね」
「これで会長と付き合っている事が公になったら……判るだろ? 立場を利用してだの、ひどい中傷を言われるかもしれないし」
「『トレセン学園は婚活会場』なんて噂がまた復活するかもしれませんわね。トレーナーや教師の方々のほとんどは男女の関係について潔癖なところがありますから私達をどうこうは見ないのですが、そのようなことは傍からは判りませんものね、下種の勘繰りというやつですわ」
「ま、あの会長のトレーナーだからな。そんな事承知してるだろうよ。だからばれない様に隠してたんだろ?」
「それではこのことは内密に?」
「それとこれとは話が別。明日の朝、一番に突撃してみようぜ」
「いやですわ、そんな命知らずな真似」
ばれないようにとその場から立ち去る二人。
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「一つ聞いてもいいかな?」
男からそっと身体を離し、顔を赤らめ俯きながら尋ねる
「何?」
「どうして今日はキスしたのかな?」
「あぁ付き合って半年経ったし、そろそろ頃合いだと思ってな」
戸惑う英明。
「誤魔化さなくてもいいよ、トレーナー。昨日、
そう言って顔を上げるルドルフの目には強い意志の光が感じられた。
「!! 知っていたのか」
驚愕。そして後悔。
「正直に言って。いつから
「……」
沈黙が流れる。
「そうか。トレーナーが答えられないなら私から言うよ。私が気づいたのは4ヶ月前。トレーナーは多分もっと前から読んでいた筈だね」
「ここまで来ちゃ嘘は言えないよな。ルドルフと恋人関係になって半年位後からかな。ルドルフが何か隠し事をしていてエアグルーヴやテイオーが随分心配していた時にね」
「そんなに前からか」
ため息を吐くルドルフ。
「初めて見たときは絶対に許さないと思ったのだけどね。証拠を集めようと暫く泳がせていたんだが、トレーナーが私の日記を読む時は私が誰にも相談できない悩みを抱えている時に限ってだったことに気がついてね」
沈黙が続く。
「心配してくれているのが判ったから目こぼししていたんだ。でもほかの子にも同じような真似なんかしていたら……わかっているだろうね?」
射すくめるような圧を真正面から受け止める英明。
「それは絶対にない。テイオー達は何かあるとすぐ表情や動作に出るし、悩み事はしっかりと伝えてくれるからね。ところがルドルフは自分を鎧って何も話さない事が多かったからな。あの時もとんでもない事態に巻き込まれているんじゃないかってヒヤヒヤしていたんだ」
「すまない、心配かけていたようだね」
「謝るのは俺のほうだよ。ごめんな。最低の行為だよな、人の日記を読むなんて」
「もういい。惚れた弱みで許すから」
そう言うとルドルフが顔を上げ、英明を見つめる。
「でも、今度から勝手に読まないでくれ。読みたかったら言ってくれればいつでも読ませてあげるから。ああ、今日の分は読んでもいいよ」
悪戯そうな、だが、どこか寂しげな笑みを浮かべてルドルフが言った。
「昨日の日記だって読んで貰えるように態と君が通りがかる時間を見計らって廊下に落としたんだ」
「えっ!?」
そういえば。と英明はルドルフが数日元気がなかった事を思い出した。
(だから日記を読んだんだよな。見事にルドルフの策に嵌まったわけか。でも……)
「なぜそんな事を……?」
「……だって何にもしてくれないから怖かったんだ」
「ルドルフ?」
「ルナっ! どうして今まで何もしてくれなかったの? ルナ、トレーナーが他に好きな人がいるんじゃないかって、振られたらどうしようって、本当に、本当に恐かったの」
コートの襟を握り締め、抑えていた想いを吐き出すルナ。
「……ルナ」
英明が深く、静かに息を吐く。
「ごめんな。結婚するまでは手を出さないって決めていたんだ」
男のその言葉に
「そう……か。他に好きな娘がいたわけではなかったのか」
安堵の色を見せるルドルフ。
「でもそれって独り善がりだったな。ルドルフの気持ちを考えていなかった。しっかりとルドルフに伝えるべきっだったよ。自分の恋人の気持ちを考えられない様じゃ恋人失格だな」
「もういいよ。トレーナーの気持ちはわかったから。……良かった」
そう呟くとルドルフは英明の胸にもたれかかり、額をその肩に預ける。
一瞬訪れる沈黙。温もりと鼓動が互いに伝わりあう。
そのわずかな沈黙の後、ルドルフが呟く。
英明に聞こえるか聞こえないかの小さな声。
その込められた想いを自らの心に秘めるかの如く。
想い人の心に伝えるかの如く。
「ありがとう、トレーナー」
そのルドルフの言葉に、英明がルドルフの顎をあげ、眼を覗き込む。
「違うだろう、ルナ」
息を呑むルドルフ。暫しの躊躇いの後、小さく、そして強く。
「ありがとう。英明」
その言葉に表情を緩めた英明。二人の視線が交わる。どちらともなく近づき、いつ尽きるともしれない口づけに浸った。
トレーナーと選手であり恋人同士と言う二人の微妙なこの距離は、この日、この時間からゼロ――互いに掛替えの無い存在――へと縮まった。
3月13日(土曜日)
この日記を読んでるはずのトレーナーへ
私の日記は別につける。それは勝手に読まないでくれ。想い人に日記を読まれるのはホントに恥ずかしいからね。
それと、この日記はいっその事、トレーナーとの交換日記にしないか? そうすればその日の出来事やトレーナーだけに話したい事はここに書いておけばいいし。
どうかな? 我ながらいいアイデアだと思うが。
それじゃ、おやすみなさい。あ、返事はちゃんと書いてね。
それと、ホワイトデーのお返し、期待しているからね。
分かる方はお分かりと思いますが……
ええ、ぶっちゃけ、艦これのリメイク版です。
ここ最近こっちでウマ娘の投稿していなかったので。
(元話が四半世紀前に投稿した物の再リメイク版だってのは言わんでおこ)