悪の組織のTS改造人間ちゃん 作:電気羊
うれしいことに、実戦投入にともなって、わたしは帝都の第一高等学校に通えることになった。今後諜報活動などをしていく上で、周囲の環境になじむ訓練をするのが目的らしい。
第一高等学校は全寮制の学校で、それはつまり、本部での窮屈な暮らしが終わることを意味していた。寮で暮らすからといって、組織から逃げられるわけではない。頭に埋められた自爆装置は、やはり健在である。
だいたい、学校で勉学に励みながら、組織からの要請が来たら出動、という二重の生活を強いられるわけだから、本部での生活より大変になることは目に見えていた。しかし、それでいい。少しでも組織とかかわる時間がへらせるというだけで、わたしには甘美な福音に聞こえた。
中等部の学習範囲を1年使って急ピッチで終わらせて、2年生の春から編入、という形になった。すこしでも学校になじめるよう、わたしは笑顔の練習をはじめた……
わたしが高校に編入して数か月が過ぎた。結論から言おう。わたしはボッチになった。
滑り出しは好調だったのだ。わたしの容姿は、つくりものとはいえ非常に整っている。絹のような白い長髪は、日本人ばかりのクラスではたいへん珍しく、注目を集める。編入した初日は、質問攻めで、それはもう大人気だった。
……驚くべきことに、翌日には誰もわたしに声をかけなくなった。いや、悲しいかな、それは必然であったと言える。し、仕方なかったんだ。あいかわらず表情筋は仕事をしないし。5年間訓練ばかりで誰とも会話しなかったおかげで、わたしは立派なコミュ障になっていた。
「ねえねえ、アンさんって、どこから来たの!?」
「……本部。」
いや、何のだよ。
「ねえ、アンさんて、どこの国のひと?」
「……日本人。」
あなた、どう考えても和名じゃないですよね。
「あの、ぼ、ボーイフレンドはいますか!?」
「友達は、いない……。」
…………。
せめて緊張したような顔ができれば、「ああ、アンちゃんはシャイな子なんだね」で済んだのに、この鉄仮面(人工皮膚の下は金属でできているから、文字通り鉄仮面だ)のせいで、究極的に不愛想なやつみたくなってしまった。
また、組織の要請がくるタイミングもよろしくなかった。平気で授業中に呼び出すし、任務が長引けば、今日一日の授業はパァ、ということも珍しくなかった。したがって、遅刻や無断欠勤の常習犯となってしまったわたしは、いよいよヤンキーの仲間入りである。
「ちょっと、スリンガーさん、授業中にどこ行くの!」
「……。」スタスタ。
ちがうんです、先生。悪の組織に呼び出されてるんです。あのぅ、従わないと、わたしの頭の爆弾が爆発してですねぇ……。そう言えればどれだけ楽だっただろうか。尤も、言ったら言ったで、可哀そうな子認定されてボッチが加速していただろうけど。どちらを選んでもわたしはボッチだなんて、はたしてこれは、神の悪戯か、悪魔の罠か――。
極めつけは、寮の部屋が一人部屋だったことだ。この学校の寮は基本的に二人一部屋になっていて、ルームメイトと共に生活することで、切磋琢磨し、友情を育む。しかし編入生たるわたしには、相方が存在しなかった。
よくよく考えてみれば当たり前のことで、もしわたしにルームメイトがいたら、その子はもともと一人で生活していたことになる。編入生がいない状態で、一人余りがでるのが仕様だとしたら、あまりにひどい学校だ。残念ながらこの学校は、ひどい学校ではなかった。
かくして、無口不愛想ヤンキー女が生まれたのである。こんなはずでは、なかった。
*
首領救出作戦から数週間が経った、ある日の晩だった。いつものように、部屋で授業の復習をしていると、部屋の扉が規則正しい音でノックされた。わたしの部屋を訪れるのはたいていの場合、先生か寮母だ。わたしには、部屋にくるようなお友達はいないから……。
ノックひとつでセンチメンタルな気分になりながらも、筆記用具を置いて、わたしは扉を開いた。はたしてそこには、寮母がいた。寮母は、申し訳なさそうにも嬉しそうにもみえる表情で言った。
「こんばんわ、スリンガーさん。夜遅くにごめんなさいね」
「いえ……」と上の空で返事をしながら、寮母の横に目をやる。てっきり、寮母が一人できたのかと思ったが、寮母の背に隠れるようにして女の子が立っていた。
長躯だが、均整の取れた身体つきで、まさしくカラスの濡れ羽色といってよい艶のある黒髪を、二つ結びにして垂らしていた。人懐っこい小動物を思わせるあどけない顔だちは、じゅうぶんに庇護欲をそそり、なんと可愛いらしい娘だ、とわたしは思った。寮母はサプライズが成功したような笑顔でことばを継いだ。
「実は、今日からあなたにルームメイトができることになったの。彼女が、あなたのルームメイトになる
「編入生の、
運と名乗った彼女は、溌溂とした笑顔を湛えて、元気よく挨拶した。あまりの陽気さに気後れしてしまい、わたしは「……アンです」とぶっきらぼうに返すのが精一杯だった。
「鉄炮塚さんが授業に参加するのは来週の月曜からだけど、それまであなたがサポートしてあげるのよ、スリンガーさん。じゃあ、私はこれで」
寮母は短く言うと、さっさとどこかへ行ってしまった。思わず手がのびる。正直、しばらくはいてほしかった。初対面の人とふたりきりで、何を話せばいいのか、わたしには皆目見当もつかない。不格好にのびた手を、ゆっくりとおろす。
わたしが(あいかわらず表情は変えずに)当惑して、運の腹のあたりと、なにもない床とのあいだで視線を往復させていると、やがて運が口を開いた。
「あらためてよろしくお願いしますね、ええと、アン・スリンガーさん」
「……よろしく」
「アン・スリンガーって、日本の名前じゃないですよね! 外国のひとなんですか?」
「純正日本人です」
ほとんど編入初日の焼きまわしのような会話をしながら、運は重そうなキャリーケースをいくつも引いて部屋へ入ってくる。彼女の個人用の荷物だろう。
思えば、これはわたしにとってまたとないチャンスだ。はじめてのルームメイト。二人とも編入生という仲間意識もある。もしかしたら、友達になれてしまうかもしれない。とても緊張したが、わたしはなけなしの勇気をふりしぼり、声をかけた。
「わたし、荷物運ぶの、手伝おうか」
「本当ですか?助かります!」と、運はその可愛らしいかんばせを喜色に染めた。「実は私、田舎から越してきたばかりなんです。何もかもわからないことだらけで……。よかったら、色々教えてくれるとありがたいです」
そう言って、運はかわいらしくはにかんだ。わたしは声も出ず、首がもげる勢いでぶんぶんと頭を縦に振った。運はわたしのようすに苦笑しながら、キャリケースを開いて、荷物を取り出しはじめた。
「アンさん、そっちのケースに教科書類が入ってるので、取り出して私の机のうえに置いといてくれますか」
「わかった」
わたしたちは、それぞれ作業を始めた。教科書類は、教科別にまとめて置いておいたほうがわかりやすいだろう。あと、単語帳類もまとめて置こう。
わたしは、友達作りのチャンスを前に、精いっぱい親切心をこめて作業を進めた。しばらく黙々と働いていたが、運が口を切った。
「それにしても都会って、本当になんでもあるんですね!カフェに、ショッピングモールに。
運はおかしそうに笑う。
「私がいた田舎って、本当に何もないんですよ。テレビもねえ、ラジオもねえ、といったぐあいで。子供たちの遊び場といったら、山くらいなもんでした」
運は懐かしむように語った。どうやら、運は思ったよりもずっと田舎からやってきたらしい。わたしの焼かれる前の故郷に近しい環境に、親近感がわいた。
「アンさんも編入生だったんですよね。ここに来る前は、どこに住んでたんですか?」
ここで焦って本部と答えてしまったら、編入初日の二の舞になってしまうだろう。わたしは、つとめて冷静に、あえてぼやかしながら言う。
「施設、みたいな」
「施設? 孤児院ってことですか」
「……そんなかんじ」
普段のわたしならここで会話を切り上げていただろう。しかし意外なことに、わたしの口は言葉を続けていた。
「わたしも、ユキさんみたいな田舎で育った。幼馴染と、毎日山で遊んでたよ」
「そうなんですか、じゃあいっしょですね!」運はうれしそうに言った。「あれ、じゃあどうして孤児院に?」
「黄昏同盟に、町を焼かれたの。生き残ったの、わたしだけだった」
「ッ!!すいません、私……」
「ううん、気にしてない」
わたしは、なるべくフレンドリーな表情を意識して(実際そうなっているかは別だが)、運と会話を続けた。そうして、作業をしながら、わたしたちは和やかな世間話を続けた。とくに地元の話が盛り上がった。わたしと運の故郷は、かなり共通点が多いように感じる。やがて、運が切り出した。
「……アンちゃん。アンちゃんって呼んでいいですか!」
「ぴゃッ」
「え?」
わたしの頭はフリーズした!なにせ、女の子にちゃん付けで呼ばれたのは、人生で初めてだ。あまりの衝撃に、思考を維持できない。ちゃん付けされるだけで、こんなに気恥ずかしくて、そして嬉しいものなのか。固まってしまったわたしを見かねて、運は気まずそうに声をかける。
「えと、ダメだったですかね」
「ううんッ!! ……よろしく、おねがいしますっ…………」
わたしの鋼鉄の顔面も、このときばかりは真っ赤だったにちがいない。全身が、熱くなるのを感じる。わたしの様子をみた運は、さも微笑ましいものをみた、といった恰好で、笑って言った。
「……はははっ。わかりました!私のことはユキ、って呼び捨てにしてください」
これはもう、友達といってよい間柄なのではないだろうか。いや、ちゃん付けに呼び捨てなんて、絶対に友達だ。わたしはめでたく運の友達になったのだ。
*
「
翌週、朝のHRで、運はクラスのみんなの前で自己紹介をしていた。幸運なことに、わたしと運は同じクラスだった。
ここ数日で、わたしたちはよく話す仲になっていた。つまるところ仲良しである。ふふ、仲良し。なんとも魅力的な響きだ。
夢の、友達のいる学園生活が始まるのではないかと期待に胸をふくらませたが、どうやらそうもいかないらしい。運は、いわゆる転校生人気というやつで、周りに集まる同級生への対応でかかりきりだった。
「ユキさんの地元ってどんなとこ!?」
「なんにもない田舎ですよ。畑ばっかです」
「部活はなにやってたの?」
「一応中学は陸上部やってました!万年ベンチでしたけどね、あはは」
「恋人はいるんですか!!」
「いないですよ。募集中です~」
運はたいへん愛想がよかった。というか、あの程度の対応が、普通なんだろうなあ。わたしは自分と比較して謎のダメージを喰らいながら、運の様子を観察していた。
運はお話が上手で、相手のペースにあわせるのが得意だ。それに、見た目がいい。艶やかな黒髪は、正しく大和撫子という言葉を想起させる。運のこと好きになる男子、絶対でてくるだろうな。――そんな有様だから、運はすぐにクラスの上位集団になじんでいた。
困ったことに、わたしが話しかけに行くタイミングがまるでない。結局その日は運と一度も話すことなく、学校が終わった。わたしの
ふん、いい気になってろよ運!その大人気は編入初日だけだからな!
はじめての友達をクラスの子にとられたことで、よるべのない反骨心のようなものが湧いてくる。一気に寂しい気分になった。さっさと帰ってしまおう。運たちに気づかれないよう、本場仕込みの隠密技術で気配を殺し、教室を去る。
教室を出て数歩歩いたところで、筆箱を机のなかに忘れたことを思い出した。うっかりしていた。精神的ダメージが大きすぎたか……。扉に手をかけ、引こうとして、やめる。明らかに、人に聞かれたくない話をしているときの声のトーンだ。
「そういえば運さん、スリンガーさんには気を付けなよ」
「スリンガーさんって、アン・スリンガーさんですか?」
「そうそう。あの子、不良ってことで有名だよ! ろくに口も聞かないし、話しかけてもまるで反応しないの! 授業も頻繁に抜け出して。それに、ここだけの話、あの子、エンコーとかにも手ェだしてるらしいよ」
「アンちゃんが……」
「おじさんと一緒に、モーテルから出てきたところを見たって子が、何人もいるの。スリンガーさんには、関わらないのが賢明だね~!」
……ああ。これでわたしは、完全に友達を失ってしまったのだ。呆然と、扉にかけていた手をはなす。筆箱を取りに行くのも、もうやめよう。わたしはふらふらと歩きだした。とにかく一刻もはやく、部屋へ戻りたい気分だった。
「アンちゃんは、そんな子じゃないです」
わたしは、耳を疑った。運の言葉には、明らかに怒気が含まれているように感じた。わたしと相手の子が戸惑う中、運はやさしいトーンで言葉を継いだ。
「まだ、関わって数日しかないですけど。あの子、口下手だけど、優しい子なんだと思います」
「えっと……」
運は、今度ははっきりとした口調になって、毅然として言った。
「私の友達のこと、そんなふうに言わないでください」
わたしは、先程とはまた違った意味で唖然として、立ち尽くした。嬉しさとか、気恥ずかしさとか、色んな感情がないまぜになってわたしの身体を走った。ともだち、と声に出さずにつぶやいてみる。胸の奥に、じんわりと、暖かいものが広がっていくのを感じた。