悪の組織のTS改造人間ちゃん 作:電気羊
1,2話はただ暗い話ですが、3話目あたりからラブコメ(百合)が入ってきます
報道センターから臨時ニュースです。日本時間の本日未明、帝国刑務所が何者かによって爆発され、建物は現在も炎上しています。すでに破損した箇所から複数名の囚人が逃亡したとの報告が上がっており、付近に駐留する帝国軍が、事態の収拾のため出動した模様です。
なお、逃亡した囚人の中には、かの悪の組織の首領も含まれており、警察は一連の爆破を組織の犯行と推測して……
がたん。
起伏の激しい山道を走る運搬車両の強い揺れによって、わたしは目を覚ました。びくっとして、周囲をふらふらと見渡すと、自分と同じ帝国軍の軍服を来た戦闘員たちが車に揺られている。
自分たちを運ぶ車両とその目的について思い出し、わたしは顔をしかめた。
「やっと起きたかよ、小娘」
向かいに座っていた中年の男の戦闘員がわたしに声をかける。こちらをけなす様な目つきは、わたしへの悪感情をわずかに窺わせた。その隣に座っていた若い男の戦闘員が、膝を進めて中年の戦闘員に声をかける。
「ねえ、小隊長。こいつ本当に使えるんすか? どうみても、まだガキじゃないですか」
「馬鹿言うんじゃねぇ。こいつァ全身義体化してる。見た目はまったく関係ないさ」
「ぜ、全身義体化っすか……」
彼は小声で反芻したあと、訝しむようにわたしを見つめる。
なんだよ。ガンつけるんじゃない。
わたしは精一杯眉間にしわを寄せて男を睨みつける。この身体はあまり感情表現が得意ではない。意識して表情筋を動かさないと、ぜんぜん気持ちが伝わらないのだ。頑張ってみたが、しかし私の感情表現はまた失敗したらしい、彼はその様子を見て、得心したように気持ち悪い笑みを湛えて言った。
「なるほど、たしかに見た目は一流品だ。オレ、ぜんぜんヤれるっすよ」
「やめとけよ。言っただろ。顔も義体なんだ、中身はおっさんかもしれんぞ」
――半分、正解。
若い戦闘員(このチンコ野郎!)の発言はだいぶ気持ち悪いが、小隊長の言葉は、だいたい的を得ていた。わたしの身体を構成する胴や四肢は概して10代の女性を模して作られているが、脳みそはその限りでない。まあ、おっさんではないのだけど。
「無駄話はやめなさい。重要な任務なのよ」
わたしの隣に座っていた女性の戦闘員が2人を注意した。張りのある低い声は、彼女の気の強さを知らしめている。
「相変わらず真面目だな、葉妻戦闘員」
「いいじゃないすか。戦闘員同士、親睦を深めるのも、士気向上につながるっすよ」
若い戦闘員が、気味の悪いにやにやをさらに深めてわたしに言う。
「ねえ、義体ちゃんもそう思うでしょ?」
無視してやりたい。けど、ここで何も言わなければこの男の悪がらみが悪化するかもしれない。わたしは、嫌悪と諦念の果てに、やっと声を絞りだした。
「……他の戦闘員との会話は、命令にない」
……ふいに、車内が静まり返った。
わたしはそんなにおかしなことを言っただろうか。小隊長が、やがて訝しむように口を開いた。
「脳みそまで機械みたいなやつだな。なァ、お前、ひょっとしてアンドロイドなんじゃねぇの?」
「いい加減にして。もうすぐ現場に到着するわ、集中しなさい。」
葉妻がぴしゃりと言い放つ。車両の進行方向に目をやると、遠くの丘に、黒煙をあげる古城のような建物が見えた。目的地の帝国刑務所だ。
今回わたし達が挑むのは、組織にとって最重要の任務とも言える。爆破され混乱に陥っている帝国刑務所へ、国軍たるわたし達が赴き、事態を収拾する……という設定で、国軍に偽装し、刑務所内に潜入する。
そして現在国に捕らえられている悪の組織の首領を解放、組織本部まで送り届ける。それが、悪の組織・黄昏同盟 作戦部隊――わたし達に与えられた任務だ。
*
木々に囲まれた山道を抜け、緩やかな傾斜をあがると、だんだん建物の焼けるにおいが鼻孔にまとわりつくようになった。刑務所のゲートはすでに開き切っており、何台もの帝国軍車両が入っていくのが見える。
追従するようにしてゲートをくぐると、そこには胸が悪くなるような凄惨な光景が広がっていた。そこらかしこに広がる炎、断末魔の様な叫び声と、絶え間なく鳴り響く銃声。逃げ出した囚人たちと帝国軍が、激しい戦闘をくり広げている。
いつまでたっても、戦場は慣れない。わたしは、動悸が高まっていくのを感じた。刑務所の広場に停車すると、わたし達はT-47レーザー銃を携え、急いで車を降りた。
「こっちだ!!」
小隊長を先頭にして、敷地内を進んでいく。帝国刑務所はいくつかの棟から成っているが、なるべく混乱を招くために、組織は各棟ていねいに個別爆破してある。C棟のエントランスにつくと、小隊長が声を張り上げた。
「この棟のどこかに首領サマが収監されているとの情報だ。各階を分担して捜索するぞ!」
階段を駆け上がり、わたしは自分の担当の階へと進んだ。C棟は、外の喧噪に比べてやけに静かだ。不安を煽るような寒色の蛍光灯が、刑務所内の廊下を薄く照らしている。スプリンクラーが作動しており、床は水浸し。爆破により配線が傷ついたのか、ちかちかと点滅する刑務所内は、どこか物憂げだ。
わたしは、厳重そうにロックされている独房を、ひとつひとつ確認していく。この階は爆発による被害を免れているのか、逃げ出している囚人はほとんどいなかった。
睨みつけてくる囚人、好奇の目で見てくる囚人、そもそもこちらに興味をしめさず、独房の壁を見るともなしに見る囚人。さまざまな囚人がいたが、ここは日本帝国最大級の刑務所。いずれも、猟奇殺人、国家反逆などを犯した凶悪犯である。そう考えると、身震いした。
いちばん奥の独房に、彼はいた。
壁に背中を預け、瞑想するように、あぐらをかいて瞳を閉じていた。さっきから外の戦闘の影響で建物が揺れているのだけど、彼は微動だにしない。首領はだいたい三十歳くらいの男で、身体つきは華奢で、彫刻のように不自然に整った顔立ち。どこか余裕のある表情は、鷹揚な哲人めいた佇まいを備えていた。
いつ見ても、殴りつけたくなるが、今回わたしは彼を助けるのが仕事だ。わたしは、胸もとの通信装置にむかって『見つけました』とつぶやくと、首領に声をかけた。
「首領。助けに来ました」
首領はこちらに気づくと、優しく微笑みかけて、言った。
「やあ!アンちゃん。きみが来てくれたのかい」
ちゃん付けするな、気味が悪い!命令だから仕方なく来ただけだ。
正直にそう言ってしまうと、おそらくわたしの頭がはじけ飛ぶので、ぐっとこらえる。
組織からピッキングマシーンが支給されていたが、わたしは自前の”怪力”で事足りるだろう。独房の扉のふちに手をかけ、少し力を加える。すると扉はみるみるうちにひしゃげて、やがて人一人通れる分のスペースができた。
「こちらです。ついてきてください」
「能力を封印する特殊な手枷がはめられてる。悪いが、本部につくまできみに守ってもらおう」
わたしは首領を連れて、急いで来た道を引き返す。
どうやらタイミングが悪かったようだ、向かいから帝国軍とおぼしき集団がやってくるのが見えた。こちらの姿をみとめると、帝国軍の一人が駆け寄ってきた。
「貴様、服装からしてわが軍の兵士だな。一人で何をやっている、どうしてソイツを連れ出しているんだ!」
「はっ。上からの命令であります。刑務所内は危険であるため、重要参考人を連れ出せと……」
「そのような命令は聞いていない!貴様、何者なんだ」
仲間の帝国軍兵士も集まり始め、だんだんと、わたしを取り囲むようなかたちになる。まずいな。
「実は、こいつがトイレに行きたいと申しまして」
「トイレなど独房内にあるだろう」
「……」
「おい、貴様……」
ええい、面倒だ!
わたしは一番近くにいた兵士にとびかかり、そのままの勢いで投げ飛ばした。わたしの奇襲で、兵士たちがまごついている間に、2,3人を殴り倒す。兵士たちは思い出したかのようにEA-90レーザーライフルをとりだし、滅多打ちを始めるが、すべて回避し、一人を蹴り上げる。いずれも水しぶきをあげて倒れ、気絶している様子だ。
先程独房をこじ開けたことからもわかるように、わたしの身体はとくべつ能力が高い。無駄のないしなやかな身体つき。ブラックホールのごとき怪力に、音を置き去りにするような敏捷性。われながら、怪物のようなスペックだ。
組織によって施された、おぞましい人体改造の所産である。
「撃て、撃てーッ!」
帝国軍のレーザーライフル攻撃は、少しずつ数を増やし、指向性のエネルギーが雨のように迫りくる。こうなると少々分が悪い。わたしは近くに倒れていた兵士の肩をつかみあげ、盾にして、少しずつ後ずさる。すると、帝国軍は一旦攻撃を中止してくれたようだ。
首領のほうをみると、すでに付近の独房に入って隠れていた。ちっ、撃たれて死ねばいいのに。
「かまわん、撃て!」
なんてやつらだ!
わたしは盾にしていた兵士を、攻撃が当たらない場所に投げ捨て、バク転しながら後ろへ下がる。じゅうぶんに距離をとると、開いている独房に飛び込んだ。しばらくレーザーライフルの音は鳴りやまなかったが、建物が電磁波に焦がされあがった煙が、周囲に立ち込め、視界にもやがかかるほど充満すると、攻撃がやんだ。
ぴちゃり、ぴちゃり。帝国軍の兵士たちが、及び腰で水浸しの床を進む音。それだけが、あたりに響いている。
普通なら、視界不良で、お互い手を出しずらい状況だが、わたしにとってはかえって有利な状況であった。わたしの眼は、サーモグラフィを搭載している特別製なのだ。
わたしは音を立てずに飛び出すと、兵士たちの間を縫うように疾駆して、それぞれに、指から放った強度のサージ電流をくらわせた。電流はスタンガンのように機能し、兵士たちを確実に気絶させた。
そうして次の瞬間には、周囲の兵士は皆倒れ伏し、わたしだけがそこに静かに佇立している。さながら、鎌鼬のようである。
「首領、出てきていいですよ」
「素晴らしい。流石だね、アンちゃん。――しかし、わからないな」
ぱちぱち、と拍手をしながらあらわれた首領は心底不思議そうな様子でわたしを見据える。深淵のような目をする男だ。彼は一見お気楽な表情をしているが、しかし目にはハイライトがない。どこまでも、どこまでも、昏い目。わたしはその目で見られると、深い奈落に落ち込んでいくような不安感に襲われる。
首領は、こう言葉を継いだ。
「なぜ、殺さないんだ?」
その言葉は、わたしに重くのしかかった。わたしの心臓は氷となって、全身が急速に冷えていくのを感じる。周囲の景色が、彩度を失い、魚眼レンズのように歪んでいくように思えた。
答えを間違えてはならない。組織は文字通りわたしの命を握っている。首領の機嫌を損なえば、わたしの頭に埋蔵された自爆装置が起動するだろう。
あえぐようにして、なんとか言葉を絞りだそうとする。
「それ、は……」
「きみは、誕生以来、いちども直接人を殺めたことがないよね?きみは既に何度か作戦に参加しているが、いずれも微妙に手加減をして骨折や気絶にとどめている。……べつに、いいんだ。きみがその高い能力で敵を足止めするだけで、われわれはその間に何万人もの民間人を虐殺することができているのだから。それだけで助かっているさ。しかし、だからこそ、だ。きみは実質的に何万人もの人を殺しているのに、どうして今更直接手を下すことを避けているのか。――それが、わからないんだ」
首領の言葉の一つ一つが、痛切に身にしみていく。果てしなく、耐え難い絶望が、諸手をあげてやってくるのを感じた。必死に言い訳を考えようとしても、今は思考の糸を追うことすら難しい。
わたしは……わたしは――。
「……なあんてね。はは、少しいじめすぎちゃったかな。気にしないでくれよ。われわれはきみの成長を、気長に見守っているよ。実験体423番――いや、改造人間アン・スリンガー」
「ぁ、ぅぁ……」
楽し気に歩き出す首領のあとを、遅れてふらふらとついていく。
成長?成長とは、何をあらわすのか。わたしはいつか、この手で人を殺めてしまうのだろうか。いや、この人の言った通り、もうすでにわたしは人殺しなんだ。身を切るような罪悪感に襲われる。
ああ、今にもここから逃げ出してしまいたい。
C棟のエントランスに出ると、仲間たちと合流した。わたし達は、順路をたどって運搬車両に戻り、そのまま本部へと とんぼ帰りしたのだった。