悪の組織のTS改造人間ちゃん 作:電気羊
わたしは早く寮に帰って運と話したい気分だったが、面倒なことに、黄昏同盟から呼び出しをくらった。組織との連絡は、専用の携帯デバイスを用いて行われる。複数のサーバーを経由して、複雑に暗号化することで、特定されにくくする仕組みだ。
組織はそれをTP(トワイライト・フォン)と呼んでいた。
『近日行われる任務に関する会議あり。至急本部に出勤せよ。』
学校の正門から出て、銀色の舗装路に足を焦がされながら歩き、数分。路地裏に入り、誰も通らないような通りを進む。わたしは数十年前に潰れたパチンコ屋の前で、足を止めた。
工事費用の問題で、パチンコ屋が潰れたあとも建物は取り壊されずに残っている。当時は鮮やかな色合いだったであろう外壁は、彩度が落ち、くすんだ色になっている。
わたしは、周囲にひとがいないことを確認して、ガラス製の回転ドアを素早く通り抜けた。中はやはり、荒廃していて、お化け屋敷さながらの不気味な様相を呈していた。
奥に進むと、一か所だけ真新しさを感じる清潔な床がある。そこにTPをかざすと短く電子音が鳴った。やがて、ごうんごうん、と金属の擦る音とともに床が左右にスライドして、地下へとつながる階段が現れた。
この階段を下れば、組織の本部につながる。このパチンコ屋以外にも、都内に数か所地下へつながる階段が設置されていて、いずれも本部とつながっているらしい。憎むべき黄昏同盟の本部だが、この隠し階段の仕組みをはじめて見たときは、正直かっこいいと思ってしまった。
早く会議を終わらせてしまいたい気持ちから、やや足早になって階段をくだり、本部へ向かっていく。数分間くだりつづけると、やがて大きな広間がみえてきた。 広間の中央に、黒の大理石で彩られた縦長のミーティングテーブルが置かれていて、囲むように椅子が並べられている。すでに、数名が着席しているみたいだ。わたしはすばやく自分の席に座った。
「おや、遅かったじゃないか、ミス・改造人間」
わたしの隣に座った男が声をかけてくる。大柄で、几帳面そうな顔をしたケンゾウという名の男で、口元にはかつての独裁者を思わせるちょび髭をたくわえていた。どこかの地域の支部長をしているらしく、実力は折り紙付き。その有能ぶりを買われて、ときたま、こうして本部の作戦に呼び出されている。
「……学業が、いそがしくて」
「おや、おや。いいかい、学校へ行きたがっているお前をみかねて、首領様が厚意で行かせてやっているのだよ。それがこっちの活動に支障をきたすんでは話にならないだろう。意識が足りないんじゃないかね」
「……。」
わたしはこの男が、首領の次に苦手だった。彼がもつ深紅の目は、万物を見通す賢者のような雰囲気を湛えている。わたしはその目で見られると、こちらのすべてを見透かされている気がして、不気味でならなかった。加えて、たまにケンゾウ支部長はわたしを敵視しているような言動をするから、油断ならない。
「おい、ケンゾウさんの言葉を無視してんじゃねぇ。聞こえてんのか?」
わたしの向かいに座っていた中年の男が、小鼻をふくらませて言ってきた。首領救出作戦のときに、小隊長をしていた男だ。正確な名は、藤本戦闘員というらしい。
「やめときなさいよ、あなたたち」
わたしの斜め向かいに座っていた長身の女性が、藤本らの言葉をたしなめる。首領救出作戦のときに一緒になった、葉妻という名の戦闘員だ。きつめの美人さんで、普段から露出を抑えたボンテージファッションのような衣装をまとっている。
「小さい子に寄ってたかって、みっともないわよ」
藤本はしかし、とまらずに、眉間にしわを寄せてまくしたてた。
「いいや、俺ァこいつが気にくわねぇ。みろよ、この目。いつも黙りこくって、俺たちを下に見てんだ。どうやら、自分で直接手を下したことがないらしいな。俺たちにだけ手を汚させて、自分は高みの見物ってわけだ」
「ねえ、やめてあげなさいってば」
……たしかにわたしは、意識的に人を殺めないようにしている。10歳のときに攫われて、なし崩し的に組織へ従ってしまっているが、それでも人殺しだけにはなりたくない。それは、わたしの心を守る最後のボーダーラインであり、矜持だった。
いつか、組織に殺しを強制されることになったら、わたしはどうするのだろうか。自分の命惜しさに人を殺すのか、最後まで抵抗して自爆を選ぶのか……。少なくとも、選択を迫られるそのときまでは、この矜持を守り続けていきたいと思っている。
しばらくすると遅れて数人が到着し、最後に、奥の部屋から首領がやってきて上座に着席した。首領が、重々しく口を切る。
「良く集まってくれたね、みんな。今回召集したのは、次の大きな作戦について話し合うためだ。作戦の名は、『アンドロイド工場襲撃作戦』。それでは、会議を始めようか……」
*
会議は数時間で終わり、TPの内蔵時計は午後6時を回っていた。会議が終わってすぐに、葉妻がわたしに近づき、「話したいことがあるから、あとで第3会議室に来てくれる?」と耳打ちした。
正直、面倒だ。今日はなんだか疲れたし、はやく寮の部屋に戻りたい。しかし、彼女の言うことにはなるべく従っておきたい。会議前の会話でわたしをかばってくれたように、葉妻はなにかと私に味方してくれる。
なぜ味方してくれるのかはわからない。なにか目的があって、打算的にとっている行動かもしれない。だが、四方八方敵だらけのわたしにとって、彼女の存在は救いであり、多少なりとも感謝の念を抱いているのだ。
しかし面倒なことにかわりはないから、わたしは早く終わってくれと思いながら第三会議室へ足を運んだ。会議室の電子錠にTPをスキャンさせると、金属の扉が横にスライドした。
中には、仁王立ちする葉妻と、見知らぬ男性がいた。おおよそ60代くらいの、イタチを思わせる小柄な男性だ。くたびれきって、裾に赤黒いしみがついた白衣を身にまとっている。
「あら、来たわね!」葉妻はわたしを見ると、男を手のひらで指して言った。「紹介するわ。こちら、あなたの助けになってくれる斎藤博士よ」
「……助け?」
わたしは怪訝に聞き返した。葉妻は大きくうなずき、「その話をするまえに、まず、あなたに盗聴器のたぐいが仕掛けられていないか確かめさせてもらうわね」と言った。わたしはよくわからないままTポーズをとり、葉妻に身体をまさぐらせる。
盗聴を警戒するということは、これからされる話はオフレコ、しかも、組織の人間にすら聞かれたくない話だということになる。一体なんの話だろうか。
……組織の意に、反するような内容?
わたしは警戒しながらも、行き先のない妙な期待感が高まっていくのがわかった。身体検査が終わると、斎藤博士といわれた男は、衣服をととのえるような動作をみせて、もったいぶったように話を始めた。
「さて、改めて。わしの名は斎藤。黄昏同盟の研究員をやっている。義体装具が専門じゃ」
「私たちはね、アン。――あなたを、黄昏同盟から解放してあげたい、って思ってるの」
頭を打たれたような衝撃が走った。今のは、わたしの聞き間違いだろうか?わたしは心臓の鼓動が痛いほど高まっていくのを感じた。
「解、放……? どうやって……」わたしは、ほとんど痙攣するように声を出した。
「もともと、私はあなたを気にかけてはいたんだけど、先日、やっと私と同じ考えを持つ義体装具士が見つかってね」と葉妻。
ことばを継ぐようにして、斎藤博士が言った。
「わしの技術があれば、お主を組織の追跡から逃れるようにすることが可能じゃ。もちろん、ココの爆弾も取り除ける」
斎藤博士は、とん、とこめかみの部分を指でたたいた。
「う、嘘……」
「嘘じゃあないさ!」
斎藤博士は励ますように笑った。葉妻が人差し指をたて、賢しげに語り始める。
「近々、工場襲撃作戦があるでしょう。あれに備えてアンの偽の死体を用意しておくのよ。作戦中に、敵の攻撃を受けて死んだことにするの。そしたら今度は、アンが生きているとばれる恐れのある被追跡可能物――この場合、眼球に刷られた個体識別番号と、GAT(ゴースト・アドレス・チップ)ね。それらを取りのいて、偽死体に移動すれば、あなたはめでたく自由の身ってワケ」
……もしこれが成功すれば、数年前から願い続けてきた悲願が、果たされることになる。
いいや、期待してはだめだ。裏切られたときに、ひどい目に逢うぞ。――知性はそう告げているのに、わたしはこの蠱惑的な福音を信じてみたい思いに駆られて、どうすることも出来なかった。
そのはてしない期待をひとたび意識に近づけたせいで、わたしは完璧にそのとりこになっていたのだ。
「自爆装置には追跡機能がないから、今すぐにでも取り除くことはできるんじゃが、お主の心の準備もあるだろうし、さしあたっては、再来週あたりに施術を、と考えておる」と斎藤博士。最後に、葉妻がやさしげな口調で言った。
「以上が私たちからの提案だけど、アン、どうする?もしお節介だっていうなら、拒否したってかまわないわよ」
完全に信じちゃダメだ。自分の心を守るためにも、あくまで、成功したら僥倖だと考えるんだ。頭の中でそんな建前をならべながら、その実、わたしの心は決まっていた。
「……よろしく、お願いします」
「よし!」
「決まりね」
葉妻と斎藤博士は、ほとんど同時に胸を撫でおろした。そのしぐさから、本気でわたしのことを考えてくれていたことが窺える。
「でも、どうして……?」
なぜ葉妻は、ここまでわたしによくしてくれるのだろうか。ずっと意識の傍らに放置していた疑問が、今、感謝の念にあてられて、口をついて出てきた。大分言葉足らずな質問だったが、それでも葉妻は、察しよく言った。
「私はね、黄昏同盟の思想には概ね同意してるの。でも、大人の政戦に子供を巻き込むのだけは、絶対に間違ってる。……この残酷な生存競争から、子供たちを遠ざけてやりたい。『ライ麦畑のつかまえ役』に、私はなりたいのよ」
静かに語る葉妻の横顔は、どこか切ない雰囲気を湛えていて、その瞳は、遠くに置いてきた宝物を偲ぶような色だった。
*
わたしは熱に浮かされたような足取りで帰路についた。あたりはすっかり暗くなっていて、ビルや商店街の光が仄かに、しかし色鮮やかに舗道を照らしていた。
寮へ帰り、自室の扉を開けると、運が学習机にむかってうんうん唸っているのがみえた。運の姿をみとめたとたん、わたしの脳は放課後の記憶を呼び起こす。
『私の友達を、そんなふうに言わないでください』
出会って数日。友達とは言っても、正直わたしの片思いだと思っていた。だから、あんなふうに言ってくれるなんて、予想だにしていなかったんだ。心が、暖かい気持ちに包まれる。扉を開けたままの状態で佇み、間抜けな顔で運を眺めていると、やがて運がこちらに気づいた。
「あ、アンちゃん! もう、夜遅くにどこに行ってたんですか。心配したんですよ?」
水玉のパジャマを来た運はぷんすか頬を膨らませながら、こちらに駆け寄ってきた。可愛い。素直にそう思う。今しがたお風呂に入ったばかりなのか、濡れた髪を結ばずにおろしていて、絶妙な色気を感じさせた。彼女の髪がゆれるのにあわせて、女性用シャンプーのフローラルな香りがただよい、わたしの鼻孔をやさしくくすぐった。
「ごめん、人と会ってた」
「嘘つかないでくださいよ。アンちゃんにそんな友達いないでしょ~」
うん。……うん??
「……失敬な」
「あはは。すいません」
運の机に目をやると、運用のマイ・ブック(生徒一人一人に支給される、最新AIが搭載された学習用ノートパソコン)と、たくさんの付箋紙でかさばった教科書が開いたまま伏せて置かれていた。そのある種雑然とした机の様相は、わたしには運のいじらしい努力の指標に思えた。
「勉強、してたの?」
「はい。電気動物の、回路操作のくだりがよくわからなくて……」
「そこは難しい」
「本当ですよ~! そもそも電気動物ってなんやねんってかんじです」
運がロボット工学の分野でつまづくのは仕方のないことだと思う。彼女は田舎から越してきたばかりだ。自然豊かな地方では、複雑なプログラムを用いた自律制御型ロボットを目にする機会はそう多くなかったと考えられる。
そもそも生身の野生動物がそこらを闊歩しているのだから、電気動物などを放つ意味がない。
「わたしが、教えてあげる?」
「いえ、それはありがたいんですけど、もうちょっと、自分で頑張ってみようかなって思ってます」運は、決意のこもった瞳をして言った。「私、親に無理言って帝都の高校に来させてもらってるんです。自分の力でやれるんだぞってところを、見せてあげたくて」
「そう。じゃあ、がんばって」
「はい! がんばります!」
景気よく返事をすると、運は再び学習机に向き合った。……わたしは、仏頂面だから、ちゃんと言葉にしないと気持ちは伝わらないと思う。勉強を再開した運に声をかけるのは忍びないが、善は急げ、だ。照れくささを前に逡巡してしまうが、やがてわたしは捨て鉢ぎみに声をかけた。
「ねえ、ユキ」
「は~い?」と、気のない返事をする運。
「今日の放課後、ありがとう。わたしを、かばってくれて」
「えっ!? あれ、見られてたんですか!! うわっ、恥ずかし~……」
運はかんばせをほんのり朱に染めて、はにかんだ。
「わたし、学校で友達いたことなかったから。ユキが、友達っていってくれて、本当にうれしかった。ほんとにほんとに、うれしかった」
「わわっ、なんですか、すごく率直ですね。なんだか照れます……」
「うん。あの、ね」わたしは、自分のベットに浅く腰かけて、訥々と語りだした。
「わたしの故郷は、ユキのとこと同じで、なにもないような田舎だった。わたしはずっと都会に憧れてたし、自分の生まれを疎ましく思ってた。でも、失ってはじめて気づいたんだ。わたしを愛してくれる両親と、仲のいい幼馴染、気の良い近所の人たち。あの町は、幸せだった」
気づけば、運は筆記用具を置いて、身体をこちらに向けて真剣に聞き入ってくれていた。わたしは続けた。
「でも、ぜんぶなくなった今では、もうこの気持ちを伝えることができないの。親に、大好き、って言うこともできない。だから、ね。これからは、失ったあとで後悔しないように、わたしの気持ちを、全部ことばにしていこうと思う。ユキ、あなたと友達になれて、よかった。」
わたしは、さび付いた表情筋をこじ開けるように動かして、朗らかに微笑んでみせた。
運は顔を真っ赤にして、あわあわと口を開閉させると、しばらく硬直していた。ふたたび動きだして、深呼吸して落ち着いたかと思うと、今度はにやにやと笑みを浮かべ始めた。忙しなく表情を変える子だ。
可愛いけど、わたしが真剣に話しているのに、おちょくるふうなにやけ顔をするものだから、そこはかとなく鼻についた。
「……何、にやついてるの」
「いや~? 私、数日間アンちゃんとお話してきましたけど、こんなに長くしゃべってるところを観るのは初めてです。喋るんだな~って」
「それは、そう。ここ数年間で、たぶん今が一番しゃべってる」
「はははっ。無口ってレベルじゃないですね、それは」
運はそう言って屈託なく笑うと、勢いよく椅子から立ち上がり、わたしを豪快に抱擁した。
「ありがとうございます、アンちゃん!!私もアンちゃんと友達になれて良かったです~!」
「くぁwせdrftgyふじこlp」
「あっはははっ!」
遠慮会釈なく襲い掛かる人肌のぬくもり。克服しえない未知がわたしの脳を混乱させる。
ハ、ハ、ハグされてる、女の子に!ただでさえ、五年間なにも話さず、対人耐性を死臭がするまで腐敗させているというのに、ハグだなんて、不整脈をこじらせて死んでしまう。これはある意味、ハグという名の殺人である。我が国の法律では禁じられています。
未知の接触にひどく狼狽えてしまうが、慣れてくると、運の体温は包み込むような安心感をわたしにもたらした。
わたしたちは、それから、とりとめのない話をたくさんした。それは深夜まで続いて、気づけばわたしたちは寝落ちしていた。
しかし、運の勉強を完全に邪魔してしまったのは、心苦しいところだ。
そろそろ書き溜めが尽きるので、更新速度も落ちると思います。
葉妻さんの一部台詞は、「ライ麦畑でつかまえて」からの引用になります。